2014/05/27 - 2014/05/29
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Dwind_999さん
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大連から西へ約45kmに位置する旅順へ移動してくると、大都会の街からただの町にやってきたような、車も人も少なくどこかのんびりとして落ち着きのあるその風情に、心安らぐ思いがします。
しかしその風光明媚な穏やかさとは裏腹に、今から約110年前、この遼東半島南端に於いて帝政ロシア軍と日本軍が激突、国の存亡をかけた戦いが繰り広げられ多くの血が流された激戦の地でもあります。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月27日(火)、大連で4泊した後、大連駅北側の站北広場からエアコンの入っていない旅順行きバスに乗ります。
運賃は7元(\119)。 -
大連から約1時間半で旅順バスターミナルに到着。
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昼前、一応目星をつけていたバスターミナル近くの「旅順庄稼院賓館」に入りました。
2人いた受付女性とのやりとりで、メモ用紙に漢字を書いてくれたりしましたが、漢字といっても中国語の簡体字なので私には理解できない文字もあり、チェックイン時のその様はチャップリンばりの無声映画のコメディ模様。
結局、スタンダードダブルベッドの1泊128元(\2176)の部屋に2泊することにしました。
デポジットも含め400元の支払い。中国のホテルでは「押金(ヤージン)」といって必ずデポジットを取られます。
狭い部屋ですがエアコンもちゃんと機能(暑がりの私には大事な要素)するので特に問題はない。ミニバー(冷蔵庫)がないのは残念だったけど。 -
ちなみに、最初通された部屋、一度ドアを閉めて開けようとしたところ、固くてなかなか開かなかったので力を込めてドアを押すと、ご覧のようなあり様に。
そのドアのあっけない壊れ方に、思わず笑ってしまいました。
すぐさま身振り手振りで事情を説明して部屋を変えてもらいました。 -
ホテル前の九三路を南に歩くと繁華街の中心広場に出ます。
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中心広場近くの歩道で見かけた郵便ポスト。
中国の郵便ポストは緑色。 -
中心広場の南にある幹線道路の長江路付近から望む「白玉山塔」。
日露戦争終結後に、東郷平八郎と乃木希典が亡くなった日本兵の慰霊のために建てさせた高さ66.8mの塔。
白玉山の南側部分を新市街へと抜ける白玉山隧道のトンネルが見えます。 -
中心広場の裏通りからも「白玉山塔」が見える。
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中心広場のショッピングモールにあるフードコートで昼ご飯。
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おかず2品(15元=\255)とご飯(2元=\34)。
それに500mlの瓶ビール(8元=\136)。
ビールは冷えてないのでコップに氷を入れてくれました。 -
昼食のあと、中心広場近くから3路のバスに乗って(1元)、「旅順日俄監獄旧址博物館」に向かいます。
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中心広場からバスに乗って10数分で到着した「旅順日俄監獄旧址博物館」(旧旅順刑務所)。
日俄とは日本と帝政ロシア(俄)のことで、1902年(明治35年)にロシアが刑務所として建て、その後1906年(明治39年)に日本の支配下になってから増築されたそうです。
入場は無料。入口でセキュリティチェックの装置があり係員もいたけどフリーパス。旅順日露監獄旧跡地博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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広大な敷地にレンガ壁の建物が立ち並ぶ旧旅順刑務所の中を歩く。
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刑務所の部屋。
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1909年10月26日にハルビン駅構内で伊藤博文を暗殺した韓国人の安重根が投獄されていた所。
犯行の5ケ月後にここで死刑執行されている。 -
拷問器具なども展示。
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刑務所の中を見て回ります。
この辺りはロシアが建てたグレーの監獄で、日本が増築した赤レンガ色と区別ができます。 -
日本が建てた赤レンガの監獄の2階部分。
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ロープと階下の木の桶が不気味さを増す、絞首刑室。
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日露戦争関連の品々を展示する建屋。
