日立風流物の日立から常陸太田と水戸の街歩き(一日目)~ユネスコの無形文化遺産に登録された巨大な屋台は、からくり人形が意外にぎこちない動き。それはそれとして、桜祭りと一体となった和やかな雰囲気を楽しみます~
2017/04/08 - 2017/04/08
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たびたびさん
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例年さくらまつりで披露される日立風流物。古くは宮田風流物と呼ばれ、元禄8年(1695年)徳川光圀の命により行われた神峰神社の大祭礼に山車が繰り出されたことが始まり。享保年間に人形芝居が加わり、現在の姿であるからくり仕掛けの山車につながります。毎年4月の第2土曜・日曜に開催される「日立さくらまつり」で披露されるのですが、今回はユネスコの無形文化遺産に登録されたということでさっそく見に行ってみました。
一方、さくらまつりの方ですが、日立は日立鉱山の影響があって、街に公害に強い大島桜を植えて楽しんだというのがその起源だそう。駅前からの桜並木の通りがメイン会場です。日立風流物の巨大な屋台が繰り出して、大賑わい。かねみ公園の方も会場になっていますが、そっちはイベントもなくて、ちょっと寂しい。やっぱり見物するなら、イベントのある駅前通りかなと思います。
さて、主役の巨大な山車には5段の構造。かたまりに見えた唐破風が次々と左右に分かれて開くと全体がひな壇に早変わり。これも、ひとつの見どころですね。そして、ひな壇で演じられるからくり人形芝居は、赤穂浪士。吉良家に討ち入った浪士の活躍、本懐を遂げるまでのそれぞれの情景を表現します。
ただ、高山や中部地方のからくり人形のような華麗さや優美さはほとんど感じられないかも。動きにもちょっとぎこちないところがあって、イメージはヨッコラショという感じでしょうか。まあ、それも含めてこれが茨城風なのかもしれません。
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イチオシ
日立駅に到着して、まずは日立の名物といってもいいシーバーズカフェへ。
日立駅出てすぐの海を見下ろす全面ガラス張りのカフェなんですが、この圧倒的なシテュエーションが人気の秘密でしょう。 -
ただ、朝早くからやっているのでモーニングでもと思ったのですが、それはなし。
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仕方がないので、ココアをいただきました。大きなカップになみなみ注がれたココアで、これならちょっとお得感もある。人気店だけに、一つ一つのメニューにもやっぱりちゃんとこだわりがある店のように思います。
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落ち着いたところで、活動開始。祭りは午後からなので、午前中は例によって、市内の散策です。
これは、日立駅ビルにあるおみやげ品の販売所と観光案内所を併設した施設。日立風流物の日だけに観光客がたくさんやってきます。実は、今日は天気がイマイチなので、やるかどうかは12時に判断しますとか。ちょっとやきもきしますが、たぶん大丈夫。信じて待つしかありません。 -
日立シビックセンター科学館は、日立駅を出てすぐ。プラネタリュウムの球状の施設を屋上付近に備えるという特徴的な外観。この存在感からして、まさに日立市のランドマーク的な建物でしょう。
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中に入ると巨大なホール。館内の案内のブースや、日立市観光案内所も。ほか、日立風流物の模型の展示もありました。
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そのはす向かいは、イトーヨーカドー。日立シビックセンターとの間には現代アート風の公園もあって、この二つの建物に挟まれたゾーンが日立市の顔のような感じ。日立市が若々しい街だという印象を与えているように思います。
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イトーヨーカドーから奥の市街につながる通りも、この日屋台が出ていたりして、イベントにはよく活用されるよう。活気のある一角になっています。
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そこを抜けたところで、これは風味堂。小さな和菓子のお店です。
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品数は比較的少ないですが、いただいた大福もちはつきたてのふわふわ。餡子の甘さもさわやかで、これはすごくいいです。職人気質のご主人の気持ちがこもっているように思います。日立市、なかなかいいじゃないですかあ。
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そして、目指したのは助川海防城跡。日立駅から山側に2.5キロほど行った先なんですが、これは幕末の水戸藩の遺構。
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城主の屋敷跡も過ぎて、
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開けた場所に出てきました。
幕末、水戸藩の沖合いにも異国船が出没するようになり、その対策としてこの城を築き、守りを固めたのだそう。 -
こんなところまでわざわざ攻めてくるはずもないのですが、水戸藩が率先して攘夷の考え方を諸大名に示すデモンストレーションのような意味合いもあったのではないかと思います。
作られたのは、水戸藩主徳川斉昭の命によるもので、天保7年(1836年)。ペリーの来航は、嘉永6年(1853年)のことですから、それなりの先見の明はあったというもの。あの薩摩藩ですら、後に近代化の道を開いた島津斉彬が第11代藩主に就任したのは、やっと嘉永4年(1851年)のこと。幕末において、当時、水戸藩が幕府改革のフロントランナーであったことは、疑う余地もないでしょう。 -
