2016/03/05 - 2016/03/07
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bibouさん
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成田−関空往復ジェットスターに、大阪市内2泊で15000円のツアーを予約。
2日目(3月6日)は北条線(北条鉄道)に乗車、旧高砂線、三木線、鍛冶屋線を訪問。
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加古川駅から11:16発の、加古川線厄神行きに乗車し、終点の厄神まで乗る。
加古川市のコミュニティバスが早着したので余裕を持って乗ることができた。 -
加古川線に乗るのは何年ぶりだろうか。前にいつ乗ったのか全く覚えていないが、20年近く乗っていない気がする。
関東に住んでいると、神戸と姫路の間のこのあたりの地域はほとんど縁がない。
写真は加古川の次の日岡駅。 -
この列車で厄神に着いた後は、三木線代替バスで三木まで行き、その後神戸電鉄で粟生へ出て北条線を往復し、更に加古川線で西脇市まで移動して鍛冶屋線代替バスを往復し、西脇からは高速バスで大阪へ戻る予定にしている。
朝に神戸電鉄に乗り遅れて即席で予定を立て直したにしては出来がよく、大阪には20時ごろ着くことができる。 -
11:28に厄神駅に到着。
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今は柵で仕切られているが、路盤跡がある。ここが三木線のホームだったのだろう。
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三木方面を臨んだところ。
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次に乗るのは、厄神駅前12:02発の三木線代替バスである。少し時間があるので駅から三木線の路盤跡を目指して道路を歩いてみた。
はっきりと廃線跡とわかるように残っている。
加古川線とはコンクリートの壁で仕切られているようだが、道路に拡張転用でもするのだろうか。 -
一度駅に戻り、反対側の出口に出る。三木線代替バスはこちら側の出口に乗り場がある。
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ロータリーに整備されていたが、路線バスは1時間に1本程度と、運転頻度は少なく寂しい。
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バスがやってきた。加古川市のコミュニティバスと同じような車両である。
他にお客は誰も乗らないまま発車する。 -
加古川の堤防沿いの道まで坂を上って、加古川線の線路を踏み切りで渡る。
この踏切の前後でわずかに加古川を眺められるが、すぐに加古川から離れて、再び坂を下って三木方面に向かう。 -
三木までの間、終始左手に三木線跡を眺めながら走る。
車窓から見る限りは、田舎過ぎず都会でもないのんびりした田園風景である。 -
廃線跡は自転車道や遊歩道に整備されている様子はなく、復活させることも容易な状態に見える。
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この高木西というバス停でお客さんがあった。
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12:18に三木鉄道記念公園前で下車。
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ここは旧三木線の三木駅跡で、その後を利用して記念館と公園が作られている。
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記念館は喫茶店も兼ねているようで、地元の人が集まる交流の場になっているようであった。
隣には食事を出したり地元の産物を置く店も併設されていて、その一画に三木線の写真や品物が展示されていた。 -
国鉄時代ではなく、三木鉄道時代のものが主のようであった。
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三木線の廃止を掲示する看板が設置された三木駅の駅舎の写真が展示されている。
見たところ国鉄時代の駅舎のようだが、三木鉄道に転換された後も廃止されるまで同じ駅舎を使っていたようだ。 -
第3セクター鉄道の転換期のはしりに流行した、いわゆるレールバスのような車両である。
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三木鉄道に転換された開業時の写真。
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そのヘッドマークも残されて展示されていた。
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使われていた品々。
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これは三木鉄道の開業10周年を祝った記念切符。
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三木鉄道の開業記念切符。
展示されているのはありがたいのだが、あまりきちんと管理されていないようで、色褪せや展示物の配置の乱れがすごかった。 -
記念館の隣には公園が整備されている。
サイクルトロッコというものがあった。土曜日に無料で開放している。 -
このレールを、自転車をこぐ要領で動くトロッコで走ることができるようである。
レールの右側に信号機が見える。信号機の手前側は芝生で、ゲートボールでもできそうな広場になっていた。
信号機の先には、公園らしく子供用の遊具が置いてあったが、遊んでいる子どもの姿はなかった -
このような各駅の駅名票を模したものが、公園内においてあった。
数えてみると、三木から厄神までの各駅のものがあった。 -
ここがレールの終端。
レール止めのようなものはなく、STOPと書かれてはいるが、なんだかあまりに唐突な感じがする。その先に三木線で使われていた枕木がそのまま残っていた。 -
三木鉄道記念公園を後にして、徒歩で10分強くらいの神戸電鉄の三木駅へ向かう。