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日本軍の機雷。
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日露戦争時の「旅順港閉塞作戦」に使用された閉塞船「福井丸」の錨。
福井丸を指揮した広瀬武夫少佐はこの時に戦死し、のちに軍神と崇められた。 -
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日露戦争時の写真。
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旅順要塞の砲台図。
帝政ロシアの旅順艦隊を守るために、旅順港と旅順市街を取り囲むそれぞれの高地に強固な堡塁が築かれ、その堡塁と砲台の数は110ケ所を数え、当時世界最強の旅順要塞を構築していた。
日露戦争の10年前、日清戦争(1894年:明治27年)のおりには、乃木希典の歩兵第一旅団が僅か1日で旅順要塞を陥落させた経緯もあって日露の戦いにおいても乃木の第三軍に指令が下る。
しかし、その10年の間に旅順を租借したロシアによって難攻不落の永久要塞として大きな変貌を遂げていた旅順要塞。
そんなことになっているとはつゆ知らず、乃木希典率いる第三軍は旅順要塞攻略に多大な犠牲を払うことになる。 -
「旅順日俄監獄旧址博物館」を1時間ほど見学したあと、3路のバスに乗って中心広場に戻り、そこからてくてく歩いて旅順駅にやってきました。
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帝政ロシア時代の1903年(明治36年)に開業した旅順駅。
ロシア風の木造建築で、現在の駅舎は2005年に改築されたとのこと。
現在は旅順駅に発着する旅客列車は廃止されたそうです。旅順駅 駅
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旅順駅近くの「白玉山隧道」トンネル入り口に、壁面を飾る戦艦をかたどった金属プレートのオブジェがありました。
さすが中国海軍基地のある旅順口区だけに、こんなところにもちょっとした飾り付けが施されています。 -
夕食は宿の近くの食堂で、10元のチャーハンと5元のビール。
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宿泊している「庄稼院賓館」。
1階にレストラン、2階が個室レストラン、3階が客室になっています。 -
20時頃の中心広場。
この広場にも集団で踊る人たちの姿がありました。 -
中心広場にあるベーカリーショップ。
中国らしい派手なデザインのケーキがいっぱい並び、目を楽しませてくれます。
この店でパンとちょっとしたケーキのようなものを買って食べたけど、なんだか味が大雑把で、日本のような繊細な美味しさは感じられなかったです。 -
中心広場の裏通りには夜になると露店食堂街が出現し、賑わいを見せます。
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翌朝8時過ぎに宿を出て九三路を南に下り、中心広場の前に来ました。
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今回の旅行では「百度地図」が大いに役に立ってくれました。
一人で異国の地を旅していて一番苦労するのが移動に関すること。
なかでも路線バスは、どこを通ってどこに停まるのかわからない、ということが難易度を高くしています。
その路線バスのルートが「百度地図」だと簡単に調べられるのでほんとに便利。
中国語(簡体字)を入力しないといけないのが少し面倒ですが、都市などの地名を入力してその付近の地図を表示させ、地図上で右クリックして起点と終点を指定すれば(あるいは起点と終点の名称を入力)、あっという間にいくつかのルートを表示してくれます。
そして、所要時間や料金(タクシー料金もわかる)、バス停などもわかるので、あらかじめ調べておけば、これなら何とかバス移動も可能になってきます。
もちろん衛星画像やストリートビューも表示でき、グーグルのストリートビューが中国をサポートしていないだけにこれも利用価値があります。
スーパー(超市)やホテル、ATMなどの場所も表示できるのでおおよその見当がついて助かりました。 -
というわけで、中心広場近くから5路のバスに乗って二〇三高地へ向かいます。
運賃はもちろん一律の1元(\17)。 -
乗客も少なく安心して乗れるバス。
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中心広場から約約20分、終点の「石板橋」で下車。
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よく整備されたきれいな道。
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しばらく歩くと「二〇三景区」入り口があり、ここで入場料30元(\510)を払う。
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入場料を払ってしばらく進むと、「中日友好桜花林」のモニュメントがありました。
日本航空とジャルパックなどが協力して、203景区内の広大な敷地に約2,000本の桜を植樹したそうです。 -
