2016/12/27 - 2016/12/27
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2013tomoさん
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12月26日(月)~12月28日(水) レンヌ観光2泊3日
パリのモンパルナス駅からレンヌまでTGVで移動
(10月23日にSNCF経由で予約済み)
10月26日Montparnasse13:41発Rennes15:58着
TGV8057 1クラス
Coach3Seat53(T),56(J)
12月27日(火)
終日モンサンミッシェル観光
バスターミナル(レンヌ駅北口)窓口で当日のみ購入可、
101バス
9:40発10:50着 バス代片道は通常15ユーロ
@60才以上はパスポート見せて
11.3ユーロ片道で往復購入
クレジットで二人分45.2ユーロ5,635円
(65km 約80分)103の11:35発もあり
Free シャトルバスは1つ目スーパーマルシェトイレ50㌣
2つ目橋がある ところ3つ目390m手前。
帰りの106バス14:35発に乗った。予約なし。
108は17:30発
参考 16:10発152バスとTGVの場合は10分で乗り換え
DOL DE BRETAGNU駅でTGV2等列車乗換16:50発19:53着パリ
レンヌからモンサンミッシェルにバスで行った。
女性のドライバーだ。
当日しかチケットは購入できないし座席の指定はできない。
満席位で定刻に出発し55分で着いた。
アジア人が半分くらい乗車していて
日本人率も半分くらいだったような気がする。
全く話しは変わるが
このブログを書いている2017年1月21日、
トランプがアメリカ合衆国の45代目大統領に
就任した。
昨年9月にワシントンDCを訪問した際、トランプ・
インターナショナル・ホテルのオープン前に訪問
する機会があった。
プレオープンとして一般客にホテルを開放している
期間だったので旅行者である我々も見学者として入る
ことが出来たのだ。
1階にある豪勢なレストランで簡単にお茶を注文し
雰囲気を楽しんだ。
(家内はトイレを2回も借りていた)。
丁寧に給仕してくれた青年(ブルガリア出身)に
「あなたのボスが大統領になったらこのホテルも
有名になるね。」と冗談で言ったら
「そんなことは分からない。」と笑っていた。
まさかその時のジョークが本当になるとは夢にも
思わなかった。
人生はいつも想定外である。
旅と同じだ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
概要の最後に書いたトランプ新大統領の話の続きだが
「神話の力」
(ジョーゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ 飛田茂雄氏訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫)に
次のようなことが書かれていた。
『神話の力』ー第4章「犠牲と至福」の215頁ー
(モイヤーズ氏の質問に対するキャンベ氏の応え)
「ある社会でいちばん高い建物を見れば、
その社会が
なにによって動かされているかがすぐにわかります。
中世の町を訪れてごらんなさい。
いちばん高いのは聖堂です。
18世紀の町に行って見れば一番高いのは
政治にかかわる
建物でしょう。
そして現代の都市ではオフィス・ビル
ー経済生活の中心です。」
トランプ・インターナショナルホテルは
ワシントンDCで
いちばん高い建物ではないかもしれないが、
今朝、トランプ大統領は
政治、経済の両分野において
絶大なパワーを持ってしまった。
彼が今後この社会をどのように
動かしていくのか不安な気持ち
を持つのは私一人だけではないと思う。
今日訪れるモンサンミッシェルも
当時は社会を動かす力(信仰)の
シンボルだったのであろうか。
私が2012年、2013年、2015年と
3年かけて約1500㎞の道程を
歩いたサンチャゴ巡礼の道(カミーノ・デ・サンチャゴ)の
巡礼者の出発拠点の一つが
このモンサンミッシェルであることからも
当時から信仰の地として
大きな力を持っていたことが推測される。
そうしてその力が今も我々旅行者を
現代の観光巡礼者として引き寄せていると
考えると興味の尽きない場所である。
今朝、私たちはそのモンサンミッシェル
(私たちの聖ミカエル=悪と戦う大天使)へ
向かって出発した。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
晴れて良かった。
透き通るような冬晴れだ。
