2017/05/28 - 2017/06/05
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Courbetさん
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そもそも九州にきた一番の目的は、太宰府天満宮へのお礼参りでした。
受験の時に伯母が太宰府天満宮の御守りを贈ってくれまして、そのおかげで最後の模試までE判定だった学校に合格できたんですね(と思っている。)。
その学校での環境や経験がなければ今の自分はいなかったので、御守りを返しつつ感謝の気持ちを伝えなければと考えてたんです。
ところが往路の飛行機でお返しするはずだった御守りを忘れたことに気がつきまして…。
お礼とお詫びのお参りとなりました。
自宅の最寄り駅に着いて、案内パンフやグーグルマップ無しで歩けるのはこんなに楽なのか!と驚きました。
何も考えなくても自然と家の方向に進んでる。
日常に戻るのは寂しくもあるけどほっとするものですね。
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最終日の予定は太宰府天満宮のみ。
荷物も宅急便で送り済。随分気楽です。
そろそろ食べ慣れたものが食べたくなって、朝からキーマカレー。 -
太宰府へは電車で行きました。
博多からだとメトロで天神へ出て西鉄福岡まで歩いて、西鉄乗車後もさらに二日市駅で乗り換え。
博多市内にはほとんどいなかったので、最終日になって初めてメトロと西鉄に乗ります。 -
天神駅から西鉄福岡駅までは乗り換え案内がでているので表示に従って進むのみです。
それでもちゃんと着けるとほっとする。 -
昨日乗ったJRの特急は、進行方向が変わるときにシート全体をひっくり返しました。
西鉄はシートの背もたれだけ動かして向きを変える。
西鉄福岡は全ての路線の終着駅なので、乗車したら自分で背もたれを動かしてシートに掛けることになるんですね。
…そんなシステム、周りの人見てなきゃ分からないよぅ。 -
博多と太宰府を直接結ぶ経路のバスもあります。
月曜の朝は道が混むだろうから、と私はバスは避けました。
正しかったのかどうかは神のみぞ知る。 -
何はともあれ、太宰府駅に到着しました!
梅一色。駅名看板にも梅。 -
駅を出るとすぐに参道。
これなら迷いようもありません。 -
梅ヶ枝餅の食べ比べをしながら行くつもりでしたが、駅でもらった観光案内パンフを見て愕然としました。
梅ヶ枝餅のお店の数が、400mほどの参道だけでも20軒以上。境内にも約10軒。
…これは何を参考に店を選べばいいんでしょ? -
梅ヶ枝餅は参拝の後にするとして。
焼いてるところの見学にとどめます。
型にお餅を入れるとき、結構勢いよくベシッベシッと投げつけていくのが衝撃的。
空気が入っちゃいけないですもんね。
なんとなく、お餅だけを最中みたいに焼いて後からあんこを挟むんだと思ってましたが、先にお餅であんこを包んでから焼いてました。 -
いよいよ参りました、天満宮。
10時前でもなかなかの人出です。
外国からの団体客、日本の団体客、修学旅行生と賑わってました。 -
早速「東風吹かば~」の歌碑。
思えば道真公、9~10世紀の人でしたっけね。
神格化されてるとはいえ、千年前の人がいまだにこれだけの影響力持ってるってすごい。 -
大人気の牛さん。
一緒に写真を撮るために、かなりの行列が出来てました。 -
太鼓橋の両側の灯籠にも梅が。
過去、現在、未来を表す橋は、過去と未来は太鼓橋。現在は平たい橋。
この三つの橋を渡ることで身が清められるそうです。
これは過去の橋。 -
過去の橋から見る、心字池の景色。
鯉や亀がたくさんいました。 -
過去の橋を渡りきったところにあったこの樹、根のはり方がすごくて思わず写真撮っちゃいました。
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その反対側に今王社。
古そうなんだけど、謂われはよくわからず。 -
擬宝珠にも梅。
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現在の橋から見た心字池。風流ですこと。
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現在の橋を渡ると志賀社。海の神様を祭っているそうです。
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元々は黒漆と金製の金具で装飾されていたと思われるそうです。
糸島とか能古島とか志賀島とか、福岡に来てこちらには「島」と名がつく地名が多いことを知りました。
ということは海との関わり合いが強い土地柄だったでしょうから、海の神様は大事にされてきたんでしょうね。 -
未来の橋を渡りおえたら、本殿がみえてきましたよ-。
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なぜここに?
