2017/10/01 - 2017/10/04
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しんちゃんさん
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3日目の午前中は、北海道神宮と大倉山ジャンプ競技場へ行きました。
*****
参拝記念に書いて頂く御朱印のページも多くなりました。
南は沖縄那覇の波上宮です。北のはし、北海道の神社にも参拝して御朱印をもらいましょう・・・と、単純な思いで北海道神宮へ行きました。が、境内社の開拓神社は、北海道の発展に貢献された開拓使37名が祀られていて、神聖で日本の国にとって、とても大切な場所でした。
その後は、大倉山ジャンプ競技場で、ジャンプ競技のスタート地点に立ち、競技選手の視点で見る景色を楽しみました。
札幌観光はここまでで、その後はホテル送迎バスで登別温泉へ向かいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
宿泊先ホテルを8:00チェックアウト。
地下鉄東西線大通駅→円山公園駅。円山バスターミナル・JRバス→約3分。神宮前停留所到着。(地下鉄+バスの乗り継ぎ運賃330円)
8:30 バスを降り目の前に現れたのは、北海道神宮の第二の鳥居です。
円山公園駅から北海道神宮まで歩いても約15分しか掛からないのですが、天候が良くないので神宮前までバスを利用して時間の節約。 -
1869年(明治2年)に「開拓民たちの心のよりどころに」と、明治天皇が北海道に大国魂神(おおくにたまのかみ)
大那牟遅神(おおなむちのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)の「開拓三神」を祀るよう詔を出したのが北海道神宮の歴史の始まりです。
昭和39年に「明治天皇」を御増祀、現在は四柱の神様が祀られています。 -
明治に入り、北海道神宮社殿を造営することが決められました。
三方を山に囲まれ、一方だけは平野に開けている円山の地に、神道における神様をまつる施設の存在は、重要な国策である国土開拓に立ち向かう開拓民たちにとっては、精神的な支えであったのでしょう。
開拓の守護神を祀る神社が札幌に造営されたのが、北海道神宮の始まりです。
当時、内陸部の開拓を進めるため、北海道の行政の拠点を箱館(現在の函館)から札幌へ移すことが決まり、札幌のまちづくりが急務となりましたが、厳寒の地での開墾は困難を極めました。住み慣れた郷里を離れ、未知の土地で開拓に挑む人々のために、 -
境内表参道から左に折れて、桜の名所にもなっている自然豊かな境内に進みます。
周辺は、ソメイヨシノ、エゾヤマザクラ、しだれ桜の約1400本が植樹され、5月になれば北海道ならではの梅と同時に桜が開花し、多くの観光客と参拝客で賑わうようです。 -
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北海道神宮内には「穂多木神社」「札幌鉱霊神社」「開拓神社」の3つの境内社があります。
開拓以前のこの地は、原生林だたったのではと思わせる深い森の中に境内社はあります。 -
「穂多木神社」
道順に最初にある穂多木神社は、北海道拓殖銀行の物故功労者を祀っている社です。 -
穂多木神社
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穂多木神社
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樹木が歴史を物語っているようです。
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「札幌鉱霊社」
さらに進むと、鉱山従事者の殉職者を祀っている、札幌鉱霊社の小さな社があります。 -
札幌鉱霊社
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「開拓神社」
1世紀半ほど前の明治時代初期、幾多の困難を乗り越えて、北海道発展の基礎を築いた先人を偲び功績を称え、開拓功労者37柱をお祀りしている開拓神社です。
37名の中には、黒田清隆、岩村通俊、伊能忠敬、間宮林蔵といった名を思い出す人もいますが、ほとんどは人は初めて名を聞く人ばかりでした。
北海道の開拓について何も知らないことを思い知らされました。(/o\) -
北海道神宮の鎮座の意味を考えると、最も大切にすべきはこの開拓神社なのではないかと思います。
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開拓神社の御本殿
1988(昭和63)年、鎮座50周年に新たな拝殿が造営されました。 -
開拓神社
極寒の大地で、苦労に耐え原野を開拓し現在の北海道を作り上げてきた開拓民たちのエネルギーが溢れた場所だからなのでしょうか・・開拓神社は、金運アップ、仕事運アップにご利益があると言われています。 -