神戸電鉄の三木駅を13:44に出る粟生行きに乗ればいいのだが、三木鉄道記念公園を後にしたのが12:55ごろだから時間に余裕があるので食事をしてしまいたい。
三木鉄道記念公園内の食堂はなんだかあまり気乗りしなかったので、街中に何か食事するところがあるだろうと歩き出す。
なんだか雰囲気のある建物などが残っており、それはいいのだが、三木鉄道の駅までの間には何も食事を取れそうな所は見当たらないまま着いてしまった。 -
神戸電鉄の三木駅の近くにコンビニがあったので、そこでおにぎりとお茶を買って、駅のホームで食べることにした。
この後、粟生方面の電車に乗って車窓から見たときにわかったことだが、三木鉄道記念公園から神戸電鉄三木駅までは、私が通ってきた通りのほかに、神戸電鉄の線路沿いを通る道もある。その後者の道を通っていればファミリーレストランなどがあったらしい。 -
今朝、新開地駅で乗り遅れたために予定を変更せざるを得なくなった、因縁の神戸電鉄であるが、朝夕はそれなりの本数はあるのだが、日中は1時間に1本しか電車がない。
神戸の中心に出るのに便利そうな路線だが、調べてみるとどうやらバスに押されているらしく、減便に次ぐ減便で今のようなローカル線のような有様になり、廃止も取り沙汰されているらしい。
そういう先行きの怪しい路線だから乗ってみたかったのだが、今朝新開地駅で乗り遅れたために、今回乗るのは今から乗る三木−粟生間だけである。
帰りに乗ろうかと思ったが、どうも日の暮れた後になりそうなのであきらめることにした。
まだ次の粟生行きまで30分くらい時間がある。駅のホームのベンチに座って食事をしていると、上りの新開地行きがやってきた。 -
この駅の上りと下りのホームは分離されていて、改札も別改札になっている。
3両編成の電車は空いている。三木駅で乗り降りした乗客は10人程度のように見えた。1時間ヘッドということを考えると、日曜日の昼間とはいえ多いとはいえないだろう。 -
確かに、今朝見てきた新開地駅の頭端式のホームでは、神戸の中心の三ノ宮への直通運転は構造上無理なようだし、乗り換えないで神戸の中心まで行けるバスのほうが便利なのだろう。
そんな事を思っていると、13:44発の粟生行きがやってきたので乗車する。先ほどの上り電車よりはお客さんが乗っているような感じである。 -
三木の市街地を抜けると、早くも勾配がきつくなり、丘陵地帯のようなところを行く。上ったり下ったりが多く、線形もあまりよくない。
そのせいでスピードはあまり上がらず、確かにバスに負けそうなのはわかる。 -
粟生駅の手前で加古川を渡る。
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14:00に粟生駅に到着。
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こちらが乗ってきた車両。ここで北条線に乗り換える。
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跨線橋を渡り、北条線のホームへ。乗り換え時間は9分と接続はよく、次は14:09の北条町行きである。
車内で運転士さんから1日乗車券を買う。
車内では引換券を渡され、それを北条町駅の窓口で1日乗車券と引き換える、というシステムであった。 -
加古川線と別れて北条町方面へ。
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小さな川を渡る。加古川の支流であろうか。
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田原駅。木製の可愛らしい駅名票である。
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法華口駅。女性の駅長が見えた。
なにか駅でイベントをやっていたのか、乗り降りする人が多かった。 -
播磨下里駅。
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長駅。
法華口駅からこの長駅まで、3駅とも古い木造駅舎が残っている。1日乗車券を買ったので、時間があれば乗り降りしてみたいところだが、今日は北条町駅まで往復するだけだ。 -
播磨横田駅。
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北条町駅のロータリーを車内から。
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北条町駅に到着。
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北条町駅の駅舎は近代的なものに立て替えられていた。
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駅で引換券を1日乗車券に換えてもらう。
折り返しは14:40発で、北条町での滞在時間はたった9分。 -
帰りは子供連れの家族が何組か北条町から乗っていて、賑やかであった。
来たときとは反対側の席に座る。 -
播磨横田駅。ここの駅舎も近代的に立て直されているようで、ギャラリーになっていた。
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再び法華口駅。さっきと同様、比較的多くのお客さんが乗ってきた。
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再び加古川の支流を渡っる。
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網引駅。
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15:02に粟生駅に到着。
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ここでの接続時間は7分しかないのだが、跨線橋を渡り駅舎の外に出てみた。
さっきから接続が良すぎて慌しく乗換えばかりさせられている感じがする。即席で立てたスケジュールにしては出来が良すぎてゆっくりできない。
きっぷも買おうかと思ったが、中学生くらいの子達で1台しかない券売機が混んでいる。次に乗る加古川線の西脇市行きは15:09で時間がないので、車内で清算することにした。 -
粟生駅の跨線橋から北条町、西脇市方面を望む。
