2016/06/04 - 2016/06/04
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kojikojiさん
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母の傘寿のお祝いがありました。いろいろ行きたい所はあったのですが、本人が「昔お父さんと行った川甚にいきたい。」ということで柴又へ行きました。実は東京で産湯をつかりながら柴又へ行くのはこれが初めてでした。行き方もよく分からないので妻にお任せ。お祝いの品もお店の予約も妻にお任せ。弟たちとの待ち合わせもお任せしてしまいました。日暮里で京成に乗り換えるのはスカイライナーに乗って成田へ向かうので知っていますが、弟から「下に降りるんじゃないの?」と言われても「上だよ!」なんて間違っていたり。(帰りの電車で地下にホームがあると初めて知りました。)金町で乗り換えて柴又に無事到着。みんなで記念写真を撮ったり、店先を覗きながら帝釈天へ向かいます。この日は5歳の姪もいるので賑やかです。保育園で覚えたけん玉を店先でみつけるともう動きません。よっぽど欲しかったのでしょうね。一日中遊んでいました。目的の川甚にはお昼調度に到着しましたが、土曜日の昼というのにガラガラでした。席が用意してあったのでビールで乾杯。姪がプレゼンターでおばあちゃんにお祝いを渡して楽しい時間を過ごしました。正直川魚は苦手なのですが、鯉の洗いは美味しかったです。鯉こくは…。食後は矢切の渡し。川船は手漕ぎかと思いましたがエンジン付きなんですね。渡った先の竹藪で筍を見つけた姪が急に歌を唄いだしてビックリ。ネットで調べてみると「たけのこ芽だした」というわらべ歌でした。5歳の子供に教わることばかりです。この子を初めて見た時に母方の祖母にそっくりの眼をしていると思ったのですが、今でも生まれ変わりではないだろうかと思っています。帰りに寄った御徒町の寿司幸のカウンターに座って、「エビとイクラ。」なんて注文している姿も堂に入っていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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生まれて初めて柴又へ。
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駅前には花菖蒲の鉢植えが並んでいました。来たことは無いけど堀切菖蒲園もこっち方面なのは知っていました。
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もっと大きな駅を想像していましたが、昔の西武池袋線の豊島園駅を思い出しました。
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駅前にはとらさんの銅像が。振り向いて何を想うのか…。
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北海道から弟も帰って来て、7人で楽しい一日を過ごします。
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そう言えば以前行った岡山の備中高梁もとらさんのロケ地だったなと思い出しました。旅行でいうと40過ぎまでフーテンだったけど、60過ぎたらまたフーテンにもどりたいなとも思います。
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花菖蒲があまりに綺麗です。駅前でもらった地図で堀切菖蒲園行の巡回バスがあるのを知りました。
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あまり細かい予定もないので堀切菖蒲園に寄って、上野まで出て晩御飯を食べて帰ることにします。妻の頭の中にはこの時点で御徒町の「寿司幸」のねぎとろが浮かんでいたと思います。
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5歳児もひらがなカタカナは読めるようになりました。この日駅前でもらった地図が読めるので大喜び。
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ネットの評判が高かった川千屋さんがありました。川魚ではなくて鰻だけで良かったのですが…。母の希望には逆らえません。
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空いている参道でしたが3〜40分かかってしまいました。
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帝釈天に到着です。正しくは経栄山題経寺といい日蓮宗のお寺だそうです。
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鼻鼻の彫刻が見事なので家に帰ってから調べてみると、「二天門」は江戸期建築の最後の名匠といわれた坂田留吉という棟梁によって造られたそうです。
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母屋造瓦葺の楼門(2階建て門)で、屋根の唐破風と千鳥破風が見事です。柱の貫などの浮き彫り彫刻も素晴らしく、門の左右には四天王のうち増長天と広目天の二天を安置しているので二天門と呼ばれるそうです。
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瑞龍の松の枝ぶりも見事です。月初めに行った中国の九寨溝では湖に沈む臥龍や名前の通りの黄龍を観た後は瑞龍という訳です。
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昭和30年に完成した総ケヤキ造りの鐘楼。鐘楼堂建築としては、関東では比べるものが無いほどの造りで、寅さんの映画では寺男源吉(愛称:源公)が夕日を背景に撞かれていた「鐘」はこれのことですね。
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「帝釈天で産湯を使い・・・、姓は車、名は寅次郎」
寛永年間(1624〜1644年)に題経院日栄上人がこの地を巡錫されていた時、一本の松の根方より霊水が湧くのを見て、一庵を創建したのが題経寺の開基と伝えられているそうです。
