2016/06/01 - 2016/06/02
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十三の白髭さん
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境港編・船中編と続いたチャリ旅も最終目的地へ
生まれてから小学校4年までしか済んでいた故郷、その間3度しか帰郷していません
その度に、変わりつつ行く村
住民の顔を見ても何処の誰か分からない、親戚の人に逢っても「あんた誰ですか?」と言われ
「童話の浦島太郎」の気分でした・・・・・・・・・・
記憶にある所だけチャリで見てきました
「最後の西郷かな?」
表紙 西郷湾の朝
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
-
フェリーが岸壁に接岸し下船する
隠岐汽船2階待合室(隠岐観光協会) -
郷土のスター「隠岐の海関」
もう少し頑張り、上を目指してほしいな〜 -
隠岐プラザホテル
今回一泊するホテルです
西郷町で一番目立つ建物です隠岐プラザホテル 宿・ホテル
-
予約を入れていたので
部屋に荷物を置いて、1時間ほど散歩に行きます -
隠岐プラザホテル ロビー -
部屋は801号
西郷湾が眼下に見え展望は最高です -
洗面所も清潔 まーあ まーあ ですな〜 -
西郷湾・八尾川
下に見える橋、島を出る時は有りませんでした -
外はまだ明るいのでチャリで一回りします
村の入口付近、
昔はこの道が本道でした、また通学路にも -
名田地区
県道と合流 -
八尾橋も新しくなり
明日が楽しみです -
八尾橋の袂にかっぱの像が?
-
八尾橋
左 隠岐国分寺方面 直進すれば「有木村地区」
此処でUターンします -
隠岐の島合同庁舎の場所は溜池と田んぼだけでした
子供頃は道も橋もありませんでした -
本日は此処までに
明日一番に走るで〜 -
漁火と灯台 -
隠岐プラザホテルと手前は天神さん
夏祭りの時、従兄弟と遊びに来たな〜 -
天神橋の上から上流の「愛の橋」
昔は八尾川には3本、橋が架かっていましたが
現在は5本です -
隠岐騒動の碑
明治二年の春から夏にかけて廃仏毀釈がなされ
神仏分離おこりである廃仏毀釈の運動、新政府の方針沿って特定の地域
特殊な社会的条件によって発生した
隠岐の廃仏は隠岐騒動に引き続いて、揮然一体の社会運動として民衆の
運動として極めて極端な形でおこなわれる
全島凡そ1000余りの寺院迫害は目に余るものがあり
伽藍・仏像・仏具・寺宝などの棄毀焼失はもとより寺院財産没収などに及
んだ。そのために僧侶の生活と困窮は言語絶し帰俗逃亡もあり
跡形も無く廃滅するに至る -
本通です
-
船着場の横に親戚叔母さんが魚介類・弁当など生産者として
製品を納入しています
隠岐の岩牡蠣を持って行くかと言われたが「荷物になると」
断りました「実は牡蠣を食べれません」
アワビ・サザエなら食べれますがね〜 -
午後12:00発のフェリー
午後3:00発より七類に着くのが遅い、途中2時間ほど停止するそうです -
西郷湾に朝日が射す時間ですが
ちょと雲が邪魔ですね〜 -
もう一枚フェリーを入れて
-
海に面して鬼太郎・ねずみ男像
隠岐の島まで延長ですか -
フェリー しらしま
昔の発着時は賑やかでしたが
今はシーズンオフなので寂しい風景でした -
昔、本通り 今、裏通り
時の流れですね〜
小学校の行って見ます -
西郷小学校 校舎も移動して変わっていました「ガクッ」
島の高台に在ります -
プールの傍にお墓が移転してる
運動場の周りは金網の柵で囲われているし
昔の校舎も壊され、周囲には桜の木が植えられていたのにそれも無し
ウロウロしてたら不審者と間違われるし
当時の校舎の写真が無いですかと聞いたら、校長が来ていないので
聞かなきゃ分からないとのこと 「残念です」 -
お爺さん・父の墓参りして
昔はこの場所に病院がありました -
