2016/08/19 - 2016/08/29
12位(同エリア103件中)
youさん
ベネチアから出港/帰港するエーゲ海クルーズを楽しみました。
日程は下記。
8月19日 成田→ミラノ
8月20日 ミラノ観光→ベネチア移動
8月21日 ベネチア港から乗船
8月22日 バーリ(イタリア)に寄港 バーリ観光
■8月23日 カタコロン(ギリシャ)に寄港 オリンピア観光
8月24日 サントリーニ島(ギリシャ)に寄港 サントリーニ島観光
8月25日 ピレウス港(ギリシャ)に寄港 アテネ観光
8月26日 コルフ島(ギリシャ)に寄港 コルフ島観光
8月27日 コトル(モンテネグロ)に寄港 コトル観光
8月28日 午前ベネチアに帰港 ベネチア観光 午後ミラノへ移動
8月29日 ミラノ→成田着
この旅行記では、ギリシャのオリンピア観光を掲載します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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8月23日 10時 ギリシャの陸地なのかそれとも島なのか、左舷側に見えてきました。
海岸線は白色の切り立った崖になっており、高さも相当ある感じです。 -
11時 ギリシャのカタコロンに入港。
カタコロンは海辺の小さな村ですが、オリンピアへの玄関口でクルーズ船が接岸できる桟橋があります。 -
カタコロンでは、クルーズ会社がオリンピア遺跡へのツアーを用意している他、港とオリンピアまでのシャトルバスも用意しています(往復23ユーロ)。
youはそのシャトルバスでオリンピアに向かうこととします。事前にオフィスでチケットを購入し、6階のラウンジで下船の順番を待ちます。 -
11時過ぎに満席のバスはオリンピアに向けて出発。
船の最終乗船時間は16時30分、滞在時間は5時間以上あります。
港の外に出た通り沿いに、オリンピア行きバスの看板が出ています(片道10ユーロ)。このバスを利用する手もありますが、行き返りのバスの発着時間が分かりません。限られた時間に行動するには、クルーズ会社が用意するバスの方が安全・確実でしょう。 -
バスはカタコロンの村を通過してゆきます。この街道沿いにはクルーズ客目当てのお土産屋さんが並んでいます。
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カタコロンの村を出たバスは、この様な草原地帯を抜けて約50分で遺跡の入口に到着。
2008年にオリンピアを訪れた時は、ピルゴスから数時間に1本しかない列車でオリンピアに苦労して辿りついたことを思い出しました。 -
遺跡入口でチケットを購入(博物館込みで12ユーロ)。
列柱の断片が並ぶ・・・おお古代遺跡にやって来た・・・・2度目の訪問ですが、遺跡大好きyouの遺跡歩きのスイッチが入りますww。 -
イチオシ
入口からの通路を進み左手に見えてきましたイオニア式柱廊のある円形の建物。お〜これはもうギリシャの遺跡だわ♪
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迎賓館の列柱。
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並んでいる柱の詳細を見ると、風化してか表面がボロボロになっているようで、この地に2000年を越えて佇んでいるという歴史が伝わってきます。
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紀元前7世紀創建のヘラ神殿。
オリンピックの聖火はこの神殿前で採火されます。 -
手前に平たい石が並んでいますが、これはゼウスの祭壇。祭事に牛や豚などが捧げられました。
後方の列柱はヘラ神殿。 -
列柱が並ぶ闘技場。
オリンピックに参加する選手たちがここで練習していた場所です。 -
闘技場。
練習場所としては豪華な列柱が並んでいます。選手は各ポリスの代表なので、優遇されていたのでしょう。 -
炎天下での遺跡歩き。。。ときどきこの様な木陰に入って小休止。
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浴場跡。
裏手は川が流れています。 -
この遺跡では、原形をとどめている方の建造物で、フェイディアスの仕事場と呼ばれています。
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フェイディアスの仕事場の中に入ります。
フェイディアスは、紀元前4世紀の大彫刻家で、ゼウス像等が造られました。左側の壁に支えられた斜めの石材には唐草模様などが見られます。 -
これが唐草模様の石材。
日本の風呂敷にでも施しても、違和感のない模様ですヨ。 -
フェイディアスの仕事場の出口。
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神官の宿舎。
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遺跡入口から入った通りの一番奥にある宿泊施設のあった場所を眺めています。この遺跡で最大の建造物(75×81m)で紀元前330年に造られました(解説版)。
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この宿泊施設の解説版。
要所要所にこの様な解説版があるので、それらを読んで、勉強をしながら、この様な立派な施設を利用していた当時の競技選手の気持ちに思いを巡らせながら歩きまわります。 -
宿泊施設。
その中央には円形の水盤が設けられ、ローマ時代にはここが屋外プールとして使われていました。 -
