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≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五~最終日:そして淡海へ編~<br /><br />平成27(2015)年の戦後70年という節目の年に、先の大戦に於ける戦没者を祀る多くの場所で慰霊祭が行われることを知りました。唯一身内の戦没者である母方の祖父が、昭和20(1945)年6月10日に沖縄亡くなっていることは、知ってはいたものの特に行動には起こすこともしませんでした。<br /><br />ぶらり歩きのために行き始めた沖縄の地で、住民を巻き込んだ『史上稀にみる地上戦の舞台』が正しく伝えられていないと感じたのは、那覇経由で八重山へと向かうトランジットの際に訪れた『黎明之塔』に始まっています。戦場となった沖縄では多くの住民が巻き込まれ犠牲となったことは間違いない史実ではあるものの、理由はともかく『将兵』として日本全国から召集され、故郷から遠く離れた沖縄の地で望郷の念を持ちながら斃れていった…というより『斃れざるを得なかった』人々が、なぜここまで『悪者扱い』をされなきゃなんないのか?ということに対し『疑問』を持ったことが沖縄訪問をリピートするようになった理由でした。<br /><br />平成27(2015)年6月23日に行われた『戦後70年 沖縄戦全戦没者追悼式典』に於いて、対象となっているすべての戦没者遺族が参列する式典会場で、式典の進行を妨げる『シュプレヒコール』やでっち上げの『ヤジ』の応酬等、明らかに『作為的なもの』が『事実』として全世界に配信されていることを含め、主賓ではなく『遺族』として参加されておられる方々への『冒涜』だと思えることを多々感じたという経験があります。式典会場に入らずに式典参加をする『外野』としての立場でも『いい加減にしろ(怒)』と憤慨するくらいなので、来賓として参加されていた『戦争を知る』ご遺族にはどのように見えていたのかは、想像を絶するものだったに違いありません。<br /><br />会場入りするシャトルバスの車内で内地から来られて身近な親族を亡くされただろうご年配の女性が、入口付近で主賓の入場を妨げるかのごとく、『○○来るな~』と叫んでいる姿に寂しそうな目をしておられたことがいまだに私の頭から離れません。『追悼式』は政治的解決をする『場所』ではありません。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、第32軍司令部が崩壊し、それが沖縄戦の『事実上の終戦』とされていることから『慰霊の日』となった『経緯』が気に入らない輩も結構いるようです。<br /><br />漠然とした『反戦運動』に『大義名分』は勿論のこと、その『理由』すらどうでも良いことなのかも知れません。ではなぜ『反戦』なのか?と問われるとどう答えるのでしょうか?答えを押し付けるつもりは毛頭ありませんが『多くの人が死ぬ』からやってはいけないとはおもわないのでしょうか?しかしそれならば立場を問わず戦争によって亡くなられたすべての『戦没者』を慰霊する式典を反故にして良いものだろうか…。そう思えてなりません。勿論戦争を肯定する理由は何ひとつありません。広島の原爆戦没者慰霊碑には『安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませぬから』という一文が刻まれています。出所の是非論はあるにしても、戦争という『過ち』を繰り返さないという『意識』が泥沼化した『戦争』を回避する『唯一の手段』と言えば、それに異論を唱える者はないのではないでしょうか。そんな思いがこの『慰霊の日』を私に沖縄にて過ごさせているリビドーになっているように思います。<br /><br />結局は今までにない程の『with No Plan』で始まった今回の旅もいよいよ最終日。ナビも使わず自分の頭の中に残っている『様々な情報』に基づいていろいろと立ち寄ってきました。さあ残りわずかな沖縄での時間は、どのように過ぎていったのでしょうか~(笑)。<br /><br />平成29(2017)年6月24日土曜日<br />みん宿ヤポネシア 10:47 《0.0km・0.0km・169.0km・0.0km/h》<br />ファミリーマート 11:04 《10.0km・10.0km・314.2km・35.3km/h》<br />J A 東 風 平 店  11:24<br />イオン南風原店 11:41 《6.9km・16.9km・321.1km・24.4km/h》<br />        12:25<br />南風原中郵便局 12:33 《1.9km・18.8km・323.0km・14.2km/h》<br />  ≪ゆうパック120サイズ:1,760円≫<br />        12:51<br />フジレンタカー 13:13 《7.7km・26.5km・330.7km・21.0km/h》<br />那 覇 営 業 所 13:18<br />那覇空港1T 13:25<br />チェックイン 13:31<br />≪GK354:Fee(4,490円)・1F(870円)・手数料(500円)・計(5,860円)≫<br />保安検査 14:21<br />バス 14:46<br />搭乗 