2016/05/22 - 2016/05/23
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Kオジサンさん
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昨年の2月にも、同じようにこの場所に泊まりました。
その時、翌日は高山へ向かいました。
それで、今回。第2日目は飛騨古川に向かいます。
飛騨古川へ行くのに、急がないので、普通列車で向かいます。
感想
高山線を使って下呂温泉。そして飛騨古川への旅でした。
古川には僅かな時間しか、居ることができませんでした。過去に古川に訪れた事が有りましたが、まつり会館に入館したのは初めてです。ここでも飛騨絵馬が描かれているのを初めて知りました。絵馬作家と言葉を交わしましたが、良い思い出となりました。
自分へのお土産で、蒲酒造場の酒と渡辺酒造場のお酒を買ってきました。呑み比べが出来ます。
飛騨市と言うと、池ケ原湿原があります。この湿原に行った事が有ります。また、天生湿原へも出かけた事が有ります。この地方は好い山も多く、魅力的な土地です。
同じ岐阜県でありながら、飛騨は遠い場所です。
今回の古川散策は駆け足で廻りました。飛騨古川を旅し、楽しむ事が出来ました。またの機会にも出かけたいです。
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
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朝、下呂駅で買った乗車券。
今日は飛騨古川へ向かいます。 -
下呂駅の駅舎内です。
名古屋行きのひだ4号が停車しています。
もう、間も無く発車です。 -
下呂駅の駅舎の中にこんな表示がして有りました。
「下呂駅今昔物語」と言うタイトルを付けて、下呂駅に纏わる事柄が貼られていました。
これを見ると、高山線の歴史がわかります。
右側の下呂駅開業ですが、線路の建設が南から進んできたのが判ります。
その下に写真を表示していますが、当時は列車が来るということで、凄い盛り上がりが成ったのでしよう。それこそ、汽車が来るということで近郷近在から汽車を見に来たのでしょう。
左側。富山から建設が進んできた飛越線。神岡町や数川高原を避けて宮川沿いになされた鉄道建設です。
トンネルが多く相当、難工事だったのでしよう。
昭和9年10月25日。高山線全通と有りました。
当時、飛騨の人にとって高山線が全通する事が悲願でした。そんな鉄道が完成しました。喜びは大きなものが有ったと想像しします。
その高山線が完成して80年余りが経ちました。
山間部は通常レールですが、直線部はロングレールに代わっています。枕木もPC枕木になっています。そして無煙化。あの頃からは隔絶の感があります。 -
名古屋行きが発車しました。
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8:54
普通列車の飛騨古川行きが入線してきました。 -
普通列車の車内。
高校生の通学時間帯が過ぎで、空席が有る車内になっています。 -
下呂駅をスタートした列車です。
列車は、直ぐに益田川を渡ります。
昨日、下呂大橋から見たのと、同じシーンです。
運転席の前方に益田川の鉄橋が見えます。
右側は渡っている益田川です。
この川の呼び方は、益田川が正しいようです。
飛騨川だと思っていました。
かつては益田郡。今は下呂市となりました。益田郡を流れていて益田川、同じ川が途中から飛騨川と言う呼び方に変わります。岐阜県人でも知りませんでした。 -
列車の車窓から。
間も無く、禅昌寺駅です。
益田川を渡り、国道41号線を越えます。
国道を走る車が少ないです。
東海北陸自動車道ができて走る車が減ってしまいました。 -
道の駅
飛騨街道なぎさが見えます。 -
列車の車窓から。
41号を走るクラブツーリズムのバスが見えます。
この時間に、ここを走っているのなら、昨日は下呂温泉に泊まったのでしょう。
東海北陸自動車道が出来て、下呂温泉に訪れる観光客が減ってしまいました。 -
カーブした益田川の鉄橋を渡ります。
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9:43
列車が久々野駅に停まりました。
特急列車の通過を待ちます。 -
9:53 9:52
左は下りの特急。ひだ7号です。
右は登りの特急で、ひだ6号が入線してきます。 -
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9:54
普通列車の後から来た、ひだ7号が追い抜いていきます。 -
9:59
特急列車が通過しても、直ぐには信号が変わりませんでした。
信号が青に変わり、発車します。
時刻表には9時41分に着いて、56分の発車となっています。で、20分近い停車時間が有りました。 -
目で見て、勾配が有る事が判る線路を登ります。