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徳富蘇峰の漢詩碑。
菅原道真は大宰府に左遷されても天皇家のために働いた、皆さん見習いましょう、ということらしいです。
徳富蘇峰は菅家の子孫だと自称してたそうですが…本気だったのか冗談だったのか。 -
菅原道真って結婚してたんですね。お相手は詩歌の先生の娘さん。
その奥様を祀った楓社。夫婦円満、子宝、安産に御利益があるそう。 -
麒麟像と鷽像。
聖人が現れて王道を行うときに出てくるのが麒麟。ここでの聖人=菅氏なんですね。
鷽は、年に一回、集めた嘘を天神様の誠と取り替えてくれるそうです。 -
こっちは鹿。
由来は…ワカリマセン。 -
こっちにも御神牛。
東風ふかばの歌碑のところにあったのと、どっちの頭を撫でればいいんでしょ?
案内の立て札が出てたのはこちらですが、配布している境内略図にはここの記述がないんですよ。
まぁ、両方撫でておけばどちらかが当たりでしょう。 -
宝物殿。
すっかり忘れてましたが、月曜って博物館関係お休みになること多いんですよね…。
宝物殿、九州国立博物館、両方ともやってませんでした。 -
お手水、広くて大きいです。
柄杓もたくさんあります。 -
手水舎の高い位置に作法が紹介されてます。
今更ですが、私手水ではあんまり口漱がないんですよね…口に入れるには水質が気になって…。 -
楼門は本殿と見まごうほどに立派。
普段は写真を撮りながらさくさくっと通ってしまいますが、御利益くださった神様の前ですからちょっと緊張しました。
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楼門を後ろから。ライトアップ用の照明が少々無粋かな。
本殿側から見たときと、その後ろから見たときで作りが違い、前後左右対称になっていることが多い楼門の中では珍しい作りなんだそうです。
その時はまるで気づいてなかったので見比べておらず、比較できるような写真も撮っておらず…。 -
すぐ右手に竈門神社の御守りの授与所が。
竈門神社は少し遠くなるようなので、出張所みたいなものでしょうか。 -
御本殿。
菅原道真公のお墓にお弟子さんが祠を建て、さらに勅命で当時の左大臣が社殿を造営。
その後豊臣家五大老の一人、小早川隆景によって造られたのがこの御本殿です。
…という歴史は調べれば分かることとして。
思ってたよりは小さいなぁ、というのが本音。
お寺と違って大きな仏像が安置されてる訳でないので、高さは必要ないんでしょうね。
けど彫刻の彩色や檜葺の屋根には目を見張りますし、思い入れがある分感慨深い。
でもお礼そのものより、お礼が遅れてごめんなさい、旅行の最終日にしてごめんなさい、お返しするはずの御守り忘れてごめんなさい…と謝ってる時間の方が長かった気もします。 -
御本殿向かって右に飛梅。
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向かって左が皇后の梅。
大正天皇后が御用邸からお持ちになったそうです。 -
ご祈祷を受けてる方がいらっしゃいました。
取り仕切ってたのが女性の神職さんだったのに驚き。神職にも男女平等の波が。
欄間から差し込んだ光がちょうど鏡に映りこんできれいでした。 -
無事参拝も済んで一安心。後は境内を散策させていただきます。
こちら樹齢700年のヒロハチシャの木。国内最大のものだそうです。
大正時代に落雷を受けた後も生きているそう。こんなにきれいに裂けて内側は真っ黒なのに…樹の生命力に脱帽です。 -
神馬白梅号の厩舎。
本日白梅号は調整中のため、ここにはいませんでした。 -
菅公歴史館。
博物館関係が軒並みお休みの中、こちらは入館できました。
天神様=菅原道真で、全国の天満宮は菅原道真をお祀りしてるところだと理解したのもつい最近で。
湯島天神に行ったときも、同行者と「なんで牛?牛に引かれて善光寺…って場所も宗教も違うじゃん!」なんて言ってたくらいでして。
