その他の観光地旅行記(ブログ) 一覧に戻る
思わず力が入ってしまった旅日記。話は2003年まで遡る。デジタル時代にそんな古い話を・・・と笑われそうだが、その内容は更に1978年の思い出から始まるというから呆れてしまう。アナログからデジタルへの過渡期の旅。面白いかもね。

スリランカとケララの記憶 1 スリーパーダ

70いいね!

2003/12/01 - 2003/12/13

5位(同エリア165件中)

ほいみ

ほいみさん

思わず力が入ってしまった旅日記。話は2003年まで遡る。デジタル時代にそんな古い話を・・・と笑われそうだが、その内容は更に1978年の思い出から始まるというから呆れてしまう。アナログからデジタルへの過渡期の旅。面白いかもね。

同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 当時の日記はありますが、値段や時間に関しては詳しく書いてないので、間違えがあるかもしれません。<br /><br />仕事上、ネット環境は整っていたが、航空券は電話で買った。<br />そんな時代だったのかな。<br /><br />スリランカ航空の直行便だが、なぜか先にモルジブに飛んでスリランカに戻るんだよね。東京から大阪行くのに、神戸経由で行くようなもの?<br /><br />この飛行機、途中で水不足を理由にトイレが使えなくなった。<br />そんなことってあるの??<br /><br />マレ経由でスリランカのネゴンボ空港に到着したのが、翌日の午前2時。<br />しかも、私の荷物が出てこない。<br />係員が「モルジブで降ろしちゃったかも」とか。<br /><br />なぜか1時間半ほど待っていたら出て来た不思議。<br /><br />タクシーで予約してあったホテルに行ったら、夜中っていうか明け方で正式なスタッフがいなかったのか、どうしても予約が確認出来ないという。私は一人旅の時は滅多にホテルは予約して行かない。たまに予約すると、いろいろ問題が起きるのも不思議。<br /><br />昨年の今頃、ミャンマーに行った時には予約日を2日間も間違えてしまって、恥ずかしいは、金は損するは・・・。<br />http://4travel.jp/travelogue/11102936<br />これね。<br /><br />で、今回もすったもんだあり、翌朝に隣のホテルに移った。

    当時の日記はありますが、値段や時間に関しては詳しく書いてないので、間違えがあるかもしれません。

    仕事上、ネット環境は整っていたが、航空券は電話で買った。
    そんな時代だったのかな。

    スリランカ航空の直行便だが、なぜか先にモルジブに飛んでスリランカに戻るんだよね。東京から大阪行くのに、神戸経由で行くようなもの?

    この飛行機、途中で水不足を理由にトイレが使えなくなった。
    そんなことってあるの??

    マレ経由でスリランカのネゴンボ空港に到着したのが、翌日の午前2時。
    しかも、私の荷物が出てこない。
    係員が「モルジブで降ろしちゃったかも」とか。

    なぜか1時間半ほど待っていたら出て来た不思議。

    タクシーで予約してあったホテルに行ったら、夜中っていうか明け方で正式なスタッフがいなかったのか、どうしても予約が確認出来ないという。私は一人旅の時は滅多にホテルは予約して行かない。たまに予約すると、いろいろ問題が起きるのも不思議。

    昨年の今頃、ミャンマーに行った時には予約日を2日間も間違えてしまって、恥ずかしいは、金は損するは・・・。
    http://4travel.jp/travelogue/11102936
    これね。

    で、今回もすったもんだあり、翌朝に隣のホテルに移った。

  • ここね。<br />なんてホテルだったか忘れちゃったけど、ビーチに面していて静かで、居心地も良かった。<br /><br />値段はいくらだったか忘れてしまったが、1500円くらいかな。

    ここね。
    なんてホテルだったか忘れちゃったけど、ビーチに面していて静かで、居心地も良かった。

    値段はいくらだったか忘れてしまったが、1500円くらいかな。

  • ネゴンボって、スリランカの国際空港があるだけの「面白くもない街」と想像していたが、海が綺麗で、なかなか良いところだった。<br /><br />写真はホテルのレストランから。<br /><br />

    ネゴンボって、スリランカの国際空港があるだけの「面白くもない街」と想像していたが、海が綺麗で、なかなか良いところだった。

    写真はホテルのレストランから。

  • 今回の旅の目的は、むか~しお世話になったお寺を訪問することにあった。<br />そのお寺はスリランカの南の方の山奥にある。赤い星がそのお寺があるスリーパダだ。<br /><br />そのお寺以外ではピンクの星印、シギリア・アレッピー・カーニャクマリには行きたいが、もしかしたら「スリーパーダ」だけで終わってしまう可能性もあったし、それはそれで良いと思っていた。<br /><br />というわけで、とりあえずはスリーパーダに急ぐぞ!

