2017/11/11 - 2017/11/12
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kojikojiさん
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京都の二条城の近く二条陣屋という家がありますが、そこで生まれた祖父と清水の茶わん坂で陶哉という窯元の二代目の姉だった祖母の法事があるので久し振りに新幹線に乗ることになりました。前回は母の代わりに妻が一緒だったのですが、仏間で法要が終わった後に足が痺れてそのまま倒れこむという粗相をしたので今回はお休みです。ということで82歳の母を連れての初めての親子旅になりました。祖父母の隠居宅に行く前にお墓参りがしたという母のために嵐山の天龍寺へ行きましたが、休日の嵐山へ荷物を持って年寄りを連れて行くのは大変です。途中で合流すると言っていた弟は先に来て山崎の美術館へ行ってしまっています。何とか合流してお墓参りを済ませてから晩御飯。祖母をよく連れて行った鳥居本の「平野屋」さんを予約しておきました。部屋が同じだったのが嬉しいです。女将さんもお元気でした。もう鮎の季節は終わりでしたが、何とかお願いしてあったので子持ちの美味しい鮎がいただけました。鮎が美味しいのはこの店としては当たり前ですが、鯉の炊いたのも美味しかったです。京都市内より寒い嵐山の鳥居本ですから日が落ちると寒いほどで、熱燗が美味しかったです。最後の湯豆腐で体はほっこり。祖父母の家では従兄弟たちと楽しい会話とお酒も楽しめました。翌日は最愛の姪を迎えに行きながらもう一度お墓参り。家出の法要の後は御室の山の中の「松山」というお庭の綺麗な料理屋さんでお昼をいただきました。母はもう一日残るというので芦屋の家に戻る義妹と姪と京都駅に向かいます。山陽線のホームへ見送ろうとすると姪が「おじちゃんいつも駅まで見送ってくれるから、今日はあたしが見送ってあげる。」と新幹線の改札まで見送ってくれました。気分はJR東海のコマーシャルで、ユーミンの曲が頭の中をリフレインします。最後のお別れシーンを義妹に写真撮られたのは恥ずかしかった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- タクシー 新幹線 JRローカル 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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母の荷物も持って東京駅まで来るだけでお疲れモードです。
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ここ10年関西の仕事が無かったので「のぞみ」に乗るのは久し振りです。
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山側の2人席を予約しました。日が当たらない方がいいですからね。
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この日は天気が良かったので富士山がきれいに見えました。
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三陸名産のお弁当を買っておきました。
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アナゴめしは柔らかくて美味しいです。
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こちらは牡蠣飯。本当はボリューミーな洋風のお弁当が良かったのですが母の好みに合わせます。半分っこして食べました。
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新富士通過中。妻は富士山麓の生まれです。家の周りに平らな所はほとんどありません。近所で自転車に乗る人はほとんどいないというところです。また富士山に登ったことのある家族はいません。何故?と尋ねても「富士山は観るものだ。」と言われるだけです。義母に手を合わせ、岐阜の健康を祈ります。妻には写メ。
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少しウトウトしている間に浜名湖は過ぎ、次に表を見ると瀬田川を渡っているところでした。昔は仕事先の人が送別会でここから屋形船を出して宴会してくれたことを思い出しました。
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新幹線を降りて山陰線のホームへ。母と二人で京都に来るのは初めてです。そしてこれが最後になりませんように。
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山陰線で嵐山まで移動。嵐電の駅まで荷物を持って歩きますが、逆方向からトロッコ列車に乗るための人が多くて歩くのが多変でした。
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嵐電の駅にコインロッカーがあると思ったのですが、クロネコのカウンターが荷物預かりになっていました。夜9時まで預かりで500円でした。身軽になって天龍寺に向かいます。
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弟と合流の予定ですが、まだ山崎アサヒビールの大山崎荘美術館をこれから出ると…。山崎にいて阪急で嵐山まで来るなら大山崎の妙喜庵に行けばと言ったのですがこれから向かうと。
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母は早くお墓参りしたいというし弟は来ないし…。
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仕方ないので天龍寺の方丈と庭園の見学をすることにしました。
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ここに来るのも久し振りです。
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驚いたのはここのチケットは45年以上前とデザインも色も紙質も変わっていません。
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平田精耕さんという前管長の筆による「達磨図」です。何十年も前からここに置かれています。中学1年と2年の時、それぞれ夏休みの1カ月かけて京都と奈良の神社仏閣を巡ったのは今となってはいい経験でした。夏以外にも父に連れられて良く来たものです。
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祖父が元気だったころは普段入れない寺院にもたくさん入れていただきました。修学院離宮で船に乗ったり、桂離宮の御殿にもあげていただいたし、紫宸殿の高御座も見せていただきました。
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夢窓国師の造った庭を一番見て周ったのも中学生の頃で、枯山水の庭の美しさに萌えていました。正面奥には3段の石で滝を表した「龍門瀑(りゅうもんばく)」があります。2段目は滝に遡る鯉を表しています。
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紅葉の季節に来たのは久し振りですが、2週間前のロシア旅行が「黄葉」を売りにしていたのですが、現地はすでに冬だったので京都の「紅葉」は目の保養になります。
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本当は方丈の中から庭を見るのが理想です。金閣寺も桂離宮も建物の中から見る庭は違って見えます。
