2016/10/28 - 2016/10/29
450位(同エリア935件中)
ニッキーさん
10月末に夫と2人、東北のひとあし早い紅葉を見に1泊2日の旅行をして来ました。
JTB旅物語の「世界遺産平泉中尊寺と奥入瀬・十和田・角館2日間」というツアー旅行です。
私にとっては岩手県、秋田県、青森県は初めて旅する地。
旅をすると4トラベルの旅行地図がオレンジ色に塗られるのが楽しみで、これはぜひ旅行記を書こうと思っていたのに、いろいろあってバタバタしているうちに年を越してしまいました。
それどころか、年末に白川郷へまた別の旅をしたため、せっかくの東北旅行の記憶が薄れてしまいました。
白川郷への旅は置いておくことにして、忘れないうちに、まずは東北旅行の旅行記を思い出しながら少しずつ書いて行こうと思います。
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今回の旅行で訪れた場所
(★印が本旅行記で取り上げた所)
一日目 ★岩手県 毛越寺(もうつうじ)と中尊寺
秋田県 角館(かくのだて)
岩手県 雫石高倉温泉の雫石プリンスホテル泊
二日目 青森県 奥入瀬渓流
十和田湖
東北地方の紅葉は関東地方よりひと月ほど早いです。
それでも場所によって紅葉の時期に差があるのは当然のこと。
平泉の紅葉には少し早く、角館では少し遅く、奥入瀬渓流ではなんとか間に合った感じでしたが、道中、バスの車窓から見える紅葉の美しさは感嘆ものでした。
紅葉の美しさに加え、もう一つ、今回の旅行はバスガイドさんの巧みな話が印象に残る旅でした。
ガイドさんは宮城県のバス会社の人でしたが、岩手県にも秋田県にも青森県にも詳しく、車窓から街が見えたら「街の話」、山が見えたら「山の話」というように、時にユーモアや方言を交え、東北地方全体の話を実に詳しくガイドしてくれました。
いいガイドさんに当たって良かったです。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
午前6時40分、ツアーは東京駅に集合しました。
集合場所へ行ってみると、会社の慰安旅行みたいな数十人のグループがいて賑やかに盛り上がっていました。
ええーっ?!
社員旅行と一緒に回るのは肩身が狭いなーと思っていたら、社員旅行グループとそれ以外の参加者と2台のバスに分かれて回るとのことで、ほっとしました。
仙台までは新幹線で行きます。
東京7時12分発「やまびこ123号」で出発。 -
午前9時19分、仙台着。
ここでバスに乗り換えました。
バスに乗る前にトイレに行きたいという人が数人出てきて、しばらく待たされました。
もう一台のバスは先に出発して行きました。
うーん、最初からこれかぁ。
トイレは新幹線の車内で済ませておけばいいのに~。
とにかくツアー旅行ではトイレは最優先事項。
トイレに行きたい人がいる場合、必ず待ってくれます。
バスガイドさんはベテランの女性。
すでに現役は引退していて今回は臨時で呼び出されたというようなことを言っていました。
このガイドさんの話が秀逸で、2日間たくさんの話を聞かせてもらいながらの楽しい旅行になりました。
仙台市は人口107万人。
宮城県では人口が仙台市に一極集中しているということで、2番目は石巻市の15万人なのだそうです。
ガイドさん、仙台市内の案内は手慣れたもので、大通り、アーケード、街路樹など、次々に解説をしてくれます。 -
平泉へ向けて、バスは東北自動車道を一路北へ進みます。
ガイドさんが途中、街を通ったら街の話、山が見えたら山の話という具合に次々に話をしてくれるので、飽きることがありませんでした。
この標識は東北道の中間点の印。
川口から340キロメートル、青森まで340キロメートルの地点です。 -
平泉に着きました。
ガイドさんからも平泉に関する話があって、うろ覚えの知識の再確認をしました。
知って観光するのと知らないのとでは感じるものが違ってきますから、再確認しておくことは大切ですね。