    今回の旅の目的は、むか~しお世話になったお寺を訪問することにあった。
    そのお寺はスリランカの南の方の山奥にある。赤い星がそのお寺があるスリーパダだ。

    そのお寺以外ではピンクの星印、シギリア・アレッピー・カーニャクマリには行きたいが、もしかしたら「スリーパーダ」だけで終わってしまう可能性もあったし、それはそれで良いと思っていた。

    というわけで、とりあえずはスリーパーダに急ぐぞ!

  • 帰りのチケットは12月12日の夜中、正確には13日0時20分。<br />だから10日後にここまで戻ってくればいい・・・程度の計画。<br />もちろん交通手段は現地任せ、この先のホテルの予約も無し。<br /><br />バックパックの重さは、寝袋を含めて6㎏。

    帰りのチケットは12月12日の夜中、正確には13日0時20分。
    だから10日後にここまで戻ってくればいい・・・程度の計画。
    もちろん交通手段は現地任せ、この先のホテルの予約も無し。

    バックパックの重さは、寝袋を含めて6㎏。

  • まずはスリランカの空気に慣れる?ためにネゴンボの町まで歩いてみよう。<br /><br />この「牛のローリー」は、ガソリンを仕入れに来たのか、納品に来たのか。<br />バイクのおっちゃん邪魔!<br />当時のデジカメって、液晶が小さいので、確認が上手く出来なかった。

    まずはスリランカの空気に慣れる?ためにネゴンボの町まで歩いてみよう。

    この「牛のローリー」は、ガソリンを仕入れに来たのか、納品に来たのか。
    バイクのおっちゃん邪魔!
    当時のデジカメって、液晶が小さいので、確認が上手く出来なかった。

  • そうそう、自営の仕事でHPを持っていたので、デジカメは当時としては高性能なモノを持っていた。2002年購入、500万画素で10万円? 必要経費だし・・・?<br /><br />このデジカメはこの旅の前に、2回海外旅行に連れて行ったが、その時は「デジカメなんて、いつ壊れるか分からないから」と、フィルムカメラも持っていた。<br /><br />そうしたら、全然壊れないし、画質も十分だし・・ということで。スリランカの旅には、このデジカメ1台だけで挑戦した。実はこのニコンのデジカメ、今でも持っていて、時々使っている。<br /><br />そうそう、現地コミニュケーションの頼もしい味方、インスタントカメラも持った。

    そうそう、自営の仕事でHPを持っていたので、デジカメは当時としては高性能なモノを持っていた。2002年購入、500万画素で10万円? 必要経費だし・・・?

    このデジカメはこの旅の前に、2回海外旅行に連れて行ったが、その時は「デジカメなんて、いつ壊れるか分からないから」と、フィルムカメラも持っていた。

    そうしたら、全然壊れないし、画質も十分だし・・ということで。スリランカの旅には、このデジカメ1台だけで挑戦した。実はこのニコンのデジカメ、今でも持っていて、時々使っている。

    そうそう、現地コミニュケーションの頼もしい味方、インスタントカメラも持った。

  • ネゴンボを散歩してたら、コロンボ行きの乗り合いタクシーが客を集めていたので、それに乗った。<br /><br />ところが大渋滞。<br />隣でずっと並んで渋滞にハマっていた親子?を、インスタントカメラで撮ってあげた。運ちゃんが手渡そうとしているのが写真だ。凄く喜んでくれたが、この後もずっと渋滞で並んでいたので、双方、気を使って?疲れてしまった。

    ネゴンボを散歩してたら、コロンボ行きの乗り合いタクシーが客を集めていたので、それに乗った。

    ところが大渋滞。
    隣でずっと並んで渋滞にハマっていた親子?を、インスタントカメラで撮ってあげた。運ちゃんが手渡そうとしているのが写真だ。凄く喜んでくれたが、この後もずっと渋滞で並んでいたので、双方、気を使って?疲れてしまった。

  • スリーパダまでの直行バスは当然ないだろうから、バスターミナルで聞いてみると「とりあえずはハットンまで行け」と言われた。<br /><br />日記によると、10時40分にハットン行きのバスに乗って、14時にハットンに着いたとある。400円。

    スリーパダまでの直行バスは当然ないだろうから、バスターミナルで聞いてみると「とりあえずはハットンまで行け」と言われた。

    日記によると、10時40分にハットン行きのバスに乗って、14時にハットンに着いたとある。400円。

  • 昼ご飯を食べる。<br />食事はインドの方が、洗練?されている・・かな。

    昼ご飯を食べる。
    食事はインドの方が、洗練?されている・・かな。

  • ハットンからはマスケリア行きのバスに乗る。<br />

    ハットンからはマスケリア行きのバスに乗る。

  • 運転席の横に座る

    運転席の横に座る

  • マスケリアまでは道が悪く、20㎞くらいなのに1時間半も掛かってしまった。<br />30円。<br /><br />次に「ナラタニア」行きのバスに乗り換え。

    マスケリアまでは道が悪く、20㎞くらいなのに1時間半も掛かってしまった。
    30円。

    次に「ナラタニア」行きのバスに乗り換え。

  • 通学バス(帰り)だったのか、女学生でいっぱい!<br /><br />https://youtu.be/yojXZ511NOM<br />空いてきたので、びっくり箱でちょっと遊んでみました。