14:49<br />ドアクローズ 14:54<br />プッシュバック 14:56<br />タキシング 15:02<br />離陸 15:06<br />ギアダウン 16:46<br />着陸 16:49<br />停止 16:54<br />降機 16:58<br />バス 17:00<br />ターミナル着 17:05<br />ターミナル発 17:10<br />リムジンバス乗車 17:18<br />リムジンバス出発 17:20<br />≪京阪バス:往復切符利用≫<br />京都 18:36<br />   18:52<br />  ≪快速米原行き:240円≫<br />田舎駅 19:07<br />    19:17<br />  ≪31系統田舎の赤バス:230円≫<br />ド田舎バス停 19:30<br />ド田舎我が家 19:33//<br /><br /><br />7:00過ぎに起床しました。今回の旅の朝は目覚ましに起こされたことがありません(笑)。夜型人間の私にとっては『超珍しい』ことです♪<br />一服を済ませて荷物を作り、朝食を頂きます。癖のあるみん宿ヤポネシアの中でも『曲者』揃いが宿泊する6月22・23日のメンバーは、今日で解散となります。美味しく朝食を頂いてのんびりしていると、バス旅のオッちゃんがまず出発されます。次いで台湾のカップルさん、こちらは宿替えのようです。そして漁港に行って帰ってきたアクティブな車いすのお兄ちゃん。2泊で群馬からだそうですが飛行機もその場で取るという『強者』でしたが、私なんぞが知り得てる『南部の情報』が役に立ったのでしょうか?最後に握手をして別れます。いつも殿が私になるのですが、何回も『お見送り』に出さすのも申し訳なく、お兄ちゃんの後に続けて出発します。10:47、いつも通りチェックアウト時刻を無視した出発でした(笑)。<br /><br />国道手前までのまっすぐな道、ハザードと手を振りながらVitzくんで走って行きます。今日は土曜日なので郵便局も休みゆえ、現実的な目的地経由で空港方面へ行くことにしました。具志頭の交差点まではお兄ちゃんの後ろについて行き、南風原方向へと左折する際にパッシングをするも気付かれなかったようでした。国道331号線から国道507号線へと入り、八重瀬町の中心エリアの東風平(こちんだ)のファミリーマートに立ち寄って一服休憩です。20分足らずの走行で一服するのはご愛嬌です(笑)。それともうひとつ一回行きそびれた『東風平郵便局』に立ち寄る目的もありました。<br /><br />旅行貯金を済ませて南風原へと向かいます。イオンモール南風原店、沖縄に来たら『立ち寄らないことはない』と言い切れる程よく訪れています。規模は大きいのですが、全体的な集客数はそれほどいないのか、以前『カメラのキタムラ』でネガ現像とデータ化を頼もうとしたら『即時仕上げをやっていない』と言われました。しかしサンエー程ではないにしろ『お土産品』を安く購入できる『スーパー』として利用するには良いところです♪<br />ただあまり時間もないため、適当にいくつか品物をチョイスしボストンバックに詰め込みます。買い物が終わって荷造りも終わってから出発します。これで那覇へと向かうだろう…なんですが、荷物を発送しなければなりません。ルート的には那覇中央郵便局の方がレンタカーの営業所には近いのですが、なんせ込み合うことが多いため、イオンモール近くの『南風原中郵便局』に立ち寄ります。南風原という街が那覇のベッドタウン化しており、人口急増中である典型的な『郵便専門局』ではあるのですが、ホームページ上で書かれていたビニール製の『ボストンバック袋』がないと言われました。それは係員が知らなかったのか、出ることがないため『扱っていない』のか理由はわかりません。結局ないものは仕方がないので、バックに伝票をくっつけて自宅へと発送して終了です。<br /><br />こわれものは一応『あり』にはしていますが、どこぞの運送屋みたいに投げることはしないと信じ発送しましたが、しばらく走り出したところで郵便局で尋ねられた『リチウム電池』のことをふと思い出します。充電池は『多量』でなければ大丈夫だと聞きましたが、最近あまり聞かない『リチウム電池』を実は持っていた…。今回部屋の掃除をしていて見つけた『アナログ(フィルム)一眼カメラ』には『2CR5』というリチウム電池を使用しているカメラを、送った荷物に入れっぱなしにしてしまったような気がして…。とはいえ戻る時間もなく、先に進むしかない状況では船便になってしまえば仕方がないと割り切るしかありません…。最後に確認を忘れてしまったたかティムさんでした(汗)。<br /><br />那覇市奥武山のフジレンタカー那覇営業所にたどり着く寸前、明治橋付近にて今回もまた『給油ランプ』が点灯します。まあ大した距離も残っていないため、アクセルをよりゆっくり踏み込むようにしてエコ運転を心がけ、13:13に無事返車を完了します。330kmの道程を元気に走ってくれたVitzくんともお別れです。<br /><br />たまたま同時刻に返車する方が少なかったようで、すぐに那覇空港への送迎車に乗ることができました。7分間の時間は、行きと同様ハンドルを握らなくてもいい時間であり、5日間の日程を振り返る時間でもあります。昨年6月の来沖の際には、まさか一年間来られないことを予測だにしていませんでした。