ゆったり楽しもうロシア再訪2015年─モスクワとカザン─【第5日目】(2)トレチャコフ美術館・新館(中編)シャガールやカンディンスキーからロシア史テーマの絵や戦争絵画に動物彫刻などさまざま
2015/07/05 - 2015/07/05
1069位(同エリア1835件中)
まみさん
2015/07/05日 S7航空でモスクワへ&モスクワ半日観光
・カザン発09:55発 S7航空62便でモスクワ・ドモジェドボ空港着11:40
・トレチャコフ美術館・新館(15:40-17:10/18:55-19:15)
・日本料理レストラン銀の滝で夕食
【モスクワ泊:マキシマ・パノラマ・ホテル】
近現代ロシア絵画の魅力ってなんでしょう。
長らく西洋絵画ファンだった私は、イタリア・ルネサンス以降<
抽象絵画までの西洋絵画史は何度もおさらいし、西洋絵画史の位置づけの中でいろんな絵を見てきました。
でも、ロシア絵画はその流れの中に位置付けしづらいです。
もちろん、その主軸の国でなければ、その国独自の絵画史が展開して当然です。
ロシアの近代絵画の幕開けは、すでに西洋絵画において印象派以降、いろんな手法が試され、世間に受け入れられていたので、それらがいっぺんに流れ込んできたはずです。
かつての明治の日本よりもさらにバラエティに富んだ、さまざまな様式の絵画が、物理的近さもあって、日本よりもたくさん。
なので、西洋絵画史のように技法や様式面で順を追う必要はありませんでした。
だけど、時代を追って展示された絵画館では、西洋絵画史の展開とつい比較してしまうので、途中で様式や流行が戻って、見る順番を間違えたのかと、混乱しかけました。
もともとロシア絵画に詳しいわけではないので、ありのまま受け入れて鑑賞するのが一番!
また、ロシアには古い伝統のままのイコンの模写を神聖とする伝統もあるからか、現代のロシア絵画は、現代的なのに、どこかプリミティブなところも感じられました。
それから、マレーヴィッチの作品のように極端な抽象絵画もありますが、モチーフがわかる具象絵画が多いい気がしました。
それには、社会主義リアリズム絵画の存在も大きいでしょう。
プロパガンダの側面もあるそういった絵画は、絵に哲学性を求めるよりは、一般大衆にも分かりやすいものでなければならなかったでしょうから。
と思ったわりには、なにやら絵から強い感情や思いが迫って来つつも、何を訴えているのか、よくわからないがゆえに、哲学性を感じる作品も多かったです。
アヴァンギャルド絵画など、ロシアの現代絵画からロシアに惹かれる人ももいるでしょう。
それに対して、私は、むしろロシアに魅力されたから、その一環としてロシア絵画にも惹かれたクチです。
もともと絵画鑑賞も大好きなので、ロシアっていいなぁ、と思うから、ロシア絵画史もいいなぁと思うわけです。
<2015年ロシア再訪旅行の簡易旅程>
06/30火 職場から成田のホテルに前泊
07/01水 成田第2空港からJALでモスクワへ&モスクワちょっと観光
07/02木 モスクワ半日観光&S7航空でカザンへ
07/03金 カザン観光1日目(クレムリンと国立博物館)
07/04土 カザン観光2日目(現地ツアーに参加)
07/05日 S7航空でモスクワへ&モスクワ半日観光★
07/06月 モスクワ観光4日目&ニクーリン・サーカス
07/07火 モスクワ観光5日目&ククラチョフの猫劇場
07/08水 モスクワ観光6日目&ボリショイ・サーカス
07/09木 モスクワ観光7日目(赤の広場とモスクワ動物園)
07/10金 モスクワ観光8日目(モスクワ動物園とプーシキン美術館)
07/11土 モスクワ観光9日目(アルバート街と東洋博物館)
07/12日 モスクワ半日観光&出国
07/13月 成田第2空港着(猛暑のピークの帰宅)
※この旅行記の対象の日に★印をつけました。
詳細旅程はもう1つのブログ「まみ’s Travel Diarty」
(http://mami1.cocolog-nifty.com/)
の記事に、ハイライト写真と共に前後編に分けて掲載しました。
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2015/07/2015-fd3f.html
