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萬福寺(まんぷくじ、東京都大田区南馬込)は源頼朝より重用された御家人である梶原景時(かじわら・かげとき、1140?~1200)が開基した漕洞宗の寺院です。<br /><br />ご承知の通り源頼朝は平氏に反旗を翻すも石橋山の戦いで敗れ、岩屋(現在の湯河原)に潜んでいた所、平家追討軍に加わっていた梶原景時が洞窟に入り頼朝と顔を合わせ、自害しようとする頼朝をおし止め安房への逃亡を助けた経緯があります。<br /><br />頼朝が勢力を回復して鎌倉に本拠を構えると景時は近臣土肥実平(どい・さねひら、生誕不詳~1191)を通じて頼朝に降伏、その後頼朝に対面して許され御家人として加わり、もとより弁舌が立ち東武士にしては教養の素地が高いこともあって頼朝の信頼を得る事になります。<br /><br />正治元年(1999)正月に頼朝が死去すると、二代将軍頼家を支える13名の御家人による合議制が置かれ宿老である景時もそのメンバーに加わり政局を運営しますが、頼家の治世でも権力を振う景時に対し三浦氏や和田氏を中心とする66名の御家人から頼家宛景時の排斥を求める連判状が出されます。<br /><br />この事態に景時は何ら弁明もせず所領の相模一ノ宮の館に退き、翌年景時は上洛すべく一族郎党を引連れて一ノ宮を出奔するも途中の駿河国清見関にて御家人吉川(吉香)友兼及び在地武士との間で合戦となり嫡子景季(かげのり)と共に討死となります。<br /><br /><br />景時墓石の傍らには次の説明板が建立されています。<br /><br /><br />「当山開基 梶原平三景時の墓<br /><br />梶原景時は源頼朝の重臣で鎌倉幕府の代表的武将である。治承4年(1180)頼朝は伊豆において源氏再興の挙兵をなし小田原石橋山の戦いで平家の軍勢大庭景親に敗れた。<br /><br />この時景時はいち早く頼朝を助け洞穴にかくまい機を見て真鶴海岸より舟で安房(千葉)に逃れさせた。<br /><br />その後、頼朝と共に東国武士を臣属せしめて鎌倉幕府を擁立した。<br /><br />建久年間(1190)には頼朝の命により当山を建立し大檀那となり三国伝来の三尊仏を本尊として祀り鎌倉殿の昌運と必勝祈願をなした。その霊験あらたなり。<br /><br />源平の戦いでは義経・範頼と共に兵を引きいて富士川の戦・一ノ谷の合戦などで武勲を上げその名を天下に轟かす。<br /><br />景時は鎌倉殿の絶大なる信任により頼朝の随身として常に幕府の要職にあり終生変らず頼朝に忠節を尽くし全うした。<br /><br />最も頼朝は命の恩人である景時がいなかったら頼朝もなく鎌倉幕府も出現しなかったと言われている。景時の功績は大きく実に天下をゆるがすものであり誠に美事と言わざるを得ない日本の歴史上重要な人物の一人である。<br /><br />頼朝逝去(1199)後の正治2年正月二十日(1200)三河、今の静岡で壮烈な戦死を遂げ当山に祀る。<br /><br />歌舞伎十八番の石切梶原の鎌倉八幡宮社頭の名場面は余りにも有名である。<br /><br />    昭和61年秋彼岸<br />                萬福禅寺」

武蔵南馬込 石橋山合戦で敗退潜伏の頼朝を見逃し幕府樹立後は頼朝の側近として活躍するも後盾を失って排斥された宿老梶原景時が開基の『萬福寺』散歩

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2016/03/30 - 2016/03/30

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滝山氏照

滝山氏照さん

萬福寺(まんぷくじ、東京都大田区南馬込)は源頼朝より重用された御家人である梶原景時(かじわら・かげとき、1140?~1200)が開基した漕洞宗の寺院です。

ご承知の通り源頼朝は平氏に反旗を翻すも石橋山の戦いで敗れ、岩屋(現在の湯河原)に潜んでいた所、平家追討軍に加わっていた梶原景時が洞窟に入り頼朝と顔を合わせ、自害しようとする頼朝をおし止め安房への逃亡を助けた経緯があります。