    通学バス(帰り)だったのか、女学生でいっぱい!

    https://youtu.be/yojXZ511NOM
    空いてきたので、びっくり箱でちょっと遊んでみました。

  • 17時ころには、スリーパダの麓のナラタニアに到着。

    17時ころには、スリーパダの麓のナラタニアに到着。

  • 結果的に、スリーパダまでの道のりは、こんな感じ。<br /><br />このナラタニヤだけど、以前は「ママカレー」って呼んでいたように思う。<br />いずれにしても大勢には影響ないだろうから、地図では懐かしの「ママカレー」にしておいた。<br /><br />以下長いけど、ここ大事。<br /><br />スリーパダは標高2243m。英語名はアダムスピーク、和名?は仏足山。<br />頂上には、お釈迦様が降り立った時に付いた足跡がある。いやいや、あれは「アダムの足跡」だとか、モハメットだとかの説もあって、今では宗教の壁を越えて「皆の聖地」として崇められている。<br /><br />私がこの山のことを知ったのは23歳の時の旅の途中。<br />スリランカのヒッカドゥワまで辿り着いたときに、スリーパダが近いことを知って、カーニーという村から歩いて登った。簡単に登れるという話だったが、ジャングルの中をいくら歩いても登山道は続く。滅多に会う人もなく不安と恐怖の中、歩き続けた。<br /><br />途中でヒルに10ヶ所くらい食われて、足は血だらけだ。短パンにスニーカーだったしね。8時間後、疲労困ぱいで山頂の寺院に辿り着いた。<br /><br />そこで分かったことは、本来の登山道は反対側で、そこからなら3時間で登れるし、道も整備されていてヒルもいないということだった。当時はネットはもちろん、地球の歩き方もなかったので、旅っていうのはこんなものだったんだよね。<br /><br />で、山頂の寺院に泊めてもらって、翌朝、その「ちゃんとした登山道」を降りた。<br />ほとんど降り切ったところで「お、日本人? 珍しいね、お茶でも飲んでいきなよ・・」と声を掛けてくれたのが、後になってみれば「けっこう偉い日本の僧侶」。お茶やお菓子を頂きながら、「今さ、俺っちここに仏舎利塔を建ててんだよね」と僧侶。<br /><br />「へ~・・スリランカのこんな山奥に、大変ですね」と私。<br />「そうなんだよ。で話だけどさ、ちょっと手伝ってくれない。寝るところと食事は用意するから」<br /><br />普通、こんな会話って成り立たないじゃんね・・・で、私は答えた。<br />「じゃ、お茶のお礼に2-3日手伝います」仏陀マジックか?<br /><br />しかもこれが、1か月間になっちゃうんだから、仏陀の道は恐るべし。<br /><br />ということでスリランカには、23歳だったほいみ青年の「苦く辛く渋く、ちょっとだけ甘い」そんな思い出があるのさ。

    結果的に、スリーパダまでの道のりは、こんな感じ。

    このナラタニヤだけど、以前は「ママカレー」って呼んでいたように思う。
    いずれにしても大勢には影響ないだろうから、地図では懐かしの「ママカレー」にしておいた。

    以下長いけど、ここ大事。

    スリーパダは標高2243m。英語名はアダムスピーク、和名?は仏足山。
    頂上には、お釈迦様が降り立った時に付いた足跡がある。いやいや、あれは「アダムの足跡」だとか、モハメットだとかの説もあって、今では宗教の壁を越えて「皆の聖地」として崇められている。

    私がこの山のことを知ったのは23歳の時の旅の途中。
    スリランカのヒッカドゥワまで辿り着いたときに、スリーパダが近いことを知って、カーニーという村から歩いて登った。簡単に登れるという話だったが、ジャングルの中をいくら歩いても登山道は続く。滅多に会う人もなく不安と恐怖の中、歩き続けた。

    途中でヒルに10ヶ所くらい食われて、足は血だらけだ。短パンにスニーカーだったしね。8時間後、疲労困ぱいで山頂の寺院に辿り着いた。

    そこで分かったことは、本来の登山道は反対側で、そこからなら3時間で登れるし、道も整備されていてヒルもいないということだった。当時はネットはもちろん、地球の歩き方もなかったので、旅っていうのはこんなものだったんだよね。

    で、山頂の寺院に泊めてもらって、翌朝、その「ちゃんとした登山道」を降りた。
    ほとんど降り切ったところで「お、日本人? 珍しいね、お茶でも飲んでいきなよ・・」と声を掛けてくれたのが、後になってみれば「けっこう偉い日本の僧侶」。お茶やお菓子を頂きながら、「今さ、俺っちここに仏舎利塔を建ててんだよね」と僧侶。

    「へ~・・スリランカのこんな山奥に、大変ですね」と私。
    「そうなんだよ。で話だけどさ、ちょっと手伝ってくれない。寝るところと食事は用意するから」

    普通、こんな会話って成り立たないじゃんね・・・で、私は答えた。
    「じゃ、お茶のお礼に2-3日手伝います」仏陀マジックか?