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2015/07/2015-7006.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
-
リュボフィ・ポポーヴァ(1889-1924)
「イタリア的静物画」1917-1918年
前編につづき、まずは明るい抽象画から。
ピカソの分析的抽象画を思わせました。
ロシアの構成主義絵画ということになるようです。 -
リュボフィ・ポポーヴァ(1889-1924)
「人物のいるコンポジション(2人の人物)」1913年
デザイン的にも配色もなんだか気に入りました。
まずはもとの絵画に近い、タテでフレーミングしました。 -
ヨコでフレーミングしてみると……
こちらの方が2人の人物像が見えてきた気がします。
見ていてパズルチックで面白いです。 -
カジミール・マレーヴィッチ(1879-1935)
「ミハイル・マチューシンの肖像画」1913年
かの有名なマレーヴィッチの作品なので、まずは全体像を。
こういう絵も描いていたんですね。 -
肖像画と思って見るのは難しい(笑)
画面を2つに分ける白い定規のようなものはなにかしら。
マレーヴィッチはその名と代表的な作品しか知らないので、ちょっと調べてみたら、ウクライナ生まれで両親はポーランド人でした。
ロシア画家というと、そのように生粋のロシア人だけではなく、旧ロシア帝国領やソ連の人も含まれ、ロシアの画家として有名な人が必ずしもロシア人とは限らないのですが、代わりにロシア絵画としての多様性も魅力だと思います。
ウクライナや東欧の国からしたら、ロシア画家やロシア絵画史として組み込まれるのは苦々しい思いがあるかもれませんが。 -
アレクサンドラ・エクスター(1882-1949)
「フィレンツェ」1914-1915年
こういう絵を描く抽象画家で今回気に入り、名前を覚えたのが、このアレクサンドラ・エクスターです。 -
階段やアーチなどフィレンツェの聖堂の痕跡が見える
色彩も女性らしい温かみを感じました。 -
イリヤ・チャシュニック(1902-1929)
「シュプレマティズム」1924年
高らかにシュプレマティズムを謳った作品のようです。
ロシア十字架に見えます。
シュプレマティズムとはなにか。
ググった結果の辞書的な説明ですが、引用しておきます。
「絶対主義と訳される。ロシアの芸術家マレーヴィッチが、ソビエト革命前後に提唱した抽象絵画の方法と哲学のこと。1915年にモスクワで刊行された「キュビスムからシュプレマティズムへ」が最初の宣言だが、バウハウス叢書の「非対象の世界」が理念の集大成であると言われている。絵画の再現性を否定し、純粋な感性を絶対のものとする非対象絵画を目指した。シュプレマティズムの抽象表現は、矩形・円・十字・三角形などの幾何学的要素から独自に画面を構築するタイプの抽象に分類され、自然の外観の分折や破壊によって形態を単純化し抽象的画面をつくり出す方向や、人間の情動を不定形な形態に込めるといったタイプの抽象画とは区別される。ロシアの前衛的美術のみならず、ヨーロッパの構成主義に与えた影響は大きい。」
(Weblio辞書/徳島県立近代美術館の美術用語集より)
http://www.weblio.jp/cat/culture/bijus -
イヴァン・クドリャショフ(1896-1972)
「オルンブルクの最初のソ連劇場(ホワイエの設計モチーフのコンポジション)」1920年
はじめ教会のように見えましたが、劇場のものといわれると、そう見えてきました。 -
シルクハットを目深にかぶって大きなブリーフケースをもつ男が舞台に立つ
という風に見えてきました。 -
リュボフィ・ポポーヴァ(1889-1924)
「宇宙の力の構造」1921年
鑑賞者によっていろんなものに見えそうな抽象画です。 -
イオシフ・チャイコフ(1888-1979)
「鍛冶屋」1927年
彫刻も数多くないですがありました。
こういうぎりぎりモチーフが分かる程度にデフォルメされた彫刻も私好みです。
額の汗をぬぐっているポーズでしょうか。 -
おひげのある実直そうなお顔を拝見!
