2014/09/12 - 2014/09/15
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ザリガニ大王さん
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三陸鉄道南リアス線を乗り終え、気仙沼で一時運休になり一関到着が遅れ、尚且つドラゴンレール大船渡線は熟睡してしまったので、最後は何か不完全燃焼の気分で一関の駅前ホテルに宿泊しました。
本日予定では07:47発の花巻行で、宮沢賢治とデハに出合いに行く予定でした。しかし、朝05:00時ごろ覚めてしまうと、昨夜からのスッキリしない感が膨らみます。無料朝食は朝07:00時からですが、たべずに出発することにします。今回の旅企画で気になっていたもう一つの宿泊候補地北上に寄ってみたいと思います。
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701系(盛岡地区)
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昨夜、一関についた時は暗かったので、ホテルの隣にこんなお蕎麦屋さんがあるのに気が付きませんでした。でもこのお蕎麦屋さん次の年には閉店したようです。ホテルの周りに賑やかそうなハデハデの御店は多かったのですが、昨夜の私の心境に会うシンミリとしたお店はなかったようです。
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今回のルートです。花巻に寄り道してから、秋田を目指します。北上と盛岡では、駅から50メートル圏内に留まりました。
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予定より一時間ほど早く、一関駅発の7時前の盛岡行きに乗りました。この車掌さん、キリットして綺麗でした。制服のお姉さんは憧れます。
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日曜日ですが制服の高校生が結構乗ってます。
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一関と平泉の中間ほどのところ。見晴しのいい区間でした。お天気も良く気持ちよかったです。乗り鉄ここにあり。なんだか元気が出てきました。
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北上駅で降りて、立ち食い蕎麦があったので食します。
駅を出てみると、駅横に若山牧水の歌碑を見つけました。若山牧水は旅と酒をこよなく好んだ人で、毎日一升の酒を飲んだと言われています。日本各地を旅し、長男は「旅人」と名付けられています。酒が災いしたか43歳で肝硬変で亡くなったそうですが、ある意味、この人の旅と酒は羨ましいものがあります。翌年もこの歌碑を訪れています。 -
0番ホームの北上線。2015年9月に、横手から北上まで乗車しました。ちょうど到着したところです。
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向こう側のホームのガラスの建物が新幹線ホームです。08:07発の盛岡行で花巻に行きます。乗車時間は10分少々です。
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花巻駅につきました。駅の改札を抜けると左手に「花巻駅マチアイ」と書かれた待合室があり、横に駅長名でこんな事が書いてありました。
『明治の中ばにこの地`花巻`に宮沢賢治がいたことを感じたい。
`イーハトーブ`賢治が生涯のほとんどを過ごした`花巻`賢治の空想の世界の入り口でもあり この待合室をスタート地点情報の基地でありたい。
地元利用の人々も駅だけの利用で使用する場所ではなく
この待合室を`集い`の場所として利用してほしい。
旅で訪れた人と土地の人と話す場所、
ローカル線やバスを使って気軽に旅ができる場所
そんな場所を賢治の世界で表現できたなら…』 -
駅の周りにはこんな像が一杯ありました。
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これからここに行きます。距離にして600mですが、行って帰ってとなると1.2km。普通に歩いて片道約7分ほどですが、私にはキックスケーター付のキャリーケースがありますから、あっという間です。得意の迷子にならなければ…。
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花巻電鉄の線路跡を利用したらしい小路を通り、市民の家に到着しました。かつては役所や議事堂として使われた後、ここへ移築された建物です。中は見学できるようなのですが、お祭り(花巻祭)の準備中らしく、地元の方が出入りしていたので遠慮しました。
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入口に下げてあるのは、お祭り用ではないかと思います。
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家の前の花壇に花が咲いています。壁に白鳥草と書いてますが、鳥ではなくハクチョウ(白蝶)ソウですね。四枚の花弁が、蝶が舞う様だからつけられたものです。
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馬面電車と呼ばれていたそうです。せっかくの静態展示ですが、金網の中では馬面がウマく撮れません。ハト除け、人避けなのでしょうが、もうひとつ工夫をお願いします。せっかく途中下車で見に来たのに、少しがっかりです。
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花巻駅に戻ってきました。ホームの真ん中にこのようなものが。後ろの柱に説明文が掛けられていますが、小さいのと字が掠れているので良く解りませんでした。またも残念。
