2017/08/20 - 2017/08/28
122位(同エリア480件中)
関浩成さん
その1は、インタンジー村。インパール作戦当時、林軍(配下に烈師団、祭師団、弓師団)の総司令部があった村です。
日本での情報や旅行会社の情報に頼らず、現地に一人で行って、情報を人に聞きます。道行く人に「日本軍の情報」を聞くと、知っている方が多数おられます。でも、それも今がぎりぎりかもしれません。できるだけ多くの史跡を訪ね、今、どうなっているか報告したいと思います。
<現地へ行かれたい方、地図・動画情報を差し上げます>
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 1.5
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- タクシー 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
チンドウィン川を超えます。
雨期のミャンマー北部は、冠水道路や崖崩れも多く、マンダレーから、モンユワ、ガンゴーを通って、ミャンマー北西部の街、カレーミョへ向かいます。
マンダレーから11時間。旅費の目安は、マンダレーでタクシーを雇えば、1日10000円です。(円高のため、飛行機でも10000円くらいで行けます) -
左手にはインドとの国境であるチン山脈が見えます。
-
カレーの町(町をミョウといいます)につきました。左右に大きな木が並んでいて、木陰を作るようになっていて、東西の大通りを中心とした町は涼しいです。
サイカータクシーも走っていて、100円くらいです。 -
お店もズラリと並んでいます。マーケットもあります。
子どもが乗れる鹿のおもちゃ!安い!
買っていこうかどうかさんざんに悩みました。
飛行機に持ち込んだらどうなるだろう・・とワクワクしました。
でもやはり止めました。 -
ゴーシャンという喫茶です。お店もきれいで、スムージーがおいしいです。
-
偶然にも101歳のおばあちゃんに会うことができました!
戦争中のカレーミョウの生活の話や日本軍の話をたくさんしてくれました。
(動画あります)
==3点ほど===========
・日本の兵隊さんは礼儀正しく、親切だった。しかし、戦争を知らない下の世代は映画の影響で日本兵が蛮行を働いたと思っているがそれは違う。
・日本兵はいつも森にいて、町へ食料を買いに来た。きちんとお金も払った。泥棒はしなかった。かわいそうに思って、みんなよく、ほどこしをしていたほど。
・英軍の空襲で、オイル畑は全滅してしまった。日本軍が退却した後の、インド兵がとてもこわかった。 -
いよいよインタンジーです。
インタンジー村へ行って、偶然に道を聞いた店。店の人は、旧総司令部の場所を知っていました。そして、店の横の小道を指さして「ここから登っていくんだよ」。
というわけで、あっというまに偶然に辿り着きました。しかし、山の頂上だそうです。(写真の丘のようなところ)
=登り口への行き方=
グーグルマップを広げてください。
1カレーミョウから東へ、カレーワの方へ向かいます。
2カレーミョ空港から7キロくらいのところで分岐があります。小さな川を渡ってすぐ左折(あ!川は雨期だけあるのかもしれません)です。
3そのまま北西へ行くと、インディア・マイアンマー・フレンドシップ・ロードとぶつかります。
4ぶつかったら左折して下さい。そしてすぐに店があります。右手(東)です。
5それがこの旅行記の表紙の店です。 -
「1時間はかかるよ」といわれましたが(一般の人で1時間なら楽勝!)と思って、即「行きたい」というと、よく知っている人を1人、英語を話せる人を1人、電話で呼んでくれました。やさしい~!
さっそく出発です。雨期とはいえ、暑い!
しかも結構な急勾配!
加えてこの2人が速い!たぶん普通に5~6キロで最後まで登り切ったかと。
途中、英語の方と僕は水分補給をしましたが、もう一人は飲まずに、平然!すごい!結局、50分ほどでつきました。
※なお、知らない人が辿り着くのは不可能です!
山の小道は幾重にも分かれつつ、ブッシュ(肩くらいまでの藪)も数カ所あります。 -
頂上にはパゴタがありました。(そうか・・・パゴタのあるところで戦ったのか・・・)と思いきや、このパゴタは1994年に建ったとのこと。
戦時中はなかったのです・・・
※ただし、ここに来る目印になります。
パゴタの名前は<アゥン スッ ヤダナ>パゴタです。
全く有名ではなさそうですが・・・・ -
では、ここにあった総司令部などはどうなったのか・・・。
英軍の砲撃で一切は、完全破壊されたそうです。
残念ながら英語の方の通訳力は高くなく、せっかくガイド薬の方が一生懸命説明されていますが、分かりません。(動画記録がありますので後で訳します)
英語の方(39歳 独身)は、小さい頃ここでよく遊んだそうで、その頃には、パゴタではなく、銃撃戦をするための大きな石の壁があったそうです。それを分かりやすく組んでくれました。
眼下に見えるパイナップル畑の辺りから英軍が攻め寄せてきた、ともいっていました。 -
パゴタの向こう側から見下ろした写真。
日本軍は、英軍と反対側に出るこの道から退却したそうです -
頂上は、このような建築物の跡のようなものが残っています。
-
総司令部はこの辺りだった、といっていました。
周囲はたんなる普通の山頂です。 -
これを指さして「GUN」といっていたのですが、よく分かりません。周囲に数カ所ありました。
そういうわけで、牟田口中将が指揮(罵倒?!)した総司令部は、見る影もなくなってしまっていました。
<頂上を撮った動画がいろいろあります。観たい方は送ります> -
帰りもこれまた速い速い!あっという間に(30分くらいで)下山しました。
しかし、帰路が違います。ん? -
実家のバナナ園に連れて行ってくれました!
英語の方の家で、おいしいバナナをいただきました。 -
おとうさんとおかあさんも、歓待してくれました。
言葉は通じませんが、間違いなく、歓待してくれました。 -
左が現地情報に詳しい同行者<アウン チョウ ケー>さん。
祖父は、もっとよく知っていたし、日本語も話せたそうです。
右が英語通訳をしてくれるはずの<ミョ ミン トン>さん。
祖父は、彼が説明をしてくれたあの山の頂上で亡くなったそうです。
日本軍のためにお手伝いをしていたそうです。
バナナ園へ行ったときの彼のお父さんの笑顔を思い出して、複雑な思いになりました。
ミョミントンさんは、分かれ際「さよなら」と日本語で言いました。
話しかけないと何も言わなかった彼が、突如、手を挙げてそう言ったので、僕は驚いて何も言えないまま、彼らと別れました。 -
この総司令部のあった山はライムストーンが豊富で、どんどん運び下ろされていました。
-
これが岩を砂へと変えるために高温にする穴です。
-
カレーミョ空港です。プロペラ機が離発着しています。
車だと4日が必要ですが、飛行機だと3日の行程で行けます。
値段もその方が安いです。
僕は、行きを車、帰りは飛行機にしました。
チンドウィン川を陸路で渡りたかったのです。
チンドウィン川周辺の報告は、また別に・・・。
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この旅行記へのコメント (1)
-
- 墨水さん 2017/11/14 13:40:49
- 場所。
- 関浩成さん、今日は。
文章で場所を説明するのは、難しいです。(笑)
折角、グーグルアースで説明しても第三者には理解できないので、グーグルアースのGPSコードを掲載した方が、説明が簡単で速いですよ。
老婆心ながら、書き込みさせて頂きました。
墨水。
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