-
バルバラ・シュテパノフ(1894-1958)
「踊る人物」1920年
見えます、見えます、踊っている人々! -
中央の人物に注目
黄色い玉は金髪で、スカートをはいた女性に見えます。 -
マルク・シャガール(1887-1985)
「町の上で」1914-1985年
シャガールの絵だとすぐに分かりました。
もっとも、日本の美術本か雑誌で紹介されたのを見たことがあるかもしれません。
描かれている人物は、シャガール自身と奥さんではなかったかしら。 -
町というよりロシアの農村のものらしい家に注目
-
ユーリ・アニェンコフ(1889-1974)
「アダムとイブ」1918年
と、それを眺める女性。
ちょっとなまなましいイブと、そのまわりにロシアの家や建物が描かれています。
色使いとそれら周りのモチーフに惹かれました。 -
鶏の上に描かれた家や列車に注目
-
ファンタジックに描かれた青い玉ねぎドームを持つ正教会と大きな木のそばにある家
-
ユーリ・アニェンコフ(1889-1974)
「田舎の白昼夢」1912年
まずは絵の全体を。
この画家のこういう絵が気に入ったので、細部に注目した写真も撮りましょう。
哀愁こもった色使いも気に入りました。 -
白いドレスの母子と跪く人物が見える真ん中あたり
逆さのウシやアイロン、教会モチーフなど、ストーリーのあるいろんな場面を一つの絵の中に閉じ込めたようです。 -
棺桶を引くブタ
ブタさんは可愛いと思ったのですが、なんとも不気味ないわくありげなモチーフです。 -
巨大なアルコールランプのある、ネズミも出るような貧しい部屋の様子
このランプで部屋の明かりの代わりにしているような貧しさなんだろうと思います。 -
風車やいくつもの正教会のある村
-
ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)
「騎手、聖ジョージ」1914-1915年
有名なカンディンスキーの絵!
童話の世界のようです。 -
ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)
「コンポジション VII」1913年
音楽が絵になったようなカンディンスキーの絵。
ラプソディーってかんじです。 -
ブルーが支配的な部分に注目
-
じっと見ていると動物や人のモチーフが見えてくる
-
赤いピエロ?
カンディンスキーのこの手の絵にモチーフを求めようとするのは意味がないと分かっていても@ -
アレクセイ・ヤウレンスキー(1864-1941)
「山の中の家」1912
ヤウレンスキーはむしろドイツの青騎士グループの画家として覚えていました。
やはり青騎士グループやフォープ派の絵はとても好みです。 -
パーヴェル・フィローノフ(1883-1941)
「コンポジション、顔(『世界的開花への上陸』サークルから)」1915-1916年
よく分からないながらも引かれる絵でした。
好みとは言い難いですが。
まずは全体。
それからこの画家についてググって調べました。
「20世紀初めの30年間余りの間に、爆発的に起こったロシア・アヴァンギャルド運動は、レイヨニスム、シュプレマティスム、構成主義といった、当時の美術の最先端を行く様々な様式を生み出し、その後の世界美術に多大な影響を与えた。中でも、フィローノフの分析主義の特異さは際だっていたものの、旧ソ連の文化政策(社会主義リアリズム路線の採択など)によって黙殺されたこと、彼自身がロシアを去ることをせず、外国での発表活動も少なかったことなどが原因で、彼の作品や思想は長く世界に知られることはなかった。しかし、フィローノフの作品のほとんどは、彼の妹、エヴドキヤ・グレボーヴァによって戦火より救われ、保管されており、1977年にロシア美術館に寄贈された。スターリン死後、一部のロシア・アヴァンギャルド作品は解禁されたが、フィローノフが歴史の表舞台に現れたのは、主にゴルバチョフ政権によるペレストロイカ以降である。現在、ロシアにおけるフィローノフの評価は非常に高く、カジミール・マレーヴィチ、ウラジーミル・タトリンと並ぶ、ロシア・アヴァンギャルド美術の代表的美術家として位置付ける評価がなされている。」
