2017/06/22 - 2017/06/22
283位(同エリア812件中)
ケロケロマニアさん
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流離モードで旅する、今回のロシア旅の最終ステージであるウラジオストク見物の続きとなります。
この日の夜の飛行機にて、ロシアを出国予定でしたので、今回のロシア旅の国内最終日となるこの日は、奇しくもロシアでは大祖国戦争と呼ばれる、独ソ戦が開戦した日(バルバロッサ作戦に基づくナチスドイツ軍のソ連奇襲攻撃)として、各所にて追悼セレモニーが行われていました。
そんな大切な日にロシアを離れなければならないのが、何とも残念ではありましたが、流離気分の自分には、こうした悲しみに包まれた風景の方が似合っていたのかもしれません。
第二次世界大戦の敗戦国である日本やドイツが、勿論甚大な被害を受けたことは誰もが知る史実かと思いますが、戦勝国側である筈のソ連が、民間人を含めて世界最大の戦死者を出してしまった(2000万とも3000万ともされる)ことは、意外と知られていないように感じます。
戦争の勝敗って、果たして何なんだろう…。
そしてこの国は周知の通り、この戦争以外にも、日露戦争、ロシア革命、スターリンの大粛清時代、チェルノブイリ原発事故、そして国家崩壊といった、激動の歴史を経ていて、ある意味、世界一酷い20世紀を歩んでしまった国、と断言しても、間違いはないでしょう。
この旅行記を記させて頂いているのは、2017年7月上旬のことですが、ますます緊迫化する朝鮮半島情勢下、これが決して過去の話ではないことを、今一度真摯に受け止めたいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
出発の朝。
本日も霧に包まれていた…。
ロシアに入国して以来、まだ太陽をまともには見ていない…。Hostel Voyage ホテル
-
朝のウラジオストク駅ホームにて。
前日訪れていたウスリースク行きが出発するようだ。
モスクワ時間。
極東とは7時間もの時差がある。 -
肌寒い朝だった…。
まずはインドアに時間を費やそう…。
本日はどういうルートで空港へ向かおうか?
こちらの機器を使いながら、色々と検索してみる…。 -
ここまで、順調すぎる程順調に旅を続けてきた…。
それもその筈、今回は、全て事前に綿密な計画を立てて、ソ連時代のインツーリストも顔負けの(?)ルートを刻んできたから…。
しかし最終日の、空港までのルートに関しては、まだ決めかねていた…。
時間優先なら、アエロエクスプレスで1時間弱。
これが一番無難だろうが、230Pもする。
勿論、この金額に備えて、ここまで”計画経済”を刻んできた訳だが、勿論それは最後の手段、である。
私のような貧乏トラベラーが、そんな贅沢をしてしまったら、皆様に顔が上がらない。
次善策としては直行バス利用。これが某日本のガイドブックに依れば、100Pとなっていたのだが、昨日のリサーチによれば、現在は150Pに値上がりしているという。
230Pは460円、150Pは300円。
この程度の金額で、贅沢と呼んでいる私もどうなのか?と思うが、やはり、時間に余裕があり、他に代替ルートがある以上、その最安を目指す、というのが基本である。
ここで考えたのは、再びエレクトリーチカの空港最寄り駅であるアルチョームまで列車移動して、そこから往路でも利用したNO7のマルシュルートカに乗り継ぐ、というルートである。
昼過ぎの時間帯で、ウラジオストク→アルチョームのエレクトリーチカの時刻表を調べてみる。
すると、現地時間14時発のナホトカ方面行きの列車で、アルチョームに15時過ぎに到着できることが分かった。
フライトの出発時間は20時半。
流石に5時間以上余裕があれば、万が一マルシュルートカに乗り継げなくても、駅から空港まで、歩いていくこと位容易であろう。
こうして、本日のルートは決定した…。 -
そして運賃を検索してみる。
ウラジオストク→アルチョームで84Pと出てくる。
空港までのマルシュルートカが21Pということは往路で利用して判っているので、合計で105P。
これなら200円ちょっとで空港まで行けそうだ! -
因みに、もし、途中駅までバス、そして列車、そしてマルシュルートカならどうなるか、とかも検索してみた。
フタラヤ・レーチカから、アルチョームまでだと72Pで済むらしいが、フタラヤ・レーチカまでのバス代が恐らく21Pかかるので、逆に高くなってしまう。