お参りする前に知っとけ、と思いつつ、こちらで後からでも勉強しておくことに。
天神様関連書籍としてこんな絵本も紹介されてました。これくらいから始めた方がいいかもしれない。 -
関連本は販売してるんじゃないんですよ~、記念授与品ですよ~。
書籍代じゃなくて、初穂料じゃなくて、何料だったかな。 -
菅公、という呼び名に親しみがこもっているように思います。
こちらの歴史館では菅原道真の生涯を博多人形によるジオラマで展示。さらに全国各地で奉納された天神人形が展示されています。 -
5才の道真公。
学者の家に生まれた道真公は5才で和歌を詠み、11才で漢詩を読んだそう。「うつくしや 紅の色なる梅の花 あこが顔にも つけたくぞある」とまぁ、大人受けまで意識してそうな賢さ。 -
15歳。
元服を迎えた道真公の健やかな成長を祈って母君が観音様にお祈りしている様。
子供が天才でも凡人でも能がなくても心配する母の愛。 -
26歳。
学問ばかりで武術はダメだろうと思われていた道真公が弓の腕を披露し文武両道であることを示した場面。
一つの道に秀でた人から見たら、こういう人って腹立つんですかね。一つの道すら覚束ない人間は自分と比較する気にすらならないけれど。 -
33歳。
中国の歴史や文学の先生、文章博士となり、「和魂漢才」の精神を持って学生を育てたそうです。
元々菅原家は学問所を開いていたそうなので、教育の重要性が分かっていたのかもしれません。 -
39歳。
渤海からの大使を接待するの図。
この時に作った詩がえらく大使の気に入ったようで、白楽天のようだと言われたそう。
政治的手腕についてはここで初めて触れられました。 -
42歳。
讃岐守となって四国へ。
米を分け与えたり、自ら雨乞いをしたりと思いやりのある領主だったので、領民からも慕われたと。
その経験を歌にも反映させたそうで。学ぶ人は機会を逃さないんだなぁと。 -
54歳。
百人一首に選ばれた「このたびは ぬさもとりあへずたむけ山 紅葉の錦 神のまにまに」を読む。
多分、向かって一番左の人が道真公だと思います。ジオラマ造った方々は時代考証や文献探しが大変だったでしょうね…その場に誰がいたとかも調べたんでしょうね…。 -
56歳。
醍醐天皇主催の歌会で漢詩を詠み、喜んだ天皇から御衣をいただく。
この後醍醐天皇は嘘の密告を受けて手のひら返すわけですが、ほんとに騙されたのか、状況が許されなくなったのか。 -
57歳。(博多上陸まで同年)
右大臣になったはいいけれど、天皇の廃位を企んだとする罪を着せられて太宰府に左遷。醍醐天皇の先代、宇多院に助けを求める歌を詠んでます。
ずっと左遷されたって思ってましたが、実際には蟄居みたいなものだったんですかね。ただの左遷だったら四国に行ったときみたいに仕事しそうだけれど。 -
紅梅殿。「東風ふかば~」を読む場面。
この梅の樹(もしくは梅林)って、5歳の時に和歌を詠んだあの樹なんでしょうか。そして飛梅、一晩で飛んだって事は、道真公より先回りしてたって事? -
都をあとに旅立ちます。
ジオラマには道真公は登場せず、見送る人が悲しむ様子です。
この時道真公、ちゃんと奥様に和歌を送ってました。奥様、知らなくてごめんなさい。 -
道明寺の別れ。
道中親戚の家にお別れに寄ったのですが、役人がわざと鶏を鳴かせて出発を急かしたとか。
鶏が鳴くといえば聖ペテロ…鳴いてるのはナイチンゲールでヒバリじゃないのはロミオとジュリエット…。何故か頭の中で連想ゲームが始まってしまいました。 -
博多に上陸。
多分この辺りが、一昨日行った水鏡神社が建てられたところなんだとちょっとテンション上がりました。歴史館では水に映った自分を見て道真公が身なりを整えた、となってますが。
後に道真公を祀る門弟がお子さん連れて合流。右端では地元の漁師さんが縄を巻いて道真公が座る場所を造ってくれてます。 -
58歳。
