2017/01/07 - 2017/01/07
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びしゃりんさん
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前回に続いて、今回も京都、冬の特別公開シリーズをお届け。
観光協会が、間に入る特別公開は規制が多くて、どうも楽しめない部分が多い。
そんな中でも、角屋は開放的で良かったよ。
ただ、観光協会の人が来訪者を集めて、角屋の松の間とかを説明するのだが、カンニングペーパーを見ながらの説明だった。
それならパンフ読んだら分かるんで、自由に見学させて頂きたい。
一杯人が集まってから説明を始めるんで、時間のロスだし、見たい書画もゆっくりと見れない。
一番いいのは、普段は黙っていて、こちらがわからない事を質問した時に、的確に答えてくれるなら、ありがたい存在となる。
京都の観光協会、現場の説明のあり方、ちょっと考えた方がいいんではと思いま~す。
ぐちぐちと書いてきたが、そろそろ、旅行記始めま~す。
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島原の角屋を目指してたら神社を見つけたよ。神紋の左三巴が青色ってのが気に入ったので入ってみる。
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島原住吉神社とな。
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小さい神社だけど、熱心にお詣りしてる方もおられるんだね。
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角屋に向かう途中、東鴻臚館跡を見つけた。
鴻臚館とは、平安時代に設置された外交および海外交易の施設。
平安京の鴻臚館はおもに渤海使を迎賓していたが、鎌倉期に消失している。 -
角屋の通りだよ。情緒あるねぇ。
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反対側からだ。
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角屋付近には2つの石柱がある。
1つは、
長州藩志士久坂玄瑞の密義の角屋
とある。
のが1つ多いんじゃねえ。
長州藩志士久坂玄瑞 密義の角屋
とすべきだろう。 -
で、もう1つは、新選組刀傷の角屋とある。
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その角屋の前にきたよ。
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中に入ると、角屋の家紋である蔓三つ蔦がお出迎え。
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入って直ぐの所に新選組の刀傷がある。
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ちょっと分かりにくいか。
なんでも、つけがきかなくなった事で、隊士が激昂して刀で柱を切ったとか。 -
じゃ、ずずっと中へ。
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竈すね。
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いわゆる調理場すね。
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角屋主人の日記で慶応4年に長州藩奇兵隊士145人が勝いくさで来店して賑わった旨、歴史を感じるねぇ。
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こちらは西郷隆盛が行水に使用した盥だ。
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帳場、時代劇で出てくるよね。
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階段の下は収納できるようになってる。
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刀箪笥、武士が来たんだね~、幕末だね~。
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網代の間、襖が明かりをいい具合に調光しているね。
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網代の間を明るめに撮れば、こんな感じ。暗めの方が雰囲気でるよね。
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網代の間にある恵比寿、布袋の掛け軸だな。
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え~、襖絵だ。金と黒って割りとあうよね~。
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網代の間の襖絵は、長谷川等雲筆による唐子の図だけど、ちと分かりにくい。
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網代の間から見える中庭だね。
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そして、この廊下を抜けると
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松の間になる。
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松の間、孔雀の襖絵。これは良かったよ。
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左手に行くと皺が入っていて残念な事になってたけど。
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この松の間は、近藤勇と土方歳三が、芹沢鴨を暗殺する前に、芹沢にたんまり酒を飲ませた場所でもあるんだね。
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松の間から庭を見ると、立派な松だよ。
頼山陽は、母親を連れてここに連泊したそうな。 -
襖の取っ手は楓、凝ってるわ。
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松の間にあった屏風図には布袋さん。
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座敷と台所の境目の板に蔓三つ蔦の紋があった。こういうところが、おしゃれだね。
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角屋から出て島原大門を見ようと歩いてたら、旅館の屋根に、
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鍾馗像。
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カフェの屋根にも
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鍾馗像がいた。
京都など古い町並みには、昔から魔除けとして鍾馗像を屋根に置くよね。 -
で、島原大門に来た。
