2016/09/25 - 2016/09/26
199位(同エリア1402件中)
クッキーさん
折角東京まで行くのだから周辺で どこか手頃な行き先がないかと探していたら、心惹かれる場所が見つかりました。
箱根旧街道石畳っていうのがあるじゃありませんか。
箱根からは富士山も見えるそうだし、これは行くしかありませんね。
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鎌倉からこちら箱根湯本駅へ。
駅の出口で右往左往しつつも、ようやくお目当てのお土産を買い求めた後、ホテルへ。
川に架かる赤い橋を渡った先に聳え立つかのような箱根湯本富士ホテルです。 -
グランリヴィエールで買い求めた各種ラスク。ほろほろと崩れやすそうで、大事に持ち運びました。
今までに食べた中で一番のラスクです。
アールグレイが最高でした。
ここで買っておいたチーズケーキタルトと、温泉まんじゅうがこの日のお昼ご飯になりました。 -
箱根さがみやで買い求めたシュトーレンとナッツヴェセル。
買い物を済ませた後 引っ張ってきたスーツケースを置き忘れてホテルに向かってしまったのです。
実は 昨日にもランチの後にスーツケースを置き忘れて店を出てしまっていたのですから、国内旅行だったからよかったものの、不注意極まりないことです。 -
川のせせらぎも涼やか。
さっきまでの汗が引いていきます。 -
ホテルに繋がるエレベーターがこちら。
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バス停から見る箱根鉄道。
前は国道なので、歩行者は国道の上を横切る歩道橋を渡ります。
先程、買い物をするためにお店を探す途中、うっかり渡ってしまいました。 -
行き先はわかっているのに、どのバスに乗ればいいのかわからなくなるほど・・
けっこう待ちました。
便利そうでも箱根フリーパスが使えないバスには乗れません。
車窓から。こちらが本家本元の富士ホテルです。
ちらっと見るだけですが、風格があります。 -
バスは 急坂を上ったり下りたり、ヘアピンカーブもあります。
車窓の前方に見えてきたのは芦ノ湖です。 -
やってきたのは箱根関所。
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箱根関所跡。
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入り鉄砲に出女、の逆の行程を辿ってみます。
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こちらの建物は入場料がかかります。
さほど見るべきものもないと聞いていたし、何よりも時間がないので 横目で見ながら素通りです。 -
左右に並ぶ建物。
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この先の山道を歩いて江戸に向かいます。
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江戸時代のままの姿。
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屏風山国有林。
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「昼なお暗き」と歌われた、杉の並木。
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脇に目をやると富士からの湧水?
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すぐ脇の道路を ひっきりなしに車が走っていますが、現在でも412本ほどの大木に縁どられたこの杉並木を歩いていると、別世界のように静かな佇まいが感じられます。
貫録十分、どっしりとしたスギの巨木。 -
杉並木から富士山が見えてきました。
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もっとよく見たくて 杉並木を外れて湖畔まで。
頂きは雪ではなく雲をいただいています。
翌日の天気予報は曇りだということだったので、この日に富士山を見ることができて満足です。 -
再び杉並木に戻ります。
箱根旧街道石畳の表示。
杉並木は樹齢約400年で、江戸時代のはじめ元和4年(1618年)箱根宿を設けたとき植えられたと伝えられています。
旅人に木陰を与えようと植えられたもので、東海道では唯一のものなんだそうです。 -
葭原久保(よしわらくぼ)一里塚。
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元箱根港から。
富士山って、もう少しスレンダーな姿だとばかり思い込んでいたのですが、けっこうずんぐりむっくりですね。 -
海賊船がやってきました。
この船には明日乗る予定。 -
元箱根港。
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この大鳥居をくぐらずに 手前の道路を右折。
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成川美術館を右に見て、
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旧街道石畳の表示を頼りに進みます。
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普通に車道です。グーグルマップで見た光景なのですが、この先がよく分からず、ちょっと心配になりかけましたが・・・
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カーブを曲がった辺りの左手の静かな杉の林の中に、箱根旧街道案内図を見つけて一安心。
畑宿・湯本を経て小田原に至る街道ですが、歩くのは畑宿まで。 -
杉並木の解説。
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芦ノ湖畔への表示がありました。
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こちらの道を辿れたらよかったのですが。
先程の元箱根港に通じているのかしら。 -
ケンペルとバーニーを讃えた碑がふたつ。
こちらは「バーニーの碑」。バーニー本人が建てたものです。ケンペルの「日本誌」から引用された文が載っています。
ドイツ人のケンペルさんは元禄年間、オランダ商館の医師として来日。江戸への参府にも随行し箱根を越えました。日本に居た2年間に箱根で多くの植物を採集し、彼の死後、その弟子たちによって日本の諸相を紹介した「日本誌」がまとめられ、箱根の美しさも紹介されました。 -
こちらの、ふたりのレリーフがはめこまれているほうが「ケンペル・バーニーの碑」。ふたりの外国人を讃えて、「ケンペルとバーニーを讃える会」が建てたものだそうです。
左がケンペルさんで右がバーニーさん。