2ヶ月に一度のペースはオーバーペースだったにしろ、一年間のブランクは沖縄を訪れるきっかけを変える過渡期の訪れを感じさせるものかも知れません。沖縄に来て考えなければならない事柄を溜め込み、それに加えて試験勉強という自己啓発に突っ走った昨年一年間を過ごし、老け込む時期ではまだないことを痛感しています。双方を両立させることができなかった反省はあるので、沖縄流『てーげー』の生き方をして改めて実行しようと思いつつ、94時間前に到着した那覇空港第1ターミナルに到着します。<br /><br />レンタカーの送迎車の降車は3階フロアになります。ドライバーさんにお礼を言ってチェックインカウンター最南端のジェットスターカウンターへとやってきます。webチェックインが当たり前の時代に1Fの非常口座席は未だキオスクにてのチェックインが必要です。まあいつものことなので慣れた手つきで済ませた後、 ぶらぶらと買う予定ないお土産を見て歩きます。ただここで余計なことを知ってしまいました。お土産の定番である『御菓子御殿の紅芋タルト』に3つ入りの小箱がありました。今まで1番小さなものが6個入りだと思っていたのでそれを買い求めていましたが、空港で売られているとは知りませんでした。数を食べるものではないため、それで十分なので見つけてしまったことはちょっとショックでした(泣)。<br /><br />悔やんでも仕方がないのでスルーし、保安検査場を通過します。後は飛行機に乗るだけとなった今、急にお腹がなります。搭乗口からあまり離れたくなかったこともあり、いつも飲み物を購入するだけの『BlueSky21』に立ち寄りました。なんでも良かったのですが、せっかくなので…と選んだメニューは『沖縄そば』。器の持ち出しを考慮してなのかスチロールの器に入ったものでしたが、今回沖縄料理的なものを口にしていないこともあり、紅生姜をたんまり入れて美味しく頂きました、ご馳走さま~♪<br /><br />お腹も膨れて一服し、タラタラと28番ゲートを目指すと既に搭乗が始まっていました。というよりバス搭乗の最終バスだったことを知り、ちょっと焦りました。行きと同様のA320-200機材での運航のGK354は、私を含めた10名程を待ってドアクローズ。6分の早発でした(汗)。<br /><br />いつもならば離陸待ちが結構ある中で10分後には離陸します。あの独特の無重力感を味わった後、関西国際空港行きのGK354は雲の多い那覇空港を後にします。<br /><br />那覇発だと2時間足らずのフライトなので、寝る間もなく着いてしまうのですが、さすがに睡眠不足が続いていた今回の旅路ゆえ、離陸したことしか覚えていません。着陸のアナウンスで目覚めたのは四国上空で、間もなく関西国際空港に到着します。<br /><br />寝てはいたけど疲れはピーク状態だったこともあり、普段ならばリムジンバスに乗るまで、ターミナル内をぶらつくのですが、今回はその余裕もありません。沖止めの機材からバスに乗り、ターミナルを素通りし、京都行きリムジンバスに乗るまで僅か20分。今までの関西空港最短滞在時間となりました(笑)。<br /><br />京阪バスオペレーションの関西空港リムジンバスは、行きと同じ経路をたどって走ったはずです。はずですというのは高速京田辺の降車扱いの記憶がありません。というより『間もなく京都駅』のアナウンスで我に返ったことまで意識が朦朧としていました。結局京都駅には僅かに早着し、本当に無駄のない時間取りで京都から快速に乗車。県境を越えて南淡海の国の首都『INAKA STATION』に到着の後タバコの購入はしたものの、下車後10分で田舎の赤バスに乗車し、ド田舎バス停を経由して田舎の我が家に到着します。<br /><br />いつもならば関西空港に到着してからブツブツ言いながら帰ってくるのですが、正直言ってそんな余裕は全くありませんでした。うちの会社は16日~翌15日までのシフトですが、まだ9日しか過ぎていないのに7日間休んでいます。有休を2日入れて貰っているので月あたりの休日は11日。と~い~う~こ~と~は~・・・残り21日あるうちの休みは4日・・・。なんかすごいことになりそうな予感がします。勿論休みは貰っているから働くのであり、不満は全くありません。しか~し5日間の旅行でくたびれたとは、なんか自信喪失をしてしまいました。ちなみに『思考回路』が飛んでいたため気になったまま帰って来た『リチウムバッテリー』はなぜか『電池単品』がリュックの底に転がっていたことが翌日に発覚しました…。<br /><br />まあなんとかすればなんとかなるみたいで、そのシフトをクリアすることができました。それなりにハードな勤務でしたが休みを取らせてくれた同僚達の協力には『感謝』の一言しかありません。しかしのど元過ぎるとなんとやらで、また来月も良からぬ魂胆を持っていたりもします(笑)♪<br /><br />今まではひとつの旅が終わればそれまででしたが、今では旅の終わりは次の旅の始まりにしか思えてきません。色々な自己発見ができた今回の沖縄の旅路でした♪<br /><br /><br />長文にお付き合い頂いてありがとうございました。これにて〝《2017.June》あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五~最終日:そして淡海へ編~〟は終わります♪<br />