朝の9時前、通る車も少ないゆるやかな坂の舗装路をとぼとぼ歩いていく。
のどかなな山あいの風景からは想像もつかない、かつて地獄の戦場と化した二〇三高地への道。
今は樹木に覆われた緑豊かな小山ですが、日露戦争当時は禿山だった二〇三高地。 -
ちょっとしたお土産屋のある駐車場に着きました。
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駐車場付近から左の道へ入ります。
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整備されたゆるやかな坂の山道を登っていく。
もうずいぶん前に夢中になって読んだ歴史小説「坂の上の雲」を思い出します。
国の存亡をかけた戦いで、多くの兵士たちの命が山野に散っていった悲劇の二〇三高地。
鎮魂の思いを胸に抱きながら、静かな木漏れ日の小道を歩いていきました。 -
「石板橋」のバス停から約2.5km、40分ほど歩いて二〇三高地の頂きに到着。
朝の9時を少し回った平日のこの時間、まだ誰もいませんでした。 -
日露戦争後に戦死者を弔って建立された慰霊塔は、乃木希典によって二〇三の当て字として「爾霊山(にれいさん)」と名付けられました。
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爾霊山のそばにある説明板。
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標高203mの爾霊山(203高地)から望む旅順港。
ここから旅順港までは直線距離で約4km。 -
ロシア軍が使用した「ロシア式150ミリメートルカノン砲」も展示されていました。
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爾霊山の記念碑から南西に少し歩いた所にある重砲観測所の方へ来ました。
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二〇三高地の重砲観測所そばに置かれた「二十八糎榴弾砲」。
これは観光用に置かれたレプリカ(複製品)。
はるか向こうに旅順港が見えます。 -
二〇三高地から望む旅順港。
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ここから旅順港までの直線距離は約4kmで、実際は二〇三高地の後方3kmに位置する高崎山に「二十八糎榴弾砲」を設置して、観測所の指示に従い旅順港の旅順艦隊に向けて砲弾を打ち込んだとのこと。
「二十八糎榴弾砲」は、重量10,758kg、最大射程距離は7,800m。
<旅順 203高地>
https://www.youtube.com/watch?v=5EzX0Y2cHnI -
二〇三高地からの帰りは、車道の途中から「中日友好桜花林」に入って、板敷きの階段を下っていきました。
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二〇三高地を後にしてバス停近くまで下ってきました。
いつ来るのかわからないバスを待つ間、ちょうど近くに民家のように見える商店があったので入ってみました。 -
冷蔵ケースに缶ビールがあるのを発見。
330mlの缶ビール(2.5元=\43)を買い、表の椅子に座って一息つきました。
まだ朝の10時半というのに、店の中では地元の男3人がビールを飲んでいました。
彼らも私と同じ道楽もんですかな。 -
ビールを飲んだあと「石板橋」のバス停で20分ほど待ち、5路のバスに乗って新市街にある旅順博物館へと向かいます。
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「文化街站」で5路のバスを降り、新市街を少し歩きました。
今は招待所(中国での安宿)となっている昔の旅順ヤマトホテル。
改築されて外観は当時と違うそうです。
男装の麗人「東洋のマタハリ」と呼ばれた川島芳子は1927年(昭和2年)、20歳の時ににここで挙式したそうです。
その後、3年で離婚。旅順旧大和ホテル 史跡・遺跡
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「旅順博物館」に来ました。
ロシア将校倶楽部の建物を改築して1917年(大正6年)に開館した「満蒙物産館」がその始まりで、青銅器や仏像、陶磁器、書画などの展示を中心に西域仏教文化関連の文物など、中国国内外から集められた6万点以上を収蔵する博物館。
本館と分館があり入場無料。本館には大谷探検隊のコレクションが展示されており、トゥルファンで発掘した木乃伊(ミイラ)も公開されているとのことですが、この時は目にすることができませんでした。旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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旅順博物館の本館に入りました。
入ってすぐのところに、1346年に高麗で鋳造された金剛山長安寺の鐘(祈福鐘)が展示されています。
1906年にある日本の僧侶が持ち出したとされ、北朝鮮が中国に返還要求しているとのこと。 -
2階の陶磁器の展示室。
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いろいろな仏像を展示するコーナー。
