2016/01/19 - 2016/01/19
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kinomukumamaさん
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日月潭より南下すること110キロ、観光中はコート無しで過ごせました。それでも現地ガイドさんによると「寒い~」ということでした。
「台湾の京都」と言われ寺廟や史跡が多い都市です。
ここ赤嵌楼の歴史を知るだけで台湾の歴史を知ることが出来そうです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
日月潭から台南までは3時間かかるので途中大きなサービスエリアに寄りました。
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サービスエリアの敷地内、ひまわりが元気よく咲いていました。
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樹木に胡蝶蘭・・さすが南国、これが本来の姿ですね。
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台南の観光名所ナンバーワンの赤嵌楼(チーカンロウ)に到着。
紅毛城ともいうそうです。
淡水にもありますね。紅毛城。 -
こまいぬさんのんびり風。南国だね〜。
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プロヴィンシア城遺跡。
1653年、オランダ人が建設した商業と行政の中心地でした。紅毛城と呼ばれるのはオランダ人に由来するものですね。
清朝時代に完全に破壊されました。 -
1661年に鄭成功がオランダ軍を追い出し「承天府」と名付けました。
鄭成功(母は日本人)和議の像です。
背中を向けているのはオランダ人、当初はひざまずいていたそうですが・・。 -
赤嵌楼(海神廟)
ここではいろんな国の歴史が交差してきました。
オランダ統治時代 (1624-1662)
鄭氏政権 (1662-1683)
清朝統治時代 (1683-1895)
台湾民主国 (1895)
日本統治時代 (1895-1945)
中華民国 (1945-現在) -
御贔屓牌。
下は亀、牌の上部には皇帝だけが使える5本の爪をもつ龍が描かれています。
昔は別の廟に納めてあった石碑だそうです。 -
手前:海神廟、奥:文昌廟。
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軒も窓枠の曲線も素敵です。
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1875年建設の海神廟に入場。
海神の庇護に感謝して作られました。 -
内部は西洋風。
日本統治時代は陸軍病院として使用されました。 -
1944年、太平洋戦争末期日本人が改修しました。
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当時の様々な洋式の船の模型です。
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こんな所に日本人?日本統治時代最後の台南市長となった羽鳥又男です。
太平洋戦争終結、日本軍が台湾を引き揚げる時、台南の史跡を焼き払おうとするのを制止した人です。 -
テラスの陶器。こちらは西洋風。
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こちらはアジア風ですね。
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文昌閣は1886年、教育振興のために建てられました。
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海神廟から見た文昌閣の屋根。
文昌廟には有名な学問の神様「魁星爺」がいます。すごく有名な神様で、多くの学生が大学受験のためにここをおとずれ合格祈願をします。 -
清朝の中国風楼閣建築です。
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魔除けの獅子ですね。
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緑色陶器はキリン?
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庭の眺め・・。
下りてみましょう。 -
海神廟の裏手は瓶型のくりぬき出入り口です。
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この門をくぐると・・
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中国式庭園につながります。
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一角にあるカフェ。
台湾コーヒーは美味しいそうです、良い香りがしていました。
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