2016/11/06 - 2016/11/09
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しんちゃんさん
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旅3日目。雲仙からバスに揺られ30分、江戸末期に松平7万石の城下町として栄えた島原を、初めて訪ねました。
島原には駅から徒歩で移動できる範囲に島原城や,江戸時代にタイムスリップしたような街並みが残る武家屋敷、湧水をメーンにした観光施設などが点在しています。
時間の許す限り名所旧跡を巡りましたが、まだまだ楽しめるスポットが多くあり、周りきれませんでした。
そして、その後は、有明海を眺望できる風呂が自慢の宿で、足の疲れを癒し御馳走を食べ至福の時間を過ごしました(*^^)v
3度目の長崎県の旅。訪ねると、また行きたい場所が増える。
豊かな自然、文化、グルメ、そして、私たち2人になくてはならない温泉もある。
この次はどのエリアへ行きましょうか・・・
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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雲仙から島鉄バスに乗って、島原駅に到着しました。
雲仙岳や有明海など移り変わる景色を見ながらの30分間は、あっという間でした。 -
駅のコインローカーに荷を預けて身軽になり、島原駅周辺を巡ります。
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最初の目的地は、島原城。
駅から伸びる坂道を真っ直ぐに進みます。 -
しんわの泉
歩いていると随所から水が湧き出ているのを目にします。
島原は「水の都」と呼ばれていて、全国名水百選に選定されています。 -
10分も歩けば、目の前にド~ン! 大きな島原城 がお目見え。
白亜の美しいお城です。 -
少し移動して。。。撮ります。
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また、移動して。この写真がイチオシ☆ 天守閣と巽櫓
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お堀は、今は蓮の枯葉に覆われていますが、、春は菖蒲、夏は蓮の花に彩りされるそう。
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島原城は1618年から松倉豊後守重政が、当時森岳と呼ばれた高地を城のかたちに切とって石垣を積み、堀を掘って7年の歳月を費やして築いたものです。
総塗りごめ、白亜五層天守閣を中核として大小50の櫓を要所に配し、これを囲む矢挟間塀の長さは総延長2233mという規模の大きさで安土桃山時代の築城様式をとりいれた壮麗なものでありました。 -
七万石の大名の城としては不釣り合いに大きいと言われた島原城。
築城と城下町の建設には莫大な出費がかさみ、住民に重税を課し、その後のキリシタン弾圧と相まって「島原の乱(1637年)」の原因となったようです。
重政の子、勝家は島原の乱の責任を問われて所領没収・断罪になりました。
・・・このような経緯が、天守閣に展示している、キリシタン史料の中に載っていました。 -
城は、明治7年に解体され以来90年、天守閣無き城跡だけがその面影をとどめました。
しかし、西の櫓・巽の櫓・丑寅の櫓などが昭和30~50年代に次々と長塀とともに復元されました。 -
城の入口から入ります。
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何も遮るものがない目の前に、五層の白色総塗込みの天守閣が、35mの高さにそびえ立っています。
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こちらも100名城のひとつ。
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「島原城七万石武将隊」が演技をしてお出迎え。
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5分ほどの演技を見終え、武将になったつもりで、刀を持ち記念撮影のサービス。
武将のお姉さん交え3人で。撮ってもらう時は(いい年して)恥かしいのですが、写真を後で見てみると結構いい記念になった(^o^)
そして、入城。
天守閣、西望記念館、観光復興記念館の3館共通入館料:大人540円 -
天守内部には、島原の乱や江戸幕府のキリシタン弾圧に関する史料が沢山展示してあり、
見応え十分でした。
松倉重政が行った、築城・重税・政治離れ・反乱・断罪の流れは、興味をひく内容。
現在も通じるものが有るのではないかと。。。 -
天守閣5階は展望所になっています。
こちらは熊本方面。晴れていれば有明海がハッキリと写ったのですが。 -
天守閣5階展望所からの眺め
正面が島原駅、その先は有明海です。 -
天守閣5階展望所からの眺め
普賢岳・平成新山
平成2年の溶岩の噴出によってできた平成新山の溶岩ドームの高さは普賢岳山頂(1359mより高くなり標高1483mにもなっています。 -
天守閣を出て、違う角度から見る。
やはり大きくて優美な姿!
