2016/03/05 - 2016/03/07
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bibouさん
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成田−関空往復ジェットスターに、大阪市内2泊で15000円のツアーを予約。
2日目(3月6日)は北条線(北条鉄道)に乗車、旧高砂線、三木線、鍛冶屋線を訪問。
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朝ホテルで朝食をいただいてから出発する。
今日は大阪難波駅から、7:58発の阪神電車の尼崎行きの普通列車に乗ることにしている。
阪神なんば線が開業してから、近鉄難波駅は大阪難波駅へと改称されている。
泊まっているホテルは難波にあるホテルということで予約したのだが、なんばと言ってもほとんど日本橋の電気街ような位置にあり、南海難波駅までもかなり距離がある。
おまけに南海難波駅と阪神の大阪難波駅は少し離れている。その事を忘れて、電車の時間の10分前くらいにホテルを出ると、途中でどうも間に合いそうもないことに気づき、日曜の朝からなんばの地下街を走って何とか間に合うという体たらくであった。 -
今日の予定は、このあと阪神電車で新開地まで行き、その後神戸電鉄に乗り換えて、北条線の起点の粟生まで行き、そのまま北条線に初乗車し、旧鍛冶屋線、旧三木線、旧高砂線の順に訪問する予定にしている。
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尼崎で山陽電鉄直通の姫路行きの直通特急に乗り換える。
難波から尼崎までの電車はロングシートであったが、この列車は転換クロスの車両で、JRの新快速と同じような車両で快適である。
20分強で三宮に到着。お客さんがかなり降りる。 -
8:50に地下の新開地駅に到着。ここで8:52発の粟生行きの神戸電鉄に乗り換える。
同一か対面ホームの乗り換えかと思っていたら、階段を上って別ホームからの乗り換えのようだ。
階段を上ると神戸電鉄のホームは頭端式で、2つのホームがあり、どちらにも電車が止まっている。
落ち着いていれば粟生行きの表示があってわかるようになっていたのだが、乗り換え時間が迫っていてあせっていたのか、全く表示が目に入らず、あてずっぽうに右側の電車に乗ると、反対側の左側の電車の扉が閉まって発車していった。
あわてて電車を降りるが後の祭りで、あてずっぽうに乗った電車は3分後の三田行きであった。 -
乗り遅れたものは仕方がないのだが、次の粟生行きは1時間後である。計画してきた乗り継ぎの予定はパーである。
とりあえずこの地下の新開地駅で1時間待つのは、気が滅入るし時間がもったいない。
ここ新開地からは姫路方面の山陽電鉄に乗れば、旧高砂線に近い高砂に行ける。旧高砂線を訪問するのを先にして、そこから北へ攻めあがるほうが、ここで1時間待つよりはよさそうな気がする。
9:01発という、山陽電鉄直通の姫路行き直通特急がある。とりあえずそれに乗って予定を組みなおすことにした。
車内で乗り継ぎを調べてみると、旧高砂線、旧三木線、北条線、旧鍛冶屋線と回れば接続もよく、元の予定とあまり変わらない時間に大阪に着くことができそうである。
三宮から先の区間に乗るのは初めてだが、電車はいつの間にか地上へ出て、JR山陽本線と平行して大阪湾沿いに走っている。
海の見える景観のよい区間だが、予定の組みなおしに集中していて、車窓を眺めている余裕はなかった。
10:43に高砂駅に到着。 -
旧国鉄高砂線は、赤線で示したように加古川駅から高砂駅までを結んでいた路線である。
貨物専用の路線などを含むと、山陽電鉄の荒井駅の更に先まで路線はあったのだが、旅客路線だけだとこの赤線で示した区間である。
旧国鉄高砂線の代替となるバス路線は、かつてはどうだったのかはっきりしないが少なくとも現在では存在しない。路線跡は比較的わかりやすく残っていて、距離も短いので、徒歩や電車、バスを利用して辿ってみようと思う。 -
山陽電鉄の高砂駅の駅前にあたるところに、旧国鉄高砂線の高砂北口駅という、バス停のような名前の駅があった。
それがこの自転車置き場になっているところで、隣は道一本挟んで山陽電鉄の線路である。 -
高砂北口駅から隣の尾上駅まではほとんど山陽電鉄と平行していた。その跡地はこのように遊歩道になっていた。
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このように旧国鉄高砂線跡であることがわかるようになっている。
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これは山陽電鉄の高砂駅の石碑。今の駅舎に移転する前はこのあたりにあったらしい。
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高砂北口駅跡まで戻ってきた。高砂北口駅であったことがわかるようなものは特に見当たらなかった。
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高砂線跡は高砂駅方面に向けて、しばらく駐輪場になっているようであった。
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高砂駅方面へ向かって、途中から高砂北口駅に向けて。鉄道路線を思わせる緩やかなカーブである。
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駐輪場に転用されたスペースを抜けると、その先は遊歩道に整備されていた。
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転轍機が残されている。
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国鉄高砂工場や、各企業の工場への分岐点であったことが示されている。
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遊歩道を行くとロータリーのような行き止まりになった。ここが旧国鉄高砂駅跡である。
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車輪が残されている。
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ここには、高砂駅跡であることがわかるよう、碑が建っていた。
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ここから先、高砂港駅まで貨物用の線路は延びていた。この先は遊歩道というか公園のように整備されていた。
旅客輸送はこの高砂駅まで。 -
かつての駅前の商店街にあたるのだろうか。とてもレトロな銀座商店街という通りがあった。
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シャッターが下りて寂しいが、雰囲気は抜群だ。
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まだ午前10時過ぎと、少し早いのかもしれないが、商店街としての使命は終わってしまったのか、開けている店舗はほとんど見られない。
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銀座商店街から分かれるセンター街。凄まじい雰囲気である。
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ここは何かわからなかったが、由緒ありげな佇まいである。
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銀座商店街の入口にあるこの建物は、歴史資料館として使われていた。
今日はこの後の予定が詰まっているので長居はできないが、このうらぶれた雰囲気は抜群で、何としても再訪したい。 -