宿泊施設。
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宿泊施設周辺の遺構。
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紀元前470年に創建されたゼウス神殿。
長さ64m、幅27m、アテネのパルテノン神殿にほぼ匹敵する大きさだったようです。 -
ゼウス神殿。
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ゼウス神殿の解説版。ここに描かれている当時の神殿モデルを見ると豪華な神殿だったことが想像できます。
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こちらはゼウス神殿の破風に並んでいた彫像群で、古代ギリシャ彫刻の傑作とされています。後で訪れた考古学博物館に展示されています。
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神殿は、522年と551年に起きた地震により倒壊して、今は高さ10mの柱だけが寂しく残っていますが、元は合計78本の柱が大屋根を支えていました。
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神殿の基壇には上れませんので、その周囲に転がる多数の円柱のかけらを見ながら進みます。
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ゼウス神殿の東側広場に来ました。ここには、勝利の女神ニケの像の台座が佇んでいます。
この台座は断面三角形で、高さは9m、その上に高さ3mのニケの像が建っていました。 -
こちらが台座の上に建っていた勝利の女神ニケの像。
考古学博物館にて撮影。背中に大きな翼が広がっていました。 -
紀元67年頃のオリンピック期間中、将軍ネロが滞在していたとされる家。
中にはロープがあって入れません。また、周囲は草が生い茂っています。 -
2008年に訪れたときは、ネロの家の中に入ることができました。
こちらはその時に撮影したモザイク床。
ローマ時代の造りで、オリンピアの遺跡の中ではあまり重要でないのか、草に囲まれていて、これらが公開されなくなったのは少し寂しいネ。 -
ネロの家の解説版。
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スタジアムへの進入路に向かいます。
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スタジアム入口のアーチ状ゲート。
崩れそうで崩れない・・・紀元前から耐えている実績のある建造物です。どうぞ安心して潜って下さいまし。 -
紀元前4世紀中ごろに造られた幅30m、長さ192mのトラツク。両サイドに観客席が造られていて、2万人収容できたとのことです。
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丘の斜面に柱が見えていますが、宝庫のあったところ。
神殿に捧げられた奉納品などを保管していたのでしょう。 -
ローマ時代に造られた給水施設。循環型の水路が備わっています。
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この給水施設の解説版。
これによれば、背後の半円形飾り壁のニッチには皇帝アントニウスや彼の家族の像が並んでいたようです。 -
こちらは、水道施設の泉の中心部に飾られていたニンフェオンの牡牛像。考古学博物館にて撮影。
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紀元前4世紀創建の母神殿跡。
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こちらは、2008年4月この遺跡を訪れた時の写真です。
ハナズオウの花、紫色が遺跡に冴えていました。このときは一人旅で、遺跡内で観光客をほとんど見かけませんでした。 -
2008年4月 この遺跡を訪れた時の写真です。
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遺跡の背後にあるクロニオンの丘を眺めながら、考古学博物館に向かいます。
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遺跡から10分ほど炎天下を歩いて到着。
博物館の建物前テラスに遺跡で発掘された彫刻物などが展示されています。 -
博物館の中はエアコンが効いており、炎天下の遺跡歩きでの疲れを癒しながらゆったりと見学します。
これらは遺跡内で発見された青銅製の像など。 -
奥のヘルメスの部屋に展示されている赤子のディオニソスをあやすヘルメス像。ここの博物館の目玉の一つです。
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16時過ぎ、カタコロン港のクルーズターミナルに戻ってきました。
港には、私達の船以外にも同じような寄港地を回っているクルーズ船が停泊しています。
ということは、一度に5000人以上の乗客が港にあふれ出ているのです。オリンピア遺跡内や博物館で多くの観光客を見かけましたが、ほとんどがクルーズのお客さんだったのでしょう。
MSCで航くエーゲ海クルーズ・サントリーニ島編につづく。
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