去年は天皇から恩賜の御衣をいただいたのに、と嘆き悲しんで詩を詠む。都落ちさせられても御衣はしっかり持ってきてたようです。
太宰府に来てからお子さんも亡くしたそうですし、朝廷は恨まれてもしょうがない気がしますけどねぇ…。 -
天拝山の祈り。
国家の繁栄と自分の無実を訴えるためにお祈りされたそうです。
このジオラマでは雷が光ります。神様から「天満大自在天神」の神号を与えられる場面ですから。 -
59歳。
太宰府から帰れないまま、劣悪な環境に耐えられず体を壊し死去。
生前、遺体は牛にひかせてその牛が止まったところに埋葬して欲しいと言っていたので門弟がそのようにしたそうです。そこが太宰府天満宮の御本殿。
菅原道真公の生涯、よく分かりました。 -
そうそう、道真公と牛の関係についてのパネルもありました。
讃岐にいた頃よっぽど牛を大事にしてたんですねぇ。牛の恩返し率、かなり高い。 -
「通りゃんせ」は怖い歌だと聞いたことがあるような。きっと風評なのでしょう。
-
その後は、日本各地で天神様に奉納されたり、天神様から派生したりした人形の展示が続きます。
絵馬と同じで、神様と奉納者の個人的なやりとりだと思うので写真は撮らない方がいいかな、と自粛しました。
なんというか…ちゃんと信仰してる人は、ちゃんと知ってるんですよね。何かを信仰しなきゃいけないというのではないけれど、信仰を持たないことで知らずに済ませてることが多々あるんだろうな。
こちらは展示物として造られたもののようなので写真撮らせていただきました。
表情といい、衣装といい…立派な天神様です。 -
御本殿の後ろ側に回りまして、「くすの木千年~」の歌碑。
境内の奥の方には梅だけじゃなくて楠も多く、緑が鮮やかでした。 -
包丁塚。
指切る回数が減りますように…ってそっちじゃなくて。日々いただく命に感謝。 -
筆塚と野見宿禰の碑。
書の三聖でもあった道真公。こんなに文字を書かなくなる時代が来るとは思っていなかったでしょうね…。
相撲のルーツ野見宿禰の子孫が菅原道真とも言われているそうで、先ほど見た東京相撲会はそういうことかと。何の縁もないと思ってました。失礼しました。 -
こちらは夫婦楠。
ちょうど奥様方の団体がいらして、口々にご主人との関係性を暴露されてました。それじゃあ夫婦楠も浮かばれないでしょうに…。 -
梅園を抜けてお稲荷さんへ。
親切設計な階段です。 -
梅の実がたくさんなってました。
ここの梅の実で梅漬け作って食べたら頭が良くなったりしないかな。 -
お稲荷さんに到着~。
…っていってもお社がない。 -
緑はきれいだけれど、やっぱりない。
-
…ですよね~。
結構登りますよ、これから先。 -
えっさほいさっさ。
鳥居が続くのはきれいだけど、登ってみるとどこまで続くのかとげんなりします。
でも鳥居をくぐり続けると異界に行くような感覚がしますよね。 -
天開稲荷社到着!
…なんですが、達成感に包まれ写真撮り忘れ…。
九州最古のお稲荷さんで、運気がぐんぐん上昇するんだそうです。
ここからもなんかまだ続いてますよ?
ここまできて御利益の取りこぼしとかイヤですよ?(貧乏性の極地)
それに、参拝するまでに苦労するとその分御利益があがる気がする。
それを実感することは今までなかったけど。 -
やった~!奥の院まで来ました!
この石室の中に、「君の名は。」で口噛酒を奉納していたような空間が広がっていました。
まさに異空間。
こちらのお稲荷さんの御利益を知らず、経済的に困ることのないように…なんて思いっきり浴まみれなお願いをしちゃいました。 -
さて、降りていきますか。
学生時代オリエンテーリングやってたときにこんな坂を駆け下りましたわ…。 -
帰り道は行きとは違う道を通ってみましたが、こちらは幟がたくさん。
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御本殿近くまで戻ってきました。
中を覗く勇気はありませんでしたが、これ集めてどうするんだろ?
