2016/01/23 - 2016/01/28
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beachさん
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2016年1月14日からのLOTポーランド就航記念に合わせて企画されたポーランド6日間のツアーに参加しました。
以前から訪れたかったアウシュヴィッツと、ショパンゆかりの地が含まれているツアーだったこともあり1人参加で即決しました。
□1日目:成田 - ワルシャワ(乗継)- クラクフ
<クラクフ>
■2日目:
[午前]アウシュヴィッツ・ビルケナウ
[午後]クラクフ市内観光
<チェンストホヴァ>
□3日目:
ヤスナ・グラ修道院
<ワルシャワ>
□4日目:
[午前]ジェラゾヴァ・ヴォラ(ショパンの生家)
[午後]ワルシャワ市内観光(旧市街)
<ワルシャワ>
□5日目:
[午前]自由行動(ワルシャワ市内観光)
□6日目:帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- LOTポーランド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
■2日目
[午前] アウシュヴィッツ博物館とビルケナウ強制収容所を訪れます
[午後] クラクフ市内観光になります -
オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)に向かう道中です。一面雪に覆われています。
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Państwowe Muzeum Auschwitz-Birkenau(アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館)
アウシュヴィッツ博物館に到着しました。
「アンネの日記」「夜と霧」、「シンドラーのリスト」「戦場のピアニスト」とホロコーストの歴史を取り上げたメジャー作品に今まで触れてきましたが、実際の場所に訪れることで確かな歴史を学び、感じたいと思っていました。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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春から夏にかけては、世界中から多くの人々が訪れる事で知られていますが、1/下旬(年間で一番寒い時期かもしれません)ということもあり人は少なめです。
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博物館入口付近にはアウシュヴィッツ関する説明の書かれたパネルが展示されています。
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入場します。アウシュヴィッツ博物館では持込手荷物の制限があり、約A4サイズ以上の持ち込みは不可で預けることになります。
今回のガイドは、博物館唯一の公認日本語ガイドである中谷剛さんが担当してくれました。 -
1979年、アウシュヴィッツは、第二次世界大戦において人類の起こした悲劇の証拠であり後世に語り継ぐべき「負の遺産」として世界遺産に登録されました。
左のパネルは、アウシュヴィッツ1号の見取り図です。 -
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収容所正門「ARBEIT MACHT FREI」。
働けば自由になる。
労働は自由への道。
良く見るとBの文字が上下反転しています。
この門を作らされた被収容者のせめてもの抵抗だと言われています。 -
この門をくぐった被収容者たちは毎日労働に出かけ、10数時間後にまた戻ってくるのです。
収容所の楽団が被収容者の行進を整頓してSSの人の人員点呼を容易にするためマーチを演奏させられたと描かれています。 -
第1収容所。
レンガ製の収容棟は28棟あり、その内の13棟が展示室として公開されています。 -
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夏には緑色のポプラ並木や新緑に囲まれるここも、冬はレンガの「茶」と雪の「白」の2色となり物悲しさを感じます。
この寒さの中での強制収容生活を思うと余計に悲惨さが胸にせまってきます。 -
一般展示の4号棟から順に入りました。
アウシュヴィッツには少なくとも130万人がヨーロッパ中から連れて来られました。
その内訳はユダヤ人110万人、ポーランド人14~15万人、ROMA(通称ジプシーと呼ばれる人たち)2万3千人だったと記されています。 -
犠牲者の灰の入った記念碑。
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アウシュヴィッツに移送されてきた被収容者は「選別」を受けることになります。
15歳に満たない子供、老人、病人、働けない者はガス室へと送られました。 -
アウシュヴィッツとビルケナウの航空写真。パネル上部がビルケナウで下がアウシュヴィッツ。
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第二収容所にあったガス棟の模型。一度に約2千人が押し込められていたそうです。
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ガス室で毒ガスとして用いられた「チクロンB」。
チクロンBは、1缶あたり15~20分で150人を殺せる劇薬です。 -
チクロンBの空き缶。
1942~1943年の間アウシュヴィッツだけで20万トンも使用されたそうです。 -
没収された眼鏡の山。
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没収されたトランク。
トランクにはいつか戻れるという被収容者の望みもあり住所と持ち主の名前が書かれています。 -
没収された靴。
中には赤くておしゃれなサンダルやヒール等もあり、多くの人が自分の行く先にどのような運命が待ちうけているかも知らずに連れて来られたのだと思うと胸が詰まります。 -
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周囲には鉄線が巡らされており、常時約220ボルトの電流が流されていたそうです。高圧電線に自ら身を投げて自殺を図る人もいたそうです。
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死の壁。
ポーランド人をはじめとする数千人の被収容者がここで銃殺されました。 -
今でも献花やキャンドルが絶えることはありません。
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クレマトリウム(ガス室と焼却炉)。
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Birkenau(ビルケナウ強制収容所)
アウシュヴィッツを後にし、2kmほど離れた所にあるビルケナウ強制収容所に来ました。 -
「死の門」。
第2アウシュヴィッツと言われますが、規模はこちらのほうが大きいそうです。
当時は300棟以上のバラックが建ち並んでいたそうです。 -
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ヨーロッパ各地から貨物列車で移送されてきた人々のほとんどが、この門をくぐって二度と外に出ることはありませんでした。
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木造バラックの内部。
50頭程の馬舎に300人以上の被収容者達が収容されたそうです。劣悪な環境であることは容易に想像できます。 -
3日後の1月27日は国際ホロコースト記念日であり、ここアウシュヴィッツ、ビルケナウにも多くの遺族が訪れ追悼を捧げることになります。
二度と同じ過ちを起こさないためにも歴史を知る事は大切だということを実感しました。
また中谷さんのガイドはとても分かりやすく、最後の答えは私たち自身への投げかけで終わった事が印象深く、帰国後も考えるきっかけになりました。
『事実を知り悲しむのではなく、今の自分に何が出来るのかを考えると同時に、歴史を後世(先ずは周りの人)に伝えてください。』というメッセージに対する応えを探していこうと思います。
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