2016/11/03 - 2016/11/03
185位(同エリア996件中)
きよさん
飛鳥の地
592年推古天皇が豊浦宮で即位してから、持統天皇が694年藤原京に遷都するまでの約100年間、政治の中心地でした。
山田寺跡。
蘇我倉山田石川麻呂が創建した山田寺。
今は石碑が建つばかりの地となっています。
- 旅行の満足度
- 4.5
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山田寺跡。
蘇我入鹿の従妹であり、中大兄皇子(天智天皇)の岳父である蘇我倉山田石川麻呂が建て始めました。石川麻呂はその完成を見ずに、乙巳の変(大化の改新)の後、謀反の罪により建てかけ中の寺のこの地で自害しました。 -
山田寺跡
発掘調査の後、埋め戻され整地され、今は往時を偲ばせるものは無く、広い原っぱです。 -
山田寺跡
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山田寺跡
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山田寺跡
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飛鳥資料館
飛鳥の歴史が詰まった資料館です。 -
飛鳥資料館
亀石(レプリカ) -
飛鳥資料館
猿石(レプリカ)
本物は吉備姫王墓にあります。
猿石自体の制作年代や用途など詳細は不明です。 -
飛鳥資料館
館内には飛鳥宮の再現模型が展示されています。 -
飛鳥資料館
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飛鳥資料館
山田寺跡から発掘された連子窓。
1400年あまり土中に埋まっていました。保存状態が特によく、当時の建築技術を知る貴重なものです。 -
飛鳥資料館
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伝板蓋宮跡(でんいたぶきのみやあと)
乙巳の変(645年)の舞台となった板蓋宮の跡地。板蓋宮ののち、同じ場所に天武天皇と持統天皇による飛鳥浄御原宮が造営されています。
遠くに蘇我入鹿の邸宅があったとされる甘樫丘(あまかしのおか)が見えます。 -
伝板蓋宮跡
千数百年前、この地での出来事に思いを馳せ、時の流れを感じることが出来ました。
志貴皇子(しきのみこ)の万葉集の歌碑があります。
私の好きな万葉集の歌の中の一つです。
「采女の 袖ふきかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く」 -
伝板蓋宮跡
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キトラ古墳に行くことにしました。
第一駐車場は満車。離れた場所にある第二駐車場かキトラ古墳へ向かいました。
途中にある於美阿志神社(おみあしじんじゃ)です。 -
於美阿志神社
大陸の先端技術を伝えた渡来人の祖である阿知使主を祀っています。
渡来系集団・東漢氏(やまとのあやうじ)のルーツです。 -
キトラ古墳へ
第二駐車場よりキトラ古墳へは、よく整備された道が通っています。
かなり歩きますが、それほど苦になりませんでした。 -
キトラ古墳
小高い丘の中腹に位置する2段築成の円墳です。 -
キトラ古墳
四神の館内
古墳内で描かれていた天文図を修復したものです。
天文図としては東洋最古のものらしいです。 -
キトラ古墳
西壁の白虎 -
キトラ古墳
西壁の白虎 -
キトラ古墳
北壁の玄武
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