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五~最終日:そして淡海へ編~

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2017/06/24 - 2017/06/24

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五~最終日:そして淡海へ編~

平成27(2015)年の戦後70年という節目の年に、先の大戦に於ける戦没者を祀る多くの場所で慰霊祭が行われることを知りました。唯一身内の戦没者である母方の祖父が、昭和20(1945)年6月10日に沖縄亡くなっていることは、知ってはいたものの特に行動には起こすこともしませんでした。

ぶらり歩きのために行き始めた沖縄の地で、住民を巻き込んだ『史上稀にみる地上戦の舞台』が正しく伝えられていないと感じたのは、那覇経由で八重山へと向かうトランジットの際に訪れた『黎明之塔』に始まっています。戦場となった沖縄では多くの住民が巻き込まれ犠牲となったことは間違いない史実ではあるものの、理由はともかく『将兵』として日本全国から召集され、故郷から遠く離れた沖縄の地で望郷の念を持ちながら斃れていった…というより『斃れざるを得なかった』人々が、なぜここまで『悪者扱い』をされなきゃなんないのか?ということに対し『疑問』を持ったことが沖縄訪問をリピートするようになった理由でした。

平成27(2015)年6月23日に行われた『戦後70年 沖縄戦全戦没者追悼式典』に於いて、対象となっているすべての戦没者遺族が参列する式典会場で、式典の進行を妨げる『シュプレヒコール』やでっち上げの『ヤジ』の応酬等、明らかに『作為的なもの』が『事実』として全世界に配信されていることを含め、主賓ではなく『遺族』として参加されておられる方々への『冒涜』だと思えることを多々感じたという経験があります。式典会場に入らずに式典参加をする『外野』としての立場でも『いい加減にしろ(怒)』と憤慨するくらいなので、来賓として参加されていた『戦争を知る』ご遺族にはどのように見えていたのかは、想像を絶するものだったに違いありません。