戦没者の慰霊碑
これだけは移動していなかった -
隠岐の島運動公園
祭・イベントなどに使われています
昔、ここら一帯が島民のお墓でした
-
運動公園 -
実家のある場所へGO〜 -
「喫茶・茶茶」開いていたので休憩、コーヒーが美味しかったです
隠岐車両の向かいです
会話を少したら、なっなっ何と大阪出身だそうです
近くを通る事があれば寄って下さい -
隠岐のいぐり凧 ご主人の手作りだそうです
絵も自分で書いています
いぐり凧の起源
隠岐のいぐり凧の起源は定かでないが、伝承されている凧とよく
似た武者凧が島根県松江市にあり、製作時期が江戸時代の天保年
間のものであるところから
隠岐のいぐり凧の起源も1830年代ぐらいまで溯るのではな
いかとされている
-
隠岐では、その年の吉凶を占う為に
凧が揚げられる様になったと言われている
凧が揚げられた後は、凧を神社・寺の天井に魔除けとして吊るして
置く事があった -
隠岐のいぐり凧
島根県隠岐郡に伝わる凧
凧の特徴は凧の周囲に10のえぐられた耳がある事から「えぐり」
の発音が「いぐり」と転じて「いぐり凧」称される様になり
凧の周囲のえぐられた部分の形状と凧の裏面の弓状に張られた籐
から響き渡る「ブーンブン」音が唸る(太いゴムも代用として
も)
現在の風習としては、新築・新造船・子の誕生など祝い事の
「祝い凧」として作成される事が多い -
隠岐の島では、毎年4月に「隠岐いぐり凧祭」が開催される
前年に生まれた赤ちゃんの名前を書き入れた
「祝い凧」揚げられるなど、隠岐の春の風物詩となっている
会場は隠岐運動公園です
1998年1月 島根県隠岐郡隠岐の島町
無形民族文化財に指定される
絵も鬼・天狗・武者・ひよっとこなど色々 -
いぐり凧の骨組み
大きいのは畳12畳〜15畳程の大きな凧が作られるそうです
現在も移動時の解体組み立てが容易な構造の凧もあるそうです
明治の頃は「続き凧」といい、分解して製作、揚げる時に
屋外で組みあわせる凧が存在したことも -
私の実家(2代目)
今は他人が住んでいます -
私はここで暮らした事は無いです
-
親戚の叔父さん
もうろくしているのか挨拶しましたが
「あんた 誰、何処から来た」忘れられていました
ムカッイたので「有木村(あらき)」何処と聞いた
「あっち」指を指すだけでした -
八尾川を跨いで鯉幟が
風が無いので元気がありません -
有木川
この辺も変わっていませんでした -
有木村の奥
此処だけは当時の面影が残っていました -
八尾橋まで戻り
隠岐国分寺へ移動します -
池田地区
この先の信号を右折すれば国分寺です -
遠くに見える山は城山
変わりありませんね〜 -
隠岐国分寺に到着 太平記ゆかりの地
国指定史跡
聖武天皇勅願所
後醍醐天皇行在所 -
隠岐の島に配流された天皇
左が後鳥羽天皇、天皇は西ノ島・黒木御所で崩御する
右が二度も配流された、後醍醐天皇
天皇は親王・伯耆の大名・地元民の助けで島を脱出し
再度鎌倉幕府討伐を試みる
吉野山に逃げ南朝を起こし、南北朝時代に入り
都に帰る事無く、吉野で崩御する -
人皇45代聖武天皇の御代
今から凡そ千二百年余り、全国六十八ヶ寺の国分寺と国分尼寺の
建立を命じられ
隠岐国分寺も、出雲・石見両国分寺と並び聖武天皇勅願所として
建立された
島内第一の伽藍で金堂・三重塔・四天王寺・大門・中門
山王二十一社の鎮守、大乗坊・大楽坊・大蔵坊・岸本坊など
山麓一帯に七堂伽藍が建てられ、荘厳をきわめた -
中門
手前左に拝観受付があります -
本堂
平成7年 不審火により焼失し
文化財多数も焼失する
隠岐国分寺に伝わる「蓮華会舞」 国指定重要無形民俗文化財
面・衣装なども焼失 -
再建に関わったのが「金剛組」
大阪・天王寺区に本社あり
全国の寺社の改修など手がけています -
-
-
演舞場 -
演舞場内部 -
地蔵堂 -
隠岐に於ける後醍醐天皇行在所
倒幕を試み、一年余りで隠岐を脱出
「増鏡」;海づらより少し入りたる国分寺という寺をよろしき様に