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15:09発の西脇市行きがやってきた。この列車はたった1両で、混んでいた。
隣に並んでいるのは加古川行きで、ここで上りと下りの行き違いであった。 -
再び20年近くぶりの加古川線に乗る。
特徴ある車窓ではなく、平凡な部類ではあるが、乗ったという記録はあるが、車窓に全く記憶はない。一度乗っただけで、あとは全くご無沙汰という線は他にもたくさんある。
そういう路線を訪れるのも楽しいだろうと思う。 -
15:30に西脇市駅に到着。
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西脇市の駅舎は、可愛らしい三角のとんがり屋根であった。
西脇市はかつては野村駅といって、鍛冶屋線の廃止を機に改称されている。
かつては鍛冶屋線に西脇駅があったので、廃止を機に西脇の名称を野村駅に引き継がせたのだろう。 -
駅前のバス停から、鍛冶屋線代替バスに乗る。今度の発車は15:40。また10分しか時間がない。
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バスがやってきた。西脇市駅から乗ったのは他にお客さんは1人だけ。
このバスの行き先は鍛冶屋より先の山寄上である。 -
早速加古川線の踏切を渡って、多可町方面へ向かう。
鍛冶屋線の代替バスは西脇市から鍛冶屋まで何系統かあるのだが、その何系統かが少しずつ経路をずらしながら鍛冶屋線跡を辿るような経路になっている。
今乗っている15:40西脇市発のバスは、旧曽我井駅の辺りを通るのだが旧羽安駅のあたりは通らない。そのかわり、帰りに乗る予定にしているバスはその逆で、旧羽安駅辺りを通って旧曽我井駅の辺りは通らない。 -
これは加古川から分かれている杉原川。
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曽我井西のバス停でお客さんが降りる。
この曽我井のあたりは帰りのバスでは通らない。
この先で鍛冶屋線跡と交差したはずなのだが、よくわからなかった。 -
多可町の中心に向かうにつれて道幅は狭くなり、古い市街地といった雰囲気である。
平行してに道幅の広い整備された国道もあるが、バスは昔からの市街地の通りを行くのである。 -
市街地の通りから左折して、いかにも鉄道の駅前の通りといった雰囲気の道を行くと、鍛冶屋のバス停であった。
16:19、定時から2分遅れで鍛冶屋のバス停に降りる。 -
ここにはバスの待機所のような敷地が設けられていた。
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ここは旧鍛冶屋線の鍛冶屋駅跡地になる。建物は建て替えられていて、当時の駅舎ではなさそうだが、跡地は鍛冶屋線記念館が建っていた。
しかし、今日は閉鎖されていて、中に入ることはできなかった。 -
ガラス越しに中を覗いてみる。鍛冶屋線の廃止時に使われたようなヘッドマークが置いてある。
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展示されているものは多くはないが、写真などはやはり中に入らないとよくわからない。
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当時の駅のホームは残っていて、鍛冶屋駅と隣の中村町駅の駅名票が残っていた。
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ディーゼルカーが1両、ホームに停車していた。屋根などなく雨ざらしなので少し劣化が気になる。
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旧鍛冶屋駅から西脇市方面に向けて。
もとの駅構内は公園のように整備されており、その先は遊歩道になっている。
その遊歩道を歩いて、廃線跡を辿ってみる。 -
鉄道の痕跡が残されている。
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このように舗装された遊歩道で歩きやすい。
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これは交差する道路。かつては踏み切りだったところだと思う。
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今日は日曜日だが、中学生くらいの子が頻繁に通り、どの子もすれ違いざまに「こんにちは」と挨拶をしていく。部活の帰りか何かだろうか。
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かつての車窓の風景は、あまり特徴のない平凡な農村地帯のようだ。
加古川線から分岐していた三木線、北条線、鍛冶屋線の中では、もっとも乗車密度が高かったという。
それなのに北条線や三木線が第三セクター鉄道に転換されて、鍛冶屋線は廃止され代替バス転換というのもよくわからない話なのだが、それぞれの事情があるのだろう。 -
しばらく歩くと右手に比較的大きな白い建物が見えてきた。
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何かと思ったら赤十字病院であった。
少しのどが渇いたので、病院の売店でも開いてないかと思って近くに寄ってみると、病院の中にコンビニが入っているようだ。しかし、今日は日曜日なので閉まっていた。 -
病院の駐車場側から見た、杉原川にかかる鍛冶屋線の橋梁。
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鍛冶屋線の橋梁から西脇市方面。きれいに遊歩道として整えられていて、ぱっと見ただけでは鉄道橋だったとは思えない。
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同じく鍛冶屋方面。
日赤のマークのある建物が、線路跡の両側にある。
鉄道の線路をはさんで敷地を分断するとは思えないから、どちらかは廃線後に建てられたものなのだろう。 -
杉原川にかかる橋梁を渡っても、まだしばらく廃線跡は遊歩道のように整備されている。
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中学校があった。先ほどから何度かすれ違う中学生達は、この学校からの帰り道なのだろう。