会場入りするシャトルバスの車内で内地から来られて身近な親族を亡くされただろうご年配の女性が、入口付近で主賓の入場を妨げるかのごとく、『○○来るな~』と叫んでいる姿に寂しそうな目をしておられたことがいまだに私の頭から離れません。『追悼式』は政治的解決をする『場所』ではありません。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、第32軍司令部が崩壊し、それが沖縄戦の『事実上の終戦』とされていることから『慰霊の日』となった『経緯』が気に入らない輩も結構いるようです。

漠然とした『反戦運動』に『大義名分』は勿論のこと、その『理由』すらどうでも良いことなのかも知れません。ではなぜ『反戦』なのか?と問われるとどう答えるのでしょうか?答えを押し付けるつもりは毛頭ありませんが『多くの人が死ぬ』からやってはいけないとはおもわないのでしょうか?しかしそれならば立場を問わず戦争によって亡くなられたすべての『戦没者』を慰霊する式典を反故にして良いものだろうか…。そう思えてなりません。勿論戦争を肯定する理由は何ひとつありません。広島の原爆戦没者慰霊碑には『安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませぬから』という一文が刻まれています。出所の是非論はあるにしても、戦争という『過ち』を繰り返さないという『意識』が泥沼化した『戦争』を回避する『唯一の手段』と言えば、それに異論を唱える者はないのではないでしょうか。そんな思いがこの『慰霊の日』を私に沖縄にて過ごさせているリビドーになっているように思います。

結局は今までにない程の『with No Plan』で始まった今回の旅もいよいよ最終日。ナビも使わず自分の頭の中に残っている『様々な情報』に基づいていろいろと立ち寄ってきました。さあ残りわずかな沖縄での時間は、どのように過ぎていったのでしょうか~(笑)。

平成29(2017)年6月24日土曜日
みん宿ヤポネシア 10:47 《0.0km・0.0km・169.0km・0.0km/h》
ファミリーマート 11:04 《10.0km・10.0km・314.2km・35.3km/h》
J A 東 風 平 店  11:24
イオン南風原店 11:41 《6.9km・16.9km・321.1km・24.4km/h》
        12:25
南風原中郵便局 12:33 《1.9km・18.8km・323.0km・14.2km/h》
  ≪ゆうパック120サイズ:1,760円≫
        12:51
フジレンタカー 13:13 《7.7km・26.5km・330.7km・21.0km/h》
那 覇 営 業 所 13:18
那覇空港1T 13:25
チェックイン 13:31
≪GK354:Fee(4,490円)・1F(870円)・手数料(500円)・計(5,860円)≫
保安検査 14:21
バス 14:46
搭乗 14:49
ドアクローズ 14:54
プッシュバック 14:56
タキシング 15:02
離陸 15:06
ギアダウン 16:46
着陸 16:49
停止 16:54
降機 16:58
バス 17:00
ターミナル着 17:05
ターミナル発 17:10
リムジンバス乗車 17:18
リムジンバス出発 17:20
≪京阪バス:往復切符利用≫
京都 18:36
   18:52
  ≪快速米原行き:240円≫
田舎駅 19:07
    19:17
  ≪31系統田舎の赤バス:230円≫
ド田舎バス停 19:30
ド田舎我が家 19:33//


7:00過ぎに起床しました。今回の旅の朝は目覚ましに起こされたことがありません(笑)。夜型人間の私にとっては『超珍しい』ことです♪
一服を済ませて荷物を作り、朝食を頂きます。癖のあるみん宿ヤポネシアの中でも『曲者』揃いが宿泊する6月22・23日のメンバーは、今日で解散となります。美味しく朝食を頂いてのんびりしていると、バス旅のオッちゃんがまず出発されます。次いで台湾のカップルさん、こちらは宿替えのようです。そして漁港に行って帰ってきたアクティブな車いすのお兄ちゃん。2泊で群馬からだそうですが飛行機もその場で取るという『強者』でしたが、私なんぞが知り得てる『南部の情報』が役に立ったのでしょうか?最後に握手をして別れます。いつも殿が私になるのですが、何回も『お見送り』に出さすのも申し訳なく、お兄ちゃんの後に続けて出発します。10:47、いつも通りチェックアウト時刻を無視した出発でした(笑)。