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宮峠のトンネルに入ります。
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宮峠のトンネルに入ります。
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列車がトンネルを出まして、前方に田園風景が広がります。
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列車の車窓から。
勾配を下って行きます。
右側には田植えの終わった田が見えます。 -
列車の車窓から。
勾配を下って行きます。
右側には田植えの終わった田が見えます。
特急列車の車窓からでも鯉のぼりが見えるかも知れません。
でも、普通列車なら、じっくり眺める事が出来ます。 -
宮峠を過ぎて川の流れが逆になりました。
分水嶺を過ぎて、日本海へ注ぐようになりました。 -
飛騨古川駅が見えてきました。
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まもなく、飛騨古川駅に着きます。
私たちは下呂から乗車しましたが、この列車は6時53分に岐阜駅を発車した列車です。
3時間半以上と成る長い距離を走ってきました。
お疲れ様でした。 -
10:39
飛騨古川駅のプラットホームです。 -
列車から下車した外国人。
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飛騨古川の街を散策
飛騨市の作成した古川の中心部の地図です。
これから古川の街を散策します。 -
飛騨古川駅です。
駅前は人が少なく、閑散とした感じです。
これから荷をロッカーに預け、街に出ます。 -
駅前に設置してあった古川町の案内図。
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古川の街を歩き始めました。
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古川まつり会館の表。
池で鯉を飼育しています。
人を見かけるエサが貰えると思って、寄ってきます。 -
起し太鼓の里の説明。
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古川まつり会館です。
これから入館します。 -
館の内部は広く、まつり屋台が展示して有ります。
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屋台で所作をするのと同じからくり人形。
アッという瞬間の所作。
一瞬の所作で面を被りました。 -
古川まつりを3Dで紹介するホール。
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3D画像ですので、画像がボケて撮れます。
夜の祭り。
そして昼祭りです。 -
ホールの内部。
まつり屋台を展示換えしたりすると、係りの人が説明してくれました。
屋台を入れるためターンテーブルが備わっていますが、屋台を入れる時は相当な労力だろうと想像しました。 -
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越し太鼓を小さい人形で表現しています。
大きな越し太鼓にに向かって、つけ太鼓が突進する。ソレを防ごうとする人々。
荒々しい男のまつりが繰り広げられます。 -
ヒモを引くと人形が動きます。
操作を試してみました。 -
飛騨絵馬を描く山口さん。
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こちらは絵馬の絵を描く女性です。
ウチの隣の日下部さんは高山の出身です。玄関に家に走りこむ馬の絵が飾って有ります。高山の絵馬は知っていましたが、古川の絵馬は知りませんでした。
高山まつりは有名ですが、古川まつりは余り、知られていません。高山の絵馬はニュースで取上げられていました。2,000円3,000円を二千両三千両と言って商いをやっていました。
祭りも絵馬も高山の影に隠れてしまっています。 -
帰宅してから、玄関にカミさんの伊勢型紙に並べて飛騨絵馬を掲げました。
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買って来た飛騨絵馬。
額縁に入れました。
我が家で、外から運が舞い込んでくると良いですね〜。
宝くじでも買って見ますか。
会館内で飛騨絵馬を描いていた作家を紹介します。
山口綏星さん。スイセイと詠むのだと思います。幼い頃から絵と星に興味を持ち色々の活動を続けてきたと有ります。ご自身で手づくり天文台を作るなど星にも深い造詣を持っておられます。
この絵馬を買い求める当たって思い浮かんだのは日本人の馬に寄せる思いです。モンゴル人は騎馬民族で馬とかかわりが有りますが、日本人は別の面で馬に対する思い入れがあります。