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平安末期の11世紀後半、この地を支配していた豪族の奥州藤原氏は、清衡(きよひら)、基衡(もとひら)、秀衡(ひでひら)と3代にわたり栄えた。
汚れのない現生浄土の地を願って平泉の地に中尊寺、毛越寺などを建立。
仏教文化の花を咲かせたが、四代泰衡(やすひら)の時に源頼朝に滅ぼされた。
中尊寺金色堂には清衡、基衡、秀衡の遺体と泰衡の頭部が今も収められている。
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最初にやって来たのは、毛越寺(もうつうじ)です。
山門に「特別史跡」「特別名勝」「世界遺産」の3枚の看板がかかっています。
平安時代末期、奥州藤原氏の時代に造営され、かつては中尊寺をしのぐほどの規模を誇ったと言います。
特に池を中心とした「浄土庭園」が有名なので、楽しみです。毛越寺 寺・神社・教会
-
広い境内です。
ツアーはここで一旦解散。
各自、自由に回ります。 -
芭蕉の句碑がありました。
「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」
奥の細道の旅で平泉を訪れた松尾芭蕉が、奥州藤原一族や源義経の栄枯盛衰に思いをはせて詠んだ俳句はあまりにも有名です。
源義経もこの地で自害して果てたのでしたね。
後で調べると、芭蕉の句碑は2つあり、私が写真を撮ったのは後年建てられた副碑で、この左隣りに芭蕉の真筆を石に写した句碑があったらしいです。
しまった!
気づきませんでした~。(ToT) -
本堂。
建物自体は平成元年に建立された新しいものですが、平安様式で建てられています。
白壁に朱色の柱、緑色の格子が美しいです。
本殿左の入口から靴を脱いで上がってお参りして来ました。 -
本堂から右に折れると、視界がぱあっと開け、池を中心とした広い庭園が広がっていました。
平安時代に書かれた日本最古の庭園書「作庭記」に基づいて造られた「浄土庭園」です。
天気はどんより。
まだ午前中なのに、一時は夕方のような暗さになった時もありました。
風が無かったため、木々の影が池に映り込んでいます。
お天気が良ければ一層きれいでしょうに。 -
紅葉した木々の色が混じりあってグラデーションを作り出しています
きれいだな~。 -
振り返ると、美しい本堂が見えました。
紅葉と平安様式の建物の組み合わせがいいですね。 -
10月末、関東地方ではまだ紅葉が始まっていません。
東北地方へやって来たのはひと足早く紅葉を見るのも目的の一つでした。 -
池の周りを一周することにしました。
池は東西180メートル、南北90メートルもあるそうです。
これは180メートルの方の眺め。 -
実は私、旅行の直前まで風邪で寝込んでいました。
前日にようやく布団から出るまでに回復し、大急ぎで荷造りして出て来ました。
無理して風邪がぶり返したらどうしようと不安でしたが、一旦回復した体は意外にタフなもの。
朝、4時起きで出発して来たのですが、なんとか大丈夫そう。
旅行に間にあって風邪が治って良かったです。 -
開山堂。
毛越寺を開いた慈覚大師をお祀りするお堂です。
このお堂、校倉造りです。 -
本堂裏の辺りは少し盛り土をして築山(つきやま)になっており、海岸に迫る岩山を表現しています。
-
シダレザクラが一本。
今はすっかり葉を落としていますが、春にはこの庭園の主役になることでしょう。
向こうの方には花菖蒲園が広がっています。
6月に花が咲いたら、まさに浄土庭園にふさわしい眺めになりますね。 -
水を池に取り入れるための水路、遣水(やりみず)。
谷川を下り、蛇行しながら平野を流れる自然の川の姿を表現しています。
ここでは春に「曲水の宴」が開かれるそうです。