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こちらは旅順博物館の分館。
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分館には古代文明や人々の暮らしなどを再現したジオラマのほかに、日露戦争関連の展示もありました。
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日露戦争当時の新聞か何かの挿絵。
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「旅順博物館」の向かいにあるかつての「関東軍司令部」。
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入り口でパスポートを提示して無料で入場。
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関東軍司令部を再現した部屋。
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20世紀初頭からの関東軍の歴史を展示しています。
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愛国教育的側面が強調された表現が続き、日本人には少々気が滅入る展示物。
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博物館などを見学したあと、新市街から5路のバスに乗って中心広場に戻ってきた13時過ぎ、近くの食堂でお昼ご飯にしました。
私の定番である焼き飯を注文しましたが、油っこくベチャついた食感で、中華料理の基本であるチャーハンの味にはほど遠い。
しかも、スプーンではなくてお箸が出てきたのには思わず苦笑い。
お箸でチャーハンを食べるなんて生まれて初めて、まあこれも一つの経験、いい話のネタになる、とそのままいただきましたが、こののちも「お箸でチャーハン」を何度か経験することに。
焼き飯8元(\136)、ビール5元(\85)。
ビールのアルコール度数は2.5%とかなり低い。 -
昼ご飯を終えたあと、中心広場近くの通りからタクシーを拾い、「東鶏冠山北堡塁」と書いた紙を見せて走ってもらいました。
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約10分ほどで「東鶏冠山北堡塁」の入り口にある入場券売り場に着きました。
運賃は13.8元(\235)の明朗会計だったので、15元渡して釣りはいいよということでそのまま降りました。
入場料は25元(\425)。東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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「東鶏冠山北堡塁」の案内掲示板。
ロシアが1900年から4年を費やして海抜119mの東鶏冠山に造った、各所に機関銃などを配備し石材と分厚いコンクリートで覆われた難攻不落の永久要塞。
周囲580mに及ぶ堡塁は深く巨大な堀と高電圧鉄条網で周囲を守られていて、堀に落ちた日本兵を狙い撃ちにする地下道や機関銃掃射のための銃眼も備わっていたそうです。 -
当時、世界一の強固さと装備を誇った永久要塞「東鶏冠山北堡塁」跡を見て回ります。
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右側に外堀の壁が続く。
緑色の砲弾型のゴミ箱が設置されています。 -
外堀の壁面に残る無数の弾痕。
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ロシア軍の指揮部跡。
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ロシア軍の宿舎跡。
2階層になっていたそうです。 -
4ケ月にも及ぶ激戦が繰り広げられ、日露双方に多くの死傷者を出した「東鶏冠山北堡塁」。
壁のあちこちに残る弾痕がその壮絶さを物語っています。 -
ロシア軍のカノン砲。
その向こうには満州戦跡保存会による「東鶏冠山北保一里」と刻まれた戦勝記念碑が建っています。 -
チケット売り場付近に戻ってきて、「望台山砲台」へ向かいます。
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「東鶏冠山北堡塁」の西側、標高185mの高台に据えられたロシア軍の大砲。
「望台山砲台」には2門の大砲が残っています。 -
望台山砲台の後方に旅順港を望む。
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「東鶏冠山北堡塁」からの帰り、大通りに出ても流しのタクシーはまったく通らず、約3kmほど歩いて最寄りのバス停からバスに乗って中心広場へ戻りました。
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夕方頃からたくさんの屋台が出て賑わう中心広場裏手の通りに来ました。
羊の串焼き6本と500mlの瓶ビール。合計で16元(\272)なので、串焼きが1本2元(\34)、ビールが4元(\68)なのでしょう。