    しかもこれが、1か月間になっちゃうんだから、仏陀の道は恐るべし。

    ということでスリランカには、23歳だったほいみ青年の「苦く辛く渋く、ちょっとだけ甘い」そんな思い出があるのさ。

  • 1978年1月。スリーパーダの裏側?の登り口の村、カーニー。<br />ここに泊まって、翌日8時間、山の中のジャングル(登山道)を歩いた。<br />

    1978年1月。スリーパーダの裏側?の登り口の村、カーニー。
    ここに泊まって、翌日8時間、山の中のジャングル(登山道)を歩いた。

  • で、今回はメジャールートにした。<br />本当は同じルートにしたかったけど、体力的に無理っぽい・・・ヒルもやだし。<br /><br />信仰の山だから、泊まるところはたくさんある。<br />散歩していた親子?に勧められて、質素な宿へ。

    で、今回はメジャールートにした。
    本当は同じルートにしたかったけど、体力的に無理っぽい・・・ヒルもやだし。

    信仰の山だから、泊まるところはたくさんある。
    散歩していた親子?に勧められて、質素な宿へ。

  • オーナー夫妻。<br /><br />朝晩ご飯付きで500円。<br /><br />質素だがとてもいい感じの宿・・・ところが事件が!<br /><br />ここから懐かしのお寺までは、急な山道を30分くらい。<br />暗くなる前に行ってみよう。<br />で、荷物を部屋に置いてダッシュ!

    オーナー夫妻。

    朝晩ご飯付きで500円。

    質素だがとてもいい感じの宿・・・ところが事件が!

    ここから懐かしのお寺までは、急な山道を30分くらい。
    暗くなる前に行ってみよう。
    で、荷物を部屋に置いてダッシュ!

  • ここが私が1か月間、仏塔建設のお手伝いと「修行」をしたところだ。<br /><br />当時は広大な土地に巨大なものを造ってるんだ、という感覚だったが、25年を経て再訪してみると「あれ?」って感じ。<br /><br />朝は5時からお努め、7時から17時まではみっちり土方仕事。<br />地元スリランカ人を数十人雇って、日本の僧侶も20人くらい、それに私の様なバックパッカー途中下車が数人。<br /><br />日本から遥か離れた山の中、ブルドーザーもユンボもない。<br />そこへ仏塔を建てるんだ! ってことに燃えちゃったんだね。<br /><br />ダッシュ村?

    ここが私が1か月間、仏塔建設のお手伝いと「修行」をしたところだ。

    当時は広大な土地に巨大なものを造ってるんだ、という感覚だったが、25年を経て再訪してみると「あれ?」って感じ。

    朝は5時からお努め、7時から17時まではみっちり土方仕事。
    地元スリランカ人を数十人雇って、日本の僧侶も20人くらい、それに私の様なバックパッカー途中下車が数人。

    日本から遥か離れた山の中、ブルドーザーもユンボもない。
    そこへ仏塔を建てるんだ! ってことに燃えちゃったんだね。

    ダッシュ村?

  • 私はお墓参りはするので、自分は仏教徒だとは思っていたが、この体験で「仏教徒です」と言えるようになった。といっても、今でもそれらしきことは「お墓参り」しかしないが。<br /><br />私がここで1か月間奉仕したのは、ちょうど1か月後にこの仏塔が完成し、落慶法要が行われるからだった。着工から3年以上掛かっている仏塔建立の最終段階に参加出来るのだから、今思えば、それこそは仏様の思し召しだったのかもしれない・・・2か月だったら断ったしね。

    私はお墓参りはするので、自分は仏教徒だとは思っていたが、この体験で「仏教徒です」と言えるようになった。といっても、今でもそれらしきことは「お墓参り」しかしないが。

    私がここで1か月間奉仕したのは、ちょうど1か月後にこの仏塔が完成し、落慶法要が行われるからだった。着工から3年以上掛かっている仏塔建立の最終段階に参加出来るのだから、今思えば、それこそは仏様の思し召しだったのかもしれない・・・2か月だったら断ったしね。

  • 落慶法要を1か月後に控えて、突貫工事状態。<br /><br />ほとんどが手作業。<br />軍手も満足にないので、手はぼろぼろ。<br />けっこうな重労働なのに肉食は禁止。<br /><br />栄養が悪いせいか、ちょっと怪我をしたりマメが潰れると、なかなか治らない。<br />ヒルに血を吸われると、傷が膿む。<br />自分の体じゃないみたいだ。<br />この体験で「健康のために肉を食う」ことを覚えた。<br /><br /><br />これは落慶法要を記念して配られた写真集だ。<br /><br />落慶法要の日には、スリランカ中からたくさんの人が来たし、当時の首相もヘリコプターでやって来た。