本当は、ナホトカ→ウスリースク移動の際に経由したウーガリナヤ駅前のバス発着場で見かけた、ウラジオストクまでのNO45バス、というのが運行されていたので、これを利用してウーガリナヤでNO101に乗り換えてアルチョーム、そしてアルチョームからマルシュルートカで空港、と移動すれば、もしかすると21×3=63Pで移動できるのでは、等と考えてみたが、いくら市内バスが21Pで運行されているといっても、距離が長くなると運賃が高くなる可能性もあるし、第一、このルートだと、最後に鉄道が乗れなくなってしまうので、今回は、挑戦を諦めることにした。
また、ウラジオストクに来る機会があれば、今度は、全て路線バスを乗り継いで市街地へ、というルートも試してみたいと思う。 -
ウラジオストク付近の路線図。
地味に、Моргородокから Мыс Чуркинに向かう支線があるようだ。今度はこれにも乗ってみたい、と思った。 -
こんな検索をしていたのがこちらの切符売り場。
中央広場に向かう跨線橋の途上にある。
ここだと駅舎内のチケット売り場と違って、セキュリティチェックなしに入れるので面倒がない。 -
中の様子はこんな感じ。
では、まずは荷物を置いて散策できる午前中の時間を利用して、街中を散策してみよう。 -
朝の中央広場。
人影はまばらだ…。
ロシア人の朝は非常に遅い。
せめて、夏の日が長い時期は、もう少し早くから動き始めても良いと思うのだが…。中央広場 広場・公園
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朝のスヴェトランスカヤ通り。
車の往来が見られない。
昨日の昼に見かけたのと同じ通りだとは、到底思えない…。 -
こういう時間帯は、ウラジオストクの歴史的建造物を観て歩くのには最適だ。
車に邪魔されずに撮影できるので、ストレスを感じなくて済む。それぞれの細部彫刻にも是非ご注目下さい by ケロケロマニアさん旧日本領事館 建造物
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旧日本領事館の隣にあるのがこちら。
旧朝鮮銀行である。
シベリア出兵時に大きな役割を果たした朝鮮銀行。1930年に閉鎖されるまで、この建物が支店として使われていた(某ガイドブック、○球の歩き方より)。
道路対岸の歩道上には船乗りらしき銅像が設置されている。 -
この通りを東に進んだところには、小さなギャラリーがあった。
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勿論、朝は閉まっていて、中を見ることが出来ない…。
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リチェーブナヤ コスメチカで、整形医学を意味するらしい…。
整形大国、韓国の影響がロシアにも及んでいるのか? -
朝のオケアンスキー大通り。
ロシア語では大通りはプラスペークト(男性名詞)、普通の通りはウーリッツァ(女性名詞)なので、語末の格変化から、その通りの大小が判別できる。
まあ、それが出来たところで、何か得をする、ということはないが…。
オケアンスキー、と呼ばれている時点で、ここは大通りなのだ…。 -
今回の旅でお世話になっているS7航空の市内オフィスを偶然見つけた。
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営業時間はこんな感じ。
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セミョーノフスカヤ通り沿いに進むと…。
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市内バスターミナルが現れた…。
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ここから北東に続く斜めの道を歩いてみた。
その途上で、ファンキーな作品(?)を発見。 -
旧松田銀行部。
長崎の十八銀行の支店として置かれ、一時はウラジオストクを代表する日系の銀行だった。のち朝鮮銀行に吸収される(同ガイドブックより)。 -
その向かいにあるのが市役所。
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市章にもトラが描かれている…。
阪神ファンではないが、六甲おろしのメロディをハミングしながら通過…。 -
今度はオケアンスキーを更に北に向かって進んでみよう。
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こういうのは、落書ではなく芸術だよね!