しかし、まったく冷えてない常温ビールではどうも喉越しの快感が今ひとつ。 -
5月29日(木)の朝。
大連に戻る前に近くの散歩と白玉山塔の見学をします。
宿の前を走る九三路沿いの歩道やその裏路地辺りには、朝のうちに市が立ち、主に肉や野菜、海鮮類の露店が軒を連ね賑わいを見せています。 -
旅順バスターミナル向かいの路地で賑わいを見せる朝市。
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海が近いだけに、海鮮類もいろいろ並びます。
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肉や野菜、海鮮物などを並べた露店が連なる。
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色鮮やかな野菜が道端に並びます。
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宿泊している宿のすぐ横に白玉山へと続く道があり、ゆるい坂道を上がっていきます。
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交通量もそんなに多くない車道を歩いて白玉山へと向かいます。
左上に白玉山塔が見えます。 -
車道の途中から山道へ入り、石段を上がっていきます。
少し急な斜面ですが、朝の林の中は気持ちがいい。 -
山道を上がってきて、写真右端の小屋の窓口で白玉山景区の入場料20元(\340)を払って入りました。
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港を見下ろす小山、標高130mの白玉山に来ました。
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町のどこからでも見える、旅順のシンボル的存在の白玉山塔。
眼下に旅順港を一望できる見晴らしの良さから観光客も多いそうです。 -
連合艦隊司令長官の東郷平八郎と陸軍第三軍司令官の乃木希典が日本兵の慰霊のために建てさせた高さ66.8mの「白玉山塔」。
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白玉山塔の台座付近から見た北方向。
テレビ塔が建っています。 -
白玉山塔の台座付近から見た南方向の旅順港。
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旅順港を見下ろす位置に置かれた、共産主義のシンボル赤い星(レッドスター)をつけた錨の記念碑。
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白玉山から望む入口の狭い旅順口(港)。
この旅順港はロシア帝国海軍第一太平洋艦隊(旅順艦隊)の拠点となっていた。 -
少し左に目を転じると、正面には黄金山。
ここにも砲台が置かれていた。 -
湾の右の方には老虎尾半島の先端が尻尾のように曲がりくねって延びています。
老虎尾半島にもいくつかの砲台が築かれていた。 -
入場料10元(\170)を払って、白玉山塔の狭いらせん階段を上がりました。
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白玉山塔の展望台から一望する旅順港。
旅順港は東西6km南北2kmの、右の老虎尾半島と左の黄金山に挟まれた奥深い湾で、湾入り口の幅は約300m、しかし大型艦船が航行できる水深の深い水路部分は100mしかないそうです。
日露戦争時、旅順艦隊を湾に封じ込めるために、湾内に船を沈めて航行できないようにする「旅順港閉塞作戦」が決行されましたが、3度試みるも老虎尾と黄金山からの砲撃ですべて失敗に終わりました。
バルチック艦隊到着前に何としてでも旅順艦隊を殲滅させたい日本軍は、「旅順港閉塞作戦」が失敗したあとは旅順要塞攻略を余儀なくされますが、多大な犠牲を払いながらも攻略叶わず、いよいよ二〇三高地奪取へと突き進んでいきます。 -
展望台から望む、西方向の新市街。
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ズームすると、緑色屋根の旅順駅が下に見え、黄河路の左向こうには中国海軍の船。
<旅順 白玉山塔>
https://www.youtube.com/watch?v=VEWD9875JwI -
ミリタリーグッズが多いが、なぜかシャベルも売られているお土産屋。
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旅順港をバックに記念写真を撮る商売も。
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最後に、白玉山塔の北側にある「旅順海軍兵器館」にちょっと寄ってみました。
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適当に軽く見て回ります。
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このあと白玉山を下りて宿をチェックアウト、バスに乗って大連に戻ります。
日露戦争・旅順攻囲戦の歴史に触れた2日間でした。
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