2016/06/30 - 2016/07/02
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旅人のくまさんさん
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平泉の中尊寺の紹介です。奥州藤原氏三代所縁の寺として知られ、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始め、多くの文化財を有します。平成23年(2011年)、『平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群ー』の構成資産の一つとして世界遺産に登録されました。
- 交通手段
- 観光バス
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全員集合したところで、迎えの観光バスの駐車場所に向かいました。その途中の光景です。出かける前にチェックしておいた現地の週間天気予報です。今日は黒里から雨、明日が張れ、明後日が曇りのち雨の予報でした。その予報内の今日の空模様です。
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同じく、迎えの観光バスの駐車場所に向かう途中の光景です。この時期はまだ空いているようですが、青森のねぶた祭り、山形の山笠祭り、仙台の七夕祭りなどの夏祭りの頃には、東北全体が観光客で溢れるようです。
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中尊寺に向かうバスの中から撮影した、いわて花巻空港のターミナルビルの光景です。赤く大きな空港表示がありました。
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花巻空港から、最初の見学地の中尊寺に到着しました。バスを降りて、歩いて中尊寺境内に向かいました。松尾芭蕉の『奥の細道』を連想するには格好の天気かも知れません。芭蕉が弟子の河合曾良を伴い、江戸の深川を旅立ったのは、元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)のことでした。約150日間で東北・北陸を巡り、元禄2年9月6日(新暦1689年10月18日)に、大垣から伊勢へ旅立つところで、結びになっています。
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蓮池の光景です。『中尊寺蓮』の説明看板がありました。『大賀蓮』で有名な、植物学者の大賀一郎博士(1883〜1965年)が亡くなられた後、中尊寺からの依頼で大賀博士門下の長島時子教授が、平成5年(1993年)に開花させた蓮です。その趣旨は、昭和25年(1950年)、大賀博士が泰衡の首桶(くびおけ)の中で見つけた数個の蓮の種でした。このため、『泰衡蓮』とも呼ばれています。藤原泰衡(1155?〜1189年)は、奥州藤原氏最後となった第4代当主でした。
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因みに、世界的にも有名になった『大賀蓮』は、昭和26年(1951年)、大賀博士が千葉検見川の東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の落合遺跡から発掘した三個の古代蓮の種子が発芽したものです。2000年以上前の古代の蓮の発芽でした。
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若い頃の旅行の友の一つだった、『奥の細道』の話題に戻ります。今でも好きなのが、その序文や各地で詠まれた俳句です。その序文を紹介します。
『月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、股引の破れをづづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すゆるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方は人に譲り、杉風が別所に移るに、
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
表八句を庵の柱に掛け置く。 』 -
芭蕉が平泉を訪れたのは、旧暦の
『三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。まづ高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり。衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし固め、夷を防ぐと見えたり。さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時のくさむらとなる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて、時の移るまで涙を落とし侍りぬ。』
夏草や兵どもが夢の跡
卯の花に兼房見ゆる白毛かな(曾良) -
『平泉』の章は、まだ続きます。
『かねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散りうせて、珠の扉風に破れ、金の柱霜雪に朽ちて、既に頽廃空虚のくさむらとなるべきを、四面新たに囲みて、甍を覆ひて風雨をしのぎ、しばらく千歳の記念とはなれり。』
五月雨の降り残してや光堂 -
写真撮影はできなかった、秘仏の御開帳でした。五色旗が飾られた、その通路の光景です。御開帳の秘仏は、『一字金輪仏頂尊』でした。奥州藤原氏三代秀衡の念持仏と伝えられている、『一字金輪仏頂尊』は、国の重要文化財の木像です。
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御開帳の秘仏、『一字金輪仏頂尊』が展示されている建物に向かう途中の光景です。境内のような場所でした。
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右端に見えてきたのが、秘仏の『一字金輪仏頂尊』が御開帳されている建物です。展示館のような建物の造りでした。