国道手前までのまっすぐな道、ハザードと手を振りながらVitzくんで走って行きます。今日は土曜日なので郵便局も休みゆえ、現実的な目的地経由で空港方面へ行くことにしました。具志頭の交差点まではお兄ちゃんの後ろについて行き、南風原方向へと左折する際にパッシングをするも気付かれなかったようでした。国道331号線から国道507号線へと入り、八重瀬町の中心エリアの東風平(こちんだ)のファミリーマートに立ち寄って一服休憩です。20分足らずの走行で一服するのはご愛嬌です(笑)。それともうひとつ一回行きそびれた『東風平郵便局』に立ち寄る目的もありました。

旅行貯金を済ませて南風原へと向かいます。イオンモール南風原店、沖縄に来たら『立ち寄らないことはない』と言い切れる程よく訪れています。規模は大きいのですが、全体的な集客数はそれほどいないのか、以前『カメラのキタムラ』でネガ現像とデータ化を頼もうとしたら『即時仕上げをやっていない』と言われました。しかしサンエー程ではないにしろ『お土産品』を安く購入できる『スーパー』として利用するには良いところです♪
ただあまり時間もないため、適当にいくつか品物をチョイスしボストンバックに詰め込みます。買い物が終わって荷造りも終わってから出発します。これで那覇へと向かうだろう…なんですが、荷物を発送しなければなりません。ルート的には那覇中央郵便局の方がレンタカーの営業所には近いのですが、なんせ込み合うことが多いため、イオンモール近くの『南風原中郵便局』に立ち寄ります。南風原という街が那覇のベッドタウン化しており、人口急増中である典型的な『郵便専門局』ではあるのですが、ホームページ上で書かれていたビニール製の『ボストンバック袋』がないと言われました。それは係員が知らなかったのか、出ることがないため『扱っていない』のか理由はわかりません。結局ないものは仕方がないので、バックに伝票をくっつけて自宅へと発送して終了です。

こわれものは一応『あり』にはしていますが、どこぞの運送屋みたいに投げることはしないと信じ発送しましたが、しばらく走り出したところで郵便局で尋ねられた『リチウム電池』のことをふと思い出します。充電池は『多量』でなければ大丈夫だと聞きましたが、最近あまり聞かない『リチウム電池』を実は持っていた…。今回部屋の掃除をしていて見つけた『アナログ(フィルム)一眼カメラ』には『2CR5』というリチウム電池を使用しているカメラを、送った荷物に入れっぱなしにしてしまったような気がして…。とはいえ戻る時間もなく、先に進むしかない状況では船便になってしまえば仕方がないと割り切るしかありません…。最後に確認を忘れてしまったたかティムさんでした(汗)。

那覇市奥武山のフジレンタカー那覇営業所にたどり着く寸前、明治橋付近にて今回もまた『給油ランプ』が点灯します。まあ大した距離も残っていないため、アクセルをよりゆっくり踏み込むようにしてエコ運転を心がけ、13:13に無事返車を完了します。330kmの道程を元気に走ってくれたVitzくんともお別れです。

たまたま同時刻に返車する方が少なかったようで、すぐに那覇空港への送迎車に乗ることができました。7分間の時間は、行きと同様ハンドルを握らなくてもいい時間であり、5日間の日程を振り返る時間でもあります。昨年6月の来沖の際には、まさか一年間来られないことを予測だにしていませんでした。2ヶ月に一度のペースはオーバーペースだったにしろ、一年間のブランクは沖縄を訪れるきっかけを変える過渡期の訪れを感じさせるものかも知れません。沖縄に来て考えなければならない事柄を溜め込み、それに加えて試験勉強という自己啓発に突っ走った昨年一年間を過ごし、老け込む時期ではまだないことを痛感しています。双方を両立させることができなかった反省はあるので、沖縄流『てーげー』の生き方をして改めて実行しようと思いつつ、94時間前に到着した那覇空港第1ターミナルに到着します。