(ウィキペディアフリー百科事典「バーヴェル・フィローノフ」より)
https://ja.wikipedia.org/wiki/パーヴェル・フィローノフ -
暗い表情の人物の中に
-
向かい合う2人の顔が見える
-
色彩と形になんとく惹かれる
-
パーヴェル・フィローノフ(1883-1941)
「コンポジション、船(『世界的開花への上陸』サークルから)」1919年
帆船と大勢の人々の姿が見えます。
移民船かもしれません。 -
素朴な木彫みたいに描かれた人々に注目
-
船の人夫らしい
-
家畜たちと一緒
-
かなりシュール(苦笑)
大勢の人々を表現しているのだと思いますけど。 -
荷物を運ぶ人々かな
見れば見るほどいろんなものが浮かび上がって、目が離せない絵でした。 -
ミハイル・マチューシン(1861-1934)
「砂漠の松の木」
シンプルな筆致で的確に対象物をとらえているところがいいかんじです。 -
パーヴェル・フィローノフ(1883-1941)
「頭。第1のショスタコーヴィッチ・シンフォニー」1935年
まずは全体。
またまたどこかシュールで目が離せない絵です。
細かい描き込みもじっくり見たくなります。 -
思いを秘めた人々の横顔
-
よく見ると、目が、目が、目が……!
-
背景をよく見ると家が描かれている
-
顔はシュールだけど
周りの模様は気に入りました。
記憶のモザイクってかんじです。 -
マルク・シャガール(1887-1985)
「スズラン」1916年
シャガールはこういう絵も描いていたんですね。
袋いっぱいのスズラン、夢があります。 -
廊下の窓から見えるモスクワの街並み
-
なんとかの日々と題された企画展の展示室へ
-
I. フメリコー(1919-1996)
「勝利の祖国の凱旋」1949年
この画家は社会リアリズムの画家で、実はウクライナ人。
この絵の場所は、モスクワの赤の広場のレーニン廟の前です。
企画展だけあってしっかりした解説があったのですが、画家名とタイトル以外はすべてロシア語だったので、全然、分かりませんでした(苦笑)。 -
ナチスの鍵十字架をレーニン廟の前に捧げる
対ナチス戦の勝利の凱旋だったようです。 -
P. イェファノフ(1960-1978)
「大国の指導者によるクリミアでの会議」1945-1946年
第二次世界大戦末期のヤルタ会談のことですね。
言われてみると、スターリンやチャーチルやルーズベルトの姿がありました。
ヤルタ会談が行われたクレムリンのリヴァーディア宮殿には、2009年のウクライナ旅行のときに行ったことがあります。
ウクライナ旅行は基本的にネットで探した海外の代理店を通じて手配し、クリミア半島は現地ガイドと車を予約して回りました。
まさにこの部屋も見学しました。
関連の旅行記
「2009年ウクライナ旅行第6日目(4)ヤルタ:ヤルタ会談が行われたリヴァーディア宮殿」
http://4travel.jp/travelogue/10386263 -
K. モチャルスキー(1908-1978)
「勝利、1945年のベルリン」1947年
まずは全貌。
この建物はベルリン大聖堂ではないかしら。 -
戦勝を喜ぶ人々に注目
-
勝利が確定してリラックスした兵士たち
手前の兵士はコーヒーで一服しているように見えます。
背後には抱き合って接吻して喜んでいる兵士たちもいます。
頭に包帯を巻いたけが人も喜びの笑顔を浮かべています。 -
F. ユオン(1875-1958)