塩漬けしてるから育てるわけにもいかないし、肥料にもならなそうだけど…。 -
お菓子の神様を祀った中島神社。
入り方が分からなかったので、なんと神社の裏から参拝するという暴挙に出ました。
今は作るより食べる方専門なので、作る専門家の皆さんの応援をよろしくお願いします。 -
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菖蒲池に出ました。
ちょうど花が咲きかけのいい時期。 -
如水の井戸。
一番なじみのある呼び方は官兵衛なんですけど、これ通名なんですね。
初日に「博多」と「福岡」の違いについて、焼き鳥屋さんのお客さんに伺ったんですが、黒田家が関わってること以外は記憶から抜け落ちてます。 -
邂逅の苑という場所に出ました。
歌碑がたくさんあったのですが、誰がいつ頃詠ったのか解説がなく…。
太宰府のホームページにも記載がないんですよね。謎。 -
ライアン・ガンダーの個展が開かれたのって日本では今年が初じゃなかったっけか。
(後で調べたところ、度々来日して大宰府でインスタレーションを発表しているようです。) -
浮殿。というけれど、周りにあるのは石ばかり。
見立てて作られたんですかねぇ。 -
天神様になった道真公の幽霊が仏教の教えを求めたうえ留学までしたと。
無理があるような気がするけれど…。
案内地図では光明禅寺となってました。
紅葉の時期じゃないけど、静けさと緑に囲まれて頭の中が空っぽに。
写真撮影不可じゃなかったとしても、この雰囲気は写真では撮れない。
いいお庭を見せていただきました。 -
参拝の帰り道では梅ヶ枝餅を3カ所でいただき、(結局参道を大体三分割して、それぞれのエリアで一個食べることにしました。)お餅の厚みとかあんこの味とかの違いを楽しみました。
さらに大宰府バーガーのお店で唐揚げ食べたらそりゃあ満腹にもなりますね。
お昼ごはんはそれで終了となりました。
写真は名物ご当地スタバ。 -
時間が余ったので、歩いて行ける範囲にある観世音寺に行ってみることにしました。
大宰府市にある学校って偏差値高そうな気がする。さらにこの学校なら足腰も鍛えられそうな気がする。 -
白川橋より御笠川を見下ろす。
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右側に道案内の看板がありました。
Googlemap見てても変な道選んでないか心配になるから、こういう看板にはホント助かってます。 -
畑なのか原っぱなのか分かりませんが、草ぼうぼうでもこういう広場ってうらやましい。
日傘のお祖母ちゃんも風景の一部になってとけ込んでます。 -
ここにも花菖蒲。
お水乾いてますけど…。 -
駅から徒歩15分。無事迷わず着けました。
どんなお寺なのかも知らずに来ちゃったので、そこまで古いお寺だとはつゆ知らず。 -
三門側から行くべきかもしれませんが、敷地がかなり広そうなので近いところからお邪魔します。
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本堂から参道を臨む。
木が生い茂って、その下を歩いたら気持ちいいでしょうね。
そっち行くと駅に戻れなくなりそうなので、こじんまりと、本堂周辺だけ歩かせてもらいました。 -
本堂。
斉明天皇のために天智天皇が建てたお寺だそう。
ですが建物は江戸時代に黒田家が修復したものだそうです。
今は大きめのお寺かな?くらいですが、昔はとても大きな寺院だったと。
今でも周囲から創建当時の遺物が出てくるそうです。 -
道真公にうすーく縁があるらしい樹。
種が数珠の材料になるそうです。
お経を100万遍唱えたら往生の本願疑いなし、なんですって。 -
日本最古の梵鐘だそうです。
音も素晴らしく、道真公が詩にも詠んだそうですが実際に聞くことは出来ませんでした。
日本の音風景100選のうちの一つらしいです。 -
観世音寺を出たところに石が。
石垣とか、お寺が隆盛を極めたときの名残でしょうか。 -
来るときには気づきませんでしたが、細い道を挟んで反対側に神社が。
観世音寺が小さくなったのは秀吉のせい、ということでしょうか。
お寺の鎮守として神社が置かれる。だから神道と仏教の違いが分からないんだよぅ。 -
太宰府庁跡にも興味はありましたが、徒歩で行くには遠そうなので駅に戻ってきました。
照明にも梅。 -
空港に向かうには中途半端に時間があいてしまったので、天神駅周辺をうろつく。
地下街に特徴があると聞いたので行ってみたところ、いきなり最後の晩餐がお出迎え。
この天神地下街「てんちか」は、19世紀ヨーロッパの街並みをイメージして、次世代に残せる地下街を作ったんですって。 -
19世紀。ヨーロッパ。
…に河童? -
繰り返します。
19世紀。ヨーロッパ…は間違ってないけど…。 -
何をそんなに噛みつくんだって感じですけど、単純に方向音痴と早とちりの逆ギレなんです。
「地下鉄」と「西鉄」を読み間違えてどこにいるのか分からなくなり、地図を見ても自分がどこから来てどこに行こうとしてるのか、もうお手上げ。
商業施設内じゃGooglemapも役に立たないし。 -
甘くて冷たい物でも飲んで少し落ちつきましょう。とJA系列のカフェに行ったら佳純ちゃんが。
ちょうど前日の夜に優勝してたんです。おめでとう。 -
そういえば住吉神社に行ってない。例によって全然調べてないけど、場所的には博多駅方面になるし多分迷わず行ける。
無事に神社の前の住吉橋まで辿りつきました。こちらは、私財を投じて那珂川の治水にあたった方の碑です。 -
この辺りからが境内になるようです。
まずは天竜池。 -
浅そうだけど、鯉がたくさんいました。
ここにも花菖蒲。 -
西門から中に入ります。
木陰が涼やかで、暑い中歩いてきた分見るだけでほっとしました。 -
昨日辺りからちょっと意識してたんですけど、ここまできて見つけちゃいました!一日一日猫達成!
