2014/09/12 - 2014/09/15
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ザリガニ大王さん
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今回の旅の重要な立寄地、陸前高田に向かいます。南リアス線に乗れば、その後のBRTにも乗ってみたい。何よりも、知人に聞いた震災復興の土地区画整理事業に使われている巨大ベルトコンベア群を見てみたい。もちろん奇跡の一本松も。
先の震災で市役所庁舎を含む市中心部が壊滅し、全世帯の7割以上が被災した陸前高田市では、盛土による高台移転地造成のために標高約120mの山を約45mまで掘削し、土砂を気仙川対岸に運ぶベルトコンベアーが建設され、H26年3月から運用されています。破砕設備機8機、延長約3km、幅1.8mで主塔高さは42.6m、同施設の搬送能力は1時間当たり5,500立方mで、約640万?の土砂の搬送を行ってダンプ輸送の1/4の工期で完了するとのことです。確かに、津波で気仙川の橋梁が河口から上流に向けて橋が三つ流され、気仙大橋も現状の仮橋では大量の土砂運送に耐えられません。
しかし、14ヶ月ほどで搬送が完了し、ベルトコンベアーは撤去されると聞くと基礎工の大きさや数から、これだけの構造物が着工から2ヶ年で撤去されるのは、考えてしまうものがあります。すべての事業費は約1,100億円。地権者は約2,200人、単純計算で1世帯あたり約5,000万円もの造成費がかかります。
震災復興とはなんなのでしょうか。今篇は多少辛口になりますが、いつものように最後は酔っぱらってしまいます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「盛」行のBRT。
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BRT、バス・ラビット・トランジットの略ですから、鉄道跡地を主に走るのだと思ったら、盛から下船渡ぐらい(記憶が不明確です)までで、後は道路でした。確かに線路が被災して走れないからの代替処置ですから、これが当たり前なのです。でも、線路跡の周りの閑散さと、一般道を走っている時の周りの賑やかさを考えると、この地域の鉄道の使命は終焉したのだなと感じました。このバスも乗っているのは数名で、地元の方は1名。あとは前方席に座るテッチャンと思しき2名と私でした。当初は仮復旧の手段と聞いていたのですが、現地を見ると違いました。
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途中、線路跡でバス交換とか、踏切では遮断機が付いて居たりで、妙な乗物だなと感じました。当然、この線路跡には一般車両の進入は禁止ですが、踏切でカブにのったオッチャンがこっちを見ないようにして停まっていますが、バス専用道路を通ろうとする意図は明らか。でも運転手さんは見て見ぬふりです。線路だったら近道できないよね。このオッチャンにはBRTは願ってもないものなのでしょう。見つからなければ。
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小友駅(バス停?)。立派です。これを見たらBRTは仮設だなどと思いません。
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この方は、盛行を待つようです。
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バスの横には
「たかたのゆめちゃん」「おおふなトン」「むすび丸」が描かれています。 -
一応、駅でした。ここでタクシーをあらかじめ頼んでおきました。一時間ほどの間に効率よく回るため。というのは建前で、一人で歩くと迷子になるからです。
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いろいろと手違いでタクシーの到着が遅れましたが、案内してもらいます。
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「下宿定住促進住宅」という若者向けの建物だったそうです。遠くから見るとそんなに被災しているようには見えませんが。
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近くによると、五階の床まで津波が来たことが解ります。
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四階までは津波が突き抜けて行ったのです。
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毎日のように通行止めとかが変わるので、大変ですとタクシーの運転手さんがこぼしてました。
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住宅地の土盛りをしています。
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「奇跡の一本松」の入り口である旧道の駅には、追悼施設が海に向けて建てられています。
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…言葉もありません。
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実は線香を持参したのですが、自粛しました。