    落慶法要を1か月後に控えて、突貫工事状態。

    ほとんどが手作業。
    軍手も満足にないので、手はぼろぼろ。
    けっこうな重労働なのに肉食は禁止。

    栄養が悪いせいか、ちょっと怪我をしたりマメが潰れると、なかなか治らない。
    ヒルに血を吸われると、傷が膿む。
    自分の体じゃないみたいだ。
    この体験で「健康のために肉を食う」ことを覚えた。


    これは落慶法要を記念して配られた写真集だ。

    落慶法要の日には、スリランカ中からたくさんの人が来たし、当時の首相もヘリコプターでやって来た。

  • このお寺に着いた頃にはカメラの調子が悪く、しかもフィルムも残り少なかったので写真がほとんどない。この写真集に、間違って?私が写ってしまっている。右側の頭の毛があるヤツだ。<br /><br />同じ労働をしていたのに、私はお坊さんたちと比べると、やたら腹が減っていた。<br />食事は質素な上に、みんなで平等に分け合うので、大食いの私は何時も腹ペコ。時々寺を抜け出して、下の村でご飯を食べたが、バチが当たらない様にとベジタリアン食だけは守っていた。<br /><br />2泊3日の「本当の断食」も経験した。<br />初日の朝5時からお堂に籠って、ひたすら太鼓を叩きながらお題目を唱える。<br />丸2日間と数時間、食事はもちろん、水さえも飲むことは許されない。<br />熱帯のスリランカでそれに挑戦することは危険でもあった。<br /><br />空腹や乾きの苦しさよりも、太鼓を叩きながらお題目を唱え続けるという「恥ずかしさ?」が辛かった。

    このお寺に着いた頃にはカメラの調子が悪く、しかもフィルムも残り少なかったので写真がほとんどない。この写真集に、間違って?私が写ってしまっている。右側の頭の毛があるヤツだ。

    同じ労働をしていたのに、私はお坊さんたちと比べると、やたら腹が減っていた。
    食事は質素な上に、みんなで平等に分け合うので、大食いの私は何時も腹ペコ。時々寺を抜け出して、下の村でご飯を食べたが、バチが当たらない様にとベジタリアン食だけは守っていた。

    2泊3日の「本当の断食」も経験した。
    初日の朝5時からお堂に籠って、ひたすら太鼓を叩きながらお題目を唱える。
    丸2日間と数時間、食事はもちろん、水さえも飲むことは許されない。
    熱帯のスリランカでそれに挑戦することは危険でもあった。

    空腹や乾きの苦しさよりも、太鼓を叩きながらお題目を唱え続けるという「恥ずかしさ?」が辛かった。

  • そんな思い出に浸っていたら、現在の寺を守っている住職さんと会った。<br />「ぜひ泊まっていきなさい」とおっしゃる。<br /><br />断るのも悪いので、一度ホテルに戻って夕飯を食べて、料金を払って真っ暗な中を再びお寺に上り返した。<br /><br />右の男性はお寺の世話係。

    そんな思い出に浸っていたら、現在の寺を守っている住職さんと会った。
    「ぜひ泊まっていきなさい」とおっしゃる。

    断るのも悪いので、一度ホテルに戻って夕飯を食べて、料金を払って真っ暗な中を再びお寺に上り返した。

    右の男性はお寺の世話係。

  • お堂に泊まらせてくれるのかと思ったら、お客様用の部屋があるという。<br /><br />ところが何年も掃除してないだろ‥という汚さ。<br />上のベッドはヤモリのフンだらけ。<br /><br />参ったなぁ。<br />寝袋持ってきて良かった。

    お堂に泊まらせてくれるのかと思ったら、お客様用の部屋があるという。

    ところが何年も掃除してないだろ‥という汚さ。
    上のベッドはヤモリのフンだらけ。

    参ったなぁ。
    寝袋持ってきて良かった。

  • 2時ころ起きて、真っ暗な中、スリーパーダに登る。<br />標高差は1000m。<br />聖地なので登山道はコンクリートでしっかりすぎるほど整備されている。<br /><br />3時間掛からずに山頂へ。

    2時ころ起きて、真っ暗な中、スリーパーダに登る。
    標高差は1000m。
    聖地なので登山道はコンクリートでしっかりすぎるほど整備されている。

    3時間掛からずに山頂へ。

  • 明け方の気温は5℃くらいかな。<br /><br />常夏のスリランカ人は防寒服なんて持ってないから、震えながらご来光を待つ。

    明け方の気温は5℃くらいかな。

    常夏のスリランカ人は防寒服なんて持ってないから、震えながらご来光を待つ。

  • 山頂の鐘。<br />

    山頂の鐘。

  • スリーパーダに登った回数だけ鳴らすことが出来る。<br /><br />私は「誇らしげに」2回鳴らした。

    スリーパーダに登った回数だけ鳴らすことが出来る。

    私は「誇らしげに」2回鳴らした。

  • 雲海にスリーパーダの影が映る・・・なるほど聖山だ!