その霊水は現在も湧き出していて、福徳や延命や無病息災の霊験があるといわれるそうです。5歳児には福徳、母には延命と無病息災をお願いします。 -
柴又帝釈天の現在の本堂も坂田留吉により全てケヤキで造られたそうです。手前の拝殿と奥の内殿から構成され、共に入母屋造瓦葺で、拝殿屋根には唐破風と大ぶりの千鳥破風が印象に残ります。お寺でもしめ縄を掲げるのですね。
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木鼻とは「木の先端」という意味の「木端(きばな)」が転じて「木鼻」に書き換えられた
もので、頭貫などの水平材(横木)が柱から突き出した部分に施された彫刻などの装
飾をいいます。帝釈天では見事な獅子の彫刻が彫られていました。これだけでもここをお参りした甲斐がありました。 -
本当は本殿の中に素晴らしい彫刻があるという事ですが、他の家族が興味を示さないので観に行くことが出来ませんでした。アンコールワットの回廊やボロブドゥールの全てのレリーフを写真に撮った者としては心残りですが、また次回の楽しみにします。
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姪に「10数える間にあのお堂まで行って帰ってこれる?」と言うと…。
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すごいスピードで走って行っちゃいました。「もう1回!」「もう1回!」と5回は走ったでしょうか。
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最後はパパも一緒に走りました。お寺の境内で遊ぶなんて何十年振りでしょうか?最後に遊んだのはたぶん清水寺で、ひと夏セミやカブトムシやクワガタを採りに行ったり、夜中に音羽の滝に水浴びに行ったときでしょうか。昔は夜中にお寺に入れた良い時代でした。
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おみくじをやりたがって、出たのが37番。抽斗が高すぎたのでママにだっこです。保育園での子供同士の人間関係も複雑のようですからおみくじにも頼りたくなるのでしょうか?
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我が家は一粒符(いちりゅうふ)を買いました。
江戸を中心に大疫病が流行(天明の大疫癘(えきれい))した際に、日敬上人が諸人救済のため一粒符を病人に施与し、妙符を戴いた者が不思議に本復したと今日に伝わり、その霊験は著しく、幾多の人々が救われているのです。とのこと。
効能よりも高田郁さんの時代小説「花散らしの雨―みをつくし料理帖 」の「一粒符 なめらか葛饅頭」を思い出します。 -
二天門の欄間彫刻。どうも鬼とか地獄とかのモチーフに魅かれてしまいます。
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バンコクの王宮内のワット・プラケオの壁画に似ています。もっともあちらはラーマヤーナ叙事詩の物語ですが。
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境内を抜けて川甚にも行けたようですが、この時は知らずに境内を後にします。
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記念写真。妻は中心でありながら顔を小さく見せる技を体得したようです。
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お昼ちょうどに川甚に到着しました。つつじが満開でした。
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席は新館の1階でした。本館は「はとバス」などの団体さんの席のようです。
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姪からお誕生日のお祝いの品とお手紙が渡されました。長男夫婦ががんばっても孫には敵いません。
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さあ食事にしましょう。ビールで乾杯して、最初はゴマ豆腐。
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小鉢は山芋とろろに卵黄と赤貝。
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鯉の洗いを一口食べていろいろな事が思い出されました。30年くらい前に軽井沢へ向かう途中の碓氷峠近くで「焼き鮎」ののぼりに魅かれて入った店で食べた洗いの美味しさが蘇えってきました。弟たちは子供の頃家族で行った共同通信の谷川保養所で食べた洗いを思い出したようです。言われてみれば食べたような…。元々あまり好きではないので記憶が曖昧です。
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鯉こくがふつふつ煮えてきて出来上がり。味噌味はいいのだけれど、鯉の身はあまり食べませんでした。やっぱり苦手です。
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コースではミニうな丼ですが、1,000円追加するとうな重に変わります。
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水菓子はどれも甘くておいしかったです。
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「喜びの琴事件」は劇団文学座により公演が予定されていた三島由紀夫の戯曲「喜びの琴」が、劇団内での思想上の行き違いを理由に公演中止となりました。それをきっかけに同劇団の幹部や中堅座員が1963年(昭和38年)12月に集団脱退した事件です。この事件で三島由紀夫と杉村春子らは決別するわけですからその4年前の良い時期に来られたのでしょう。色紙一枚でそんなことを思いました。
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食事の後は荒川の土手に出てみます。弟たちよ母さん置いてきぼりだよ。