ただ、駐車場に止めてある車が視界に入らなければ良かったのですが・・ -
巽の櫓が復元され、今は北村西望記念館になっています。
共通券がありますが、時間の関係で入らず。 -
長崎県が誇る芸術家、北村西望氏の作品
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北村西望氏の作品
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北村西望氏の作品
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御馬見所
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天守閣以外は、ささっと見て城内を出ます。
次に目指すは、武家屋敷です。 -
史跡時鍾楼
島原藩主が建立し、毎時間ごとに撞き鳴らして時刻を知らせていたと言う鍾楼です。 -
清らかな水が湧き出ている場所があり、
ちょっと寄ってみます。 -
この看板によると、坂本龍馬が長崎で最初に上陸した場所はここ島原なんだそうです。
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水神祠
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島原城築城は難工事で、堀を掘ると湧水が多量に出てきたりと、築城には危険な工事が伴い、 多くの死傷者が出たそうです。
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島原城外郭西側の、武家屋敷が並ぶ通りに来ました。
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現在保存されている、下の丁の武家屋敷は、延長406m、幅長5.6mの町並み。
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江戸時代には700戸が軒を重ね、当時は鉄砲隊の居住地であったので、当時鉄砲町とも呼ばれていたそうです。
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町筋の中央に流れる清水~~
飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。
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昔の面影を残した武家屋敷3邸を無料で見学できるので、寄ってみます。
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下級武士の篠塚邸です。
藁葺き屋根の篠塚邸は、明治時代まで11代続き、主に郡方祐筆(書記)や代官などを務めていたそうです。 -
山本邸
代々砲術師範として藩の重職を歴任し、幕末まで前後13代の城主に仕えました。 -
山本邸
17石2人扶持で、下級武士には珍しいといわれるこの門構えは、藩主から特別に許されたものだそうです。 -
山本邸の六五の井戸
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山本邸の六五の井戸
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マネキンで、当時の生活の様子を再現していました。
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かまども残っています。
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鳥田邸
材木奉行・宗門方加役・船津往来番などの重職のお屋敷 -
下の丁の武家屋敷に、今もなお住民の方々が生活されていますが、江戸時代の面影を残し保存していることに敬意、感心致します。
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折角なので、標識にある、ねはん像を観に江東寺へ。
近いと思い行きましたが20分ぐらい掛かり・・・だんだん歩き疲れが・ -
江東寺にある「ねはん像」
身の丈8mの鉄筋コンクリート造りのねはん像としては日本最大で、足の裏に大法輪の相(仏足石)が刻まれているのも最初だそうです。
頭部は、信者による写経1万巻が納められています。 -
江東寺
昭和32年(1957)に造られたねはん像は、板倉重昌と松倉重政の霊を供養するために建立されたもの。
側に、島原城を築いた松倉重政と島原の乱鎮圧追討で戦死した板倉重昌の墓碑もあります。 -
江東寺から、またてくてく歩いて「鯉の泳ぐまち」の一角にある、
四明荘(しめいそう)に来ました。
平成20年、国の記念物に登録された、人気の観光スポット。
建物の案内もしてくださいます。 -
豊かな湧水を利用して造られた独特の住宅庭園で、主屋 は明治後期の建築。
四方の眺望に優れることから、四明荘と名付けられました。
屋敷は、正面と左側面の二方に池に張り出す形で縁を廻しており、一段高い座敷から庭園を見下ろすような形になっています。 -
四明荘
座敷と庭園が一体となった景観で、美味しいお茶を頂き、ゆっくりと足の疲れをお座敷で癒させて頂きました。 -
四明荘庭園には、3つの池があり、一日に約3000トンもの清水が流れているそうです。
楓なども植えられ、悠々と泳ぐ錦鯉の姿が楽しめます。 -
居室棟裏手に位置する四角形の池には、四つの中島があり、表の池水庭園とは趣が異なる。池底はいずれも砂敷き、水は透明で護岸はごく低い石積で造られ、池の中には、沢飛石が配置されています。
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四明荘