    雲海にスリーパーダの影が映る・・・なるほど聖山だ!

  • ピラミダルな山容…ってやつ?<br />

    ピラミダルな山容…ってやつ?

  • 山頂からの眺め。<br />

    山頂からの眺め。

  • 1978年、スリーパダ山頂から偶然撮った仏舎利塔。

    1978年、スリーパダ山頂から偶然撮った仏舎利塔。

  • 同じ場所から2003年。

    同じ場所から2003年。

  • 下りではドイツ・イギリスのカップルと一緒になった。<br />何やらビニール袋を重そうに持っている。<br /><br />中身は大きなパイナップル。<br />下りの途中で食べた。<br />

    下りではドイツ・イギリスのカップルと一緒になった。
    何やらビニール袋を重そうに持っている。

    中身は大きなパイナップル。
    下りの途中で食べた。

  • 昼前にはお寺に戻った。<br /><br />午後は仏舎利塔の周りの草取りや掃除をして過ごした。<br /><br /><br />

    昼前にはお寺に戻った。

    午後は仏舎利塔の周りの草取りや掃除をして過ごした。


  • お参りに来るスリランカ人。<br /><br />穏やかな時間が流れる。<br />このまま、帰国便までここにいてもいいなぁ。<br /><br />っていうか、多分そんな気持ちになるんじゃないかと予想はしていた。<br /><br /><br /><br />

    お参りに来るスリランカ人。

    穏やかな時間が流れる。
    このまま、帰国便までここにいてもいいなぁ。

    っていうか、多分そんな気持ちになるんじゃないかと予想はしていた。



  • しか~し、出された夕飯を見て、やっぱ明日出発ってことになった。<br /><br />ヤモリ部屋も、夜中に無数のヤモリがいて気持ち悪かったし。

    しか~し、出された夕飯を見て、やっぱ明日出発ってことになった。

    ヤモリ部屋も、夜中に無数のヤモリがいて気持ち悪かったし。

  • 厨房。<br />内緒で肉焼くか?

    厨房。
    内緒で肉焼くか?

  • 朝ご飯。<br />あ~・・早くしゃばシャバに戻りたい。

    朝ご飯。
    あ~・・早くしゃばシャバに戻りたい。

  • ヤモリ部屋の窓。

    ヤモリ部屋の窓。

  • 100ドルのお布施をして、出発。

    100ドルのお布施をして、出発。

  • いっぱいお経を唱えて、ミサンガみたいに手首に糸を巻いてくれた。<br />こういうのって、どのタイミングで捨てればいいの??<br /><br />

    いっぱいお経を唱えて、ミサンガみたいに手首に糸を巻いてくれた。
    こういうのって、どのタイミングで捨てればいいの??

  • さよならスリーパダ。<br />また来ることがあるかなぁ。<br /><br />あれから更に13年が過ぎてしまった。<br />最初の旅からは40年?<br />

    さよならスリーパダ。
    また来ることがあるかなぁ。

    あれから更に13年が過ぎてしまった。
    最初の旅からは40年?

70いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (16)

開く

閉じる

  • M-koku1さん 2020/09/07 20:43:33
    なるほどねえ
    こちらの方を読んでほしい と書いてあったから 来てみましたが、
    確かに 凄い内容ですね。

    若いほいみ青年の バイタリティーあふれる行動には、
    頭が下がります。
    功徳になりますよ。
    それにしても 雲に映った影が、まるでピラミッドで、凄い山ですね。
    神秘的な感じがします。
    ヤモリの糞だらけのお寺は M的には パーッスですが、 
    さすがほいみさん、泊られたのですね。
    あのごはん、質素なだけじゃなくて、おいしくなかったのでしょうか。

    1980年代 ロンドンに住んでいたころの大家さんが スリランカ人でしたが、 
    政治的に大変な国だったから ロンドンへの亡命者の支援とか、
    色々やってましたね。
    今は以前より安定したんでしょうか。
    大家さんの作ってくれたカレーは抜群においしかったのですが、
    スリランカカレーがおいしいというのは 一般的じゃないんですね。

    とても面白い 旅行記でした。
    (まあ ほいみさんのは どれでも面白いんですけれどね。)

    Mより

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2020/09/07 21:21:49
    RE: なるほどねえ
    こちらも読んで頂き、ありがとうございます。
    そういう理由で、スリランカは思い出深い国なんです・・・でも、もう行くことはないかな。