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秘仏の『一字金輪仏頂尊』が御開帳されていた建物入口光景です。中では、住職の方が、秘仏の見方などを解説されていました。
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秘仏の『一字金輪仏頂尊』の御開帳の見学の後は、集合場所も時間もあやふやでしたから、暫く待ってみたものの諦めて、一人で見学することに決めました。暫く待っていた場所の光景です。
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小雨に煙る中尊寺境内の光景です。中尊寺の山郷は関山(かんざん)、創建は嘉祥3年(850年)、慈覚大師・円仁(794〜864年)と伝わります。円仁は、入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人デス。
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同じく、小雨に煙る中尊寺境内の光景です。中尊寺開山の慈覚大師・円仁が開山したり再興したりしたと伝わるお寺は、関東に209寺、東北に331寺余あるとされます。東北では、この中尊寺のほか、松島の瑞巌寺などです。
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境内末社らしい、『弁財天』の拝殿光景です。弁財天は、ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーが、仏教に採り込まれた際の呼び名とされます。
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離れた場所から撮影した、弁財天の拝殿光景です。経典に準拠した漢字表記は、本来は『弁才天』ですが、日本では後に財宝神としての性格が付与され『弁財天』と表記されることも多いようです。この赤い幟も『弁財天』でした。
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同じく、離れた場所からズームアップ撮影した、弁財天の光景です。福をもたらすとして、日本で信仰されている七柱の神、『七福神』がありますが、弁才天(弁財天)もその一柱です。それ以外の6神は、恵比須、大黒天、毘沙門天、福禄寿、寿老人と布袋です。七福神中の紅一点、琵琶を弾く妖艷な姿で現されるのが、弁才天(弁財天)です。
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弁財天の拝殿の周りの光景です。弁才天は、もともと河川の神・水の神という性格がありました。この性格は日本にも受け継がれています。このため、海や湖の水辺に祀られることが多く、境内では周りに池を配することが多く見受けられます。
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白山神社と、野外能楽殿の入口付近の光景です。赤い鳥居は白山神社の施設のようです。白山神社の祭神は、伊邪那岐尊(イザナギノミコト)と伊邪那美尊(イザナミのミコト)です。
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『中尊寺鎮守・白山神社』の文字が記された、真新しい標識です。嘉祥3年(850年)、中尊寺の開祖である慈覚大師が加賀の白山をこの地に勧請し、自らは十一面観音を作って中尊寺の鎮守白山権現と号したのが始まりと伝わります。
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『釈迦堂』の建物光景です。扉は閉まっていました。建武4年(1337年)の火災で、金色堂以外の全てを全焼しましたが、旧釈迦堂もその内の一つだったようです。焼失する前の釈迦堂には、100余体もの釈迦如来が安置されていたとする記述が残されているようです。
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鬱蒼とした杉木立の中の参道光景です。その杉木立の間に社が見え隠れしていましたが、時間の都合でいったん引き返すことにしました。
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中尊寺の境内光景です。江戸を発ってから44日後の5月13日、芭蕉と曽良は、奥の細道のはて平泉を訪れました。最初に訪れた義経公の居館があったと伝えられる高館の丘陵では、『夏草や兵どもが夢の跡』、次に向かった中尊寺では、『五月雨の降残してや光堂』の句を『奥の細道』に残しました。中尊寺では、今日のような天気だったかも知れません。
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境内で咲いていた『アジサイ(紫陽花)』の花の光景です。アジサイ科アジサイ属の落葉低木です。この種の紫陽花は、手毬咲、あるいは西洋アジサイとも呼ばれます。
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金色堂の石碑と、金色堂が納められた鞘堂の光景です。その鞘堂に収められた金色堂は、芭蕉が奥の細道で、『五月雨の振り残してや光堂』の句を残しました。国宝に指定されている建造物です。
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中尊寺本堂方面に向かう途中の光景です。左手にあった『阿弥陀堂』の光景です。竹林を背景に、宝形造りの屋根が見事な建物です。
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『讃衡蔵(さんこうぞう)』の建物光景です。讃衡蔵は、奥州藤原氏の残した文化財3000点あまりを収蔵する宝物館です。平安期の仏像、国宝・中尊寺経、奥州藤原氏の御遺体の副葬品などが収蔵されています。
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参道から見上げた『梵鐘』の光景です。康永2年(1343年)に鋳造された、岩手県の指定文化財の梵鐘です。今は撞かれることがなくなった金の径は86センチです。1337年の火災に関する銘文が刻まれた梵鐘です。
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