レンヌからモンサンミッシェルまでバスで約1時間。
小高い丘陵地帯をバスはうねる様に通り過ぎてモンサン
ミッシェルに向かった。
遠方に三角錐の黒い影が見えてくるとパスは
シャトルバスの
バス停の手前に止まった。
ここからモンサンミッシェルの手前まで
シャトルバスが運んでくれる。
シャトルバス内は結構混んでいた。
何処からこの人たちは来たのだろう。
観光バスや自家用車の観光客も
乗り込んできたに違いない。
朝一番で来たのだが思ったより見学客は多かった。
(昼からは見学者で更にごった返していた)
これから修道院に入っていく。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
夫と行くと大抵晴れとなる。
とても便利で役に立つ。
旅行の時は感謝している。
あとで夫に聞くと
「僕がいつも土地の氏神様にお願いしているからだ。」
と言っていた。
レンヌの教会の神様は夫の日本語が分かるのだろうか。
気温もあまり寒くない。
日陰は寒いが日なたは暖かいぐらい。
トイレにもシャトルバス停の
インフォメーションセンターまで
5時間ほど行かなかった(ホッカイロも二つ持っていた)。
厳寒と強風を想定していたので拍子抜けだ。
でもありがたい。
海は干潮で砂浜が広がっている。
潮の引いた浜辺を徒歩で遠くまで
歩いている観光客も見えた。
但し、危険性があるようで
帰りに救急車で運ばれている観光客がいた。
足を白い包帯でぐるぐる巻きにしていたので
ひどい捻挫か骨折したのかもしれない。
油断していると自然は牙をむいてくる。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
モンサンミッシェル聖堂はかつては
ケルト人の聖地の上に建てられたそうだ。
キリスト教とケルト宗教が
習合した歴史があると聞いたことがあるが
この修道院もケルトとラテン文化が融合して
作られた建物かも知れない。
ケルトのドルイド僧と
キリスト教の修道士はどこかに類似性が
あってひどく敵対することなしに
吸収され習合したのだろう。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
足元は潮でぬかるんでいた。
海は不思議である。
潮の干満の有様を見ていると
地球が生きているのが分かる。
若山牧水の
「山ねむる/山のふもとに/海ねむる/
かなしき春の/国を旅ゆく]
という歌がある。
しかしモンサンミッシェルの
海は眠っていない。
今は静かな顔を見せているが数時間後には
様子は一転し海の生き物が溢れる世界となる
のだろう。
もう11時頃で昼に近いが太陽の日差しは長い影
を作る。
肌に当たる日差しは朝の9時ごろの感覚である。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
モンサンミッシェル寺院を下から見上げると
海辺のつくりは要塞のようである。
フランスが英国と敵対していた頃の名残であろう。
大天使ミカエルが北の守りとしてサンマロ湾と
その向こうのイギリス海峡に睨みを利かせてる。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
まだ入り口付近。
門のつくりは騎士物語の映画で見るような
跳ね橋である。
この門を巡って騎士団と侵略者との
攻防もあったのであろう。
写真に写っている鉄籠は
食料等を搬入する時に使用したと考えられるが
同時に指輪物語等の映画で見た
処罰の鉄檻にも転用され
する道具であろう。
中世の城の入り口辺りは何故か
暗く陰惨な雰囲気を感じる。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
入口をくぐるとそこは観光モードの空間である。
観光客向けのお土産屋さんもオープンしており
商売理論・経済原理の世界が展開されていた。
まだ朝が早いのでお客さんは少ない。
私たちはまず前に進む。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
外から見て予想していたのだがやはり
階段が多いので疲れる。
これを登るには筋力と体力が必要だ。
息を切らせながらもまだ何とか登って行ける。
あと何年か後は無理かもしれない。
わたしより年配の老人(人のことは言えない)が
中学生くらいの孫娘に手引かれながら
必死の形相で
階段を喘ぎながら登っていた。
近い将来の私の姿を想像した。
「限りなき/命のひま/や秋の暮れ」という気持ち
である。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
階段をたくさん登るので休みながら登ると良い。