城のスケールはかなりあって、海側に何段も土塁があるし、想像もしていなかった規模。途方もない工事だったことが偲ばれます。
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イチオシ
ただ、この先が本丸ですが、
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海から攻めてくることを想定しているので、防御の構えは一方向だけ。そこは他の城とは大きな違いです。
一方で、周辺には社会福祉の施設がいくつかあって、歴史の場所をこんな活用の仕方もあるんだなあという感じです。 -
少し移動して、今度は日立市郷土博物館へ。
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3万年前の旧石器時代から1万年前の縄文時代から解きほぐす展示は分からないではないんですが、やっぱりちょっと壮大過ぎるような。日立市がどのような街として成り立ったのかは、助川宿とか海防城とか江戸時代の水戸藩における位置づけをもっと語るべきだと思いますね。
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一方で、
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日立風流物の人形の頭は
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ちょっと面白い。
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イチオシ
風流物もこれなら期待が持てそうです。
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こちらは、平家物語の名場面の人形展示ですか。
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平家物語は諸行無常の世界観とともに、
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やはり雅な都への憧れも併せ持った物語。その後の日本人の人生観や世界観に深く影響を与えたのは、間違いないところです。
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その他、
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日立鉱山と日立製作所の歴史に、
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企画展である水戸学の学者たちの紹介等。
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ちょこちょこ郷土色のある見所はあったかなと思います。
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イチオシ
しかし、ここでも水戸学への思いは軽くないような。私はネガティブな評価しかできないのですが、やっぱり、水戸藩の歴史でこれは避けて通ることはできません。
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博物館の裏手はそのままかみね公園です。山一帯が桜の林になっていて、斜面を上って行くのですが、途中はけっこうな坂もあって、のんびり散策を楽しむという感じではないですね。
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ただ、入口には博物館、神峰神社。中腹からは、遊園地、動物園、レジャーランドもあって、全体としてはあれこれ欲張りな公園になっています。
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頂上付近には展望台があって、
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かみね公園の一番高い場所にある駐車場の横にあるのは、吉田正音楽記念館。けっこうしっかりしたビルですね。
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内部の写真撮影は禁止ですが、見学は自由。ビデオ上映があって、吉田正音の代表曲を紹介していました。「誰よりも君を愛す」「潮来笠」「再会」など、耳に残る粘っこいメロディーが改めて昭和の名曲というにふさわしい。知っている歌が多かったせいか、意外に楽しめました。
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最後に神峰神社を確認して、かみね公園は、おしまいです。
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かみね公園から、駅前に戻ってきました。もう人がどんどん集まってきています。
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風流物の屋台はこの先ですね。
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お祭り気分がだんだん盛り上がってきましたよ~
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おー、例の屋台はあれですね。
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イチオシ
屋台の前では、景気付けの太鼓のお囃子。ドンドコ、ドンドコ。いいですね。
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イチオシ
屋台の周囲は危ないので、十分にスペースを取っています。
さて、どんなふうになるんでしょうか。ワクワク。楽しみですねえ。 -
おや、人形が現れましたね。カタカタ動いていますが、
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それより、後ろのお宮さんのような建物。破風の部分から左右に割れていますよ~