とり払いておわしまし所に定;
-
お地蔵さん -
-
後醍醐天皇尊像を祀る「王城鎮守社」
何より驚いたのは、左右に立つ石燈籠でした
寄進者の名前です -
私の祖先の名前が彫ってあり、驚きました
住職さんに聞いた所、創建当時は国分僧寺と言う寺で
当時からの檀家だったそうです
また、父の兄は提灯作りの職人で、毎年提灯を納めていたそうで
名前を言うと覚えていてくれました
驚きの連続です -
境内には皇族・常陸宮殿下 お手植えの松ありました
皇族お成り経緯
皇太子殿下山陰行敬・待従長参代(大正6年7/8)
常陸宮殿下・皇太子殿下(現天皇)・高松宮殿下
三笠宮殿下・浩宮徳仁殿下(現皇太子)
-
本堂と城山 -
-
お手水舎
最初は軽い気持ち参拝しましたが
住職との会話で霊験改めてお参りしてきました
此処では書けない話もあり
先祖様の有難みが解りました -
拝礼して国分寺を後にします -
これで終わります
まだまだ続きます
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この旅行記へのコメント (5)
-
- まつじゅんさん 2016/06/09 15:50:26
- 「故郷は心の中の想い」ですよね
- 十三の白髭さん
隠岐の島に戻られたとのこと、変貌ぶりには驚かれたようですが、故郷というものは、人格形成の礎という人もおられるくらい、人生において大きいものらしいです。
なにより、離れたところにある故郷は、離れてこそ解る事や時間軸や身体の成長による大きさの変化等々、驚きや反面失望の場所なのでしょうね。
私の故郷と呼べる場所が何処なのか解りませんが、おぼろげな記憶の中で訪れた小学校の同窓会での奈良や、小さいときに住んでいたという大阪で、懐かしくもあり、こんなだったかなと想う感情を抱ける場所と言うことでしょうか。
旅行で訪れた場所の感情とは全く違うと想える場所があるだけ、幸せだと思います。
地元の方が詳しく隠岐の島を巡ってこられた記事です。
http://hisagon.blog3.fc2.com/
こうしてみると隠岐の島って、本当に素敵な場所ですね。
matujyunn
- 十三の白髭さん からの返信 2016/06/10 16:53:56
- RE: 「故郷は遠くに・・・・・・・」
- > 十三の白髭さん
>
> 隠岐の島に戻られたとのこと、変貌ぶりには驚かれたようですが、故郷というものは、人格形成の礎という人もおられるくらい、人生において大きいものらしいです。
>
> なにより、離れたところにある故郷は、離れてこそ解る事や時間軸や身体の成長による大きさの変化等々、驚きや反面失望の場所なのでしょうね。
>
> 私の故郷と呼べる場所が何処なのか解りませんが、おぼろげな記憶の中で訪れた小学校の同窓会での奈良や、小さいときに住んでいたという大阪で、懐かしくもあり、こんなだったかなと想う感情を抱ける場所と言うことでしょうか。
> 旅行で訪れた場所の感情とは全く違うと想える場所があるだけ、幸せだと思います。
>
> 地元の方が詳しく隠岐の島を巡ってこられた記事です。
> http://hisagon.blog3.fc2.com/
>
> こうしてみると隠岐の島って、本当に素敵な場所ですね。
>
> matujyunn
matujyunnさん
返事が遅れて・・・・・
故郷は変貌していても故郷です
岡山で行く先、変更してよかったです。
今回は観光でなく、子供の頃遊んだ山・川・寺・海岸線の風景や、
入学式から4年間いた小学校の校舎が記憶に残っていたので訪れましたが
取り壊して、新校舎になって居たのが残念でした
チャリで走れた事が嬉しかったです。
訪問&投票・書き込み だんだん
それでは また
十三の白髭
-
- 前日光さん 2016/06/08 19:58:06
- ふるさとは遠きにありて。。。
- 十三の白鬚さん、こんばんは。
自分の旅行記作成に時間がかかって、ご訪問が遅くなってしまいました!