陽がささない所は空気が冷えているので
フードをかぶる。
息は切れるが汗はかかない。
その方が後で体が冷えて風邪をひいてしまうより良い。
まだ人は少ない。
早い者勝ちか。
しかし足は速くは進まない。
ゆっくりと休みながら上にある修道院を目指す。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
足を止めて上を見
上げると
空の鮮やかな青に眩い光の当たった修道院の尖塔と
私のいる階段付近の蒼黒い影の深さのコントラストが
美しい。
光と影が作り出す芸術空間かもしれない。
撮影しておく。
しかし写真では空間の広がりや、
透き通った空気の冷たさ、
疲れた足の重さ、
次の風景への心の期待感まで写すことは
できない。
旅の時間はまったくの生(なま)もので
保存できないのが問題だ。
写真で1/10,
ブログで書いて1/10
掛け合わせて1/100
しか表現できないような気がする。
でもブログに残すことで
記憶の地層が少しずつ堆積して行くので
せっせと書いている。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
修道院の上層部にたどりつくと海への空間が開いている。
先ほどまで青く透明に澄み切った空に
薄く雲がかかってきた。
朝は晴れていたが少し曇ってきた。
海辺の天気は変わりやすい。
太陽が朧(おぼろ)に見える。
目の下には残された干潟が鈍く光っている。モンサンミッシェルとその湾 史跡・遺跡
-
真下を見ると車も人も小さく見える。
中世時代このモンサンミッシェル修道院は難攻不落の
城塞であったことが分かる。
大型の火器がないときは下から攻め上がるのは困難だ。
海から船団で攻めても干潮時には
船を沖まで下げなくては
ならない。
浜辺に拠点を作っても干潮時には
海の下に沈んでしまう。
自然の力を味方に付けた守りやすく
攻めにくい城塞である。モンサンミッシェルとその湾 史跡・遺跡
-
空には霞のような薄い雲がかかているが太陽の陽は
通り抜けてくる。
モンサンミッシェル修道院の青い影を干潟に投影
している。
水平線は青白く霞んでいる。
12月の末なのに春霞が立っているような天候だ。
海の向こうの霞を眺めているとケルトの「他界」が見える
ような気がする。
※「ケルト神話と中世騎士物語ー「他界」への旅と冒険」
田中仁彦著 中公新書
の序章「地の果てに」のケルト人の「他界」(5頁)に
「臨海地域に住むケルト人はそれ(他界)を水平線の彼方や
海の底に想定することを好んだであろう。」と
書かれている。
ケルトの人たちは海の水平線の彼方に
アーサー王伝説にある他界、
不死の島「アヴァロン島」を幻視していた
のかもしれない。
次回の旅ではもう一つのケルトの地である
「アルビオンAlbion)」(古代ローマ人がイギリス本島につけた名)
のスコットランド、ウェールズ、コーンウオール地方を歩いてみたい。
何故か日本文化と共通する懐かしさを感じている。モンサンミッシェルとその湾 史跡・遺跡
-
これから修道院の内部に入る。
その前に途中で休憩だ。
午前の太陽の光がここには溢れている。
しばらくここで冷えた体を温める。
風も吹いていないので居心地が良い。
はるかな時間の中で微睡んでいるような気持
になる。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
途中のテラスから修道院付属教会を見上げる。
鐘楼と尖塔は1897年の完成したそうだ。
ここまで来ると観光客が少ないので順路に迷う。
まだみんなは下界の階段で苦労しているのだろうか。モンサンミッシェル修道院 付属教会 (聖堂) 寺院・教会
-
何処から現れたのだろうか
突然に修道女さんが現れ、
我々の前を風のように通り過ぎようとしたので
すかさず写真に撮った。
我々は観光気分でここまで登ってきたのだがこの空間は
今でもまさに信仰と修業の場であることに気が付いた。
彼女はこちらを意識するでもなく通り過ぎる。
沈黙の修行の最中なのであろうか。
この少し広い踊り場にトイレがあった。
水洗の普通のトイレであることがなぜか面白い。
夫はこのトイレで手袋を忘れた。
あまり寒くなかったのと既に疲れて注意力が低下して
来ているのだろう。
そのまま道なりに行くとすぐ修道院の入り口だ。
入口内のチケット売り場は近代的なスペースになっていて
お土産売り場もありトイレもある。
合計
チケットは@9ユーロで2人計18ユーロ(2,243円)、
クレジットカードで支払った。モンサンミッシェル修道院 付属教会 (聖堂) 寺院・教会
-
修道女さんが教会の向こうに風のように
通り過ぎて行く。