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頬につたう なみだのごわず 一握の砂を示しし人を忘れず
石川啄木だそうです。高田松原にあった歌碑が津波で流失し改めて追悼施設に建てられました。今回の震災とは直接関係なかったのですが、追悼祈念公園が出来たら移すそうです。津波によって亡くなった方を忘れないと言ってるようでした。 -
旧道の駅高田松原 タピック45道。この入口は海とは反対側ですが、引き波がこの入口から、ありとあらゆるものを押し込んでいました。
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おそらく、この建物を津波と共に超えていった高田松原の松が、引き波と共に建物の中に突き刺さったのでしょう。別の場所で聞いた津波にあった人の話では、押し寄せる波も怖いが、引き波はもっと怖かったと話されていました。なにもかももって行ってしまうとのこと。
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道の駅跡の向こうに巨大なベルトコンベア―が見えます。
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どこを見渡してもベルトコンベアーです。
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フェンスに囲まれた通路を伝って奇跡の一本松に進みます。
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遠くに見える白い地肌の山が今泉地区で、ここに山を崩して住宅地を造成し、崩した土を高田地区にベルトコンベアーで運んでいます。
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気仙川を渡るコンベアー橋。概ね道路片側一車線の幅があります。
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崩している山をアップ。ほとんどが岩石で、これを砕いて輸送しています。手前の建物が破砕機だと思われます。
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河口に残る水門。被災地のどこでも水害や自陣に耐えられる設計の水門は残っていますが、田や畑、住宅は残っていませんでした。
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色々と奇跡の一本松のサイボーグ化には異論が出ましたが、観光客(?)が来てくれるのであれば、これはこれで良いのではないかと思います。
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白く見える建物、
陸前高田ユースホステルが崩れたまま残っています。これもよくテレビに出ました。 -
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希望のかけ橋は、工事が終わると消えます。
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カラスの営巣跡でしょうか。猛禽類ではないと思います。
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奇跡の一本松バス停(駅?)でBRTを待ちます。この写真右下に写っているのは、この当時まだ健在だった私愛用のキックボードの附いたキャリーバックです。駅ホームの端から端に写真を撮るときに、重いバックを背負って走るより遙かに楽に移動が出来て便利でした。むろん、人がいるところではやりません。危険なだけでなく、ちと恥ずかしい。悲しいかな青森の街中でタイヤが取れてしまいました。https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11293721/
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なんでも、つい最近できたバス停(駅?)だそうで、一本松を見に来る観光客(?)にあわせて設置したそうです。これを見ているうちにも、自家用車で来た観光客(?)が何があるのかと立寄っていきます。「BRTってなに?」と女性。つれの男は「さあ、良く解らん。それより松はどこ?」。陸前高田に来るぐらいなら「BRTを勉強してから来なさい。」と言いたくなりますが、まだ被災遺構の前でVサインしないだけましですか…。
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津波が来た時には、こっちに逃げてねと書いてありますが、周りの津波到達高さを見ていると諦めの気持ちになります。ましていきなり2,500mを走っては無理。
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奇跡は二度はない。今の私たちにできるのは、少しでも復旧のお手伝いをすること。二度と準備・認識不足による犠牲者が出ないように、この悲劇を忘れないことです。
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気仙沼行のBRTが来ました。
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気仙沼駅。なぜか拍子抜けするようなピカチュウがいます。ポケモントレインというのが走っているらしい。
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更に拍子抜け。ずいぶん駅に人がいます。列車が走ってません。
