2016/02/06 - 2016/02/06
405位(同エリア677件中)
滝山氏照さん
高根城(たかねじょう、千葉県船橋市高根町字城高山)は伝承として高城信義(たかぎ・のぶよし)と称する武将が築城し、戦国時代には現在の千葉県松戸市に在する小金城を本拠とする高城氏の支配下にあってその一族である高城山城守と称する武将が在城し、その妻の菩提を弔うため弘治元年(1555)に城内に創建されたようです。
高城氏は室町時代下総守護として勢力を有した千葉氏の家老原氏の家臣であったとされ、享徳の乱で上杉氏と敵対関係にあった時期に上杉氏の下総侵攻を防ぐ拠点として原氏が高城氏を小金に配置した経緯があります。
天文6年(1537)小田原北条氏は武蔵に侵攻、江戸城を本拠としていた扇谷上杉朝定(うえすぎ・ともさだ)を破り江戸城支配すると、下総侵攻を阻止するとして御弓公方・足利義明(あしかが・よしあき)は安房の里見氏・武田氏と共に下総国府台に兵を集め小田原北条氏と対決姿勢を採ります。
小田原北条氏の台頭により同氏に属し「他国衆」として高城氏は国府台合戦に参戦、小田原北条氏は勝利して房総における勢力地図は一変、戦功により高城氏は現在の流山から船橋に至る広大な所領を獲得、その頃に船橋にあった高根城は高城氏の支配に組み込まれたと思われます。
天正18年(1580)、いわゆる豊臣秀吉の小田原征伐が始まると高城胤則(たかぎ・たねのり、1571~1603)は小田原城に籠城し湯本口を守りますが、物量豊富な豊臣に包囲されやがて小田原城は開城、北条氏は没落、時同じく本拠の小金城も開城するも城郭は焼き払われ高城氏も滅亡、支配下の高根城も前後して陥落したと思われます。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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高根城跡
高根城跡の西側には樹林が台地を囲んでいます。 -
高根寺石標
幹線道路の傍らには「漕洞宗高根寺」と刻された寺標が建ています。 -
高根寺入口
入口の右側の高台には城郭を構成する秋葉神社が配されています。 -
高根寺山門
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六地蔵
山門脇に鎮座している六地蔵があります。 -
高根寺本堂玄関
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玄関上部
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本堂扁額
本堂には寺号「高根寺」と揮毫された扁額が掲載されています。 -
境内風景
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イチオシ
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神木
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墓地
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鐘楼堂
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切岸
城郭跡の一部を示す切岸らしきものが見られます。 -
土塁
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土塁
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歴代住職墓石
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本堂
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土塁
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土塁
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境内風景
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山門上部
「昌閣山」と書かれた扁額が視野に入ります。 -
秋葉神社鳥居
高根寺山門から秋葉神社鳥居が視野に入ります。かつては高根寺と秋葉神社は一体となって高根城を構成していたそうです。 -
秋葉神社鳥居(拡大)
鳥居の上部には「秋葉神社」と描かれた扁額が付されています。 -
石標
神社階段登リ口には狐の姿を刻した石票が建っています。 -
秋葉神社社殿
階段を上り切ると正面には社殿と神楽殿が見えます。 -
秋葉神社社殿
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秋葉神社神楽殿
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境内風景
社殿から狭いながら神社風景を一望します。 -
境内風景
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境内風景
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外部風景
樹間から幹線道路を捉えます。 -
土塁
社殿の後には土塁らしきものが配されています。 -
土塁
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土塁
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祠堂
神社の片隅に祠堂が配されています。 -
市街風景
それほど高度はないものの見張台の役割を果たすほど外部展望が見えます。 -
高根寺方向
神社境内からは高根寺山門を捉えることができます。 -
駐車場風景
高台に建てられた秋葉神社の眼下にはやや広めの駐車場が見えます。 -
秋葉神社
幹線道路からこんもり繁った樹林があり、この中に秋葉神社が控えています。
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