2016/12/11 - 2016/12/11
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uchiyanさん
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フランス2日目シュノンソー城その2→(バス)→トゥール・ホテル
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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シュノンソー城の館内へ
護衛兵の間
この部屋に武装した宮廷の護衛が控えていました。
床には16世紀のマジョリカ焼きタイルの跡が見られます。 -
壁には、城での生活、結婚の申し込みや狩りの場面が織られている。16世紀に作製されたフランドルの一連のタペストリーがかかっています。
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16世紀の暖炉がトマ・ボイエの紋章に飾られています。
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守護聖人の像が置かれています。
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礼拝堂
こちらも、クリスマス飾りが追加されていました。 -
礼拝堂のステンドグラスはマックス・アングランの1954年の作品であり、元のステンドグラスは1944年の爆撃によっい破壊されました。
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ディアーヌ・ド・ポワティエの部屋
--王家の大膳官の妻で、自身も王妃付きの女官だったが、後に19歳年下のアンリ2世の愛人となった--
ソヴァージュによるディアーヌ・ド・メディシスの肖像画 -
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ディアーヌ・ド・ポワティエの部屋からギャラリー(回廊)を望む
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ディアーヌ・ド・ポワティエの部屋から、細い通路を通ってギャラリー(回廊)に出ます。
1576年にカトリーヌ・ド・メディシスは、フィリベール・ド・ロルムの設計に基づいて、ジョン・ビュランの施工により、フィリベール・ド・ポワティエの橋の上にギャラリーを建設させました。
全長60m幅6mで、18の窓があり、床には石灰岩とスレートを敷き詰め、天井梁が見えるこのギャラリーは、壮麗な舞踏会場でした。 -
こちらのギャラリーもクリスマス飾りが
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第一次世界大戦中は、当時の城の所有者であったガストン・ムニエ氏が自費で城を病院に改装し、部屋はすべて病院の各業務に割り当てられていました。
第二次世界大戦時、シェール川はドイツの占領地区の境を成していましたが、ギャラリーの南側の扉は左岸の非占領地区に通じており、フランスのレジスタンスは大勢の人々をここから逃がすことができました。戦争中、ドイツ軍は何時でもシュノンソー城を破壊できるように構えていたのです。 -
窓から下流を
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ここでも、端にクリスマスツリーがありました
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ギャラリーの両端に二つの美しいルネッサンス様式の暖炉が据えられています。
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フランソワー一世のサロン
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ファン・ローの三美神
ルイ十五世が相次いで寵姫としたネール三姉妹、シャトール夫人、ヴァンティミリア夫人、マイイー夫人がモデルとなっています。 -
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ルイ十四世のサロン
・ルイ十四世--1650年7月14日にシュノンソーを訪問。叔父で城主のヴァンドーム公に肖像画や調度品を贈った--
肖像のみごとな額縁はルボートルの作であり、大きな4つの木片で組まれています。 -
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ルーベンスの「幼きキリストとバプテスマのヨハネ」
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ルネッサンス様式の暖炉の上にみられる、サラマンダーと白鼬の紋章はフランソワ一世と王妃クロード・ド・フランスの滞在を表しています。
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ルイーズ・ド・ロレーヌの居室
--アンリ3世の妻で、カトリーヌ・ド・メディスの義理の娘。カトリーヌの死後、城を相続する--
ここにもクリスマスツリーがここまで来ると装飾に意味があることがわかってきました夫のアンリ3世が1589年8月1日に修道士ジャック・呉門に暗殺された後、瞑想と祈りのためシュノンソーに引きこもりました。
王室の喪中の作法に従って常に白い服を身に着けていて「白い王妃」と呼ばれるようになった
このことから、ここの部屋のツリーは城で装飾知れていました。 -
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ルイーズ・ド・ロレーヌの居室
死の悲しみを象徴する鳥の羽、銀のなみだ、墓堀人のしゃべる、未亡人の組み紐、茨の冠、ルイーズの頭文字であるギリシャ文字のラムダ(Λ)とアンリ三世の頭文字エータ(H)組合せた模様が、この部屋全体に描かれています。 -
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三階ホール
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セザール・ド・ヴァンドームの居室
暖炉は19世紀に金色に彩色され、トマ・ボイルの紋章が描かれている。 -
本当に、あちら、こちらに花の装飾が
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ムリリョ「聖ヨセフの肖像画}
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メディシス家のギャラリー展示物
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シャトーの建設の過程がわかる絵
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カトリーヌ・ド・メディシスの居室
--アンリ2世の妻。野心家として知られ、王の死後ディアーヌから強引に城を奪い返した--
ルネッサンス期特有の天蓋付きベットが置かれています。ベットの柱と横羽目板には彫刻が施され、古代のメダルから着想を得た人物の横顔の浮き彫りも見られます。
ベット右側には、木版に描かれたコレッジョの「愛の教え」がかかっています。 -
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五人王妃の居室
二人の娘は王妃マルゴ(アンリ四世の妃)とエリザベート・ド・フランス(スペイン王フェリペニの妃)、三人の義理の娘はメアリー・スチュアート(フランソワ二世の妃)、エリザベート・ドートリッシュ(シャルル九世の妃)、ルイーズ・ド・ロレーヌ(アンリ三世の妃)の五人を記念して名づけられました。 -
ルーベンスの「東方の三博士の訪問」
これは、プラド美術館が所蔵する絵画の習作であり、スペイン王から購入しました。 -
ガブリエル・デストレの居室
ここはアンリ四世の愛妾であり、後に王の摘出子となったセザール・ド・ヴァンドームの母ガブリエル・デストレの部屋です。 -
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「ルカの月暦図」と呼ばれる珍しいタペストリー
六月:蟹座、羊の毛刈り、七月:獅子座、鷹狩り、八月:乙女座、収穫人の支払い、図柄はデューラーの友人で会った、ルカ・ド・レイドによって描かれました。 -
16世紀の作者不明の絵画は、音楽家の守護聖人である聖セシリアを描いたものです。
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16世紀のフランドル製のタペストリーには、「城の日常の風景、愛情」の題名が付けられています。
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2階からちかの厨房へ
シュノンソーの厨房は、シェール川の川床に建てられた橋の二つの橋脚が形成する大きな土台の上に位置します。 -
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ここでも、クリスマス飾りがありました。
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川から水を汲み上げるため?
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特徴的なクリスマス飾り
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パン焼き釜
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本来の厨房に戻る橋 橋脚から橋脚へと移動する際に、食料補給のための船着き場
(言い伝えによるとこの場所は「ディアーヌの浴場」あるいは「女王の浴室」と呼ばれていました。 -
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城内を見学して、庭へ戻ってきました。
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途中はこのような静かな森です。
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バスでトゥールへ
ホテルの部屋から見たトゥールのクリスマスイルミネーションホテル -
ホテルでの夕食
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魚料理--確かタラだったような--
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レモンタルト--側タルト硬かった--
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イルミネーション
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