遣水に盃を浮かべ、平安装束に身を包んだ歌人が、盃が自分の前に流れて来るまでに和歌を詠み、盃の酒を飲むという平安時代の貴族の遊びを再現したもの。 -
ゴージャスな紅葉です。
この辺り、台湾からの観光客が代わる代わる写真を撮っていました。 -
常行堂(じょうぎょうどう)
1732年に再建された建物。
屋根が見事です。
宝冠を頂いた姿の阿弥陀如来をお祀りしています。 -
紅葉の色があまりにきれいだったので、常行堂(じょうぎょうどう)をバックに写真を一枚。
-
これも180メートル方向。
先ほどとは反対側からの眺めです。 -
海岸の入り江を表現した州浜(すはま)からの眺め。
後ろの小山を借景にしていることがわかります。 -
山門まで戻ったところでご朱印をもらいました。
毛越寺ではお天気があまり良くなく、暗い写真しか撮れなかったのが残念ですが、当初の予報では雨だったので、雨が降らないだけ良かったです。 -
バスへ戻ると、座席に昼食のお弁当が届いていました。
ウェルネス伯養軒の「鮭はらこめし」
お茶つきで1,200円。
事前オプショナルで申し込んでおいたのです。
この日は昼食時間が取れないため、移動のバスの中で食べることになります。
10分ほどで次の訪問地、中尊寺に着くので、食べるのは中尊寺へ行った後にします。
中身は後で紹介しますね。 -
10分ほどですぐに中尊寺に着きました。
普通は山の下から坂道の参道を上ってお参りするのでしょうが、このツアーではバスは山の上の駐車場まで行ってくれ、私たちが降りた後、山の下の駐車場へ先回りして待っていてくれます。
杉林の道を抜けると・・・中尊寺 寺・神社・教会
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いきなり、写真で見慣れた金色堂の前に出たので、びっくりしました。
この角度から撮った写真が金色堂の写真として有名ですが、実は見えている建物は金色堂を風雨から守るために建てられた覆堂で、あの中に金色堂があるのです。
ここでツアーは一旦解散。
境内を各自自由に見て回り、山の下の駐車場に集合です。中尊寺 寺・神社・教会
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金色堂の覆堂の右手には経蔵が見えます。
木々に囲まれて、いい雰囲気です。 -
金色堂を保護する覆堂。
この覆堂は新覆堂と呼ばれていて、鉄筋コンクリート造り。
昭和の改修の際に新しく建てられたものです。
室町時代に金色堂を保護する目的で建てられた旧覆堂は別の場所へ移されていて、旧覆堂自体が重要文化財になっています。
後で見に行きました。 -
中は撮影禁止だったので、パンフレットの写真を載せます。
中尊寺の他の建物が火災により焼失してしまった中、金色堂は1124年の創建当時から唯一残る建物で、国宝に指定されています。
金色堂自体は小さなお堂です。
覆堂の中で、扉や屋根のあるお堂丸ごとガラスケースに守られ、温度・湿度がコントロールされていました。
総金箔張りで、珍しいことに漆塗りの上に金箔が張られているのだそうです。
昭和時代に修復されたため、その姿は完璧で、金色に輝くお堂はまばゆいばかりの神々しさです。
さらに、柱や台座は蒔絵や螺鈿細工で装飾されていて、その豪華なこと。
金色堂のご本尊は阿弥陀如来。
須弥壇には今も初代清衡、二代基衡、三代秀衡の遺体と四代泰衡の頭部が納められているのです。秀衡さんだけは首しか戻って来なかったんですね。
まさに貴重な歴史遺産ですね。
金色堂、すごく良かったです~。 -
金色堂でご朱印をいただきました。
-
金色堂を見た後、他のお堂を見て回ります。
ここにも芭蕉句碑がありました。
「五月雨の 降り残してや 光堂」
これもまた有名な句ですよね。
松尾芭蕉がこの地を訪れたのは、金色堂が建てられてから500年以上も経ってからなんですが、金色堂を見た芭蕉の感激が伝わってきます。
ここだけ時が止まってしまったかのような思いにとらわれたのでしょうか?