「1941年11月7日の赤の広場の軍事パレード」1949年
パレードの意味は別として、赤の広場の壮大さが強調されているようで、惹かれました。
空模様が戦争の悲壮さを表しているかのようです。 -
細かく描かれた兵士たちに注目
細かく描かれたようでいて大胆な筆致というのはとても私好みです。 -
D. コリン(1892-1967)
「アレクサンドル・ネフスキー」1942-1943年と少女像
真ん中の甲冑姿の人物がアレクサンドル・ネフスキーです。
有名な絵ですが、その元がこの絵かしら。
実はあの真ん中のアレクサンドル・ネフスキーの絵と同じものが、2013年のロシア旅行で泊まったノヴゴロドのホテルのフロントに飾ってありました。
関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現〜ハイライトその5【ノヴゴロドのホテルと朝食編】」
http://4travel.jp/travelogue/10800145 -
向かって左の意味深な2人が描かれた絵
アレクサンドル・ネフスキーの両親かもしれません。
女性のスカートの描き方は、クリムトの絵を連想させました。
ウィーン世紀末美術チック。 -
真ん中の絵の英雄アレクサンドル・ネフスキー
スウェーデンやモンゴルに勝利してその侵攻を阻んだ中世ロシア・ノヴゴロド公国の英雄で、正教会の聖人に列せられています。 -
リボンが巻かれた長剣が意味深
背後はノヴゴロドのようです。
川向こうの金と銀の玉ネギ型ドームを抱く正教会はクレムリンの聖ソフィア大聖堂だと思います。見覚えがあります。
ノヴゴロドの聖ソフィア大聖堂の写真のある関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第15日目:ノヴゴロド第2日目】(1)郊外に行くのはやめて2日目はじっくりとクレムリン観光」
http://4travel.jp/travelogue/10898961 -
アレクサンドル・ネフスキーの絵と向かって右の絵
なにやらアレクサンドル・ネフスキーがらみの逸話を描いたかんじがします。
あまり詳しくないのが残念。
2人の男たちは違う階級・民族を象徴しているように思えます。 -
背後に聖ニコラウスのイコンのある老婦人の絵
-
ひょっとしてスウェーデン人とノヴゴロド公国の貴族階級(ボヤール)かな
向かって左の奥の人物は、バイキングっぽいかっこうをしているように見えます。 -
A. A. プラストフ(1893-1972)
「ナチ航空機が飛び去った後」1942年
一見のどかな田園風景に見えましたが……。 -
被弾した少年と、主人の死を嘆く犬
心が痛んだ絵です。
兵士でもない一般庶民の少年が狙い撃ちされたように見えました。 -
M. V. ククリンスキー(1903-1991)
「ターニャ(ゾヤ・コスモデミヤンスカヤ)」1942年
雪景色の処刑シーンです。
手前の2人のポーズは、写真を撮っているように見えました。
この絵についての解説の試訳をしたサイトを見つけました。
ドイツ軍によって処刑されたことによりソ連の最初の女性の英雄となった彼女についての解説部分を引用します。
「ゾヤ・アナトリエヴナ・コスモデミヤンスカヤ(1923年9月13日−1941年11月29日)
第201モスクワ中学校の女生徒であった。彼女は、1941年10月に、戦闘パルチザン部隊に入った。そして、フォミンスキイ地区のオブホーフ・ナロ村のところで、共産青年同盟パルチザングループとともに前線を越えた。1941年11月末、軍事行動を遂行中に捕まり、モスクワ郡ベレイスキイ地区ペトリシチェヴォ村で、ドイツ軍によって絞首刑に処せられた。そして、ソ連邦英雄となった最初の女性となった。多くの通り、コルホーズ、学校が彼女の名前ゾヤを記念している。