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花巻から盛岡まで東北本線ローカルで向かいます。出発が早かったので、盛岡到着も予定より早くなります。
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駅構内のコンコースにあった「さんさ踊り」の人形たち。綺麗なおねえさん達が太鼓を敲きながら踊るそうで、一度見てみたいものです。
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盛岡からはIGRいわて銀河鉄道が走ります。
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【臨時列車】のピカチュウトレイン。ここで発見しました。昨晩の気仙沼駅にもあったピカチュウ一味の正体はこれなのでした。
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昨日に続き、またここに来ました。取敢えず、『こまち』に会いに行きます。
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新幹線のホーム。長いです。キックスケート附きキャリーバックが活躍します。
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秋田に向かうのは、リゾートしらかみが秋田発の方が都合が良さそうなので一泊することにしました。この時からすっかり秋田が気に入り、何度も立寄ってます。
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『こまち』って大曲でスイッチバックするんです。知りませんでした。
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大曲で方向を変えずに、後ろ向きのままにしているお客さんが多かったのですが、いつも前向きの私は席を変えました。40分も後ろ向きに走るのは我慢できません。
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秋田到着後、駅の左手にあるホテルの一階で食事をしました。これがかなり残念なお店でした。そんな気分も、やたら良いお天気に吹っ飛びます。これも日頃の精進の賜物です。
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千秋公園の堀端。コイがいたようです。いつもの私ですと、駅のそばのホテルを選択するのですが、明日の朝は始発ではないので、少しでも繁華街(飲み屋街)に近いホテルを選びました。まずホテルに荷物を置きます。さすがに街中でキックスケートはできません。
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お堀端で「ハバヘラ」が出てました。もっともこのお店の売り子はババならぬ若い子。まだ慣れなくてと言いながら、アイスをバラの花びらのように盛っていきます。お客待ちが多くて時間がかかりそうなので、見ただけで頼みませんでした。
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信号が赤で車が止まっているうちに秋田県立美術館の写真を取ろうとしたら、信号が変わって車の陰になってしまいました。安藤忠雄氏の設計です。
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秋田の御当地ヒーロー、超神ネイガーが活躍中でした。「海を、山を、秋田を守る、超神ネイガー!!」は今日も悪の組織「だじゃく組合」と戦ったのでしょう。
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この與次郎の像は何気に撮りました。隣の観光案内にいたお母さんが、声をかけてきたので謂れを聞いてみましたが、足の速い飛脚としか解りませんでした。暫くたってから気になって調べてみたら、結構なお方。
なんでも秋田藩藩主佐竹氏移封の折、久保田城を築いたためこの狐の親分の棲家が無くなり、佐竹義宣公に訴えて城中に別途の棲家を与えられます。この狐の親分は名を與次郎とつけられ、お返しに江戸までの飛脚を引き受け往復6日で帰ってきたと言います。
これが早いのか遅いのか。調べてみると当時の人間の足では片道5日間と出ています。どんなルートなのかわかりませんが、グーグルマップで調べてみると現在の道路をたどって530km、ぶっ続けで112時間(4.7日)と出ました。伝説とはいえ大したものなのですが、ここからがさらにぷったまげ。街道筋の東根にあった宿屋が飛脚が泊まらなくなったと恨み、かつ江戸の隠密に唆されて與次郎を捕まえるべくわなを仕掛けます。この罠にもぶったまげます。油鼠というものを餌にして捕まえたようですが、この油鼠なるもの、キツネの大好物でまさに鼠を油で揚げたものだそうです。これが時が移って稲荷寿司になったのだとか。そういえば形は似てる…。この親分キツネ與次郎の敵討ちとばかり子分狐がワラワラと集まり、この村に祟りをなして狂い死ぬ者17名とか。惨状を聞きつけて江戸から代官がかけつけ、與次郎を鎮守とし八幡様としてまつるので祟りを止めるよう子分狐たちを説得します。この稲荷が東根市の與次郎稲荷神社で、あわれに思った佐竹氏も城内に稲荷神社を祭ったとのこと。千秋公園内に今もあるそうですが、私は気が付きませんでした。 -
與次郎像のそばにおられた観光案内のボランティアの方に、夕刻までの観光箇所を尋ねて、取敢えず竿燈の実演が始まるからと秋田市民俗芸能伝承館に向かいます。その会館の前にあったポスターがこれ。そそっかしい私は「びじん」ではなく「びじょん」であることに気づきました。でも、美人!!!。ときめきます。