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イチオシ
それも次ぎ次と割れていく。あれれ~
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割れた建物が開ききると、
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はー。なんと、それぞれがひな壇になっているじゃないですか。
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そのひな壇に現れたのは赤穂浪士の面々。これは想像もしなかった。まったく意表を突いた現れ方ですね。
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全部、開ききって、これが屋台。まさに真の姿が現れました。
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場面は赤穂浪士の面々が吉良邸に討ち入った戦闘シーン。
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吉良の首を求めて
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丁々発止の戦いが繰り広げられるということなんですが、
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イチオシ
でも、仕掛けは大きいのに、ちょっとぎこちない。戦闘シーンの激しさがどこまで表現できているかといえば、そこまででもないような。途中で、赤穂浪士の一人が弓を射る動きがあって、実際に矢が飛ぶんですが、そこで喝采が起きたくらい。
たぶん、四十七士それぞれに特徴を考えてあるんでしょうが、見る方にはそこまでの知識もないし、残念ながら、十分にそれをキャッチできません。 -
そして、もう終わりかなあと思ったら。。
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赤穂浪士がひっくり返って、
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今度は赤い傘を持った女性に変身。これは華やかですねえ。
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そこで、なぜか屋台を反転。あれ?
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では、私も後ろに回って、もう少し華やかな舞台を拝見しましょうか。
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イチオシ
これもちょこっとした動きしかありませんが、
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こうして下から屋台を見上げるアングルが見応えの効果になっているかと思います。
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で、反転した表側のほうはなんだったんでしょうか。
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なるほど、このシートは大きな崖のような設定ですか。
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上の方から大蛇がそろりそろりと降りてくる。
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皆さんも何が始まったのかと、一斉に注目です。
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大蛇が下りてくる先には、ガマに乗った自来也。
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ここでも弓を引いて、矢を放ちます。
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しかし、正直、ストーリーよくわかりません。
かなり苦労はしているんでしょうが、うーん。微妙。屋台の大きさとからくり人形。その組み合わせがイマイチ、コラボの効果を上げていない。これだけの大きさの屋台に人形を飾るのであれば、大きな人形でその豪華さや奇抜さでアピールするのが一般的だし、納得感があるんですけどねえ。やっぱり、からくり人形では、ちょっと無理があるような気がします。 -
イチオシ
じゃないでしょうか。
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で、祭りの後。日立市街の銀座通りを歩いていたら、常陸手うち餃子という看板が目について、さっそく入ってみました。
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いただいたのは、肉まんと手うち餃子。肉まんの方は豚肉の香りがすばらしくて、これは逸品。レベル高いです。
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一方の餃子の方ですが、ちょっと皮が固すぎる。味は悪くないんですが、工夫の必要があるように感じました。
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まだ余裕があるので、今度は地元密着のそば屋さん玉半へ。
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しかし、店内はちょっと雑然としていて、あんまり構わないような感じですね。ただ、この辺りは常陸そばの地元。少し期待して入ってみた次第です。
ソバのシャキシャキ感は悪くないので、そこは期待したのに近い感覚はあったのですが、揚げものとかしなびた感があってちょっとイマイチ。ボリューム感はあるので、そこも含めて、地元密着のコンセプトかなと思います。 -