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急がなくっちゃ、急がなくっちゃと時計ウサギのように駈けてましたが一瞬だけ振り向いてくれました。
それだけで住吉神社に来た甲斐がありました。満足。 -
目的を果たせた気になってないで、猫に会えたお礼をしていきましょう。
鳥居から覗く神門と本殿。大きな神社ですが観光客ばかりじゃなく地元の方の憩いの場にもなっているようで、そういうところは根津神社に雰囲気が近いように思います。 -
ここも黒田家が再建してる。
本人が直接携わってないにしても、あちこちの神社の再建や修復をしてますね。 -
御本殿。
住吉造といわれる独特の建築様式だそうなんですが、その特徴が分かるような写真がやはり撮れていません。見る目の無さが露呈する…。 -
比較的新しいようにみえた古代力士像。
昔は横綱のお免状をもらうために熊本まで行っていたので、その道中に住吉神社にも立ち寄ることが多かったそうです。
相撲の神様というよりは、道中の安全祈願の意味合いの方が強かったのかなぁと勝手に想像。 -
でも、こういうものがあるということは多少なりとも力仕事にご加護があるんでしょうか。
いやだいたい相撲って元々は神事だし…? -
その昔、本殿に枝がかかりそうになっていたので切ろうとしたら、一晩にして枝がまっすぐになったと言い伝えられているそうです。
御利益は危険回避かと思いきや、夫婦や兄弟の円満だそうで。衝突や争いを避けるんですね。 -
他にも、稲荷神社や恵比寿神社を含め、沢山のお社がありました。
こちらは功徳池。木々の向こうにはビルがのぞき、ここも都会の中にあることを再認識します。 -
後の心配事は帰りの飛行機に無事に乗り込むことだけ。
あまりギリギリまで街中にいると余計に名残惜しくなるので余裕を持って空港に向かいます。博多駅から地下鉄で二駅。この距離は便利。
福岡空港は改装中でした。とっても楽しそうなイベントのポスターを見つけましたが明日から。見たかったにゃ。 -
帰りはANAに乗ります。
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うっすらと月が。
こんなに明るいのにもう18時近いんですよ。 -
さようなら九州。
街並みに見覚えがあるような気がするのは、市街地が近いという先入観からでしょうか。 -
この先に相島があるような気がするんですけど…いや、違うかな。
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自宅に着くのは21時頃になるので飛行機の中でご飯。
でも、飛行機の中で食べるのってちょっと気を遣うんですよね。機体が斜めってる間は危ないし。シートベルト着用のランプが消えてから食べてました。 -
羽田付近に雨が降ってるので着陸時刻が遅れるかも、とアナウンスが入り、思わず空模様を確認して、そりゃ雲の上飛んでるんだから飛行機の外は青空だよ、とセルフつっこみ。
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ちょうど日が落ちてきて、西の方の雲がきれいに染まっていました。空から見る夕焼け、感傷的な気分に拍車がかかります。
実際長かったんだけど、旅行に出たのが遙か彼方昔のことのようでもあり、でもあっという間に過ぎてしまったようでもあり。
振り返れば夢のような時間を過ごせました。ありがとう、九州。 -
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