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島原の島の字って嶌なんだね。
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島原の説明書きだけど、島原の乱の頃に、今の地に慌ただしく移転があった事から島原と呼ぶようになったとか。
次は、妙心寺の特別公開、山陰線に乗って妙心寺へ。 -
という事で、妙心寺前に到着~。
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養徳院、大雄院で特別公開をやってる、それがお目当て。で、時間があったら桂春院というコースだ。
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南門から行きま~す。あ、そうそう、この南門の横には、妙心寺が毎月の言葉を貼り出しているんだよね。
平成29年1月は、 -
元日やこの心を忘れまじ!とな。
では、先に養徳院へ向かいます。 -
禅寺の塔頭の壁と壁に挟まれたまっすぐな道。いいよね~。
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着いたよ、養徳院。
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ご多分に漏れず、堂内撮影禁止。
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だから、写真としては庭の十三重の塔や
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玄関の衝立ぐらいしかない。
撮影禁止談
受付おばちゃん「堂内は撮影禁止ですので」
私「玄関も駄目なんですか」
おばちゃん、玄関をキョロキョロ見回して
受付おばちゃん「玄関には仏様がいますんで失礼にあたります」
私「あれは、仏様ではなく韋駄天ですよ」
受付おばちゃん、沈黙。
普通に玄関も遠慮願いますと言ってくれれば素直に聞くのに、付け焼き刃でこういう答え方をされれば、そりゃ、突っ込みいれますよ。 -
養徳院では御朱印を4つ頂いた。
ここは、掛け軸で酒茶論で有名。
酒茶論とは、酒と茶のどちらが良いかの議論をし、最後は、お酒はお酒,お茶はお茶と引きわけるお話。
そりゃそうだ。 -
南無四佛の御朱印。
これは、東西南北の浄土にいる佛の事を言ってるんだよね。
東方浄土には薬師如来、南方浄土には弥勒菩薩、西方浄土には阿弥陀如来、北方浄土には釈迦如来となりま~す。
よくSNSで、こんな御朱印を貰いましたと掲載してるけど、意味が分かって掲載してるんかなぁと思う時が、多々あるよ。 -
で、お次は大雄院。
ここは、十一面観音の掛け軸拝観と観音様の御朱印を貰うのがメインだ。 -
で、先に御朱印の授与所に行って、ご住職に御朱印をお願いした。
で、ここでご住職に、直接、玄関だけ撮影させて貰っていいですか?と尋ねると、どうぞ、どうぞという具合。
観光協会の受付は、何が駄目で何がよいかの判断がつかないから、全て駄目と言ってるんだろうね。であれば、正直に話せばええやんと思う。
直接、ご住職と話せば、簡単にどうぞ、どうぞとなる、ま、こんなもんか。 -
御朱印授与所の注連縄、まだ正月7日ですもんね。
という事で、方丈の拝観に行きま~す。 -
方丈すね。
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この窓、お寺~すね。
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酉年ですもんね。
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玄関の下駄箱の上にある達磨の置物が何気に凄い!
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で、堂内は撮影禁止で後は庭ばかりなんだけどね。
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あんまり庭見ても仕方ないでしょ、思いません?
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だから、中庭を写す。結局、庭やん!
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中庭に面した書院の茶掛け、寿かな?
で、大雄院でのメインは、十一面観音と楊柳観音の絵だったな。 -
それが、これ。大雄院の御朱印帳の表紙がその絵になっている。
左が十一面観音、右が楊柳観音ね。 -
で、十一面観音にあっては、東大寺二月堂の秘仏小観音を絵にしたものとの言い伝えがある。
今回は、大雄院で公開されたが、今後は美術館に寄託するとのこと。 -
御朱印は釈迦牟尼佛、向かい鶴の紋は尾張藩家老石河家の家紋。
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そして、観世音菩薩の見開きの御朱印、ゲットしました。
では、次は、最終目的塔頭桂春院に行きます。 -
来たよ、桂春院。ここは特別公開ではなく常時拝観が可能である。
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割りと境内は広いね。
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特別公開の様に、堂内全部撮影禁止にはなっていない。
いいね~。 -
昔からの日本建築を感じる風情。
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お~、お寺~。
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床の間に達磨像。
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その床の間の横に茶室への出入口がある。
この茶室は、江戸時代に長浜城より書院と共に移築されたものらしい。 -
そして、襖絵には狩野派の金碧松三日月があったりする。
松の左手上に、月が見えるけど三日月じゃないよね。
でも、何か月光を感じる。 -
松の襖絵を遠景で見てみた。桂春院の扁額と戸の間から見ると、襖絵が映えるよねぇ。
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お抹茶席と庭だ。
複数の流派の大寄せの茶会に赤の毛氈を用いるらしいけど、お寺での抹茶席は、必ず赤の毛氈だよね。 -
せっかくだから、ぷらっと庭を散策してみた。苔の間から石が出て来たみたいに苔が立派だ。苔は、維持管理が大変らしいね。
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庭の樹間に地蔵菩薩がいるよ。
そろそろ、御朱印を貰って、桂春院を出るとしますか。 -
御朱印は、本尊薬師如来。
では、夕暮れの妙心寺をぶらっとしますか。 -
妙心寺の大方丈前に来た。
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この大方丈前から南の門への真っ直ぐな道が好きなんだよね。
さぁ、夕暮れも迫ってきたことだし、この道を歩いて帰りましょうかね。 -
京都だから、再び終わりにとらリンが登場だリン。
最後まで、読んでくれてありがとうだリン。
次回は、京都ではなく奈良の旅行記をおおくりするらしいリン。
また、京都の時は、登場するのでよろしくね。
では、バイリン。
おしまい。
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