境内社のそばに、樺太開拓記念碑があります。
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神聖な雰囲気が漂う境内社三社をお詣りして、裏参道側の第三鳥居から、本殿へ向います。
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境内社の近くに立つ柏の木。
見事な枝ぶりです。 -
手水舎
北海道神宮に祀られている明治天皇御製。
ほどほどに 身をも心も つくすこそ 人とうまれし つとめなりけり -
明治天皇御製
あらし吹く 世にも動くな 人こごろ いはほにねざす 松のごとくに -
北海道神宮・神門
初詣の参拝数は道内一で、北海道民には慣れ親しんだ神社だそうです。
この日は、アジア系の観光客が多数いました。 -
神門より境内を望む。
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神門にかかる注連縄が特徴的です。
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縄はねじれがなく、中央が太くなっていて、米俵が二俵載っている。
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重さは400Kg、太さは2.5mあるそうです。
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鳥居をくぐって木立の道を抜けると見える社殿。
右側には祈祷殿があります。 -
社殿は立派な造りで威厳があり、力強い印象です。
北海道神宮は、国土開拓の守護神を祀っています。 -
開拓判官・島義勇(しまよしたけ)の銅像
今で言いうところの官僚に当たる開拓判官。
「北海道開拓の父」と呼ばれ、札幌の町づくりの礎を築いた人です。 -
銅像のそば、一部紅葉しているのが見られます。
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参拝を済ませ、西回廊を通ってご朱印をいただきに行きます。
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祈祷受付所
祈祷・ご朱印の受付はこの中でしていただけます。 -
祈祷受付所横にある控殿で、ご朱印を書いていただくまで待ちます。
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控殿では、北海道開拓の先覚者達を紹介しています。
早川弥五佐衛門は大野藩(福井県)の人で、樺太奥地の開拓に力を注いだ人のようで開拓神社に祀られている人です。
なんとなく見ていたら、同じ郷土出身の人だったので興味を持ちました。 -
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少し待って、お参りした証しの御朱印を頂きました。
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社務所前にある「さざれ石」
日本国歌の歌詞にある、小さな石(さざれ石)が長い年月をかけて岩石(巌)となった「さざれ石」です。 -
参拝のあと、境内に小さな店舗と休憩所に「判官さま」の幟があったので、ちょっと休憩タイム。
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六花亭の神宮茶屋店限定の焼きたての焼き餅「判官さま」
そば粉が入ったやわらかいお餅をホットプレートで焼いてくれて、一つ100円で販売しています。 -
判官さまは、中はつぶ餡が入ってとっても美味しい。
焼きたてで熱々の焼き餅は、とにかくよ~く伸びる! -
北海道神宮を後にして、神宮前からJRバスに乗り、大倉山ジャンプ競技場へ向います。
大倉山競技場入口バス停で降りると、徒歩約8分の坂道が待っていました。
北海道神宮で食べた「判官さま」ぶんのカロリーは消化できたかなあ((笑) -
大倉山は、1972(昭和47)年に開催された冬季オリンピック札幌大会でジャンプ競技場の開催場所になった場所。
現在はサマージャンプやナイタージャンプも可能な近代的設備が整い、国際的な大会が数多く開催されています。 -
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札幌オリンピックミュージアム
オリンピックとパラリンピックの歴史を、選手の用具や貴重な資料で学べる施設です。競技の体験コーナーもあるようですが、時間が無いので入りません。 -
標高307mのジャンプスタート地点は、上の中央に小さく見えている展望ラウンジ(スタートハウス)のすぐ下になります。
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これから、この急勾配を体感します!
