2017/09/09 - 2017/09/09
6位(同エリア64件中)
かっちんさん
空知地域は国内最大の産炭地であり、美唄(びばい)は三井・三菱の2大財閥が炭鉱を操業しました。
三菱美唄炭鉱は東美唄地区にあり、大正4年(1915)から採炭を始め、昭和47年(1972)に閉山しました。
そして美唄鉄道が、美唄~東明~盤の沢~我路~美唄炭山~常盤台間(10.56km)の石炭の輸送に活躍しました。
今日の午後は、一番奥にある三菱美唄炭鉱跡地を整備した炭鉱メモリアル森林公園までタクシーで移動し、そこから東明まで散策しながら、今でも残されている炭鉱施設や美唄鉄道廃線跡を見学します。
なお、旅行記は美唄市商工観光交流課の「美唄観光情報」、美唄ファンポータルサイト「PiPa」、現地説明板を参考にしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
三菱美唄炭鉱施設の見学
「炭鉱メモリアル森林公園」に、竪坑櫓・開閉所・原炭ポケット等が保存されています。
そこから旧東明駅舎まで8.2kmの間には、三菱美唄記念館、美唄鉄道廃線跡、4110機関車などがあり、見学できます。
「アルテピアッツア美唄」には廃校を活用したアートの展示があります。(次の旅行記で紹介) -
炭鉱のシンボル「竪坑櫓」
美唄駅からタクシーで東の方向に山あいを走ると、突然巨大な竪坑櫓が現れます。
三菱美唄炭鉱の施設はほとんど撤去されましたが、一部の施設を「炭鉱メモリアル森林公園」に残し整備されました。 -
ススキ
当時の面影は見当たらず、炭鉱の町が自然の風景に戻っています。 -
青空に映えるナナカマド
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通洞坑跡
坑口は塞がれています。 -
イチオシ
真っ赤な竪坑巻上櫓(たてこうまきあげやぐら)
大正12年(1923)に完成し、櫓の高さは約20m、深さは170m直径6mの上風坑(左側)と下風坑(右側)を擁しています。
上風坑は主に坑内からの排気や人員の出入りと資材の搬入に、下風坑は入気と原炭の搬出に使用されました。 -
電源の開閉所
炭鉱関連施設や設備機械の主要電源が総合的に管理され、電気施設や器具の修理も行われました。 -
開閉所の内部
機器類搬入用のレールが敷かれています。 -
原炭ポケット
坑内で採掘された原炭を保管する所で、最大1,300トン収納可能な規模でした。 -
炭鉱メモリアル森林公園
このあたりは美唄鉄道常盤台駅構内です。 -
昭和36年の竪坑周辺配置図(説明板)
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当時の三菱美唄炭鉱の写真(説明板)
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三菱美唄炭鉱の歴史(説明板)
大正4年に飯田美唄炭鉱を買収し、三菱合資会社美唄炭鉱となります。
竪坑は大正13年から稼動。
昭和47年に閉山。 -
出炭量の推移(説明板)
昭和15~18年度の出炭量がピーク。 -
東美唄地区の炭鉱関係施設マップ(説明板)
では、常盤台駅跡から旧東明駅まで、炭鉱関係施設と廃線跡を見ながら歩きます。 -
美唄川
歩く車道は美唄川に沿っています。 -
トリカブトの花(道端)
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イチオシ
美唄鉄道の跨線橋を発見!(常盤台~美唄炭山間)
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美唄炭山駅跡
駅舎やホームは残っていません。 -
石炭の集積場(美唄炭山駅跡)
おそらく北菱美唄炭鉱の敷地のようです。 -
北菱美唄炭鉱(左に500m先)
現在、日本国内では枯渇したと考えられている石炭を美唄地区で露天採掘し、電力会社に良質炭の安定供給を行っている会社です。 -
我路ノ沢(がろのさわ)橋梁
美唄鉄道の橋梁が残っています。 -
美唄国設スキー場
昭和47年に美唄炭鉱閉山後、昭和50年に開設したスキー場です。
スキー場の山にはそれまで炭鉱の住宅があり、生活が営まれていました。 -
三菱美唄炭鉱記念館
昭和48年に廃校になった沼東中学校のグラウンド跡地に造られ、我路ファミリー公園内にあります。
三菱美唄炭鉱閉山後、昭和52年に現在の三菱マテリアル(株)が建設し、美唄市に寄贈しました。
当時の貴重な資料が展示されています。 -
炭鉱アパートの鍵棚(炭鉱記念館)
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当時のジオラマ(炭鉱記念館)
美唄炭山駅のまわりに、数多くの炭鉱住宅、小中学校、病院などがあり、炭鉱の町の繁栄ぶりがわかります。 -
ようこそ我路町(がろちょう)へ
我路駅(美唄炭山駅の隣)があった町です。 -
大きな郵便局の建物(我路町)
当時、多くの住民が暮らしていたことがわかります。 -
我路駅ホーム跡
廃線跡はサイクリングロードになっていますが、現在は通行禁止です。 -
鎮座する石仏(我路町)