とても良い雰囲気で、ゆっくりと寛げました。
お茶まで頂いて、無料でした。 -
しまばら湧水館
ここは休憩所で、白玉に独特の蜜をかけた郷土の味「寒ざらし」が食べられます。
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この一帯は湧き水が豊富で、全長100メートルの水路があり、別名「鯉の泳ぐまち」と呼ばれています。
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鯉の泳ぐまち 観光交流センター清流亭
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11時に島原駅を出発して、島原城⇒武家屋敷⇒ねはん像⇒鯉の泳ぐ町と、城下町をぐるっと巡り、島原駅に戻ってきました。
時間があれば、まだ見たい所や、立ち寄りたい店もありましたが、これにて終了。
ロッカーから荷を取り出し、駅へ。 -
14:49発の島原鉄道の電車に乗り、今宵の宿へ向います。
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終点の島原外港駅まで、11分の乗車。
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日本の1号機関車が走った島原鉄道。へえ~
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機関車が。へえ~
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創業者は植本太郎氏。へえ~
車内の窓の上に大きな写真も -
植本太郎氏、オンリーの車内。こんなに大きいのでは、景色より車内に目がいく。
文字を追っている間に、島原外港駅に着いてしまいました(';') -
今宵の宿は、東洋九十九ベイホテル。
島原外港駅へ迎えに来てもらい、車で約5分のホテルへ。 -
かなりの高台に建つホテルです。この滝の上がホテルの玄関。
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部屋は、港と有明海を見下ろす絶景が望めるツイン部屋。
ネットを見て予約しました。。 -
では「島原の子守歌」の絵柄の浴衣に着替え、早速温泉へ。
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こちらは「島原城」
まだ午後3時15分、貸し切り状態で入れたらいいなぁー・・? -
風呂からの眺望が自慢の宿。ここは、檜風呂[和みの湯]
檜の浴槽が大小2つあり、窓越しに、外にある展望ウッドデッキが見え、とても開放感があります。
泉質は、炭酸水素塩温泉(中性低張性温泉)で、神経痛、筋肉痛、関節痛、に効能。
浴槽内に温泉成分の湯の花みたいな沈殿物がある特徴を持つ湯です。
どちらかと言うと温めで、長く湯船に浸かっていれるので疲れた体をほぐすのにはちょうど良い。至上のリラックスタイム(#^.^#) 貸し切りだぁーよ~~ -
体が温たまったので外に出てみます。和みの湯、展望ウッドデッキです。
有明海に浮かぶ九十九島を高台から見下ろせ、開放感バッチリ♪ -
こちらは、オーシャンビューの檜サウナ。
いい香り・いい眺めです。
心まで安らげま~す。 -
檜サウナ
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露天風呂[七万石の湯]
ホテルには、展望大浴場2つ・露天風呂2・檜風呂・サウナなどがあり、風呂は夜と朝の入替え制になっているので全ての風呂に入れます。 -
行きかうフェリーを見ながら、ゆったりとお湯につかれば、最上の心地よさ。
英気を養うことが出来ました。 -
風呂の後は、楽しみな夕食(^^♪ メニューは、
中鉢 和牛陶板焼き
造里 ぶり、鯛
蒸物 茶碗蒸し
椀物 食事 御飯・香の物
水物 島原名物 かんざらし
白玉に独特の蜜をかけた郷土の味「寒ざらし」があり、嬉しい。
あとは、小鉢と煮物の8品。
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あと3品は、
焼物 海老の黄金焼
お吸い物
鍋物 島原名物具雑煮。
島原の郷土料理・具雑煮は、島原城の近くにある姫松へ食べに行くが休業日で食べられなかったので、特に嬉しい。
見た目で普通かと思いきや、味、鮮度が良い。美味しくほとんど頂きました。 -
夕食を済ませて部屋に戻ると、この様な夜景が。
島原外港に灯がともる。 -
毎度の早朝散歩。
高台にあるホテル玄関先にあった、天皇陛下御訪問の碑。 -
ホテルを出て振り返り山側を見ると、鋸状の険しそうな尾根が印象の山並みが続いている。
気になったので調べてみると・・・
眉山(まゆやま)といい、雲仙岳の東山麓に付属する溶岩円頂丘。
主峰の七面山(標高818m)の他、天狗山(695m)・南峰(708m)の三峰を合わせた全体を眉山と総称するそうです。約220年前に大崩壊を起こし、今もなお崩壊し続けている山だそうです。
写真でもわかるように…生々しい崩壊壁がハッキリ見えています。
見ているとなんだか、自然災害の怖さを感じます。
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島原外港フェリーターミナルは、島原港と対岸の熊本港を結ぶカーフェリーが発着しています。
カーフェリーの乗り場があるこの地区は、一般的には島原外港と呼ばれています。 -
島原外港フェリーターミナル
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熊本方面から昇る朝日を九十九島を眺めながら見ようと思って、この場所に来ました。
勿論、ここに来なくても、部屋の窓からも朝日を拝めますが・年寄りは早起き!なので(笑) -
有明海から昇る朝日!