外が肌寒い分、尚更温かい気持ちになった…。 -
中央広場から北に向かって延びるオケアンスキー大通り。
緩やかな登り坂が続いていく。 -
脇の小公園にて、こんなモニュメントに遭遇。
どうやら、ウラジオストクの名誉市民の方々の名前が刻まれているようだ。 -
やって来たのはこちらの教会。
正教系らしい丸屋根がとても美しい。ポクロフスキーの名称の方がポピュラーかなと思います by ケロケロマニアさんインターセッション大聖堂 (ポクロフスキー聖堂) 寺院・教会
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脇にある小さな礼拝堂。
こちらも素晴らしい。 -
そして、この教会の近くにあるのが、極東連邦大学。
ここの敷地内にあるのが、与謝野晶子歌碑だ。
4トラユーザー的には、何故か、パイセン、という言葉を思い出す…。
私は別にこの方のハイコーではないのだが…。
何のこっちゃ…。 -
碑の日本語部分はクチコミの方に掲載させて頂いたので、ここでは敢えて露語の部分を。
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しかし、晶子氏のお顔がちょっと怖い…。
もう少し可愛らしく刻んであげたら良かったのに、と、余計なことを思う。 -
晶子氏の歌碑に対峙するかのように、大仏様まで鎮座しておられた。
こちらは鳥取県との友好関係を記念して寄贈されたらしい。 -
極東連邦大学も、キャンパスの場所が色々分かれているようなので、スポット登録してしまうと、変な所にルートが誘導されてしまうのが面倒臭い。
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次なるスポットへ。
近道をしようとして、この怪しげな道を下りていくが…。 -
迷ってしまった。
どこだここ?
でも、今、旅行記を記す段階になって、地図をズームしていくとその場所が判った。
なんて便利な時代だろう…。
そもそも21年前のロシアでは、ここまで具体的な地図、という媒体が存在しなかったように思う…。 -
自分が歩いたルートを思い出しながら、地図を辿っていくと、例えばこの絵がどこにあったのか、割合正確にポインティングできてしまうのである…。
-
某日本のガイドブックでは、地図の切れ目になっていて、正確な場所が判らなかった浦潮本願寺跡の碑。
野生の勘(?)で、適当に歩いて見つけることが出来たのだが、改めて地図を見直してみると、随分遠回りしてしまったことが今になって解るのだ…。 -
浦潮の部分は表紙でUPさせて頂いたので、ここでは本願寺跡部分を…。
-
朝から大分歩いたので、そろそろ腹が減ってきた…。
そういえば、朝は何も飲まず食わずで出発していたのだ…。
ちょっとスーパーに寄っていこう。 -
朝のスケジュール検索にて、空港まで105Pで行けることが判明し、お財布に100P以上の余裕が出来た。
気が大きくなって、思わず韓国製っぽいおにぎりを買ってしまった。
こんな普通のサイズのツナおにぎりが、何と75Pもした…。
うーん、止めておけば良かったかな…。
カップ麺なら、二つカエルお値段である…。 -
中国系のレストランであろうか?
まあ、パンダ、だから間違いないと思うが…。 -
中国人は商魂逞しい。
明らかに日本人をターゲットにしたランチメニュー。
無茶苦茶高い。
けど、これを高いと感じてしまう日本人は、果たしてどの位居ることだろうか…。 -
この通り沿いにあるのが、旧日本人小学校。
貴重な木造建築として、現在のウラジオストクでも指定文化財的な扱いになっているようだ。
大正時代から昭和初期にかけ、在留邦人のための小学校として使用された瀟洒な洋館。建物自体は1909年の築。(同ガイドブックより。) -
この通り、というのがこちら。
フォンタンは”噴水”の意であるが、肝心の噴水はどこかにあるのかな? -
旧日本人小学校を確認後は、フォンタンナヤをそのまま折り返して東に向かった。
だんだんと登り坂になってきた…。 -
この時期のウラジオストクの道端で、よく見かけたのがこちらの青い花。
鈴なりに花弁をたわわに実らせているが、何という花なのかが解らない…。
(ご存知の方、是非教えて下さい!) -
突き当りを右折して間もなく、こちらの公園が現れた。
スハノヴァ通り、との角にある同名の公園のようだ。 -
公園内でこんな記念碑を見つけた。
どうやら、ウラジオストク新聞の25周年記念碑のようだ。
いつから25周年なのだろう?
この町におけるグラスノスチ(情報公開)の先駆け的な新聞であったのかも? -
スハーノフの碑が建つ。
-
その脇には、スハーノフの言葉が刻まれていた。
-
この公園内で面白いものを発見した。
屋外に本棚???
しかも、本物の本が収納されている。
防水とかは大丈夫なのか?