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ここで共通券を買いました。現在は共通券や周遊券、いろいろあるようなのでお調べください。
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竿燈の実演。正直あまり「かんとう」しませんでした。
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次に隣の旧金子家住宅。
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江戸時代から始まった質屋、後に呉服などの商家だったとのこと。しょうか…。
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両方とも期待外れだったので、道を外れて老舗の御菓子屋を尋ねました。…。ま、日曜ですからお休みでも不思議はありません。
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気を取り直して、川反方面に向かいます。
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秋田私立赤れんが郷土館。期待していなかったのですが、これは良いです。実にいい。しかし、この頃の銀行ってどんだけ儲かっていたのでしょうか。
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パンフレットからご紹介します。
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寒冷地ですから暖房器具は凝ってます。
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照明や壁紙も素敵です。
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ここら辺の作りはどこの銀行も同じですね。
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赤れんが郷土館前には、明治天皇行在所跡石碑と説明板があります。
1881年(明治14年)9月16日と17日まで行幸され、明治天皇は秋田市内の瀬川安五郎宅を行在所としたとあります。瀬川安五郎氏って盛岡の鉱山王「瀬川安五郎」のことでしょうか。有名な銅山である荒川鉱山を持っていたので、ここに別邸というか本宅というかあったのだと思います。秋田県は尾去沢や小坂・阿仁など鉱山の多いところです。 -
福一満星辻神社。4月にだるまさんのお祭りがあり、賑わうようです。
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川反(かわばた)。由来は川の傍だから川端がなまったものか。
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ここはこの後、毎年のように訪れています。
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千秋公園に戻ります。
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佐竹公の像。
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この方の末裔が、元秋田県知事で龍角散のCMに出ていた方。先般の大雨の際にゴルフに行って戻らず、顰蹙をかった方。
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「青海はら潮の八百重の八十国につきて弘めよこの正道を」篤胤
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弥高(イヤタカ)神社。秋田出身の平田篤胤や佐藤信淵等国学者を祭っているそうで、神社横のフレンチレストラン千秋亭では結婚式なども挙げれるようで、この日も和装の方が忙しそうに出入りしていました。
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次に先ほどの秋田県立美術館に向かいます。ちょっと閉館ギリになってしまいました。
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二階の喫茶コーナーからの眺め。私は館員のお姉さんに「間もなく閉館です。」とせかされ閉口しています。
秋田県立美術館 美術館・博物館
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中では撮影できませんが、これは翌日の駅のコンコースに展示されていたJR東の大人の休日ポスター。見応えのある絵でした。
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本日午後から回ったところを示します。
秋田市役所の市内駐車場案内図をお借りしました。 -
ホテルに戻って、フロントでお勧めの居酒屋を聞いて出かけました。提携している処ではなく、個人的にお勧めの所を聞き出します。コレガ大当たりでした。酒も肴もうまいっ。
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良い気分でホテルに戻ります。この猫、最初は私を見向きもせず知らんぷりをしていたのですが。
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写真を撮っていると、近づいてきて「ねぇ、今日お店暇なの。よってってよ…。」という感じで見上げます。(メスだと独自に推定しています)若い頃なら「よっしゃ」と付き合うのですが、今晩は私が看板です。またこんどねー。
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