それからさらに300年経って、今私たちは創建当時の姿に修復された金色堂を見ることができるという訳なんですね。
500年前に思いを馳せる芭蕉。
そして芭蕉が見た金色堂を300年経って今私たちが目にする・・・なんかすごい。
不思議な気がします。 -
こちらが奥の細道の旅をする松尾芭蕉の銅像です。
この銅像はちょっとおじいさんに見えますし、よく「芭蕉翁」なんて呼び方をするので、もっと歳を取っていたのかと思っていましたが、当時芭蕉は46歳だったそうですよ。
意外に若いですね。 -
経蔵(重文)。
平安時代の古材が随所に用いられているそうです。 -
これが旧覆堂です。
昭和になって鉄筋コンクリートの新覆堂ができたため、この場所に移築されて来たのだそうですが、この建物自体、歴史があるので重要文化財です。 -
旧覆堂の内部です。
芭蕉が見た時はこの覆堂の中に金色堂が入っていた訳ですね。 -
少し脇へ入った所に、能舞台がありました。
国の重要文化財に指定されています。
「1853年、伊達藩主により建て直される」と書いてありました。
江戸時代、ここは伊達藩領だったのですね。 -
こんな道を通りました。
登ったのではなくて、能舞台があった場所から下りて来たのです。
すごく歩きにくかったです。
もっと歩きやすい道があったことに後で気づきましたが、まあ、面白い経験でした。 -
中尊寺に伝わる宝物を収蔵している讃衡蔵(さんこうぞう)を見学しました。
内部には国宝、重要文化財が目白押しでとても見ごたえがありました。
特に写真の三体の「丈六仏」は大迫力。
この仏様たち、大きいんです。
あまりの荘厳さに、しばらくその部屋から動けませんでした。
内部は撮影禁止だったので、ガイドブックの写真を載せておきます。 -
讃衡蔵でもご朱印をいただきました(右)。
左のご朱印は後で中尊寺本堂でもらったものです。 -
月見坂を下ります。
この月見坂が表参道にあたり、本来なら参拝者は坂を登って来なければならないのですが、入口から金色堂まで800メートルあるうえ勾配のきつい所もあるので、結構大変です。
私たち一行は中高年が多く、バスで上まで連れて来てもらったおかげで帰りだけ歩けば済むので助かります。
忙しいツアーの場合、時間の節約にもなりますしね。 -
月見坂に沿ってお堂が並びます。
これは峯薬師堂(みねやくしどう)。
薬師如来像を本尊としていて眼病などにご利益があるそうです。 -
この建物が中尊寺の本堂です。
上がってご本尊の釈迦如来像にお参りして来ました。 -
中尊寺では紅葉にはまだ少し早い感じでしたが、本堂のこの辺りはきれいに色づいていました。
-
月見坂を下って行くと、途中、見晴らしのいい所がありました。
中尊寺はこんなに高い山の上にあるのですね。
田園地帯の中を鉄道や高速道路が通っているのが芭蕉の時代と違う眺めでしょう。 -
こちらは通称「弁慶堂」です。
弁慶はこの近くの高館(たかだち)という所で、主君源義経を守って最後まで戦いました。
中には義経や弁慶の木像が安置されていましたが、内部の撮影は禁止とのことなので、少し離れた所から写真を撮りました。 -
弁慶堂の奥の杉木立。
-
また月見坂を下ります。
この辺りから勾配が急になっています。
よく、上りより下る時に膝に来ると言いますが、正面を向いて降りられずロープにつかまって後ろ向きになって一歩一歩後ずさりしながら下りていらっしゃるお年寄りの姿も見かけました。
それほどの勾配です。 -
中尊寺の入口まで下りて来ました。
振り返って写真を撮っています。
ちょうど下りて来るピンクとオレンジのジャケットの3人は外国の人です。
どこの国の人かはわかりませんでしたが、外国語を話していました。 -
バスへ戻って来ました。
13時半、遅い昼食になりましたが、注文しておいた鮭はらこ飯をいただきます。
緑のおかずカップに入っているのは「岩のり」?
それとも「鮭の内臓」?
わかりませんが、塩辛い味のもので、あれをご飯に混ぜて食べると、とても美味しかったです。 -
これから秋田県の角館(かくのだて)へ向かいます。
道中、車窓から見える美しい紅葉の景色を存分に楽しみました。
感激して写真をたくさん撮りましたが、後で見てみるとブレ写真ばかり。
ろくな写真がありませんでした。
角館の観光の様子は次の旅行記で。
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