2016/12/11 - 2016/12/11
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duc teruさん
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もともとCamondo一家はスペインでに住んでいたがユダヤ教を理由にとらえられ追放された。
その後イタリアに移り19世紀初めコンスタンチノーブルで銀行を起こした。
イタリアの統合に資金的に貢献したとして1867年エマニュエル2世により伯爵に叙された。
その後パリに金融業の本拠を移し国際金融団に加わり基盤を作る、2代目に至りさらに拡大する。
2代目の息子が仏空軍で事故死をしその息子を追悼するためにこの息子の名前を冠した美術館として管理することを条件に屋敷と収集してきた美術品を政府に寄贈した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
表紙のゲートを入ると
この横に貴賓用の入口が別にある -
中庭越しに本館を見る
この本館は中庭を囲んでゲートウェイと廊下でにつながっている -
玄関ホール
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そして貴賓客はここから入る
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地上階 日本でいえば1階 ここは厨房を含めた使用人たちの作業施設で占めている
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この階段を上ると
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日本の工芸品
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上は
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応接階
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応接間が
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6部屋
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別々に
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客同士、会わなくてもよいように
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この先がpark Monceau に続いている
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逢瀬ちゅまから別の応接間へ客の目に触れないように移動できる
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1911年には彼のコレクションの大部分をルーブル美術館に寄贈している
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2代目を継いだオーナーは
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その友人に送った手紙の中で
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私はお金のことは一切考えずに、美術品の収集に全力を挙げられることに満足している
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私の資産は何もしなくても
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私の美術品の収集に余るほどの
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収益を
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自動的にあげられるようになっている
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政府、友人、そして私の意をくんで仕事をしてくれている部下に
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私は満足している
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と書き送っている
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その友人たちを招いての宴会の間
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使用人たちの動きは
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どこからでも見えるようになっている
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美術工芸品の収集は、洋の東西を問わず膨大な数とか
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バスルーム
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ある日突然
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ナチスに
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呼び出され
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そのまま何処にか連れてゆかれ
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これが中庭を囲む貴賓の玄関への廊下
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Musee Nissim de Camondo の控えめな標識
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創設者の絶えた美術館はその遺志により仏政府の管理のもと
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NISSIN DE CAMANDO の名前を冠して、存続する
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