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ジャンプ競技場の目の前にあるクリスタルハウスで、リフトのチケットを買います。
1階は、お土産が買える売店。
2階は、札幌市街やジャンプ台を眺めながら食事ができるレストランがあります。 -
往復500円
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では、展望ラウンジがあるジャンプ競技のスタート地点まで、2人乗りリフトで上ります。
平日のせいか、観光客が少なく、待たずにリフトに乗れます。 -
リフトに乗り片道5分で山頂へ。
いよいよ~ スキージャンプ競技選手の気持ちを垣間見る時間です(^^♪ -
真横に急勾配のコースを眺め、その凄さを実感(@_@)
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右横は、審判塔です。
ジャンプ台真横から選手の飛形点をジャッジする審判員が入る場所です。 -
リフトはグングン上がり、展望ラウンジ(スタートハウス)が見えて来ました。
真下に、選手のスタート地点。
遠くに石狩平野が広がる展望台です。札幌の景色を眺めながら休憩できます。 -
片道5分で、スタート地点の大倉山山頂に到着しました。
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ジャンプ競技のスタート地点
そしてこれが、ジャンプ競技選手の視点で見る景色。高い!
急斜面のアプローチを真上から見下ろすと、思った以上に高くて、迫力があって、感動しました!(^^)! -
屋上展望台から眺める大パノラマ。
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屋上展望台からは、真正面に伸びる大通公園をはじめ、札幌ドームや北海道大学など、市内に点在するたくさんのランドマークが見られ、その先には石狩平野や石狩湾、はるか遠くの山々までもが一望できます。
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大倉山ジャンプ競技場は、リフトに乗ればジャンプ台のスタートラインを目の前に見ることができるのが魅力のひとつです。
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標高307mのジャンプスタート地点に立ち、ジャンプ競技選手の気持ちが伝わったのか?ポーズして、本人が撮ってくれと言いました。(やらせではありません)
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大倉山競技場入口からバスと地下鉄東西線に乗り継ぎ大通駅で下車して、大通公園にやってきました。どうしても食べたい物がありました。
宿泊先ホテルが近いこともあり、今回、何度も行き来して見慣れた景色。
曇り空で残念な写真です。 -
大通公園内に出るトウキビワゴンで買い求めたトウモロコシを、ベンチで食べている人を見ながら、敢えて、北海道に来てまだ1度も食べていない「じゃがバター」を買い求め、ベンチで食べました。
北海道に来るたびに、ジャガイモの美味しさをかみしめ食べている「じゃがバター」。品種はキタアカリでした。
あんなに食べたかったのに、いざ食べてみると、美味しいが特別な程の味では無かったので、少しがっかりです。
時期?品種を聞けばよかったかなぁ・トウモロコシにすればよかったかなぁ…と。 -
泉の像
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石川啄木歌碑
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大通公園を出て・・・
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そして、もう一つどうしても食べたい物がある場所にやってきました。
札幌赤レンガ庁舎からすぐの交差点に位置する、北菓楼 札幌本館です。 -
北菓楼 札幌本館は、大正15年建設の歴史的建造物で元々は北海道庁立図書館として昭和42年まで使われていた建物です。
安藤忠雄の設計で、吹き抜けと壁面の天井まである棚には本が並んでいて、今もまるで図書館のよう。
平成28年にオープンした、2階のカフェスペースも素敵です。
ここで、スイーツを頂きます。 -
頂いたケーキセットはメインのケーキを選べます。
和栗のモンブランにしました。このモンブランは絶品で美味しかったです。 -
こちらは、イチゴケーキ。
ボリューム満点で、この後少し時間が経ってから昼食を食べる予定でしたが、
昼食はいらなかったです。
1階で販売しているバウムクーヘンを土産にしましたが、これも美味しかったです。 -
札幌駅構内
ネストホテルに預けていたカバンをもらい、少し早目に札幌駅にやってきました。 -
札幌駅北口
14:00発の登別温泉、石水亭お迎えバスに乗るために、札幌駅北口に来ました。
駅前にはビルや住宅が建ち並び美しい街並み。 -
札幌駅北口に着いたら、大勢の送迎バスを待つ人で混雑していて、予想外でびっくり。
石水亭と同じ野口観光グループの道内にある宿泊施設へ行く人も、同じ場所で待っていたのです。 -