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保育園で交代でしか使えなかったけん玉が我が物になってご満悦です。よく見ると協会認定品のシールが貼ってありました。
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矢切の渡し〜♪母と下の弟は乗りませんでした。母は何度も乗っているから、弟は舟に酔うと嫌だからみたいです。
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手漕ぎ舟だと思っていましたがエンジン付きの川舟だったのですね。まあ一日に何度も往復するので手漕ぎでは大変ですね。
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対岸は千葉県です。
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河岸の砂地は竹藪になっていて、砂から筍が頭を出していました。
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すると姪が急に歌を謡いだしました。義妹も初めて聞いた歌だったようです。もちろんおじちゃんもおばちゃんも知りません。保育園で教わったと言っています。帰ってからネットで調べてみると「たけのこ芽出した」というわらべ歌でした。
♪たけのこ めだした はなさきゃひらいた はさみでちょんぎるぞ えっさ、えっさ、えっさっさ♪残酷な歌詞です。 -
「えっさ、えっさ、えっさっさ」で最後はじゃんけんするそうです。50歳半ばにして5歳の子に物を教わるとは思いませんでした。
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さあ、おばあちゃんとパパが待ってるから帰りましょう。
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我々夫婦にとても懐いてくれるので可愛くて仕方ありません。
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ほんの数分ですがのどかな舟旅を楽しみました。
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船着き場の姿は昔と変わらないのでしょうね。
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姪「パパ、だっこ。」弟「パパ、腰が痛いから抱っこできない。」姪「そこを頑張って子供を育てるのが親の役目でしょう!」・・・、どこでそんな言葉覚えてくるのでしょう。使い方間違えていないし。
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帝釈天の参道に戻って草団子を買いました。どこの店が良いか品定めして、草餅の色がおいしそうだった大和屋さん。
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我が家は粒あん、母は漉しあん。
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まだ時間が早いので巡回バスに乗って堀切菖蒲園に行くことにしました。約30分のバスの旅。途中どこにも停まりませんが、結構時間がかかります。
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堀切菖蒲園到着。こんな高架道路の脇のマンションに囲まれたようなところにあるとは知りませんでした。そしてもっと広大な敷地だと勝手に思っていたのですが違いました。
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でも、花菖蒲の種類は江戸の昔から言われるように数多くありました。
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素人には見分けがつかない違いがあるのでしょうが、3株同じようで名前が違う物がありました。
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花菖蒲のことは考えていませんでしたが、6月の第1週は花の見頃ではありました。
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昔は家族で明治神宮の花菖蒲を観に行ったことを思い出しました。
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明治神宮の花菖蒲より種類も多くて花だけで考えればこちらの方が素晴らしいですが、雰囲気は明治神宮の方が良いです。
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菖蒲園から最寄りの京成の駅まではアジサイがきれいでした。
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アジサイも花の盛りでした。
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7人もいるとそれぞれのペースで歩いて、写真を撮るのでなかなか先に進みません。
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アジサイもいろいろな種類があるようです。
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このアジサイが個人的に気に入りました。
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京成上野まで出てアメ横を散歩します。二木の菓子でお菓子を買って、寿司屋横町の「寿司幸」に入ります。おとな6人の椅子と椅子の間に腰かけて、いっちょ前に「海老とイクラお願いします。」とカウンター越しに注文して、名物のネギトロを乗りに巻いて10個食べていました。楽しい一日はあっという間に終わってしまいました。
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