でも、こんな風情で読書が楽しめる、という環境は素晴らしいと思った。 -
黄金橋が近づいてきた…。
景色を楽しみたいのに、相変わらずの霧模様…。
♪ラスツヴェターリー ヤーブラニィ イ グルーシィ
パプリーリィ トゥマーニ ナド レコーイ~
カチューシャを口ずさみながら進む…。
(トゥマーン:霧) -
アエロフロートの広告を発見。
シベリア鉄道の距離にして約9300㎞。
1.6で割って約5800マイル。
勿論、フライトの直行距離ならもっと短いだろうが、こんな長い国内線は世界的に見ても類稀であろう…。
ロシア国内線アワードが低いマイル数で設定されているスカイチーム系のFFPはないものか?等とふと思った…。 -
博物館にもなっているスハーノフの家。
ウラジオストクを代表する観光地の一つの筈だが、なぜ、4トラには登録がないんだろう…。
このサイト上では、モスクワ、サンクトペテルブルクに次ぐ人気都市、の筈なのに…。
無謀な登録申請が多かったから、登録システムが停止してしまったのかもしれないが、少なくとも、まだまだ情報が少ない都市では、新規登録システムを回復して欲しいと思う。
繰り返しにはなるが、世界一の広大な面積を有するロシアの筈なのに、その登録都市数が少な過ぎるのにも唖然とする…。シベリア、とか、キジー島、とか、そもそも都市名ではないので登録されているし…。 -
何はともあれ、ここを登ってみよう…。
-
結局有名な鷲の巣展望台までは、徒歩で行くことになりそうだ…。
-
こんな天候だと、テンションも上がらないし…。
かといって雨が降っている訳でもなく、歩き続けている身には、涼しくて快適、という側面もある…。 -
古タイヤの熊さん?
ハチミツを抱えているのも芸が細かい!
北海道民もそうだが、ロシア人も熊好きが多いなとつくづく思う。
本物は怖いんだけど、その分キャラで可愛く扱いたくなるのかな??? -
今度はS7航空の広告も発見。
夏休みに向けた販促広告のようだ。
上海・大阪・東京といった都市名が見られる。
日露間の定期航路って、せっかく就航しても、いつの間にか消滅している、ということが多い。私が21年前に利用した路線(青森→ハバロフスク、ハバロフスク→新潟)は、何れも現存していないし…。
新規就航した同社のVVO=KIX線の今後に幸あれ、と願わずにはいられなかった…。 -
あれがケーブルカーの乗り場のようだ。
帰りはあれに乗って降りてみよう。
本当は登りで使った方が良かったのか??? -
道すがら、崖上を見上げると…。
どうやらあれが鷲の巣展望台らしい。 -
まずはケーブルカー駅を下見しておこう。
-
しかし、やけに静かだなぁ~。
朝だからかな?
でももう9時を回ってるし…。 -
7時から動いているみたいだし…。
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と不審に思っていたところ、こちらの掲示を発見。
うわぁ~、定期点検休業中ではないか!!!
乗り物マニアとして、ウラジオストク観光ではケーブルカー乗車も楽しみにしていただけに、ショックの大きさは計り知れない…。 -
町を重苦しく包む霧は、私の心をも曇らせていくようだ…。
しかし、せめて展望台だけは見ておこう…。 -
自転車マニア的には、こういうのが気になる。
登りでも下りでも、自転車を押して運びやすいようになっている配慮が心憎い。
日本だとこういう箇所はどちらか片側の端の方に、スロープとして数十センチ幅で設置されていることが多いように思うが、あれだと、登りか下りの何れかが、壁面に当たって押し辛く感じることがあるのだ。 -
地下通路を抜けると…。
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ロータリー状道路の中央部分が、ちょっとした公園のようになっていた。
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ロータリーを跨ぐ階段を登り…。
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これが展望台か?