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方丈にもお参りしておきます。扁額は関牧翁老師(天龍寺第8代管長)の筆です。
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この一時が光線の具合で黄葉が一番きれいに見えました。
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境内を流れる大堰川の源流です。大堰川が桂川に名を変え、淀川となって大阪湾に流れます。
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足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、亀山殿を寺に改めたのが天龍寺です。足利尊氏は、後醍醐天皇が起こした建武の中興に異を唱え、天皇に反旗をひるがえし、後醍醐天皇は尊氏追討の命を出しています。尊氏と後醍醐天皇の争いは、尊氏の勝利に終わりますが、後醍醐天皇は吉野に逃れます。そこから乾坤一擲を謀りますが、後醍醐天皇は急死してしまいます。その菩提を弔うため、夢窓疎石が足利尊氏に菩提寺の建立を進言し、光厳上皇の院宣を受けて開創されることになりました。当初は暦応資聖禅寺と号しましたが、比叡山が暦応の年号を寺号とすることに反対したため尊氏は天龍資聖禅寺と改めました。
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この多宝殿までの回廊は何度通ってもどんな季節でも気持ち良いです。
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この卯月の満月にはどんな意味があるのでしょうか?祖父がいたら京都や奈良のことは何でも知っていたのですが…。
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こちらも平田精耕前管長も軸でしょうね。置かれた天龍寺青磁の香炉が良いですね。天龍寺青磁は、元代から明代初期にかけて中国の龍泉窯で作られた青磁で、釉色が黄味のある沈んだ青緑色のものを呼びます。
天竜寺の名の由来は、南北朝時代に天龍寺造営を名目とする貿易船・天龍寺船によって舶載されたからとも、夢窓国師が天龍寺に伝えたといわれる浮牡丹の香炉からともいわれます。 -
この達磨図を見るたびに畦地梅太郎さんという版画家を思い出します。父が好きで居間に飾っていたのを思い出します。
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方丈の前庭の砂紋と真直ぐに伸びた松も変わらない美しさを感じます。
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曹源池庭園も先ほどの光は無く、紅葉も輝きがありません。
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弟が阪急の嵐山駅に着いたようなので迎えに行きます。母はご機嫌な斜めですが、貴方の息子ですから…。
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人込みを避けて渡月橋に向かいます。久しく伺っていない「吉兆」。ここも祖母や叔母を連れて行ったものです。若い頃は京都の料理屋さんへ通ったり、上七軒のお茶屋さんへ行ったり…。先日エルミタージュ美術館でレンブラントの「放蕩息子の帰還」を観たときは胸にグッとくるものがありました。思わず絵葉書を買って母に手紙を書きました。
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翌日の11月の第2日曜日は「嵐山もみじ祭り」でした。昔から行って見たかったのですが、翌日は法事なので観に行くことはできません。
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渡月橋の周辺はすごい人出です。
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弟と合流する前に琴きき茶屋に立ち寄ります。ここの道明寺だけの(あんこの入っていない)桜餅が大好物なのです。妻と母へのお土産と姪っ子ちゃんにも買い求めました。よくよく考えたら母は一緒な上にもう一日多く京都に残るので一緒に住んでいる甥にお土産とします。
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放蕩息子が帰還しました。
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ようやくお墓のある天龍寺の塔頭の松巌寺に来ました。
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「母さん大丈夫~。」なんて自分は遊んで来ておいて、親孝行な所を持っていこうとします。母もあきれたような笑い顔です。
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夕方5時に夕食を予約してあったのですが、母が疲れたというので時間を早めてもらう交渉中。弟には「ガイドの王(ワン)さんがお店の交渉中。」と家族のグループLINEに写真を送られる始末。10年ほど前に逢坂港からフェリーに乗って上海往復の家族旅行を企画したことがあり、その時から弟にはガイドの王さんと呼ばれてます。
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「お食事は時間通りになりますが、お部屋はご用意してありますので。」とのことでしたのでタクシーで鳥居本の「平野屋」さんへ。まだ明るかったので昔ながらのお店の風情を楽しみながら記念写真。
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弟はこのお店に来るのは初めてです。
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このお店も祖母を何度か連れてきたお店です。いつも7月の若鮎の季節でしたので、11月に来るのは初めてです。電話で予約した時には「鮎はもう終わりですから。」と言われたのですが、「亡くなった祖母の法事で京都に行くのですが、祖母が平野屋さんの鮎が好きだったもので。」と伝え用意していただきました。
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ここは愛宕山の境内になるのですね。子供の頃はひと夏京都に預けられていたので千日参りにも行きました。走って山頂まで登って走って降りてきた記憶があります。祖父母も孫とはいえ小学生3人を1カ月も良く預かったものです。大文字が終わると叔母には「いい加減に帰りなさい。」と言われましたが。
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母を連れてくるのはこれが初めてでした。祖母には何度もご馳走しましたので、今日は母へ親孝行。と言いながらご馳走になってしまいましたが。
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懐かしい「志んこ」です。愛宕信仰で賑わっていた頃この辺りは茶店や旅籠が多くあり、志んこはその頃より参拝者に親しまれてきた愛宕山の名物です。米の粉で手造りしただんごはニッキ・お茶・白の三色で愛宕山の九十九折(つづらおり)の坂道を現しているそうです。
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通されたお部屋は昔祖母と来た部屋だったので感激です。部屋からはお庭が良く見渡せます。