ホテル送迎バスの殆んどが先行出発して、待つ人数が少なくなりましたが、でも、石水亭に向かうバスは満席でした。
野口観光グループの札幌駅からの無料送迎が効をなして、人気を集めているのでしょうか?それとも、たまたま宿泊客が多い日だったのか?・・・ -
バスは、途中トイレ休憩を1回入れ、高速道路をスピード上げ登別温泉に向け走り抜けます。
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やがて、道央道登別東インターを降り、国道を走ります。
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約2時間後、ようやく登別温泉石水亭に到着しました。
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チェックイン手続きをして、部屋へ。
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部屋は、銀杏館の4階です。
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10畳の和室でした。
仲居さんの案内もお茶出しもなく、とても簡素化されています。
御茶やお茶菓子、その他必要なものは用意されていました。
こんなのも楽で良いかも・・ -
左にトイレと浴室があります。
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部屋から見える景色。
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お迎えバスに乗って一緒に来た人が来る前に、お風呂へと急ぎます。
石水亭には銀杏館と辛夷館の2カ所に、大浴場があります。
まずは、部屋と同じ銀杏館の最上階にある風呂へ。こちらは、露天風呂があり浴場が広くて良い。
濁りのある硫黄泉に入り、心身共に癒されました。 -
夕食は大きな食事処でバイキング。
品揃えは多そうだが、質は大したことが無い感じ。
騒がしいのと、目の前を絶えず人が行き来するので、落ち着いて食事出来なくて、2人共余り食欲が湧かなく早々退散。
がっかりな夕食の後、部屋でまったりして、温泉メインの宿での湯浴みを楽しみました。2度目です。 -
1Fロビーで20:30よりビンゴ大会がありました。
ビンゴカードは1枚500円です。 -
景品は、登別限定の鬼のぬいぐるみやキッチン用品・お菓子類など様々なものがあります。
旅の思い出に、参加をしました。
3番目にビンゴになりましたが、景品は荷物になるので重い物やかさ張る物を避けたら、小皿5枚セットに。
1枚500円するので、参加する人は20人程度と少なかったです。 -
1Fロビー
今話題の大谷翔平君と写真を撮っている人が多い。 -
ビンゴをして部屋に戻ると午後9時に。
そして、寝る前に3度目の温泉に浸かって熟睡。3日目が過ぎました。
***最後までお読みいただき有難うございました。続きは、2017/10 北の都*札幌&登別3泊4日の旅(6)登別温泉と大湯沼を満喫、になります。
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この旅行記へのコメント (2)
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- わきさん 2017/12/22 22:01:25
- 開拓神社の写真で思わず・・・。
- こんばんは。
開拓神社の写真のところですが、
これはと思う人物を発見し、
心うたれました。
それは、田村顕允のことです。
田村は、確か奥羽越列藩同盟の
盟主として、明治維新軍に敗北した
仙台藩の支藩亘理藩家老だったと記憶します。
伊達邦成のもとに、
敗北のことから、北海道にわたり、
開墾に至るわけですが、
大変な苦労があったよしです。
2600人が北海道移住を余儀なくされ、
最初は、室蘭海岸についたときは、
仙台藩の女子どもは、全員うっつぶせで
わんわん泣いたと伝えられています。
明治2年の札幌の人口、
僅か本籍者は9戸13名だったそうです。
田村は、その後
樺戸集治監の建設のため、の予定地
の選別などに少しばかり尽力し、
後々の樺戸刑務所の初代所長月形潔などとも
知り合ったとありました。
こういう形にて、田村の名があったことに
時代の流れとその後の日本が歩んだ足跡が
見てとれ、深く読ませて頂きました。
感謝です。
わき
- しんちゃんさん からの返信 2017/12/27 16:55:13
- Re: 開拓神社の写真で思わず・・・。
- わきさん こんにちは。
先ずは旅行記を見ていただきありがとうございました。
また、開拓神社に祀られている田村顕允の事は全く知らなかったので書き込み嬉しく思います。
開拓神社で貰いチラッと見て既に仕舞い込んでいた、
開拓の先覚者37人を綴った「開拓の群像」刊行委員会発行の冊子を改めて見たくなり取り出し・・・開拓にかける強い信念と苦労を再び感じる機会が持てました。
コメントして頂き、ありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えください(^◇^)
しんちゃん
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