すかさず更に2枚目の写真を撮った。
まだ観光気分の我々だ。モンサンミッシェル修道院 付属教会 (聖堂) 寺院・教会
-
列柱廊 ラ・メルヴェイユ
フランス語で「美しい眺め」という意味だったろうか。
中庭に面した憩いと瞑想の場である。
回廊がどこでも同じような作りになっていた。
アルハンブラ宮殿とか他の修道院も同じような
様式に見える。
キリスト教とイスラム教の違いがあるが建築様式は
ギリシャ・ローマの文化様式が反映されているのかもしれない。モンサンミッシェル修道院 回廊 寺院・教会
-
瞑想の回廊が続く。
日本の瞑想修行方法として禅宗の座禅がある。
しかし、歩きながら瞑想修行を行う歩禅という修行
もあると聞いたことがある。
モンサンミッシェルの修行僧たちは
この回廊を巡りながら
瞑想修行をしていたのかもしれない。
私も北スペインの巡礼の道を
毎日30㎞歩いていた時に瞑想状態に
なったことがある。
体がだんだん透明になって周りの木々や空気と同化し、
風も体の中を
通り過ぎて行くような気持になった。
ただ私の場合は疲れて歩きながら
半眠状態になり巡礼路を「迷走」して
いただけかもしれない。
しかしそんな時はいつまでもいつまでも
歩いていたい気分になっていた。モンサンミッシェル修道院 回廊 寺院・教会
-
まだ午前中で観光シーズンではないので
人もまばらだ。
ゆっくり見学できる。
天気さえよければオフシーズンに
モンサンミッシェルを
訪ねるという選択があるかもしれない。
ただし天気予報は困難だ。モンサンミッシェル修道院 回廊 寺院・教会
-
観光客が少ないのでどこを回ったら良いか迷う。
回廊の反対側から修道院を撮影する。
建物の規模の大きさが分かる。
岩山の上にこれだけ大きな建物を建築することが
出来たのは信仰の大きさによるのであろう。モンサンミッシェル修道院 回廊 寺院・教会
-
城壁の間から下を見下ろす。
夫は高所恐怖症だから足がすくむ
と言っていた。
高層マンションには住めない人だ。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
昔の大砲も設置されていた。
英国の艦隊がここを攻めてきたときに
使われたものであろう。
製造年が刻印されていたが記録するのを
忘れてしまった。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
帰るころには観光客が増えてきた。
お年寄りの男性(70歳以上か)が
苦しそうにぜいぜい言いながら急な階段を登ってきた。
中学生くらいの可愛い孫娘が手を取って励ましていたが
男性は嫌がっているように見えた。
お年寄りは真っ赤な顔をして苦しそうなので心配になる。
お孫さんにはこんな階段くらいでおじいちゃんがなぜ苦しい
のか分からないのであろう。
中国の黄山なら
駕籠かきさんがいて座っていけるのにと思う。
もっと老人が増えたらここも駕籠かき屋さんが
お商売になるのでは。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
修道院の内部にある教会の本堂だ。
ようやく修道院の頂上までやってきた。
神様に無事にここまでこれたことを
感謝する。モンサンミッシェル修道院 付属教会 (聖堂) 寺院・教会
-
広い食堂ホールだ。
何人ぐらい一度に収容できるのであろう。
大勢の修道僧の毎日の食料を確保するのは
大変なことだったと思う。モンサンミッシェル修道院 食事室 寺院・教会
-
大きな車輪のある部屋。
外部からの生活の為の荷物を引き上げるための
車輪だ。
6人の囚人で毎日2トンもの荷物を引き上げていた
という。
隣で英語グループのガイドさんが説明していたのを
こっそり聞いた。モンサンミッシェル修道院 大車輪 寺院・教会
-
ガイドさんが説明していたが昔はここでは人力
だけが動力だったから大変な重労働だったと思う。モンサンミッシェル修道院 大車輪 寺院・教会
-
車輪を背景に写真を撮る。
冬は海から冷たい風が吹いて
寒むかっただろうなあ。モンサンミッシェル修道院 大車輪 寺院・教会
-
最上階の騎士の部屋はゴシック様式で重厚に見える。
見学者が少なければ2時間あれば見学できそう。
帰るころは人も増えて
見回りの警察官も立っていた。モンサンミッシェル修道院 騎士の間 寺院・教会
-
終点で降りた所の反対車線が帰りの
フリーシャトルのバス停です。
全部で3時間くらい見学していた。
歩いての上り下りが多く結構疲れた。
モンサンミッシェル観光に体力が不可欠だ。
フリーシャトルバスは満員だったが
降りた人が一目散にインフォメーションセンターに
入って行った。
トイレを済ませて観光バスなどに乗って
行ったのだろうか?