故郷のご親戚の方は白鬚さんを覚えていなかったようですが、お寺では新たな発見、先祖への尊敬と感謝の念も高まったのではないでしょうか?
ふるさとというものは不思議なもので、住んでいる間は、こんな田舎!なんて思いつつ、いつか抜け出してやる!などとあがくものですが、離れてしまうと妙に懐かしいものですよね。
私も栃木県の片田舎に育ち、コンプレックスの源が故郷だったりします。
しかし時々訪れてみると、年々懐かしい慕わしい所となっていて、不思議なものですね。
久しぶりの故郷隠岐の島、これが最後などと言わずに、また度々訪れてみては如何でしょうか?
前日光
- 十三の白髭さん からの返信 2016/06/08 20:24:05
- RE: 懐かしい故郷・・・・・・・・・
- > 十三の白鬚さん、こんばんは。
>
> 自分の旅行記作成に時間がかかって、ご訪問が遅くなってしまいました!
>
> 故郷のご親戚の方は白鬚さんを覚えていなかったようですが、お寺では新たな発見、先祖への尊敬と感謝の念も高まったのではないでしょうか?
>
> ふるさとというものは不思議なもので、住んでいる間は、こんな田舎!なんて思いつつ、いつか抜け出してやる!などとあがくものですが、離れてしまうと妙に懐かしいものですよね。
>
> 私も栃木県の片田舎に育ち、コンプレックスの源が故郷だったりします。
> しかし時々訪れてみると、年々懐かしい慕わしい所となっていて、不思議なものですね。
>
> 久しぶりの故郷隠岐の島、これが最後などと言わずに、また度々訪れてみては如何でしょうか?
>
>
> 前日光
今晩は、嬉しい言葉有難う御座います。
母方の従兄弟は覚えていました、逢えて嬉しかったです。
本家・分家は複雑な関係で行きませんでしたが。
今度の里帰りは・・・・・・・
私も歳ですから、帰ることは考えていません。
旅行記最期まで観ていただき有難うございます。
ならコミニュで一度、お会い出来たらね〜
書き込み だんだん
十三の白髭
-
- のんき茂野さん 2016/06/06 11:19:34
- おはようございます
- 今日も心地の良い天気ですねぇ〜
ある意味、古里の侘しさもわかった気がします。
なれど・・・叔父様を擁護する気はなけれど、
先輩からみれば叔父様は1人・・・だから記憶も残り
ますが、相手から見れば甥など3親等くらいになると多くの
人がいて、毎日の様に交流があれば別でしょうが
記憶が薄れても致し方のないところ、気を取り直して
あげてくださいなぁ〜
http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/44/05/18/src_44051808.jpg?1465143481
良かったですね〜
ご先祖様ルーツをたどれて、お寺の過去帖といえど
後醍醐天皇の親政から南北朝となり統一されて室町、安土桃山から
江戸、そして維新から戦後と時代の移り変わりや時代に合わせて
苗字も桂小五郎が木戸に変名されることもあり、その上に
その都度政権を握った者の都合よき過去の書き換えがありますから、
そうたやすくはたどれませんから・・・
その点、石灯籠の寄進者の彫刻や古い墓碑名などは
わかりやすいですよね〜
急遽予定を変更されて古里に戻られたのは何かの導きだったの
かも・・・?
のんき茂野がお世話になっている素敵なメンバー
『ホーミンさん』の隠岐の島編とお宿や散策地など重なるところも
多くありますが見る角度の違いで、より鮮明に理解できて
楽しかったです。
西郷の西郷ではなく、最高の古里探訪として、
またの機会をつくって紹介してください。
古里は遠くにありて・・・ではなく遠くにありて近いもの・・・
羨ましい限りです。のんき茂野の古里は何時も傍にありて
ありがたいもの・・・です!
播州姫路 のんき茂野
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