11月29日、ドイツ軍は、モスクワ近郊のペトリシチェヴォ村での放火事件で、ターニャという名の娘を捕らえた。ヒトラー一派は一晩中彼女を拷問し、そして、絞首刑にした。1942年1月14日、この村が解放され、2日後に、モスクワから新聞記者が村にやって来た。1月27日、『プラヴダ』紙上に、ナチスに責め殺された勇敢なパルチザン女性についての「ターニャ」という記事が掲載された。スターリンはこの記事を気に入り、彼女をとくに称えて、「これこそが民族の英雄である」と述べた。のちに、このターニャは、ゾヤ・コスモデミヤンスカヤであることが明らかとなった。(後略)」
(歴史的修正主義研究会より)
http://revisionist.jp/zoya_01.htm -
あざわらう馬上の兵士と泣いてなげく女性や少女
さきほどのサイトの続きには、「年月が経ち、いわゆる「ペレストロイカ」の時代となると、ゾヤは、自国民に対して闘ったテロリストであるとみなされるようになった。」とありました。
スターリンによるモスクワ近郊での対ナチス反撃のための焦土作戦のために、自国の村を焼いた破壊工作部隊員の一人だったためのようです。 -
彼女の表情には迷いはなく、信念に基づいて行動した決意の強さが表れている
一方で、村を焼かれた地元住人は彼女に対して憎しみを抱いたわけです。
やりきれないです。 -
A. L. ラクティノフ(1910-1972)
「前線からの手紙」1947年
戦争の悲惨さを感じさせない明るい絵です。
光の効果を巧みに描いていると思います。 -
光が外から入ってくるのと同時に、手紙からも発せられているように見える
家族のメンバーの姿勢も、年代に合わせて、とても自然です。 -
Yu. M. ネプリンツェフ(1909-1966)
「戦闘の後に休憩をとる」1955年
これも戦争の悲惨さは全く感じられず、労働者がふつうに森で働いている間に休憩をとっているかのようです。 -
話の中心にいる男に注目
手にしているのは、母か恋人に作ってもらったらしき巾着袋でしょう。
きっと肌身離さず持っていたい大事なものが入っているに違いありません。 -
陽気に笑う男と静かな笑顔を浮かべて仲間を見る男
このおだやかさは、休憩の前の戦闘が、特に死傷者を出さない小競り合いだったからでしょうか。 -
食事をする純朴そうな親父
いや、純朴そうに見えながらも、ひとくせもふたくせもあるベテラン兵士なのかも。 -
さきほどの話の中心にいる男にさらに注目
手にしている小さな紙は愛しい人からの手紙か写真かも。 -
T. N. ヤブロンスカヤ(1917-2005)
「名前のない丘」1969年
なんとも目が離せない、どこか荒涼とした丘の絵でした。
一瞬、ヘビがのたくっているようにも見えてしまいましたけど。 -
ぽつんとある一軒家に注目
居住用の建物とは別に納屋や家畜小屋がある農家のようです。
なんとなくファンタジックで気に入りました。 -
G. G. チュバーリヤン(1923-2009)
「御名があがめられますように(兵士は家に帰る)」1987年
タイトルは聖書の一節ですが、どんな深い意味があるのか、詳しくないのでよく分かりません。
手前の、身も心も疲れ切った少年兵の像に胸が痛みました。
戦争のせいで、この年齢でまだしなくてもよい苦労や見なくてもよいものを見せつけられてきたのだろうと思います。 -
少年兵の象の全身と展示室の様子
少しだぼついたコートも哀れみを誘われました。 -
V. B. シェーロフ(1928-2013)
「別れ」1986-1987年
別れを悲しんでひしっと抱きつく女性の後ろ姿に、悲しみの念がこもっていました。 -
ぎゅっと抱きしめ返せない男性の複雑な心中が見てとれるよう
-
彫刻よりも浮彫の平坦さに思いの深さが感じられる
ここまでが企画展の展示でした。 -
デイヴィッド・シュテレンベルク(1881-1948)