    スリーパーダは、その山容で大昔から信仰されていて、いつの頃からお釈迦様やモハメッドが降臨したことになったのでしょう。近くなら「星とりセット」を持って、時々行ってみたいところではありますが。

    あのヤモリ部屋には、マジで参りました。ヤモリが群生?してるってことは、その餌になる虫もたくさんいるってことです。だからヤモリを追い出すと均衡が崩れちゃうかもしれないし。新鮮な発見は、そうか〜・・・ヤモリはあんなカッコでウンチしてるんだ。

    へ〜・・ロンドンにも住んでらしたんですか?
    私は社会人になったから、伊豆の韮山の田舎から出たことないので「仕事のついで?に海外に行ける」ことが羨ましいです。

    その頃のロンドンのレストランて、何処で何を食べても不味いと言われてましたが、いかがでしたか?

    ほいみ

    M-koku1

    M-koku1さん からの返信 2020/09/07 21:59:11
    Re: なるほどねえ
    多分それは海外の食事のオファーの方法になれていない 
    団体で移動していたさる農協の方たちの ご意見だったのでしょう。
    自分の舌に合わせて テーブルの上の調味料を使えばよかったのに。

    世界各国のレストランが並んでいて 美味しかったですよ。
    あの頃 外食の楽しさを覚えてしまいましたねえ。
    本場の中国人(まあ香港人が多かったですが、広東料理はおいしかったなあ)
    北京ダックの味を覚えたのは ロンドンでした。
    移民してきたイタリア人のオマールビスクなんて 今でも考えただけでよだれが・・・
    大英帝国一員のインド人や Queenのボーカルのようなパキスタン人が 開いているインド料理店の本場のカレー!
    イギリスの郊外の大邸宅のオランジュリで楽しむアフタヌーンティーはお洒落だったし 紅茶は香り高かったし オイスターバーの生ガキは新鮮だった!
    パブでの一品料理は ほとんどはずれがなかったけれど、
    フィッシュエンドチップスだけは店を選んだかな?

    ということで どこのレストランで食べて まずかったのでしょうね?
    きっとツアーで安くてひどい店に連れていかれていたんでしょうね。
    何しろ物価が高かったから。(1ドル450円時代でした。)

    ちなみに 多分 味音痴じゃないですよ わたし。

    Mより

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2020/09/07 22:48:21
    RE: Re: なるほどねえ
    私も若い時に本島?を1ヶ月で1周したのですが、貧乏旅行でレストランには入れなかったので真実は知りません。そんな噂を聞いたってことで。っていうか、イギリス料理がどうこうって話かもね。フィッシュ&チップスは想像してたものと違ってました。

    何回かスーパーでラムチョップ買って、ユースホステルで焼いて食べたりしてました。駅の紅茶は美味しかった覚えが。

    ちなみに私は、スーパーの刺身とアメリカ牛で十分満足してるので、平均的味音痴かも。今年はサンマが出回らないので、庭でビール飲みながら焼く!はまだ実行してません。故シフォンの専用プールで飼ってるアユがそろそろ食べごろかも。

    ほいみ
  • trat baldさん 2017/11/12 06:16:22
    僕の移動報告書に興味を持つ人はどんな人?
    神様に頭を撫でられた心境です、有難う御座います。

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/11/12 22:47:10
    RE: 僕の移動報告書に興味を持つ人はどんな人?
    > 神様に頭を撫でられた心境です、有難う御座います。

    普通の年金受給者ですよ。
    興味深いレポートをありがとうございました。
  • ミータさん 2017/02/13 19:15:38
    若かったですね
    しばらく冬眠(?)していました。
    立春が過ぎたので、ぼちぼち動き始めます。

    23歳のほとんど情報のない時代の旅、
    そんな時、異国で日本人に会ったら嬉しくなって、
    つい「手伝います」と言ってしまいますよね。
    それが1か月の苦行になるとしても・・・。

    ちなみに23歳の頃の私は、医学部目指して勉強三昧の日々だったはずです。

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/02/13 21:17:03
    RE: 若かったですね

    今年は寒いからね。
    故郷の方も雪まみれなんじゃないでしょうか

    あの頃って、アジアを旅してるバックパッカーって、日本人の割合がけっこう多くて、東洋人っていえば日本人だったので、声も掛けやすかったです。未だに付き合いがある人も何人かいます。

    まさしく苦行でしたが、1か月後にお寺を出た時の爽やかさは忘れられません。
    歯の治療が終わって、歯科医院を後にする時のような気分でした。
  • くろねこだりゅんさん 2017/02/13 15:41:47
    バックパッカーの時代
    おそらくほいみ様時代が走りかと思いますがあの当時はインド方面流行ってましたよね(笑)
    私の知り合いも2名ほどインドあたりで沈没しておりました。

    二十歳そこそこでの修行、その年齢にしか出来ない経験で今から振り返れば良い思い出ですよね〜その当時は苦行だったと思います。
    お腹すくと悲しくなっちゃいますからね(笑)
    今でもそのお寺が健在で良かった〜日本の檀家さんたちが頑張ってらっしゃるのでしょう。

    シルエットのスリーパーダ、まるでピラミッとの影のように見えました。頂上からの景色も湖?があって見ごたえありそうです。
    で、肝心の仏様の足跡ってどれくらいの大きさなんでしょうか?