いや、ちょっと怪しいぞ??? -
きっと昔はまともなオブジェだったのだろうが…。
形的には、何となくノシャップ岬のを思い出してしまった…。 -
という訳で、正しい鷲の巣展望台に到着。
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まあ、ここに関しては、ウラジオストクを訪問された方の殆どが立ち寄るスポットだろうから、今更、語ることはないだろう…。
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永遠の愛を誓った鍵の数々…。
開錠されていないことを願いつつ…。ウラジオストクのザ・観光地、といえばこちらです。 by ケロケロマニアさん鷲の巣展望台 建造物
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帰り道。
ショートカットしようとしたら、こんな所を歩く羽目に…。
転落しないように注意しよう…。 -
乗りたかったケーブルカー。
こんな良い季節に定期点検、なんて、観光としてのやる気がなさ過ぎに感じる…。 -
まあ、止まっているものを嘆いていても仕方がないので、この脇道を歩こう。
-
ケーブルカーの橋梁を眺めながらの下りウォーク。
これはこれでなかなか味わい深い…。 -
5本のアーチで支えられているが、何となく心もとない…。
ポキッといってしまわないのだろうか…。 -
道路を跨ぐ箇所。
ケーブルカー高架の上側と下側では、車両高制限が1.5mも違っていた…。 -
ケーブルカーの下側の駅が見えてきた。
距離にしてはあっという間。
正直、交通機関として乗るほどの距離ではない。
きっと、お前は貧乏なのだから、こんな所にお金は使わせない…、という神からの有り難い啓示だったのだろう。
しかし僅か12P(?)位の出費で済むなら、やはり乗りたかった…。 -
きちんと定期点検を受けて、また頑張れよぉ~。
エールを送りつつ、彼と別れる。 -
ケーブルカー山麓駅のすぐ脇にも、可愛らしい教会があった。
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その脇にはこのような慰霊碑も。
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脇の刻銘を見て、面白いものを発見。
ピシモー(手紙):80年代のコムソモールから、2018年のコムソモールへ、と刻まれている。
どうやら、来年がその年に当たるようだ。
果たしてどんなことが記されているのだろうか…。 -
更に東に進むと…。
ロシアには数少ない、プロテスタント(ルーテル)系教会のようだ。
この国で丸屋根でない教会を目にすると、正直ちょっと違和感を感じる…。 -
3匹のコーシカちゃん達。
因みに、ここでどうでも良いことを思い出したが、確か、ロシア語では、登山用のアイゼン(滑り止め用の着脱式スパイクみたいなの。主としてアイスバーン雪面の歩行に用いる。)のこともコーシカと呼ぶ。
ネコの爪から連想されているのだろう。 -
この教会では、ヴィヴァルディーの演奏会も開催されるようだ。
教会で聞く音楽と言えば、パイプオルガンのバッハという固定観念があったが、どんな演奏になるのか、聴いてみたいものだ…。 -
ハンバーガー屋さんを発見した。
-
真黒なパン生地。
イカスミバーガーか???
函館の姉妹都市でもあるし、あり得ないことではないと思う。
きっとお値段的には高いだろうから、私が食べることはないが…。 -
再び、スヴェトランスカヤ通り沿いを歩く。
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美しい建造物が次々と現れる…。
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何度歩いてもビジュアル的に見て飽きない通りだ。
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今度はこんな教会に出会った…。
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立地的には黄金橋のほぼ真下に当たる。
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丁度、礼拝中であった。
私は信者ではないので、内部に入ることは遠慮させて頂いたが、やはりこのスタンディングスタイルの礼拝が、正教系らしくてとても神妙な気持ちになる…。 -
入口ポーチ部分の脇に掲げられていたイコン画。
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聖堂の向かい側には、こんな碑があった。
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そこには、プーシキンの名が刻まれていた。
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正面から見た聖堂の様子。
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ここには立派な鐘楼があった。