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今日食べる鯉などもここに入っているはずです。食事中バチャバチャと音がしたので振り返ると、板前さんが大きな鯉を捕まえていました。
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この部屋の屏風にも見覚えがあります。
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辺りもだいぶ暗くなってきました。
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京都市内より嵐山は数度気温が低いですが、鳥居本はさらに山の中なので寒いほどでした。
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まずは生湯葉のお刺身。チョンと乗った大徳寺納豆が味に変化を持たせます。
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扇形の織部もいい感じです。
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練り上げの粘土を握っただけの造形の箸置きも風情があります。
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「年魚よろし」年魚とは1年で死んでしまう鮎の別名です。
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裏には「文禄二年 平野屋仁兵衛 おくさが」とあります。
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八寸は蕗みそ、山芋、ずいき、法蓮草と椎茸、わらびと山の物尽くし。これはビールでは無くて熱燗ですね。
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部屋がなかなか温まらないので熱燗に変更です。徳利も愛宕山の鳥居とこの母屋が描かれています。焼き締めのぐい飲みもまたよろし。
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夏だと窓を開け放って気持ち良いのですが、鳥居本はもう冬に入りそうです。
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冷たいお料理が続くので上着が脱げません。
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お刺身は鯉の洗い。正直鯉は嫌いなので電話で亡くなった祖母を利用してまで「鮎」をお願いしたのですが。生まれてから食べた鯉の洗いで一番美味しかったです。白味噌の塩梅も良かったです。
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そしてお待ちかねの鮎です。
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祖母と食べた20年前を思い出します。母も歳を取ったものです。
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大ぶりの名残の鮎は高知の物だったと伺ったような。記憶は熱燗と共に…。
子持ちの丸々とした鮎でした。 -
そして絶品はこの鯉の旨煮です。川魚は鮎以外嫌いですが、皮や内臓まで食べられる自分が不思議に思うくらいです。特に内蔵の美味しさは絶品でした。
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そして薬味とタレが出てきました。
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熱々の嵯峨豆腐の湯豆腐です。嵯峨の祖父母の隠居宅辺りに売りに来るお豆腐屋さんの豆腐ですら美味しいところです。美味しくない訳がありません。
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ようやく部屋も体も温まってきました。
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仲居さんが写真を撮ってくださいました。
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更に天ぷら。万願寺唐辛子に舞茸と栗と零余子(むかご)。零余子を繋ぐのが難しいそうです。栗の天ぷらも美味しい。
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飛竜頭(ひろうす)と南瓜の煮物も味がしゅんでいて美味しいです。
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最後に銀杏と舞茸の炊き込みご飯と赤出しとお漬物で満腹です。炊き込みご飯を頂いて帰ろうと思いながら忘れました。赤前垂れの女将さんがご挨拶に来られましたが昔と変わらずでした。昔頂いた手拭いがまだ家に残っていますなんて話しで盛り上がりました。
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フルーツをいただいて車をお願いします。
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おくどさんの写真を撮らせていただきます。阿多古(愛宕)火迺要慎(火の用心)のお札が一体何枚貼られているのでしょう。400年以上の店なので400枚あるのでしょうか?ここで炊いた炊き込みご飯が美味しくない訳がありません。
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祖父の生まれた二条陣屋も築400年以上の家で、子供の頃は台所もこのようなおくどさんがありました。4歳くらいの頃その台所に立っていて、振り返ると祖母が入れ歯を外すところを見てしまいました。それ以来エイリアンの映画を見るとその時の光景が蘇ります。
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夜は真暗かと思いましたがライトアップしていました。
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タクシーで宝厳寺へ行ってもらいます。前日からライトアップが始まったと案内がありました。
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宝厳寺に来るのは初めてです。
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訪れる人は少ないですが見事な紅葉でした。昔は紅葉の時期でも嵐山で午後6時を過ぎたら観光客なんてほとんど見掛けませんでした。昔はボデゴンというスペイン料理店があって妻ともいったことがありましたがもうありませんでした。
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照明に浮かぶ砂紋もきれいです。
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フラッシュを炊くと紅葉がさらに美しいです。
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今年の紅葉は少し早い気がしました。月末までは持たないような。
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親子の微妙な距離。母さんの手を引いてあげなさい。