頼朝が勢力を回復して鎌倉に本拠を構えると景時は近臣土肥実平(どい・さねひら、生誕不詳~1191)を通じて頼朝に降伏、その後頼朝に対面して許され御家人として加わり、もとより弁舌が立ち東武士にしては教養の素地が高いこともあって頼朝の信頼を得る事になります。

正治元年(1999)正月に頼朝が死去すると、二代将軍頼家を支える13名の御家人による合議制が置かれ宿老である景時もそのメンバーに加わり政局を運営しますが、頼家の治世でも権力を振う景時に対し三浦氏や和田氏を中心とする66名の御家人から頼家宛景時の排斥を求める連判状が出されます。

この事態に景時は何ら弁明もせず所領の相模一ノ宮の館に退き、翌年景時は上洛すべく一族郎党を引連れて一ノ宮を出奔するも途中の駿河国清見関にて御家人吉川(吉香)友兼及び在地武士との間で合戦となり嫡子景季(かげのり)と共に討死となります。


景時墓石の傍らには次の説明板が建立されています。


「当山開基 梶原平三景時の墓

梶原景時は源頼朝の重臣で鎌倉幕府の代表的武将である。治承4年(1180)頼朝は伊豆において源氏再興の挙兵をなし小田原石橋山の戦いで平家の軍勢大庭景親に敗れた。

この時景時はいち早く頼朝を助け洞穴にかくまい機を見て真鶴海岸より舟で安房(千葉)に逃れさせた。

その後、頼朝と共に東国武士を臣属せしめて鎌倉幕府を擁立した。

建久年間(1190)には頼朝の命により当山を建立し大檀那となり三国伝来の三尊仏を本尊として祀り鎌倉殿の昌運と必勝祈願をなした。その霊験あらたなり。

源平の戦いでは義経・範頼と共に兵を引きいて富士川の戦・一ノ谷の合戦などで武勲を上げその名を天下に轟かす。

景時は鎌倉殿の絶大なる信任により頼朝の随身として常に幕府の要職にあり終生変らず頼朝に忠節を尽くし全うした。

最も頼朝は命の恩人である景時がいなかったら頼朝もなく鎌倉幕府も出現しなかったと言われている。景時の功績は大きく実に天下をゆるがすものであり誠に美事と言わざるを得ない日本の歴史上重要な人物の一人である。

頼朝逝去(1199)後の正治2年正月二十日(1200)三河、今の静岡で壮烈な戦死を遂げ当山に祀る。

歌舞伎十八番の石切梶原の鎌倉八幡宮社頭の名場面は余りにも有名である。

    昭和61年秋彼岸
                萬福禅寺」

旅行の満足度
3.5
交通手段
JRローカル
  • 万福寺・山門

    万福寺・山門

  • 万福寺境内・案内図

    万福寺境内・案内図

  • 万福寺・扁額<br /><br />山門に掲載の「慈眼山」と描かれた山号が見えます。

    万福寺・扁額

    山門に掲載の「慈眼山」と描かれた山号が見えます。

  • 万福寺・寺柱<br /><br />

    万福寺・寺柱

  • 名馬「するすみ」像<br /><br />源氏の武将梶原景時と共に源平合戦に出陣して戦功を挙げた息子景季(かげすえ)は頼朝から名馬「するすみ」を拝領されたといわれています。馬込は昔から馬の産地といわれ、「するすみ」も当地の産とも言われていたそうです。

    名馬「するすみ」像

    源氏の武将梶原景時と共に源平合戦に出陣して戦功を挙げた息子景季(かげすえ)は頼朝から名馬「するすみ」を拝領されたといわれています。馬込は昔から馬の産地といわれ、「するすみ」も当地の産とも言われていたそうです。