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美唄川に架かる橋梁
美唄鉄道の橋梁です。 -
ちょこんと座るキタキツネ(盤の沢、ばんのさわ)
北海道ですね。 -
アザミの冠毛(盤の沢)
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廃線跡(盤の沢)
盤の沢駅(我路駅の隣)付近です。 -
美唄鉄道「盤の沢」橋梁
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イチオシ
炭鉱当時の商店街が残る建物(盤の沢)
今は営業していませんが。 -
三井美唄第2坑選炭場(盤の沢)
東美唄にある三井系列の炭鉱で、採掘された石炭を用途別に選別していました。 -
元映画館だった落合会館(落合町)
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イチオシ
機関車が停車している旧東明駅舎
東明駅(とうめいえき)は、戦後この地区に三井新美唄炭鉱の炭鉱住宅が置かれ、急速に人口が増えたため、昭和23年(1948)に開設されました。
美唄鉄道の中で、唯一駅舎と機関車が保存されています。 -
誰もいない改札口(旧東明駅)
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草の茂るホーム(旧東明駅)
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4110形式十輪連結タンク機関車2号
4110機関車は大正8年(1919)11月、美唄鉄道の注文により三菱造船(株)神戸造船所が製造し、昭和47年(1972)三菱美唄炭鉱閉山まで石炭輸送と住民の足として活躍しました。
原形は国鉄の前身である鉄道院が大正元年(1912)ドイツから輸入した4100形で、勾配のきつい美唄鉄道線の地形に合わせ特別に製造されました。 -
三菱マークの機関車(4110)
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イチオシ
夕日に輝く機関車(4110)
今にも走り出しそうな勇壮な姿です。 -
運転室(4110)
機関士席の運転台と火室の焚口が見えます。 -
今晩の宿「ピパの湯 ゆ~りん館」
旧東明駅のある「東明5条」バス停より市民バスに乗り、「ゆ~りん館」にやって来ました。
この宿にはイタリア・カプリ島の「青の洞窟」をイメージした露天風呂があります。
高台にあるので空知平野やピンネシリ岳が一望できます。 -
夕食「遊青彩夏の膳」
前菜、旬のお造り、知床産クリーンポークのしゃぶしゃぶ鍋などが勢揃い。 -
アツアツの鮭の包み焼き
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自家製クレームブリュレのデザート
焦げたカラメルがカリカリし、中身はなめらかなプリン。
夕食は工夫されていて美味しくいただきました。
今日は朝から15kmも歩いて疲れたので、ぐっすり眠れました。
東美唄の炭鉱施設はほとんど撤去されていますが、残されている一部の施設や廃線跡から、当時の面影を偲ぶことができました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 横浜臨海公園さん 2017/11/15 10:36:14
- 4120型蒸気機関車
- かっちんさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
美唄鉄道で使用されていた4120型蒸気機関車は、福米間、及び、矢岳峠でのみ使用されたE型タイプで、昔、人吉で4120型蒸気機関車を運転された方から直接話を伺った事がございましたが、空転も少なく、たいへん運転し易く、逆に新車ながら戦後に投入されたE10型蒸気機関車は、フランジが一部省略されていた為に空転が頻発し、然も、線路を傷める為に保線からも嫌われた機種だったそうです。
現状の如く、北海道で自然と一体に朽ちていくのは惜しいと思います。
横浜臨海公園
- かっちんさん からの返信 2017/11/15 11:19:25
- RE: 4120型蒸気機関車
- 横浜臨海公園さま こんにちは。
美唄鉄道で使用された機関車は、福米間、及び、矢岳峠で使用されていたのですね。
人吉の運転されていた方の話から、急勾配に適した機関車ということがわかりました。
保存の仕方は考えさせられます。
かっちん
-
- 墨水さん 2017/11/14 22:33:34
- 機関車。
- かっちんさん、今晩は。
機関車が有るんですね。
もう少し、機関車の写真が欲しかった。(笑)
墨水。
- かっちんさん からの返信 2017/11/15 11:02:40
- RE: 機関車。
- 墨水さん こんにちは。
美唄鉄道の機関車の形は初めて見ました。
撮った写真を並べてみたら、同じような写真ばかりで・・・
かっちん
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