内部を見学しようとしたら、こちらの女性に制止され、これから鐘を撞くから、入らないで、と言われた。
鐘を撞くところは撮っても良い、と言われたのでこちらを…。
こんな感じの足踏み式となっていた。
鐘の音が付近に響き渡り、町中に溶け込んでいくようだ…。
ふと、札幌の時計台のことを思い出した…。
きっとあちらでも10時の鐘が鳴り響いている頃だろう。
あっ、時差があるから9時の鐘か。 -
黄金橋の真下には、ネヴェルスキーの銅像が建っているが、ここでも追悼のセレモニーが開催されていた…。
-
日本では悲しみが終わった日(8月15日)に追悼するが、ロシアでは悲しみが始まった日(6月22日)に追悼する。
戦争の勝敗の違いなのか…。
2年前に亡くなった祖母は、中立条約を破棄して日本に侵攻したソ連のことを、心から憎んでいたが、当時お世話になっていた身の回りのロシア人のことは愛していた。
国を憎んで人を憎まず、それは今も変わらないのかもしれない…。
両方憎まずに済む社会が理想なのだろうが…。 -
また気が重くなってしまった…。
少しテンションを上げなければ、と思っていた矢先にこちらへやって来た。
ウラジオストクはロシアにおける柔道の発祥地、としても知られている。 -
そういえば、私が1990年代後半にカムチャッカを訪問した頃は、柔道がちょっとしたブームになっていた。
その理由としては、治安の悪化から護身術として覚えておきたい、というニーズがあったからなのだが…。 -
帯を授与する師匠。
-
それを恭しく受け取る弟子。
といったシーンか? -
このオブジェも、黄金橋の直下に設置されているので、多くの日本の方に足を運んで頂きたいと思う。
-
黄金橋の下を通過。
-
また銀行を見つけた。
おおっ、遂に1ドルが60ルーブルになってる…。
でも、今回の旅においては、トラブルがない限りはもう両替する予定はない。
(この時点で残り約300P(≒600円)。) -
昨日も訪れたアンドレイ教会前に再びやって来た。
パネルも設置されて、明らかに昨日とは違う雰囲気。アンドレイ教会 寺院・教会
-
封鎖されたカラベーリナヤ通りを横目に見ながら、その先にはパレードの出発を待つ行列が…。
先頭は花を捧げる子供達のようだ。 -
大人の皆様方も、今か今かと出発の時を待つ様子。
-
そして、列の最後尾に、更にセーラー服(女子学生のではなく、本当の意味での”船員”服)を着用した若者達が続く。
パレードをゆっくりと見物したかったが、残念ながら時間がない。
追悼の祈りを捧げつつ、静かに立ち去った…。 -
時刻は10時半過ぎ。
宿のチェックアウト時間は12時だが、シャワーも浴びたいし、早めの昼食も食べていきたいので、先を急ごう。
こんな所で”熊出没注意”に出会った。 -
レーニン氏に再度ご挨拶の上…。
レーニン像 モニュメント・記念碑
-
そのすぐ隣にあるスーパーへ。
-
ここは朝早くから夜遅くまで営業していて便利なお店だ。
昼食用の食材を買い出して、残りはあと200P余りとなった。 -
午前11時頃。
午前中の散策を終えて、宿に戻ってきた。
この時点ではまだ曇っていて、涼しい気候だったので、汗もそれ程かいていないが、チェックアウト時間の遅い安宿におけるルーティーンなので、やはりシャワーは外せない。
あと、私的には単三電池を用いるタイプのデジカメ用の充電池の充電をしておきたかった、というのもある。
街歩きにおいては、とにかく膨大な量の撮影をするのが常なので、ただでさえ充電のし過ぎでもう限界近い私の充電池達はすぐに切れてしまうのである。Hostel Voyage ホテル
-
シャワーを浴び、すっきりした後に今度は昼食だ。
勿論、贅沢は出来ないので、定番のカップ麺。
ただ、ラーメンだと貧乏性の私は汁も飲んでしまいたくなるので、ここは飲まなくて済むように焼きそばタイプをチョイスした。(まあ、正確には茹でそばだが…。)
あと、お土産用も兼ねて、こちらの紅茶も買ってみた。
この二点で68Pを使用。
食費としては、これが今回のロシア旅における最後のルーブル消費となった。
事前にこまめにチェックして、地図上にプロットして散策した今回のウラジオストク巡り。自分的には80点位であろうか…。 -
”最後の晩(昼?)餐”中、先に旅立つ同部屋の客から、要らないから貰ってくれと、何やら色々頂いた。
画像上にはレモンティーと角砂糖の残り、噛みさしのパン(こんなのをくれるのがまたロシアらしい、貰ってしまう自分もどうかと思うが…。)しかUPしていないが、それ以外にも、怪しげな実やら、サンダルやらを頂いた。
というか、廃品処理的に押し付けられたのか。
見てくれが如何にも貧乏そうだから仕方ないが、ここまで来ると、貧乏トラベラーというか、最早、乞食トラベラーの域だな、等とまた自虐的に嘆息した。
という訳で、ウラジオストク散策の二日目午前中の様子を綴らせて頂いた本旅行記はこれにて終了となります。最後までご閲覧下さり有難うございました。
次旅行記が今回の旅の最終となる予定ですので、またお時間がございましたら、続編にもお付き合い頂けましたら嬉しく思います。
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