レンタカーの送迎車の降車は3階フロアになります。ドライバーさんにお礼を言ってチェックインカウンター最南端のジェットスターカウンターへとやってきます。webチェックインが当たり前の時代に1Fの非常口座席は未だキオスクにてのチェックインが必要です。まあいつものことなので慣れた手つきで済ませた後、 ぶらぶらと買う予定ないお土産を見て歩きます。ただここで余計なことを知ってしまいました。お土産の定番である『御菓子御殿の紅芋タルト』に3つ入りの小箱がありました。今まで1番小さなものが6個入りだと思っていたのでそれを買い求めていましたが、空港で売られているとは知りませんでした。数を食べるものではないため、それで十分なので見つけてしまったことはちょっとショックでした(泣)。

悔やんでも仕方がないのでスルーし、保安検査場を通過します。後は飛行機に乗るだけとなった今、急にお腹がなります。搭乗口からあまり離れたくなかったこともあり、いつも飲み物を購入するだけの『BlueSky21』に立ち寄りました。なんでも良かったのですが、せっかくなので…と選んだメニューは『沖縄そば』。器の持ち出しを考慮してなのかスチロールの器に入ったものでしたが、今回沖縄料理的なものを口にしていないこともあり、紅生姜をたんまり入れて美味しく頂きました、ご馳走さま~♪

お腹も膨れて一服し、タラタラと28番ゲートを目指すと既に搭乗が始まっていました。というよりバス搭乗の最終バスだったことを知り、ちょっと焦りました。行きと同様のA320-200機材での運航のGK354は、私を含めた10名程を待ってドアクローズ。6分の早発でした(汗)。

いつもならば離陸待ちが結構ある中で10分後には離陸します。あの独特の無重力感を味わった後、関西国際空港行きのGK354は雲の多い那覇空港を後にします。

那覇発だと2時間足らずのフライトなので、寝る間もなく着いてしまうのですが、さすがに睡眠不足が続いていた今回の旅路ゆえ、離陸したことしか覚えていません。着陸のアナウンスで目覚めたのは四国上空で、間もなく関西国際空港に到着します。

寝てはいたけど疲れはピーク状態だったこともあり、普段ならばリムジンバスに乗るまで、ターミナル内をぶらつくのですが、今回はその余裕もありません。沖止めの機材からバスに乗り、ターミナルを素通りし、京都行きリムジンバスに乗るまで僅か20分。今までの関西空港最短滞在時間となりました(笑)。

京阪バスオペレーションの関西空港リムジンバスは、行きと同じ経路をたどって走ったはずです。はずですというのは高速京田辺の降車扱いの記憶がありません。というより『間もなく京都駅』のアナウンスで我に返ったことまで意識が朦朧としていました。結局京都駅には僅かに早着し、本当に無駄のない時間取りで京都から快速に乗車。県境を越えて南淡海の国の首都『INAKA STATION』に到着の後タバコの購入はしたものの、下車後10分で田舎の赤バスに乗車し、ド田舎バス停を経由して田舎の我が家に到着します。

いつもならば関西空港に到着してからブツブツ言いながら帰ってくるのですが、正直言ってそんな余裕は全くありませんでした。うちの会社は16日~翌15日までのシフトですが、まだ9日しか過ぎていないのに7日間休んでいます。有休を2日入れて貰っているので月あたりの休日は11日。と~い~う~こ~と~は~・・・残り21日あるうちの休みは4日・・・。なんかすごいことになりそうな予感がします。勿論休みは貰っているから働くのであり、不満は全くありません。しか~し5日間の旅行でくたびれたとは、なんか自信喪失をしてしまいました。ちなみに『思考回路』が飛んでいたため気になったまま帰って来た『リチウムバッテリー』はなぜか『電池単品』がリュックの底に転がっていたことが翌日に発覚しました…。

まあなんとかすればなんとかなるみたいで、そのシフトをクリアすることができました。それなりにハードな勤務でしたが休みを取らせてくれた同僚達の協力には『感謝』の一言しかありません。しかしのど元過ぎるとなんとやらで、また来月も良からぬ魂胆を持っていたりもします(笑)♪

今まではひとつの旅が終わればそれまででしたが、今では旅の終わりは次の旅の始まりにしか思えてきません。色々な自己発見ができた今回の沖縄の旅路でした♪


長文にお付き合い頂いてありがとうございました。これにて〝《2017.June》あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五~最終日:そして淡海へ編~〟は終わります♪

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 自家用車 徒歩 ジェットスター
旅行の手配内容
個別手配

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