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落雷による運休で、次発列車から再開とのこと。中には新幹線に間に合わないと一関までタクシーを飛ばす人もいます。若いオネエチャンが二人困っていたので、声をかけて相乗りしようかと思いましたが、今日はそんな気になれませんでした。とにかく、一時間以上間が開きました。
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駅前の灯台と鮫。一関で居酒屋を考えてましたが、この調子ではあり付けるかわかりません。このあたりで居酒屋を探します。灯台基暗し。中学生まで灯台を見たことが無かったので「元暮し」ってなんだろうと思ってました。確かに足元は暗い。この旅の先行きも暗くなってきた感じがします。
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知らない街の暗がりを手探りで歩くのは得意です。いや、空き巣狙いではありませんが…。港まで行けば居酒屋があるようなのですが、駅からあまり離れたくありません。
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名前も良く解らぬ居酒屋らしきとこに飛び込むと、お客はおろかお店の人もいません。だいぶ大きな声をかけると、奥からママさんというよりご近所の奥さんの様な方が「あら。」という感じで出てきました。なにやら団体予約が入っていて準備に忙しいらしく、あまり愛想がありません。でも、ここしか見当たらないし。とりあえずカウンターに座ります。
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生ビールを頼んで、さてアテは何にしようか考えていると、お通しが出ました。それがこれ。今日はいいのが入ったから食べてみてとのこと。これだけでも十分ですが。
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野菜も食べなきゃと野菜炒めも戴きました。最初は出てきた量にびっくり。これはだいぶやっつけた後です。
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お店の方に聞くと、掛けてある理由は良く解らないとのことでした。時間までたっぷりと戴きました。すっかり酔いました。駅に還ってみると予定より少し早く復旧とのこと。危ない、危ないあのまま飲んでたらえらいことになりました。。
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楽しみしていた「ドラゴンレール大船渡線」の鍋弦区間は、酔っぱらってしまい夢の中でした。政治的な鉄路の引っ張り合いで生じた、鍋の弦のような線形。決して震災復興が鍋ツルになってはいけません。
ところで、わたくし的定義で言いますと夜間の走行(もともと夜間走行は覚悟でしたが)、意識不明での乗車は正確には完乗に入っていません。再び乗車しようと思ってます。この後、一関について飲み直そうと思ったのですが、ホテルの周りは閑散としていて多少あやしげな店のみ。大人しく次の日の朝を迎えました。
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この旅行記へのコメント (3)
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- 墨水さん 2017/12/09 13:28:27
- 選択肢。
- ザリガニ大王さん、今日は。
以前TVで、運送経費総額で考えると、トラックの場合の燃料費、人件費、車両維持費、道路経費(含、交通整理費)の総額より安くなると、言ってました。
日本の場合、早い話が、選択肢が有るという事ですね。
(金も有るし、技術も有るし。)
外国だったら、トラック便しか方法が無い。
2年で撤去は、その後の維持費が高くなるからでしょうね。
(稼働中は、復興事業なので免税の可能性がりますが、終了すれば課税対象です。)
選択肢がある国の、悩みでしょうかね。
因みに、中国で昔、大慶油田の場所で大地震がありましたが、復興放棄してます。
現地は、外国人立ち入り禁止に指定されてますが、噂では未だ廃墟だそうです。
今回の津波は20m程度でしたが、明治三陸大津波は40m程度で到達してますから、復興計画は大丈夫か若干心配してます。
墨水。
- ザリガニ大王さん からの返信 2017/12/09 13:45:18
- Re: 選択肢。
- 実際に、ダンプが輸送していたら、他の復興事業も、進まなかったでしょう。しかし、私が訪れた前後から、復興のオーバースペックが言われました。一世帯毎に自由になる金を配った方が安いとの話まで出ました。実際、復帰するとして居た住民の三割程度が、やめたそうです。自然死や就業理由で転居したようですので事業に直接の理由はないかも知れません。費用対効果を論議する気はありませが、別途の本当の復興策がなかったかと思っています。
- 墨水さん からの返信 2017/12/09 18:36:04
- RE: Re: 選択肢。
- >別途の本当の復興策がなかったかと思っています。
仰るとおりですね。
就業環境、街としての社会インフラの整備と維持運営。
是らを整えていかない限り、復興は名ばかりに為ってしまいますね。
文字で書くのは簡単ですけど、まだ復興初期段階の間々なんでしょうかね。
まだまだ現実は、厳しいと言う事ですかね。
墨水。
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