2015/10/31 - 2015/11/08
291位(同エリア386件中)
クリスさん
アブルッツォ州キエティ県。グアルディアグレーレは、人口約9,100。マイエラ国立公園の東麓にある小都市。
古くから、金細工師の町といわれている。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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町の入り口の公園に建つのは見張りの用の塔は、10世紀から11世紀にかけての物という。
名前は、オルシーニの塔あるいはロンゴバルトの塔(TORRIONE ORSINI O TORRE LONGOBARDA)とも呼ばれている。 -
公園の脇で見つけたミネラルウオーターの自動販売機。
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ジュゼッペ・ガルバルディ広場(Largo Giuseppe Garibaldi)からローマ通りを入っていくと教会にあたる。
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サンタ・マリア・マジョーレ(Santa Maria Maggiore)教会は、この町の参事会聖堂(Collegiata)である。建立は11世紀だが、後世の手がかなり入っている。
ポータルは14世紀のゴシックスタイル。ロマネスクの土台にむき出しのカリオンがある鐘楼は、この町の金細工を生かした物だ。 -
教会の両サイドはポルティコになっている。これは右側の柱廊。
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この右側の柱廊にあるのが、 アンドレア・デ・リィティオ(Andrea De Litio)が描いたという聖クリストフォロ像。
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内部は20世紀に修復された新しい作りである。
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平面だけで、筒型のアプトを持たない後陣。
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右柱廊には、この地を支配した貴族たち、32家族の紋章が掲げられている。
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右柱廊の下、教会をくぐるようにして道路が通っている。
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このような形で中に道路が通っているのは、非常に珍しい。
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トンネルを潜ると、マジョーレ広場(Piazza Maggiore)と呼ばれる広場にでる。
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教会の左柱廊部分は、右側とは違いアーチ構造となっている。その先にはもうひとつの教会がある。
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教会の手前を左に折れ、ローマ通りを少し進む。
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一軒のパティシェリアの小さな入り口が見えてくる。
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パティシェリア・エモ・ルーロ(Pasticceria Emo Lullo)という名で、創業は1889年。この町を代表する名物菓子がここにあるという。
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下の写真が、そのお菓子。名前をシセ・デ・モナケ(Sise de Mòneche)。
訳すと「修道尼僧のオッパイ」となる。
命名した店主の想像で名付けられたという。 -
お店の公式サイトは↓
http://www.pasticcerialullo.it/ -
名物を味見の後に、向かったのが聖フランチェスコ教会(Chiesa di San Francesco)。
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ロマネスク−ゴシックの教会だが、内部はバロックに改装されている。
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側面の扉口にはロマネスクが残されている。この写真を撮って、中に入ろうとしたとき一人の女性が声をかけてきた。
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声をかけてきたご婦人、気づかずに教会の中に入った私の後を追いかけてくる。私が、ポータルの写真を撮っている時、妻に最初に声をかけたらしい。私が中に入ってしまったので追いてきた。
やおら「この教会は13世紀のロマネスク−ゴシックの教会よ。」と解説を始めた。
この写真は、受胎告知が題材である。16世紀の木彫を絵のように額に入れて加工してある。作者名も教えてくれたが、それは忘れてしまった。 -
左右で対になっていて、左側にはパドヴァの聖アントニウス(Sant'Antonio da Padova)がいる。
ひとつひとつ、説明が終わると写真をというので、逐一撮ってはモニータの画像を見せると「いいわ!」という。 -
下の写真は、懺悔室(stanza confessione)。「13世紀の木製で、この教会で一番古いのよ。」という。
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その上の絵画。聖母と聖人が2人、でも説明された内容は忘れてしまった。
普段、ガイドでもしているのだろうか? 詳しく説明するし、わかるかどうか聞き返してくるので、答えるのに必死だった。
時おり英語を交えながらの、イタリア語の会話だったが、不思議と話が通じた。 -
主祭壇の奥には、聖廟があった。
さすがにこれは写真に撮れないし、撮りなさいとも進められなかった。
説明を聞くまで、知らなかった事であるが、ギリシアの聖ニコラ(San Nicola Greco)の聖遺骸が祭られている。
ギリシアの聖ニコラは10世紀末から11世紀初頭に修道士として活動した聖人である。 -
外に出て、正面ポータルはロマネスク−ゴシックスタイル。ルネットは寂しいが、木彫扉が素晴らしい。
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そこから左横に回ると修道院の回廊がある。聖フランチェスコ教会はアッシジのフランチェスコに献堂された物で、その名のとおりフランチェスコ派の修道院であった。
市民ホールとして使われているが、回廊部分はロマネスクの半円アーチが残っている。 -
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中庭にある木は32mだという。
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さらに案内するというので、街中に戻り、改めて参事会聖堂に向かう。
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ここは、この街で一番ロマンチックな通りよ! と言われて撮った一枚。
狭い通りなので、カップルのデートコースには良いのかもしれない。 -
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聖フランチェスコ教会で出会った彼女に連れられて、再び参事会聖堂に戻る。
「この教会はコンプレッソ(Complesso)なのよ」と説明する。
コンプレッソは教会複合体、教会群という意味だが、元々は4つあった教会だという。 -
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写真の左奥に鐘楼と、入り口が見える。それが前の教会とつながっているのがわかる。
私は、上の教会は見た言ったので「じゃクリプトに案内するわ」といって連れて行かれたのが、先ほどのトンネルである。先ほどは見落としていたが、確かに小さな扉口がある。
この教会の上部は2つの教会を合体させたもので、このクリプトは4つ目の教会を利用した物という事だ。 -
トンネルの中にあった入り口から地下クリプタに入る。
入ったすぐ脇にあるのが、この洗礼盤。この教会で一番古い8世紀の物だという。 -
左右の祭壇には、ロマネスク−ゴシックのアーチに囲まれた聖母マリアとキリスト。
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目視だと暗いのだが、フラッシュをたいて撮っているので写真はばっちり。彼女が撮るたびに確認して「ok」出すので撮影禁止じゃないかは? 問題ない。
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ここにもあった聖ロッコの像。
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こちらが、クリプタ内部の主祭壇。
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上部の画像はマドンナ・デル・ラテ(Madonna del Latte)=授乳の聖母。
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そして、主祭壇の磔刑像。
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そして、連れて行かれたのがこのタベルナコロ。
これは、クリプトを出て広場に面した左柱廊にあるマドンナ・デル・ラテ。
13世紀のフレスコ画で、先ほどの洗礼盤を除けばこの教会では一番古い物になる。 -
最後はこのポルティコに天井部にあるシャンデリア。この街ならではの金細工の品だという事だった。
「この先にこの街の名物のお菓子があるんだけれど?」と聞かれたが先ほど食べたというと、「これで、一通りの説明は終わったかしら?」といって解放してくれた。
お礼にチップを渡して別れたが、出会った場所(役場の近く)から推定してどうも役場のツーリスト担当のスタッフだったようだ。
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