バーニーさんはイギリス人貿易商で、日本で活躍したは大正時代の1920年頃から。箱根では芦ノ湖畔に別荘を持ち、箱根の自然を愛し続け、晩年まで日本で過ごしたのだそうです。
芦ノ湖畔に住んで、こよなく箱根を愛したイギリス人のバ-ニ-さんが、ドイツ人の博物学者ケンペル著作の「日本誌」の序文を引用しながら 彼の第二の故郷である日本と、その国民に対して箱根の自然を大切に後世に伝えよう!と訴えている碑だそうです。
さらに「ケンペル・バーニーの碑」となったのも、「ケンペル・バーニー祭」が行われるようになったのもエリザベス女王のメッセージがきっかけになっているのだそうです。
今の箱根を取り巻く人々への環境保護に関する警告と課題を提供してくれている碑なんですね。 -
箱根旧街道は江戸時代の箱根越えの道で、通称「箱根八里」で知られる難所でした。
この急坂の多い山道は江戸時代初期、幕府の官道として整備されましたが、すねまでつかる泥道のため当時では近代的な石畳道を完成させました。
畑宿~元箱根の古道散策の石畳は、1680年に敷設され国の史跡に指定されています。 -
拡大図。
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木製の階段を上がっていきます。
ここまで来ると、画像でチェックしていた通りの光景が待っているので歩くのも安心です。 -
階段を下りると 山道に入り込んだかのようですが、
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旧街道石畳がすぐ目の前に。
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苔むした石畳。
昨日の雨のためか とても滑りやすくなっているので一歩ずつ踏みしめながら歩きます。 -
権現坂の案内表示。
権現坂は、小田原から箱根路をのぼる旅人がいくつかの急所難所を喘いでたどりつき、一息つく場所だったとか。
解説は小田原からの旅人目線のもののようです。 -
来た道を振り返って嘆息。
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左脇に見えた鳥居。
もう既に足がイヤイヤといっているので見るだけです。
近頃 忙しさにかまけてウォーキングもさぼりがちなので・・ -
畑宿から歩いてくる人と時折出会います。
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車道はこんな具合。
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これから歩いていく石畳を目の前にして、
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振り返ってみると木々の間に芦ノ湖が見えています。
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緩い坂道です。
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車道と交差。
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お玉が池の表示もありますが、とても行く気にはなりません。
畑宿まで4,1kmとあります。 -
湯本まで9kmもあるのに2時間だなんて信じられませんね。
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江戸時代に整備された街道です。
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「コース中ほどにある旧街道石畳では、江戸時代に敷き詰められた石畳が現存しており、かつての面影を体感できるスポットです。」とブログにガイドされていたところがこの辺りの石畳でしょうか。
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きれいに敷き詰められているわけではないようです。
ぬかるみよりはましかも。 -
海外からの客も歩いています。
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こうやって写真を撮りながら一息つきます。
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「箱根八里は馬でも超すが 越すに越されぬ大井川」の馬子唄の石碑が見えました。
このあたりは標高およそ800mだそうです。
三島宿から笹原、山中、箱根峠を経て芦ノ湘南岸の箱根宿に道するまでが四里、元箱根付近より東方に別れて権現坂にかかり、二子山の南をめくぐり須雲川の渓谷に添いながら、畑宿、須雲川、湯本、台の茶屋などの集落を通って三枚橋に出て、ここから小田原宿に至ります。
元箱根から湯本三枚橋までが二里半で、三枚橋から小田原宿までが一里半、合わせて全長八里あるので「箱根八里」といい、大人の足で丸一日の歩行ほどであったと言われます。 -
向うに見えているのが二子山だそう。
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箱根の火山活動のうち一番最後にできたもの。
保護のため入山が禁じられているというのは、ケンペルさんとバーニーさんの提唱のおかげなのかしら。 -
上り坂が続きます。
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石畳が途切れた山道。
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敷石はけっこう とげとげです。
選んで歩かないと足裏が痛い位。こうやってカメラを構える以外は足元ばかりを見ています。 -
展望広場も表示確認だけ。
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こんな表示を目にするとほっと一安心の山歩き。
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山道を登りながら こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される・・などと思考する余裕はありません。
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けっこう頭の中は空っぽです。
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石畳の表面を見ながらひたすら足を前に運びます。
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緩やかな坂道。
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石畳の成り立ちが解説されています。
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急坂の石畳。
石畳の表面はゴツゴツしています。 -