    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/02/13 21:11:51
    RE: バックパッカーの時代
    > おそらくほいみ様時代が走りかと思いますがあの当時はインド方面流行ってましたよね(笑)

    ロンドンからカルカッタまで旅したのは1977〜1978年でした。
    当時、君たちは5年遅かったね・・・と言われたものです。
    確かに、地球の歩き方は無かったけれど、「アジアを歩く」などの旅行書はありました。
    この2年後に南米を縦断しましたが、そっちの方が「フロンティアー」って感じがしたかな。

    そうなんですよね。
    若い時って、恐いっていう感覚がマヒしやすいのかなぁ。
    ヨーロッパなんて、何回も公園で野宿したしね。
    現地の人の家にお泊り・・なんてのも何回もあった。

    でも、お寺での修業は異質の世界。
    私の様に転がり込んで、そのまま出家しちゃた人も何人かいたんですよ。
    私も満足に食べさせてくれてたら、出家しちゃったかも。
  • 猫大好きさん 2017/02/12 10:56:07
    苦く辛く渋くちょっとだけ甘い!
    何となくわかるような気がします〜

    そんな思い出をいっぱい持ちたくて
    旅を続ける〜ってカッコ良すぎる言い方。。。
    この先 旅ができなくなっても
    昔の旅を思い出して ふふふーー
    そんなおばあさんに私はなりたい
    いやすでになりつつある?

    スリランカも
    行ってみなくっちゃね〜!

    ほいみさんの999冊の旅日記
    データ本当に無くなってしまったの?

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/02/12 15:38:49
    RE: 苦く辛く渋くちょっとだけ甘い!

    旅は若い時にこそするべきだ・・・という方がいて、それは楽しかった思い出を長く楽しめるからだそうです。現実的には難しいですけどね。

    スリランカは直行便で簡単に行けますから、ちょっと間があったときに行けばいいんじゃないかな。隣のインドと比べちゃうと、いろいろ中途半端かな。

    あの旅日記は間違って削除しちゃったんです。
    デジタル写真になってからアルバムを作らなくなったので、あの旅日記にまとめるのが良かったのですけどね。誰かに見てもらうという意識で丁寧にまとめるし。

    暇だから、過去の旅も挟みながら、しばらくがんばってみます。
  • jamokaさん 2017/02/12 01:48:37
    仏塔へ正規ルートで行かなくちゃ
    スリーパーダって標高高いんですね!こんなに高くても暑いんでしょうか?
    血だらけでがむしゃらに登るほいみ青年が手伝った仏塔見てみたいです。

    若いってこういう事なんでしょうか…いや、若くても現代ではなかなかお目にかかれないな~短パンでヒルと戦えるなんて!!

    もはや第二の故郷になってるのでは…

    雲海に映るスリーパーダの写真いいですね~

    そう言えばほいみさんのエチオピア日記探そうとあちらを弄りましたが、なかなか見つからなくて諦めました(;O;)

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/02/12 15:32:08
    RE: 仏塔へ正規ルートで行かなくちゃ

    スリーパーダは北緯5度ですから、日中は暑いです。
    1500mくらいまではジャングルで、山頂付近も緑がいっぱいです。
    お寺がある辺りでも、油断するとヒルにやられました。
    野生のパッションフルーツがあるし。

    当時の旅は、現地まで行かないと本当のことは分からないですから、何処へ行っても楽しかったです。日本人のバックパッカーは欧米人に次いで多かったように思います。

    影スリーパーダ、まさしく聖山ですよね!
    お釈迦様やマホメット、アダムが降りて来るわけだ。

    あちらの日記は、せっかくダウンロードしたのに、そのブログを間違って削除しちゃいました。ぼちぼち書き直そうかとも思ってます。スリランカ編はその一環・・・かな。
  • gontaraさん 2017/02/11 21:01:03
    メッチャディープ
    実は昨年、スリランカ行きのエアーだけ買ったのですが、こんな記事見せられたら、ナイショで行くしかないなぁ〜
    僕は手作業ではお手伝いできそうにないので、ユンボの練習しときます。

    ほいみ

    ほいみさん からの返信 2017/02/11 23:02:00
    RE: メッチャディープ

    お、スリランカに行かれますか。
    宝石がたくさんありますから、お土産には困りませんね。

    お寺の後は観光に行くから参考になるかな。
    スリランカは物価も安く治安も良かったので、気楽に旅が出来る国のひとつですね。

ほいみさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

スリランカで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
スリランカ最安 579円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

スリランカの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP