2017/09/17 - 2017/09/19
22位(同エリア316件中)
Pメテオラさん
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ビルバオ近郊、ビスカヤ県内名所めぐり
Ⅰ 秘境、絶景サンファン・デ・ガステルガチェ
Ⅱ バスクの心のふるさとゲルニカ
Ⅲ 出船がくぐる世界遺産ビスカヤ橋
いずれもビルバオから半日内外で行かれる風光明媚、歴史を感じる観光地だ。バスク州3県のひとつであるビスカヤ県内:Vizcaya は、電車やバスが発達しているので、たいていの移動も効率的にできる。緑の丘陵が連なる農山村風景は、日本のそれと通じるものがあり、とても親しみが湧く。何度でも目にしたい風景だ。
緑のバスクと世界遺産めぐりだ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Ⅰ 秘境、絶景サンファン・デ・ガステルガチェ
「このごろバスクで、はやるもの。ピンチョス、グッゲン、ガステルガチェ」ということで、スペイン国内でも人気急上昇の観光ポイント、サンファン・デ・ガステルガチェ:San Juan de Gaztelugatxe に行った。雲間をぬっての初挑戦だ。
まずは、海辺のリゾートタウン、バキオ:Bakio まで来て天候チェック。街の西はずれの岬から東を見ると、雲の切れ目からサンファン・デ・ガステルガチェがのぞいている。
観光写真は、正面からの姿が大半。西からサンファン・デ・ガステルガチェを見ると、そこだけ外海にちょっと突き出した岩山状の島であることが、よく判る。 -
バキオ:Bakio は、ウスケラ話者(Euskara または Euskera ) つまりバスク語オリジナルの住民が大半のリゾートタウン。海は当日、遊泳禁止の代わりにサーフィンのメッカ。ビーチを取り囲んで別荘用のマンションがたくさん建っている。
路線バスならば、ビルバオよりビスカイバス:Bizkaibus に乗り約1時間でバキオ終点。1時間に1本の運行である。ここからサンファン・デ・ガステルガチェまで約5km。ベルメオ行きの路線バスに乗り換えるか、ひたすら歩く。 -
だんだんと雲が高くなり、それにつれてサンファン・デ・ガステルガチェの姿が、くっきりと浮かびあがってくる。目をこらすと、山上の教会へ列を成して登っている観光客の影も見える。
後ろの山は、本土の張り出し。
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2017年9月現在、県道からサンファン・デ・ガステルガチェに最短で向かうルートは、観光レストラン・エネペリ:Eneperi Jatetxa の脇から続く遊歩道を昇り降りすること。斜面の中腹までクルマで行けなくなったようだ。県道の交差点には、しっかりと「サンファン・デ・ガステルガチェ」の標識がついているし、レストラン周囲の駐車場は、たくさんのクルマ、バスを収容できる。
いまのところ(2017年9月現在)、駐車場も岩山への入場もタダ。
その代わり交通不便。健脚でないと山上の教会堂にたどりつけない。 -
レストラン・エネペリ:Eneperi Jatetxa の入口。ピンチョス・バルと、食事用の部屋がある。Jatetxaは、ハテチャと発音し、ウスケラで「食堂」の意味。
サンファン・デ・ガステルガチェ見物は、私の察するところ、滞在時間の長短と足腰の強弱に応じて、初心者コース、一般コース、健脚コースの3タイプがある。
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初心者コースは一番楽ちん。でも、遠目に見るだけ。
エネペリのピンチョス・バルに入り、テラス席から外に出てサンファン・デ・ガステルガチェを眺めることである。見るだけならタダ。「最低一品は、ご注文ください」という目付きで、テラス席入口に陣取っている店員さんもいない。
バルの席は、全席自由席。窓側の席は当然、人気が高い。運良く座れないときは、誰かが席を立つまでじっと待つ。
お年寄りのツアー客、時間いっぱいで回っているツアー客は、ここで見物。
食事用の部屋は、もっと眺めが良さそう。ただし、混雑時は3時間待ち、4時間待ちのようだ。秘境にも世俗のせちがらさが、待ったなしで押し寄せている。 -
エネペリのテラスからの展望。サンファン・デ・ガステルガチェは上の半分くらいしか見えない。外に出て、少し芝生を下ると、断崖絶壁の岩山全体と周りを取り囲む海がちょっとだけ見える場所がある。
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一般コースは、もう少しサンファン・デ・ガステルガチェに近い場所まで近づいて見物できる。エネペリ脇の案内看板に沿って遊歩道を下ると展望台に突き当たる。そこから岩山全体と周囲の海、近くの島などを見渡す。
エネペリから展望台までは往復15分くらい。道は未舗装の急な坂道だから、ヒールの女性や、足腰が弱っている方は十分な注意が必要だ。「まあ、ちょっと寄って見るか」程度の観光客ならば、ここまで来れば満足する。足下の断崖や、岩山の急斜面を昇降する人たちを見て、「ちょっと、これ以上はきついなあ」と思うだろう。
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健脚コースは、エネペリから徒歩で往復1時間から1時間半くらい。岩山の教会までの完全徒歩往復である。感覚的であるが、雨の日でない限り、来訪者の半分くらいが、山上の教会まで、ふうふう言いながらも往復する。お年を召した方でも、山頂往復を狙って来る人たちは、それなりの服装、履物だから、ゆっくり目ながら確実に前進している。上の展望台からの絶景に釣られ、予定外に急坂急斜面の昇降を余儀なくされたお兄さんお姉さんの方が、バテ気味だ。
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背後の空には雨雲がかかっているが、サンファン・デ・ガステルガチェ周囲だけは晴れてきたので、猛然と山頂めがけて歩き始めた。一般コース用の展望台へ行く坂道の途中から分岐する急坂急斜面の歩道をずんずん下る。雨あがりは、ぬかるみもあるので滑らないように要注意。ところどころに手すりがあるので、つかまろう。標識は、きちんと設置してあるので迷う心配は皆無。
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約15分で、かつてクルマが乗り入れていた舗装道路に出ると、そこからは緩やかな下り。サンファン・デ・ガステルガチェの威容が、一気に眼前に現れる。
「わあ、すっげえ景色」
急坂をやっとの思いで下ってきたあとの安堵感と、荒々しい自然の美を目にした衝撃が重なって感情が高ぶる。 -
全山、ほぼ岩山のサンファン・デ・ガステルガチェは、実物を前にすると、かなりの迫力がある。向かって右端の磯には、二つの穴があいていて、いつも波頭が立っている。
あんまり期待し過ぎてもいけないので、一言、つけ加えると、こういうパターンの風景は世界にあちこちある。
例えば、ABBAの歌でつづる映画「マンマミーア」に登場した、ギリシャのスコペロス島の岩山の上にあるアギオス・イオニアス教会は、サンファン・デ・ガステルガチェとそっくりのパターン。
日本の江の島から土産物屋やヨットハーバーなどの人工建造物を全部取り去ると、サンファン・デ・ガステルガチェに近くなる。
フランスのル・モンサンミシェルだって、陸地から張り出した岩山の上にある宗教建築という点では同じ構成。あちらの方が、建造物が立派で重厚な分、荘厳で権威的。こちらは、素朴な人なつっこさが売りだ。 -
下り坂の次は、次第に勾配がきつくなる上り坂。城壁風の参道を250段以上登って行く。200段目前後から、真上を見て上がる感じになる。もう少しで頂上だと思って一歩一歩踏み出すしかない。
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参道の途中からは、磯に下る道もあり、自己責任で降りる。太陽の下で磯遊びをしたり、ピクニック弁当を広げている親子連れがいたりする。岩礁に打ち寄せる波は常に荒い。東には小さな島があって風景にアクセントを添えている。遥か彼方の大海原上には天然ガスをくみ上げる櫓が霞んで見える。
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参道の石段の途中からバキオの街並みを遠望。湾になっているあたりだ。晴れ間がみるみる広がってきて、とても明るくすがすがしい風景になった。
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レストラン・エネペリ脇から歩き始めること約30分で、サンファン・デ・ガステルガチェ山頂の教会に着いたあ!
素朴な教会堂、四方を取り囲む青々とした大海原、緑いっぱいの山々の風景が目にしみる。ニッポンの白砂青松の磯の風景に似ている。 -
サンファン・デ・ガステルガチェ教会の本堂と人気の鐘。無料。鐘を3回鳴らすと再訪できるとか、カップルが永遠に結びつくとか言われているが、ホントかな。その日、鐘つきをしていた大半が子供連れの家族だった。
人気急上昇中の観光地と言っても、参道こそ細いので人の列が絶えないものの、山上はイモを洗うような混雑ではない。 -
みんな、美しい自然に気を休めている。山頂を吹き渡る風は、強めで涼しい。
15分もすると、青空の隅から黒雲が押し寄せ始めた。 -
教会の外海側。かなりの急斜面で、さすがに手すりがついている。教会の下を一周することはできない。
水分を補給し、汗が引くの待ち、山上風景を目に焼き付けて下山する。出発点のエネペリまで3,40分かかった。 -
Ⅱ バスクの心のふるさとゲルニカ
ゲルニカは、中世よりバスクの人たちの思い入れの地であり、現代バスク史の鍵を握っている町だ。
その名前は、巨匠パブロ・ピカソの絵「ゲルニカ」を通じて、あまりに有名。スペイン旅行でマドリードを訪れた人の中で、「ゲルニカ」のオリジナル作品を鑑賞した人は多いと思う。みなさんは何を感じたのだろうか。
「ゲルニカ」のレプリカは、世界のあちらこちらにあるので、絵画そのものを知っている人は多いのではないか。もちろん、ゲルニカ町内にもある。 -
東京では、東京駅丸の内北口オアゾ・ビル1階の吹抜けロビーにゲルニカのレプリカがある。何度見ても、絵の中の人や馬が混乱し、絶望しているさまが伝わってくる。
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ビルバオからゲルニカに行くにはウスコトレン:Euskotren の電車で約50分、またはビスカイバス:Bizkaibus で40分くらいだ。両者とも、平日30分毎、土曜休日1時間毎の運転。電車のゲルニカ駅の脇にバスターミナルもある。
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ゲルニカは、現在、行政区画上ゲルニカ・ルーモ:Gernika-Lumo という町。電車で行くと、途中からバスクの農山村風景が車窓を彩る。木々の生い茂った丘陵がうねうねと続き、小さな渓谷が断続的に続く山間の風景があるかと思えば、傾斜のある畑や牧草地と、林に囲まれた農家が点在する平野部の風景もある。水田こそないものの、農地の手入れがよく、かなり日本と似た景色だ。
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観光の出発点ゲルニカ駅正面。バスターミナルは、右手100メートルほどの場所にある。
ゲルニカ駅 駅
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駅前の観光案内板で、観光ポイントをチェック。あるいは、はじめに観光案内所に寄ってもよい。徒歩5分くらいだ。
ゲルニカは、歴史的に有名でもあるが、バスクの典型的な小都市でもあるので、バスクの雰囲気に浸りたい人にも好都合。観光客は、有名ポイントをはずせば、ほとんどいなくなる。 -
まずは、ゲルニカ議事堂に直行する。バスク議事堂とも言う。駅から徒歩10分。途中、花壇や噴水のあるフェリアル庭園を通る。議事堂は、そこから見える低い丘の上だ。
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ゲルニカ議事堂:Gernikako Batzarretxea (ゲルニカコ バツァレチャ) は、バスクの自治を象徴する建造物である。
現在では、バスク州の政治の中心が、州都ビトリア・ガステイス:Vitoria-Gazteizに移ってしまったので、ここを使うのは、ビスカヤ県の儀式の日だけだ。ほぼ1年中、公開日なので観光客には嬉しい。バスク議事堂 建造物
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議事堂を入って、すぐ右の部屋が本会議場。楕円形に並んだ議員席、壁をぐるりと囲んで並んでいる歴代ビスカヤ領主の肖像、細工がきれいな天井。
中央の窪みには、議長席がしつらえてある。
バスクの行政の長は、代々 レンダカリ:Lehendakari という呼称で、今ではバスク州首相の称号。ここは県の儀式をする場所になったので、普段、レンダカリは来ない。
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本会議場の隣りがロビーのような広い部屋。天井のゲルニカの木を描いたステンドグラスが見事。
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「ゲルニカの木」は、バスク自治のシンボルであり、バスクの人々のシンボルである。
初代の木は天を仰ぐほどの大木だったそうだ。中世以来、歴代ビスカヤ領主が、この木の下でバスク自治権の尊重を誓った。木の種類は柏。議事堂裏の庭に植わっている。
だから、「ゲルニカの木」は、木そのものに価値があるわけではない。木を通して、バスクを感じるのである。
それでも、
「あれっ、この木、結構、小さくない?前に見たときと違うぞ」
と、思って解説を読んだら、現在の木は2015年に植えられた四代目。前回、見た三代目は2004年に枯死したようだ。 -
こちらが1986年当時の三代目ゲルニカの木。解説から計算すると、当時の樹齢は130年くらいだった。
ゲルニカ議事堂と、ゲルニカの木は1937年4月26日のゲルニカ空爆の際も無傷で残った。そのことが、かえってフランコ政府の格好の政治宣伝に利用されたようだ。 -
議事堂脇の緑地には、初代ゲルニカの木の幹が、屋根付きのお堂の中に大切に保存されている。かなりの大木だったことが分かる。
周囲の木々も、すべて柏の木。青いどんぐりがいっぱい実をつけていた。
世界中の多くの場所で、目立つ木は人々の集まる場所になりやすい。日本でも、三本松脇の神社とか、街道筋の榎とか、大きな木と生活は密着している。 -
議事堂から町の中心部に降りてきて、ぶらぶらと歩く。
塔のある建物が町役場、その向かいが博物館。右の石造りのアーケード内の一角に観光案内所がある。
先進国の小さな町は、東西を問わずに高齢者の姿が多い。それでも、町の中心街がシャッター通りと化さず、マーケットを中心に歩行者が多く集まり、お店やバルもにぎわっているのは、街づくり意識の差だ。もちろん、市街地の通りには、電線はほとんど張りめぐらされていない。ゲルニカ観光案内所 散歩・街歩き
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左の2階建てがゲルニカのマーケット。町役場からマーケット、駅にかけての低地一帯がゲルニカ空爆で廃墟となった地域。伝統的なスタイルの建物が目に入るが、ほぼ全部、往時の姿を再建したもの。
ぐるっと回って2,3時間。
ゲルニカで、バスクの気と心、過去と現在を改めて心に刻んだ。
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Ⅲ 出船がくぐる世界遺産ビスカヤ橋
アプローチのお手軽さで人気の世界遺産ビスカヤ橋:Puente Vizcaya。別名、吊り橋:Puente Colgante。
ビルバオ都心部からメトロまたはRenfeの近郊電車で20分ほどのアレータ :Areeta、または ポルトガレーテ:Portugalete 下車、徒歩数分という便利な場所にある。
駅を出て歩くこと数分、視界に飛び込んでくる橋は想像以上に大きく、写真では味わえない量感がある。
メトロのポルトガレーテ駅からアプローチした場合、坂の上の駅からの道すがら、屋根越しにビスカヤ橋が見えてきて、気分が高揚するようだが、今回は、いきなり橋に到着。ビスカヤ橋 建造物
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ビスカヤ橋は、どちらの川岸から見ても優雅で、機能美を備えている。晴れても降っても、昼でも夕方でも、それなりの良さを味わえる。
前の写真は、右岸のゲチョ市:Getxo 側からで、奥がポルトガレーテ市街。次の写真は、左岸のポルトガレーテ市側からの情景で、橋の後方が河口方向。
ネルビオン川の両岸には長い長い遊歩道があるので、時間の許す限り行きつ戻りつして、ビスカヤ橋の風景とバスク散歩を楽しもう。
ビスカヤ橋 建造物
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橋桁全体を見上げる。鉄骨組みが端正な機能美を現わしている。ビスカヤ橋は1893年竣工。設計者は、パリのエッフェル塔の設計者エッフェルの弟子アルベルト・パラーシオ。ビルバオの繁栄をバックに、当時最新鋭の技術を駆使して建設したそうだ。
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そう思って、橋脚を真下から見上げると、
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お師匠の作品と鉄骨の組み方、曲線の取り回しなどが似ていると言えば似ている。
色は、最近、住民の要望で現行の赤茶色に塗った。オリジナルは黒だったそうだ。 -
ビスカヤ橋は現役。歩行者、自転車、バイク、乗用車を乗せたゴンドラで渡る。橋と言えば橋、吊り下げ式渡し船と言えば、船の変形。ゴンドラの両側が歩行者用で、屋根付きデッキがあり、中央がクルマのスペース。自転車とバイクは二列で並ぶクルマとクルマの間に乗る。
季節差はあるが、ゴンドラは原則として24時間365日の運航。昼間は、約8分おきの運航。せっかく、ここまで来たからには、是非、ゴンドラに乗って両岸を往復しよう。
観光バスでやってくると、日本人ツアーだろうがスペイン人ツアーだろうが、ガイドさんの説明後、「はい、15分後にバスに集合です」って言われて、ざわついている。
「えっ、ゆったりタイプのスペイン人でも、そんな駆け足滞在なの」
「そうです。あちこち回らないとね」
と、いう感じで、アンダルシアからのツアー客は橋を後にして行った。 -
渡し賃は、一人40セント、自転車、バイクは70セントから1.6ユーロ内外、乗用車は7ユーロほど。大型車は積載不可。観光バスの方は、そのままでは渡れないのだ。
ゴンドラの歩行者用区画は全室立ち席。きっぷを買うか、バリクカードで自動改札を通って乗る。到着客が全員降りたのを確認してから入場ゲートが開くので、折り返し乗船はできない。普段の昼間は、地元の人が8割、観光客ちらほらという雰囲気。観光客は、平静を装いながらも、みんなワクワクムード。それを横目に見る地元の方も、「観光客なんか知らないよ」という風を装いつつ、「おっ、今日は日本人か中国人がいる」という目つきで興味津々だ。 -
クルマやバイクなどは、ゴンドラ中央に、係員の誘導で乗ったところで料金徴収。クルマの片道7ユーロは、けっこう高い。固定客用には、たぶん、通勤定期みたいなものがあるはず。
昼間は、クルマも少なく折返しのゴンドラにすぐ乗れるものの、朝夕の通勤時は1回か2回待ち。人は、折返しのゴンドラに待たずに乗れる。
ゴンドラは、動きだすと2分弱で対岸に着く。とてもスムーズな乗り心地で、接岸時にほんの軽い衝撃があるかないか程度だ。
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橋に気を取られて見逃しがちだが、実は、橋の200メートルほど上流に、公営の渡し船がある。運賃は一人35セントで、5分から10分ごとの運航。対岸まで2分くらいで着く。目と鼻の先に、どうして同じような渡河サービスが重複して存在するのか背景は知らない。
渡し船の方は、水面近い目線になるし、ビスカヤ橋を川面から見られるので、余裕があれば体験しよう。 -
とっても、とってもラッキーなことに、ビスカヤ橋の下を中型船が実際にくぐるところを見ることができた。
ビルバオ都心近くの埠頭でイベント参加中だったグリーンピースの船が外洋に出るためやって来た。けっこう速い。
船舶接近の合図や、警報音など全くない。「見れば分かるでしょ。船が通るよ」という感じで、船はどんどん接近。渡し船のあんちゃんは、出航停止措置。ビスカヤ橋のゴンドラは接岸したまま待機となる。
周りにいた乗客は、地元民だろうが観光客だろうが、いっせいに大興奮。カメラやスマホを取り出し、船が橋の下をくぐる様子をパシャパシャ撮影。ゴンドラの乗客も、ガラス窓越しに船の通過を撮影している様子が遠目に分かった。 -
出船は、あっという間にビスカヤ橋の下をくぐり抜ける。船のマストから橋桁まで高さに余裕があるものの、普通の橋だったら、絶対にくぐり抜けられない高さ。
百聞は一見に如かず!「ビルバオに入る大型船の通行を妨げないように」という目的で建設した運搬橋形式のビスカヤ橋の存在理由を、目の前で証明された。もう、ぐうの音も出ない。
ビスカヤ橋 建造物