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中学校の先で遊歩道は途切れていた。そのかわり、大きな広い道路に拡張転用されているようで、その道路沿いには市民文化ホールの建物があった。
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近くにスーパーを見つけたので、飲み物を購入。
ここまで歩いたといっても2キロはないくらいだと思うからたいしたことはない。 -
拡張された道路を再び行くと、公園のように整備されたところが現れた。ここが中村町駅跡地らしい。
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駅名票が残っていた。雨ざらしの割にはきれいに残っている。
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さて、時間は17:20を過ぎている。そろそろ帰りのバスに乗らなければならない。
帰りは鍛冶屋のバス停を17:36に出る、最終の西脇市行きに乗らないといけない。最終だから当然、乗り遅れると今日中に大阪に帰れなくなる。
旧中村町駅跡までは西脇市方面に戻っているので、適当にバス通りに出てバス停を探せばいいだろう。 -
バス通りに出るとコミュニティバスのバス停が見つかったが、西脇市駅方面に向かう神姫バスのバス停は見当たらない。
もうひとつ隣のバス停まで歩く。 -
隣の安坂というバス停には神姫バスのバス停があった。時計を見ると17:33。
バス停の時刻表を見ると、17:41に西脇市行きのバスが通る。 -
ほぼ定時の17:42にバスがやってきた。
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帰りは来たときと経由が違い、旧羽安駅近くを通る。
一度杉原川を渡り、北側を通ってから再び杉原川を渡る。 -
杉原川を渡ってすぐに鍛冶屋線跡と交差する。
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車窓左手のそう遠くないところに、旧鍛冶屋線跡が平行しているはずだが、車窓からだけではよくわからない。
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バスはR427に合流し、左手から鍛冶屋線跡が近づいてきて、再び交差する。これは車窓からでもはっきりとわかる。
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交差地点には、このような車輪止めのモニュメントが、ちらっと見えた。
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西脇市役所の手前のあたりで杉原川沿いに走る。この先は西脇市街を迂回して西脇市駅に向かうが、帰りは駅ではなく西脇というバス停で降りる。
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18:05ごろ西脇のバス停に到着。乗って来たバスはこの後西脇市駅まで行くが、ここで下車する。
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ここは旧西脇駅跡である。今はアピカ西脇という、ホテルやマンション、ホール、テナントビルなどの複合施設が建てられている。
その1階はバスターミナルになっており、大阪行きの高速バスが発着している。大阪までの帰りは、鉄道ではなく、ここから高速バスで一気に大阪まで帰るつもりでいる。
次の大阪行き高速バスは18:28で、20分近く時間がある。少し西脇駅の痕跡を見るくらいの時間はありそうだ。 -
市民の憩いの広場には、かつて鍛冶屋線の西脇駅があったことがわかるように、碑が建てられていた。
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この広場と西脇市の歴史が刻まれている。
この年表には鍛冶屋線の廃止が決定された日はあるのだが、実際に廃止された日がないようだ。 -
廃線跡は幅の広い道路に拡張転用されている。その歩道から鍛冶屋方面を臨む。
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こちらはもう暗くて、この写真でははっきりしないが、西脇市方面の廃線跡。実際にははっきりと廃線跡だとわかるようになっていた。
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大阪方面のバス停でバスを待つ。
ほぼ定時で大阪駅行きの高速バスがやってきた。乗り込んですぐに発車。 -
中国自動車道の滝野社インターまでは、おおむね加古川線と平行して一般道を行く。
中国自動車道に入ると、こまめに途中の停留所に寄りながら大阪に向かう。
西脇市駅から鉄道で大阪に向かうよりも、このバスを利用したほうが、だいたい1時間弱は早く大阪に着ける。 -
北大阪急行の桃山台駅が見えてきた。この駅に隣接するように千里ニュータウンバス停がある。今日は千里ニュータウンバス停で降りて電車に乗り換える。
大阪駅のようなマンモス駅ではなく、地下鉄御堂筋線に直通し、なんばまで1本で行けるから、ここでの乗換えが便利である。 -
19:50ごろ、若干の遅れで千里ニュータウンバス停に到着。
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桃山台駅の改札まで徒歩30秒ぐらい。
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19:58の地下鉄御堂筋線直通の電車に乗る。あとは乗っていれば勝手になんばに着く。
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20:23に地下鉄の難波駅に到着。
おなかも空いたので、ホテルの戻る前に難波の繁華街で夕食にする。
昨日とは違う立ち飲み居酒屋で、焼き豚串を中心に、つまみとお酒をいただく。この店の味はよく満足したが、流行っているからか店の中は騒々しく落ち着かない。
適当に店を出て、コンビニで追加のお酒と締めになりそうなものを購入する。
今日も昨日と同じなんばのホテルに連泊する。
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