再び高砂線跡を戻ると、先ほど転轍機の並んでいたあたりで分岐している。
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さっきは気づかなかったが、転轍機とともに信号機が残されていた。
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分岐したほうの道を行く。これは荒井方面の国鉄工場などへの引込み線だろう。
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道路にぶつかって振り返るとこんな感じ。いかにも廃線跡といった佇まい。
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この先は山陽電鉄と平行した道路に整備されてしまっている。廃線跡かどうかはっきりはわからなかった。
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山陽電鉄の高砂駅に戻ってきた。
先ほどの銀座商店街もだが、この駅前もかなり寂れており、あまり活気を感じない。 -
ここからは10:28の普通電車に、隣の尾上の松駅まで乗る。
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旧高砂北口駅から旧尾上駅までは、山陽電鉄とほぼ平行している。
来るときにも乗ったが、この区間は山陽電鉄に乗りながら廃線跡を確認してみる。 -
高砂北口駅から加古川方面の廃線跡の遊歩道。
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加古川の手前で道路と交差する。その高架は残っているが、この先の加古川にかかる橋梁は完全に撤去されていた。
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加古川を渡った先の路盤跡。ここを見る限りは廃線跡は通行禁止ではなく自由に入れそうである。
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加古川の支流のような小さな川か水路のようなところを渡る。ここの橋は残されていた。
枕木がはっきり残されていて、その上を歩いて渡れそうにも見える。 -
遊歩道に整備はされていないが、はっきりと廃線跡だとわかる。
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ここも水路のようなものがあるのだろうか。
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住宅沿いの廃線跡は、花壇や畑にされがちなのだが、きれいに残されたままだ。
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このあたりは隣の公園と柵で仕切られている。
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ほとんど尾上の松駅に近づいたあたりだが、このあたりは畑などに再利用されているようだ。
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10:31に尾上の松駅で降りる。
ここからは、旧尾上駅跡を通って旧鶴林寺駅跡まで歩く。旧鶴林寺駅から加古川駅までは、おおむね廃線跡を走るバスがあって、これが鶴林寺のバス停を11:00に出る。
鶴林寺駅までは廃線跡を辿っても1.2キロ程度で、29分あれば余裕で間に合うだろう。 -
駅前の踏切を渡ると道路と交差する。この道路が旧高砂線跡で、このあたりから加古川方面の旧高砂線跡は、その多くが道路に転用されている。
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山陽電鉄に沿いながら進むと自転車置き場がある。山陽電鉄の尾上の松駅からも遠くはないが、このすぐ先が旧高砂線の旧尾上駅であるから、かつては尾上駅前の駐輪場だったのだろう。
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駐輪場からすぐ先に少し広いスペースがある。ここが旧尾上駅跡であった。
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かつて鉄道があった事を示す碑が建てられていた。
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更に進むと山陽電鉄の下をくぐって交差する。
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単線鉄道の廃線跡は、車道とするには2車線には微妙に狭く使いにくいのだが、ここは拡張された様子もなくそのまま活用されているようだ。
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山陽電鉄と交差すると、今度はすぐに山陽新幹線が見えてくる。
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山陽新幹線の高架の下をくぐる。
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住宅地の一画の道だが、ここも廃線跡。
廃線跡かどうか見分けるコツとして、道路に対しての家の向きをチェックすると参考になる。この写真のように道路に対して背を向けたような並びになっていると、廃線跡の可能性が高い。 -
この集合住宅のように、道路側に面しているものは廃線後にできた建物だと想像できる。
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国道250号線と交差すると、すぐ先が旧鶴林寺駅。
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駅名の由来になっているとおり、国宝の鶴林寺がある。
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今日は外から眺めるだけ。
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鶴林寺のすぐ脇に、鶴林寺のバス停があった。おそらくここが鶴林寺駅跡だと思うが、それとわかる表示は特に見当たらない。
時計を見ると10:53である。11:00のバスまで少し休む。
時間を少し過ぎて、可愛らしい小さなバスがやってきた。かこバスという、加古川市で運営しているコミュニティバスである。
車内は満席で、出入り口付近の手すりにつかまって立つ。 -
鶴林寺のバス停を出ると左手に鶴林寺の公園を見ながら、緩い上り坂を上っていく。公園が途切れると加古川の住宅街になった。
2つ目の松風ギャラリー前というバス停は、旧野口駅跡に設置されていて、ここはかつて駅であることが示された碑のほかに、随分新しそうだから当時のものかは分からないが駅名票が残されていた。
野口駅からは、これも廃止になった別府鉄道が分岐していた。別府鉄道の廃線跡はその大部分が遊歩道に整備され、歩いて辿ることが容易だというから、高砂の寂れた町並みと一緒に別府鉄道の廃線跡もまた訪れてみたい。 -
旧高砂線は山陽本線を高架でまたいで山陽本線の北側に回り、加古川線に接続して加古川駅に至っていたが、このバスは山陽本線と交差することなく、駅の南側に到着した。
今では山陽本線も加古川線も高架になり、加古川駅も高架化されている。高砂線が発着していたころの面影は微塵もない。 -
バスの加古川駅到着予定時刻は11:13だったのだが、少し早着して11:11頃に着いた。
加古川発11:16の加古川線に乗るつもりだったので、バスが遅れると危ないなと危惧していたのだが、安堵する。
この後は加古川線で北上し、旧三木線、北条線、旧鍛冶屋線を訪問する。
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