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船の通過後、ものの1分くらいでビスカヤ橋のゴンドラも運航再開。何事もなかったように、日常風景が戻ってきた。
ちなみに、運航の自由度が高い渡し船の方は、地元のお客たちが船頭をせっついたようで、船は中型船を追いかけるように出航。やや橋寄りに湾曲した航跡を描いて対岸に着き、スマホで動画を取りたい人たちの要望にしっかりと応えていた。
そのおかげで私も、とってもレアな場面を見ることができた。大満足。 -
ビスカヤ橋は終日稼働。日が暮れると川岸の遊歩道には明かりがつくが、橋そのものがライトアップされたりすることは普通はない。
闇に浮かびあがる橋の鉄骨の影は、威風堂々。 -
スペインの夜明けは遅い。夏でも日の出は午前7時から8時ごろ。冬は9時ごろだから、朝の通勤通学は暗いうちに始まる。だんだん冷え込みが肌にしみる9月のある朝、ビスカヤ橋のゴンドラは通勤通学客を乗せ、白い蛍光灯を煌々とともして動く。クルマも6台満車で往復する。
水面に映った白い光、黄色い街灯がゆらゆらと揺れている。じっと見ていても飽きない一コマだ。 -
ビスカヤ橋右岸のゲチョ:Getxo は、ビルバオ都市圏の市なのだが、スペインでトップを争う高級住宅都市だそうだ。
19世紀後半、ビルバオ一帯が驚異的な経済成長を遂げたころ、イギリスからスペインにやってきて製鉄業や造船業で財を成したイギリス系スペイン人が、煙と鉄サビが舞い、手狭なビルバオ都心を嫌い、海辺のゲチョに大邸宅を構えたのが、その始まりと聞いた。
ビズカヤ橋を後にして、クルマや市バスで市内を走ると、住宅街はどこも高級感いっぱい。まことに申し訳ないが、田園調布や芦屋のレベルを軽くしのぐ。初めの写真は、高級住宅街風景。しつこいが、電線類は皆無。 -
2枚目の写真は、「超」高級住宅街風景で、こちらは海岸沿いの限られた一帯にしかない。一軒一軒が、小さな城といった外観。100年以上経って風格も出てきたためか、成金趣味の邸宅地という雰囲気は消えている。
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さらに郊外方面へ進むとネルビオン河口が見える崖の上のアイセロータ:Aixerrota という公園に出られる。ウスケラで「風車」の意味。むかし、穀物を挽いていた風車が1基残り、風車の下に同名の高級レストランがある。でも、周囲は芝生の公園。晴れた日の夕方は、海風がそよそよと吹いてきて、気持ちがよい。
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アイセロータ公園から見た夕暮れのパノラマ。左がゲチョの海岸台地上のマンション街、真ん中が、ビルバオ新客船ターミナルで、クルーズ船が一艘停泊中。その後ろがポルトガレーテ市街。背後がバスクの丘陵。ビルバオは左奥の方で見えない。
芝生に座って、少しづつ傾く陽ざしを受けながらバスク風景を見ていると、日本にいるかのような感じで心が安らぐ。たぶん、雨が多くて適度な湿気があること、人々の気質が穏やか、真面目、ちょっと引っ込み思案で、日本人と似ている面があるため、街中の雰囲気に類似点があることが理由のような気がする。
そろそろ腰を上げて、夕ご飯を食べに帰ろうかね。
了
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この旅行記へのコメント (2)
-
- jazzmanさん 2018/02/11 11:27:57
- 一緒に歩いているような気持ちでした。
- こんにちわ
JAZZMANです。
ゆったりとご一緒に歩いている感じがした
写真とお話しですね。
名所を見ることも貴重な経験ですが、
その場所の空気やにおいが伝えられたらいいですね。
また、先日はコメントをいただいていました。
ありがとうございました。
- Pメテオラさん からの返信 2018/02/11 16:53:18
- Re: 一緒に歩いているような気持ちでした。
- JAZZMANさま。コメントありがとうございました。良い旅をされていたのでコメントしました。おっしゃるとおり、楽しい体験を、自己満足を超えた形で、他人に伝えるのは、やさしいことではないですね。これからも、良い旅と、読んで心にひびくお知らせが届きますよう、お待ちしています。
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