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嵐電の駅に預けてあった荷物を取りに行きます。我々の荷物だけがポツンと残されていました。「うちが最後ですか?」と尋ねると「はい。」嵐山で9時前まで遊んでいる人は少ないです。
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駅舎もおしゃれになったものです。駅前でタクシーを捕まえて罧原堤(ふしはらづつみ)を下って祖父母の家に向かいます。従兄弟たちも前日入りしていて遅くまでお酒を飲みました。
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翌朝は芦屋のじいじとばあばの家に泊まっていた姪と合流しました。
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「おじちゃん、鳩が咲いている。」
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弟が岩田山のモンキーパークを知らなくてびっくり。
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秋らしい風景を探して。
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姪を連れてお墓参りに向かう途中の「湯どうふ西山艸堂」を通ってショートカット。イチョウと紅葉がきれいでした。
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姪に後ろから「ケンケンパー。」と声を掛けると。
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すぐに乗ってしまうところは親娘似ています。
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お墓参りも無事終了。走ったら危ないよ。
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紅葉、見頃でした。
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家での法事が終わってみんなでお昼御飯です。御室の山の中の「松山」
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松山だけど紅葉がきれいでした。
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紅葉を通り抜けると母屋が現れます。車を降りてからの道中が足元が悪いのと階段があるので、92歳の叔母はかんかん。
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立派な建物です。JR京都伊勢丹にも店を出しているそうです。
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京都らしい設えです。
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お茶屋さんには20年近く言っていません。水上勉のエッセーにも出てくる上七軒のお姉さんとか元気にしているのでしょうか?
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献杯の後の乾杯。
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健康優良の6歳児は完食しただけでは足りずに、大人の料理まで食べていました。
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お子様用でもこのボリューム。
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昨日も和食でしたが川魚のお店だったので大丈夫。
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美味しいお刺身。
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おひたしも美味しい。
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白味噌のお椀。我が家では元旦は埼玉出身の父のおすましのお雑煮でしたが、二日は京都風の白味噌のお雑煮でした。祖母も料理が上手で叔母たちは「おばあちゃんは大きな八頭も小さな八頭も大根も人参もいっぺんに同じように炊き上げる。」と驚いていたのを思い出します。
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この店では佐々木蔵之介の実家の佐々木酒造と「松山」というお酒を出しています。というお薦めをいただいたので。
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焼き魚。
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ああ、もう感無量です。あと14年経ったら一緒にお酒が飲めるけど、おじちゃん存命かしら。
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早蕨手の染付は大好きなデザインで、持っているのと同じ作家さんかと思いましたが違いました。汲み上げ湯葉は自社工房が敷地内にあるだけあって出来立てで美味しかったです。
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天ぷらも熱々で、稲穂の天ぷらが意外にポップコーンみたいで美味しくてびっくり。
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この雑炊も美味しくて、おばあちゃんからもらった姪もペロリと完食。
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とろとろの柿が美味しかったです。基本的に柿は嫌いなのですが。同じ柿を岡山の「荒手茶寮」で初めて食べて驚いたのを思い出しました。
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姪と記念写真。いつまで遊んでもらえるのでしょう。
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最初から最後まで元気で愛想を振りまいていました。
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娘は「パパはまた新しいおもちゃに夢中。」と溜息をついていました。
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天気も良かったので、この二日間ではここの紅葉が一番きれいだったかもしれません。
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太秦駅から京都駅まで出て、芦屋に戻る義妹と姪とお別れです。二人をホームまで見送ろうとしたら「いつもおじちゃんが駅まで見送ってくれるから、今日はあたしが見送るよ。」なんて言われ感無量。この歳で昔見たJR東海のCMのような状況になろうとは。「シンデレラエクスプレス」
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ユーミンの曲が頭の中をリフレインする中東京へ帰ります。
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