岩手県の家屋に南部曲屋と言う馬と一緒に寝起きする家屋があります。それにもうすぐ始まる、滝沢村のチャグチャグ馬っ子。滝沢村は滝沢市に変わって居ます。そして相馬の野馬追い。各地で行われる流鏑馬。
馬を飼う所が少なくなってきましたが、日本人の、馬に寄せる気持ちは長く続いています -
まつり会館から外に出ました。
まつりの太鼓の蔵です。
男性が太鼓を叩くと「ドン」と大きな音がしました。
みんながその音にビックリしました。 -
古川の街を散策します。
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蒲酒造場。
杉玉が下がっています。 -
街を散策していて無人販売所を見かけました。
この時は無人でなく、人が居ました。
並ぶ品々。
ここで、朴葉を買いました。
10枚入って100円でした。
持って帰り、朴葉寿司を作ろうと思ったのです。 -
自宅で、カミさんに朴葉寿司を作って貰いました。
朴葉の香が寿司に移り、美味しかったです。 -
瀬戸川沿いを散策
瀬戸川です。
瀬戸川の横を散策します。 -
落ち着いた雰囲気がします。
クラブツーリズムのワッペンを付けた人の団体が来ました。何処から来たのか聞きましたら関東方面からでして、1泊だけの旅行だと話しました。松本から安房トンネル通ってくると簡単に来れます。
古川なら混雑する高山より、落ち着いた雰囲気が楽しめます。 -
瀬戸川で泳ぐ鯉たち。
ここの鯉は毎年、冬を迎える前に池に移されます。
そのようなシーンがテレビのニュースで流れます。
冬を迎えるのに鯉を池へ移送する。
そんな行為も冬を迎える古川の風物詩だと言えるでしょう。 -
瀬戸川と柳。
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外国人が休んでいます。
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このシーン。
ここからの風景が良く、ポスターにも使われるスポットです。
雪の中の三寺参りの時。
この場所が良く使われる場所で、若い女性たちがロウソクに向かって手を合せます。 -
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飛騨ともえホテル
お昼の時間であり、昼食とします。
駅前の宿。
飛騨ともえホテルに入ります。 -
飛騨ともえホテルのパンフです。
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囲炉裏を囲んでの昼食です。
私が注文したのは、ざる蕎麦定食です。
ざる蕎麦。
少ないように見えますが、量は結構有りました。
煮物も美味しかったです。
宿のヒトと話をしました。
古川まつりは、毎年4月19日と20日です。
19日は3年先まで予約が入っているのだそうです。
私は古川まつりを見物した事が有ります。
もう、20年近く前の事となりました。
夜まつりで屋台の運行。そして起太鼓を見物しました。
その時は古川町内で泊まる事が出来ず、数河のペンションに宿泊しました。
古川まつりが見物できた良い機会でした。息子がラグビーをやっていて、父兄同士のお付き合いでした。お世話くださったのはOさんでした。
あの時。翌日、20日は荘川さくらを愛でに出かけました。
丁度、満開の時期でして良い思い出が残っています。 -
帰路へ
帰路は特急列車で戻ります。 -
ひだ14号が入線してきました。
3両編成で富山から来ました。 -
自由席の列車に乗車しましたが、満席に近い状態でした。
それでも私たちのグループは座る事が出来ました。
立っている外国人夫婦。
朝、私たちと同じ列車で古川駅に降り立った人達です。
私たちと同じように古川の街を散策して戻るところです。 -
富山から来たひだ14号ですが、3両編成で8号9号10号車でした。高山駅で3両増結しました。増結したのは1号2号3号車となっていました。富山からの列車は何故この号車番号なのだろうと思いました。
高山駅で増結した車両に、全部の人が乗り、こちらの車両には誰も乗って来ませんでした。
高山駅で乗客が下車した後の状態です。
ほとんどの人が下車しました。
それにしても、こんなに外国人が多いとは知りませんでした。
白人に中国人。沢山の人が高山駅で下車しました。
上でも述べましたが、二人の外国人が私たちと同じ列車で訪れ、同じ列車で古川を去りました。このように古川に目的の有る人とは訪れますが、高山の影に隠れて古川は注目されていません。
アレだけたくさんの外国人の内、半分でも古川を訪れてくれたら活性化に繋がることだと思います。
久々野駅で対向の特急列車とすれ違いました。
高山線は単線です。
ほとんどの特急が久々野駅ですれ違うようです。
オジサン達の遠足。
飛騨古川を歩きました。
最後まで、お付き合い。有難う御座いました。
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