2016/05/08 - 2016/05/08
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十三の白髭さん
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弘法大師が高野山から遠い道のりを
毎月九度は通ったと言う慈尊院へ
九度山の町内から20分ほどの距離です
後の小高い山の上には「丹生官称符神社」があり
高野山の入口でもあります
表紙 丹生官称符神社境内と雨引山
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
途中、托鉢中のお坊さんに出会い
般若経を聞く、声が揃っていました -
南側の国道よりお参りします -
歴史街道の道標 -
慈尊院総門 世界遺産登録
門から多宝塔が見えます -
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修行大師様にお参りして -
慈尊院・本殿 女人高野 万年山
弘仁7年(816) 弘法大師が政所として伽藍を創建したのが縁起
その後、香川・善通寺から訪ねて来た大師の母・玉依御前滞在し
女人縁起の寺として知られる
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愛らしい小坊主と「ハイタッチ」して
承知2年2月5日、母が入滅された時に
母が弥勒菩薩になられた霊夢により廟堂を建立し、
自作の弥勒仏と御母君公の霊を安置された
慈尊院とは弥勒菩薩の別名
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高野山から7里4方を女人禁止としており
大師は月に九度は必ず
高野山から母を尋ねて来られたので
この地を九度山と称される様になった -
御朱印を頼み
境内をブラブラします -
絵馬には乳房を布で作り貼り付けて
祈願されていました -
多宝塔 -
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慈尊院のご朱印 -
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多宝塔
左横の階段が丹生官称符神社へ通じる石段です -
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石段は119段あります
石鳥居の右側に高野山町石道があり -
石段の中ほどから高野山町石道があり
慈尊院から聖地高野山まで一町(109m)ごとに町石が建てられています -
石段を登りと朱塗りの鳥居が
奥に丹生官称符神社拝殿が見える -
お手水舎
手洗い口を漱ぎ お参りします -
空海と化現狩場明神の出会いをパネルにしていました
空海は真言蜜教修法の道場の根本地を求めて東寺を出て
各地を行脚され、途中大和国宇賀郡入られた時
一人の気高い猟師に出会い、高野と言う山上の霊地がある事を
教えられ、猟師は従えていた、白・黒2頭の犬を放れた
空海を高野山へと導かれ -
丹生官称符神社 世界遺産登録
創建は弘仁7年、弘法大師で慈尊院を開いた時に参道中央
上檀に丹生高野明神を創建奉祀され
諸天善神への祈願地として、この地を天と神に通じる地
即ち神通寺の檀とし、慈氏寺の檀と併せて万年山慈尊院と称される
弘法大師のよって創建鎮座彌来御社号も
丹生高野明神・丹生七社大明神・丹生神社・丹生官称符神社と
変遷し、県内外問わず尊祟を受けた官称符荘の総社として栄える -
天保年間は数多くの御社殿は立ち並び荘厳を極めていたが
明治の神仏判然令により多くの建物は取り除かれ
天文10年(室町時代)に再建された本殿三棟が往年の姿を残す -
丹生官称符神社・本殿三棟
第1殿 祭神 丹生都比売大神・高野御子大神・天照大御神
第2殿 祭神 大食都売大神・誉田別大神・天児屋根大神
第3殿 祭神 市杵島比売大神 合祀祭神
これらは国指定の重要文化財なり
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本殿横には高野山町石道登山道があります
高野登山は当社に登山奉告する事
道中の安全祈願しましょう -
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緑の木立と朱塗りの鳥居
静かな一時でした -
丹生官称符神社と雨引山 -
119段の石段を下ります -
慈尊院拝殿前を通り -
慈尊院・鐘楼 -
慈尊院東門から出ます -
見事な枝の松ですね〜 -
慈尊院橋
橋の袂でお坊さんが打ち合わせ「次は何処かな?」 -
仏師・能光尊之史跡
高野山中門の仁王象を彫った人だそうです -
道端の花も綺麗です -
此の花は初めて見る -
杜若かな? -
紀ノ川沿いにてくてく -
雨引山
緑の野山が綺麗、空気も美味い
大阪とはえらいちがいやな〜
もうそろそろ年やし田舎暮らしがええかな〜 -
これで終わりです
最後まで御付き合い だんだん
武者行列と順番が入れ替わりました
誠に申し訳ありません
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