最後のスイーツチェックは、モルト ボーノ。日立駅からだと歩いて10分くらいですが、道も分かりにくいし、ちょっとてこずりました。
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しかし、お客さんがポツポツやってきて途切れない感じ。なるほど人気の洋菓子屋さんではありますね。
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カスタードのシュークリームは売り切れで、チョコのシュークリームをいただきました。ちょっと大きめのシュークリームは、けっこう甘さ抑えめ。見た目は派手なのに、味わいは落ち着いたもの。無駄なインパクトは考えていない。あくまで自然な味わいがコンセプトです。
さて、日立市は以上でおしまいです。 -
水戸駅に戻ってきて。今日は水戸で一泊します。
夕方まで時間があるので、もう少し、水戸市内で街歩きをしてみましょう。 -
黄門神社は、水戸駅からもほど近く。石の柵で囲まれた小さな神社ですが、「水戸黄門神社 義公生誕之地」という看板が目立っています。
奥に説明板があって、義公は家老三木仁兵衛之次の邸に生まれ、4歳までここにいたということです。 -
水戸の大銀杏は、水戸駅前の大通り沿い。ここの坂は銀杏坂という名前なんですが、その名前は300年前の水戸城の古地図にも見られるのだそう。この銀杏の木はそこまでの巨木ではないし、どれだけの古さがあるのか分かりませんが、銀杏坂と大銀杏がセットになって、水戸の歴史をとどめるものになっているようです。
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その並びにあるのが運平堂。看板にもありますが、光饅頭というのが名物です。
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これは薯蕷饅頭。薯蕷饅頭は皮に芋を混ぜた饅頭で、やっぱり饅頭の王様。しっとり、粘り気のあるのが特徴です。
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ここの光饅頭もその特徴がかなりよく出ていて、いい感じ。餡子の甘さは少し抑えめかなと思います。
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水戸駅前の大通り沿いをもう少し進んで、こちらは木村屋。
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外観も老舗の和菓子屋さんですが、店内に入るとこれがまた一段といい。ショーケースが腰の高さくらいまでしかない低いものなので、店の奥がよけい広く感じられる。歴史を重ねた風の雰囲気もたまりませんね。
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いただいたのは、季節の桜餅。意外にあっさり系の味わい。塩味の桜の葉っぱもいい香りでした。
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近くの小さな食堂は、ミナミ食堂。ふと気づいて見ると、持ち帰りの海苔巻や稲荷寿司を売っている。
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これは面倒くさくなくていいなと思って、稲荷寿司を買って帰りました。まあ、普通の稲荷寿司です。
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これは、水戸東照宮。ちょっと高台にあります。
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徳川御三家の水戸ですから、東照宮なんて当たり前なんですが、
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この東照宮は漆塗りの門に門から拝殿までの渡り廊下の天井には紅白の梅が描かれていました。これはけっこう意表を突かれる意匠。華やかなデザインを楽しませてもらいました。
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そして、水戸東照宮のふもとにあるとってもレトロなアーケードの商店街が、宮下銀座商店街です。ただ、商店街と言っても軒を並べているのは飲食店。居酒屋さんとか焼き鳥屋さんにお好み焼きの店など。水戸駅そばで手軽にディープな水戸の夜を楽しみたいなら、ここが一番。みたいなところです。
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少し移動して。これは、藤田東湖生誕の地。東湖の父幽谷の代に水戸藩から与えられた屋敷跡です。
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といっても、自動車道路沿いに細長く残された一角で、これは屋敷跡のほんの一部なのでしょう。藤田東湖生誕の地の看板、説明板と藤田東湖生誕の地碑、東湖の像に産湯の井戸跡がコンパクトに並んでいます。
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続いて、安積澹泊屋敷跡。藤田東湖生誕の地そばのJA会館の前に建つ安積澹泊屋敷跡と書かれた石柱ですが、これが黄門様に従った格さん助さんの格さんのことだというのはすぐには分からないかも。
徳川光圀から認められ、彰考館の編修として大日本史編纂を行った格さん。勉学を好んだ才能の持ち主です。 -
さて、今夜の宿は水戸第一ホテル別館。まあ、安宿ですね。
仙波湖の脇を通る橋を渡った先。水戸駅からは少し距離がありますが、まあ歩ける範囲。少し紹介すると、共同トイレに共同浴場ですが、ロビーがゆったりしていること。受付がしっかりしていること。空調がよくきいていることがあるので、それなりに気持ちよく泊まれました。ウエルカムドリンクと朝の無料トーストも付いています。
さて、明日は、常陸太田を回る予定。水戸光圀が隠居した西山荘などを訪ねます。
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