しばらく見惚れていましたー -
散歩を終え、朝風呂に入り朝食を頂くという、いつもの旅のパターン。
満喫しました。
10:30 外港駅まで送って頂きました。 -
今は終着駅の島原外港駅。
以前は、南島原市の加津佐駅までを結んでいましたが、平成20年に廃止されました。 -
1両編成で走っています。10時41分発の電車に諫早まで乗りましたが、車内に人はまばら。
通勤通学の時間帯は、どうなんでしょうか・・・ -
黄色の可愛い~電車。
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車窓から見る眉山。最初、雲仙普賢岳かと間違えた山( ;∀;)
ホテル従業員さんの話によると、島原の南港周辺地域は、平成3年の普賢岳噴火では被害が無かった地域で、避難会場となり多くの被災者を受け入れていたそうです。
眉山も、噴火の影響か?今なお少しずつ崩壊し続けているとのことですが、
いつまでも今のままの姿で、変わらないでほしい。。。車窓から見る眉山を見て思いました。 -
島原外港駅を出発して10分。大三東駅(おおみさきえき)に着きました。
柵がないのでそのまま海に入ることも出来そうな駅です~(*_*
後で知りましたが、鉄道ファンには有名な、海に近い駅でした。
雲が邪魔しなければ、もっと景色がいいんでしょうが。 -
古部駅(こべえき)も海に面している。
ホーム中ほどに待合所が置かれ、大三東駅と同じで、やはり駅舎がありません。 -
干潮なせいかかなり潮が引いていました。
ローカル線の列車旅もいいものです~~。ゆったりとした時間が流れて~~。 -
島原鉄道では、毎月第2・第4日曜日限定で フリー乗車券(1000円)を販売しているようです。平日もあれば良いのですが。
島原外港⇒諫早駅 1,510円
11:44諫早到着。約1時間の島鉄車窓の旅でした。
そして、旅の初日6日、最初に立ち寄った諫早で昼食の鰻を食べるため、途中下車します。 -
慶厳寺(けいがんじ)
道中、本明川の川岸近くに立派なお寺があり立ち寄りました。
江戸時代初期に創建された浄土宗の寺院です。 -
慶厳寺磨崖三十三観音は、寺の南の崖の岩肌に像高40cmほどの大きさで彫刻されています。
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慶厳寺磨崖三十三観音
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慶厳寺磨崖三十三観音
住所は、長崎県諫早市城見町 -
慶厳寺から5分ほど歩いて、うなぎ・割烹 北御門に来ました。
人気店だったのか、店内は満席にちかい。
2階に案内され、注文して、待つこと20分。 -
蒲焼は、赤楽焼の器に盛り付けられています。
楽焼の器は二重底で底にお湯が入っていて、その蒸気で蒲焼がむれて身も皮もふっくらと成り、口の中でとろけるような食感。
美味しいのですが、皮に少し焦げ目がつきフワフワながらも鰻の歯ごたえを感じて食べる普通の蒲焼しか食べたことがないので、皮も身も柔らかい鰻は少し物足りなさを感じました。 -
食事を終え、見覚えのある本明川にある飛び石を見ながら諫早駅へ向かいます。
諫早駅11:39発の特急かもめで博多まで行き、新幹線のぞみに乗り換え新大阪駅へ。
そして北陸線に乗り換え、午後8時半ごろに無事帰宅しました。
*** 写真の枚数が多いのに、最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
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