石畳。
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苔むした大きな岩が現れました。
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岩の手前には天ヶ石坂(てんがいしざか)の碑。
山道だから、特徴のある光景が、所番地の代わりになっているんでしょうね -
ヘアピンカーブ&急坂。
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振り返ってみます。
こんな急坂を上るのは大変だろうと思うけれど、実際に歩くと 下りる方が足に負担がかかるような気がします。 -
これだけの急坂は、実際には ほんの10分程でしたが、
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好き好んで石畳を歩いたことを後悔することしきり。
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この付近の石畳は、江戸時代初期、石畳施設当初の構造を、今に伝えています。
石畳は、小石と土とを突き固めた地面の上に、石と石とを組み合わせて並べており、さらに石畳の横に、縦の排水路を持っています。
また並木の植わっていた土手も人工的に作られたもの。 -
これだけの急坂ですから、排水路がないと 石畳は川のようになるでしょうから、
よく考えられた石畳の構造ですね。 -
白水坂(しろみずざか)とあります。
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史跡・箱根旧街道。
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箱根旧街道入口の向こうは車道。
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道路側からは元箱根までの表示になっていますが、箱根関所を出てから1時間15分かかりました。
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苔むした石碑。
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甘酒茶屋まで400mとあります。
あと少し。 -
こんな立派な車道を横目で見ながら、
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再び旧街道に分け入りますよ。
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於玉坂(おたまざか)の石碑。
先程見た「お玉ヶ池」には江戸の奉公先を抜けだし国元へ帰ろうとして関所破りで処刑された少女「玉」の悲話が伝わるそうです。 -
山道散策の雰囲気。
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木枠で作られた階段ってけっこう歩きづらいものですね。
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山道。
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木々の根っこに足を取られそう。
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左に車道を見ながら。
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最後の石畳のようです。
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やっと平坦な山道。
甘酒茶屋から歩いてきたらしい人達もいます。 -
甘酒茶屋の裏手にあった案内表示。
旧街道入口からここまで15分ほど。 -
甘酒茶屋は旅人の憩いの場所。
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甘酒茶屋。風情がある藁ぶき屋根。
縁側で休んでいた方に声をかけたら、湯本から歩いてこられたのだとか。
一日の行程になっちゃいますねえ。
さて私はどうしようかしら? -
どなたかの句碑。
傍らには浄土真宗の開祖・親鸞(しんらん)聖人の詠んだ歌が刻まれた石碑。
「病む子をば 預けて帰る 旅の空 心はここに 残りこそすれ」
笈の平(おいのたいら)は、親鸞が弟子たちに「東国の門徒たちを導いてほしい」と後を託した、師弟の別れの場であった。
親鸞上、人が弟子性信房と訣別した所として知られている、笈平(おいのたいら) -
甘酒茶屋のいわれ。
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こちらが正面です。
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江戸時代の旅人のように 甘酒をいただきました。
ねっとりしていますが甘すぎず、疲れた体に心地よい甘さです。 -
甘酒茶屋の隣に建つ、休憩所。
「箱根旧街道資料館」が併設されており、見学は無料になっています。
この建物の右奥にトイレがあります。 -
ちょっとのぞいてみました。
江戸時代の甘酒茶屋ですね。 -
こんな駕篭で旅ができるのは高貴な方々なのでしょうね。
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江戸時代の大名行列。
この方々もさきほどの石畳を歩いたのかしら。 -
かつての街道の数々が表示されています。
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江戸時代の大名行列の様子。
なかなか面白い展示でした。
さて、ここでバスを待って箱根湯本へ戻ろうか、それとも畑宿まで石畳を歩こうかと思案です。
足は疲れているのだけどまだ1時間余りしか歩いていないし、何より せっかく畑宿まで石畳を歩く予定だったのですから がんばりましょうか。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こあひるさん 2016/12/29 01:12:29
- いい雰囲気
- クッキーさん、こんばんは。
箱根旧街道、いいですね〜〜!
風情ある石畳・・・往時の旅を偲びながら・・・ぜひ歩いて見たくなりました。
今年もたくさん訪問して頂きありがとうございました。
良いお年をお迎えくださいね!
こあひる
- クッキーさん からの返信 2017/01/15 00:43:40
- RE: いい雰囲気
- こあひるさん、こんばんは。
箱根旧街道の石畳は 確かに江戸の風情を感じさせる素敵なものでしたが、予想していた以上に ハードなものでした。
最近になって やっと膝の痛みが完全に取れた感じです。
こあひるさんも 歩かれる時には 相応の覚悟をしてくださいね。
クッキー
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