気がつくとほとんどの人はいなくなっていた。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
遠くから見た感じは
15年前行ったスコットランドの
エジンバラの縮小バージョンの
ような感じがした。
エジンバラは鉄道で到着してみると旧市街が
まるで一つの巨大なお城のような感じだった。
その時はロンドンから日帰りで行ったので観光時間が
少なかったので残念だった。
夫は42年前、学生時代に行ったことがあると言っていた。
もう一度行きたいらしい。
英語圏なので楽できる。
でもスコットランド語(ゲール後)も話すので
ちっともわからないかもしれない。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
修道院から出て参道を下ったが両側は
レストランやお土産屋さんがびっしり
並んでいた。
殆ど日本語のメニューなどがあるのには
ビックリ。
警察も結構警戒していた。
一枚4ユーロのクレープ、その場で焼いてくれた。
夫が指がかじかんだのか小銭2ユーロを下のどぶに
落とした。
幸い鉄枠を開けると枠にあったでよかった。
匂いに誘われたのか若い日本人カップルも
引き寄せれれて来店した。
男性が寒さでで指がかじかんで
小銭が取れないと言っていた。
空気が冷えているのだ。
私たちは自分たちで
お店のテーブルに暖かいクレープを持って行って食べた。
味の方はまあ普通。
レンヌのパン屋さんでは1ユーロもしなかったのだが
出来立てで温かく美味しかった。
ここは観光料金で高かったです。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
モンサンミッシェルのインフォメーションセンターには
椅子もある。
ロッカー室もあるがロッカーは小さ目で繁忙期に対応できる
のかな?
トイレはきれいでたくさんあった。
この付近にレンヌからのバス停と
そのすぐ先にフリーシャトルの停車場があった。
バス停まで歩く人もいるが遠いので
フリーシャトルに乗車したほうが良いと思う。
シーズンオフなので駐車場も空いていた。モンサンミッシェル修道院 寺院・教会
-
話しは変わるが
2016年9月にカナダ・米国を旅行した。
その際、ワシントンDCにある
トランプ インターナショナル ホテルがプレオープン
されていたので好奇心で中に入ってみた。
帰国後、オーナーのトランプさんが11月にアメリカ合衆国
45代目大統領になってしまったのにはまさかと驚いた。
ヨーロッパは歴史を感じさせる建物でいっぱいという感じ。
アメリカはそれを真似して導入したのでしょう。
一見するとヨーロッパのお城や修道院をイメージさせる。 -
お城や修道院のように見えるトランプ インターナショナル
ホテル。
日本のニュースでも盛んにワシントンDCが映し出されるが
位置関係が分かる。
実際に行ってワシントンの街を歩いてみて良かった。 -
トランプ インターナショナル ホテルの前面には
アメリカの国旗がたくさん飾られていた。
やはり国旗は欠かせないのかなと思った。 -
トランプ インターナショナル ホテルのバー&ラウンジ
あるビルを改装したばかりとのことで何もかも新品だ。
床もピカピカ輝いて鏡のようだった。
私たちは少し場違いだ。
でもお客さんは少なく従業員のみなさんは親切だった。
外から見ても開業しているとは分からなかった。 -
トランプ インターナショナル ホテルのバー&ラウンジ
で働いている人にはミャンマーや何とアフガニスタンからの
若い女性も働いていた。
私たちが5月にウズベキスタンに行ったと話すと
お隣の国ですねと言っていた。 -
トランプ インターナショナル ホテルのバー&ラウンジ
ホテルにそぐわないスポーツ用の服でお茶している。 -
トランプ インターナショナル ホテルのバー&ラウンジ
プレオープンだと教えてくれたブルガリアからの青年。
2016年10月にオープンするとの事。 -
トランプ インターナショナル ホテルで
金ぴかのトイレを借りた。
一部は閉鎖されていてまだ使用できない状態
だった。
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