  • 「するすみ」像説明板

    「するすみ」像説明板

  • 中門(無量門)と鐘楼門<br /><br />山門を過ぎると正面には中門(無量門)、右手には鐘楼門が視野に入ります。

    中門(無量門)と鐘楼門

    山門を過ぎると正面には中門(無量門)、右手には鐘楼門が視野に入ります。

  • 中門(無量門)遠景<br /><br />本堂は石段を上り中門(無量門)奥に在しています。

    中門(無量門)遠景

    本堂は石段を上り中門(無量門)奥に在しています。

  • 万福寺・鐘楼門(全景)<br /><br />一方、鐘楼門は右端石段を登って行きます。

    万福寺・鐘楼門(全景)

    一方、鐘楼門は右端石段を登って行きます。

  • 万福寺・鐘楼門(近景)<br /><br />鐘楼門の二階部に鐘楼が見えています。

    万福寺・鐘楼門(近景)

    鐘楼門の二階部に鐘楼が見えています。

  • 大田区文化財説明<br /><br />「阿弥陀如来及び両脇侍立像」

    大田区文化財説明

    「阿弥陀如来及び両脇侍立像」

  • 大田区文化財説明<br /><br />板碑群

    大田区文化財説明

    板碑群

  • 大田区文化財説明<br /><br />馬具

    大田区文化財説明

    馬具

  • 万福寺・中門(無量門)近景<br /><br />平成10年(1998)10月に梶原景時800回忌記念事業として建立された中門で設置された扁額の通り、無量門と称されています。

    万福寺・中門(無量門)近景

    平成10年(1998)10月に梶原景時800回忌記念事業として建立された中門で設置された扁額の通り、無量門と称されています。

  • 日蓮聖人参籠祈願之霊跡

    日蓮聖人参籠祈願之霊跡

  • 万福寺の鬼子母神・説明板

    万福寺の鬼子母神・説明板

  • 万福寺・半杓水

    万福寺・半杓水

  • 半杓水説明板

    半杓水説明板

  • 万福寺・摩尼輪堂

    万福寺・摩尼輪堂

  • 万福寺・鐘楼門<br /><br />本堂から鐘楼門を一望します。

    万福寺・鐘楼門

    本堂から鐘楼門を一望します。

  • 万福寺・洗心閣<br /><br />当寺の総受付で本堂書院の入口にあたります。

    万福寺・洗心閣

    当寺の総受付で本堂書院の入口にあたります。

  • 日侍供養塔

    日侍供養塔

  • 日侍供養塔説明板

    日侍供養塔説明板

  • 「梶原景時由緒大絵馬」石柱

    「梶原景時由緒大絵馬」石柱

  • 梶原景時由緒大絵馬(拡大)<br /><br />レリーフの右側には洞窟に潜む頼朝の姿が見えます。

    梶原景時由緒大絵馬(拡大)

    レリーフの右側には洞窟に潜む頼朝の姿が見えます。

  • 萬福寺・本堂

    萬福寺・本堂

  • 万福寺・本堂扁額

    万福寺・本堂扁額

  • 万福寺・境内<br /><br />本堂から中門方向を一望します。

    万福寺・境内

    本堂から中門方向を一望します。

  • 「梶原景時菩提寺」石標

    「梶原景時菩提寺」石標

  • 万福寺・境内

    万福寺・境内

  • 「梶原景時墓所入口」石標

    「梶原景時墓所入口」石標

  • 梶原景時墓所(全景)

    梶原景時墓所(全景)

  • 梶原景時墓石(近景)

    イチオシ

    梶原景時墓石(近景)

  • 梶原景時・菩提塔<br /><br />墓石の左側には梶原景時が創建(開基)したと刻された石柱が建っています。

    梶原景時・菩提塔

    墓石の左側には梶原景時が創建(開基)したと刻された石柱が建っています。

  • 梶原景時の墓説明板

    梶原景時の墓説明板

  • 市街風景<br /><br />高台に建てられた万福寺から墓を経て市街を捉えます。

    市街風景

    高台に建てられた万福寺から墓を経て市街を捉えます。

  • 境内に咲く桜

    境内に咲く桜

  • 山門風景<br /><br />高台に設置された中門から山門方向を見降ろします。

    山門風景

    高台に設置された中門から山門方向を見降ろします。

  • 万福寺・閻魔殿

    万福寺・閻魔殿

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