「昔の日々」1927年
ほんの1株だけ枯れ草がある、一面の雪景色に立つ老人。
何も残らなかった、と昔日を思うか、一脈の希望はあると見るべきか。
それとも政治犯としてシベリア流刑あたりで、青春の日々をむなしく費やさざるをえなかった受刑囚か。
小さな写真ではなく、巨大なキャンバスの前だと、さらに引き込まれる絵でした。 -
アレクサンダー・デイネカ(1899-1969)
「新倉庫の建設現場で」1926年
労働讃歌のようでありながら、ちょっと不思議な面白い絵だと思いました。
デイネカは社会主義リアリズムの画家ですが、彼の才能と造形力で、陳腐な共産主義宣伝に終わっていないというわけです。 -
アレクサンダー・デイネカ(1899-1969)
「ゴールキーパー」1934年
等身大以上に巨大な絵でした。
これも社会主義くささを感じましたが、絵の巨大さもあって、威圧感もたいしたものでした。 -
アレクサンダー・デイネカ(1899-1969)
「母」1932年
この画家は何をテーマにしても、社会主義っぽさがぬぐえません。
それともこれも、社会主義リアリズムで当時のソ連が承認するようなテーマだったということかしら。
そういえばソ連は、母というテーマをよく利用していました。
戦争ポスターとか、旧ソ連邦の首都に残る、なんとかの母という巨大な像とか。
それにしても、この少女は病気に見えます。大丈夫でしょうか。 -
ユーリー・ピーメノフ(1903-1977)
「新しいモスクワ」1937年
技術の進歩と街の発展の礼賛。
かつてたくさんの教会があった奥ゆかしいイメージとがらっと変わったモスクワだと思いますが、車が走り回れるような現代都会の方を当時は礼賛したでしょう。
運転する女性の後ろから街を見るという視点も、そんなに珍しくないかもしれないけれど、面白いと思いました。 -
走る車は今からするとクラシックだけど、モスクワの街並みにはなじみががある
印象派のような筆致でさっと描かれたところも気に入りました。 -
B. A. バターギン(1884-1969)
「ひなと一緒のペンギン」1960年
ここからは、この展示室にあった動物彫刻に目を留めました。
コウテイペンギンでしょう。動物園に時々、こういう像を見かけます。
自然の状態でひなを育てるペンギンの姿を見ることができないので、チャンスがあれば動物園でこういう状態のひなを見たいものです。 -
親に甘えるヒナに注目
人工哺育のヒナが親元に返されて展示されているところを見に行ったことはあります。
もう親のおなかに収まるには大きくなっていましたけど。
関連の旅行記
「夜行バスで南紀白浜アドベンチャーワールド再々訪3泊2日〜2日目はshimahukurouさんと一緒(8)Hello!エンペラーペンギンの赤ちゃん&4種類のペンギン大行進&ホッキョクグマ・トリオ&その他の動物たち」
http://4travel.jp/travelogue/11088430 -
B. A. バターギン(1884-1969)
1925年の作品
タイトルはロシア語だったので、分からず。
でも、熊さんだということは分かります。
少し無骨なかんじがしますが、それがかえって味のある彫刻です。
手には鮭かなにかの獲物を抱えているようです。
どや顔ポーズが可愛らしいです。 -
アンディ・ディレンドルフ(1936年生まれ)
「賛美歌を歌う」1983年
歌っているのはカエルに見えるけれど、ユニークで可愛らしいです。 -
E. S. エフィノフ(1878-1959)
1938年
草を食べているキリンが可愛らしいです。
でも、どこか可愛らしいだけではないものを感じます。
3本に分けたトレチャコフ美術館・新館の旅行記の3本目である後編へとつづきます。
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