2015/05/08 - 2015/05/08
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はなまりんさん
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2015年5月8日。
第73回八田與一墓前祭参列。
いよいよ今回の旅のクライマックスです!
日本統治時代に日本が台湾で行った最大の事業の一つ、嘉南大シュウ(土へんに川)を作り上げた人物、八田與一。
日本ではあまり知られていないのですが、台湾では教科書にも載っていて、授業で教えられています。嘉南では神様のように慕われ続けている人です。
この八田與一の命日に毎年行われている墓前祭に参加するのが、弥次喜多のこの旅一番の目的なのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
八田與一は金沢出身。
日清戦争によって台湾は日本の領土となりました。八田与一は東大工科土木科を出た後、明治43年(1910年)、24歳でこの台湾へ、台湾総督府の土木技師として渡りました。
不毛の大地であった嘉南の地に、巨大ダムと、平原一帯を隈なく覆う給排水路を完成させ、この土地を一大穀倉地帯として甦らせる、というのが八田に課せられた使命でした。そして10年もの歳月の後、彼はこの大難事業を見事成功させます。
ダムは烏山頭水庫と名付けられました。このダムと給排水路を合わせた灌漑施設を、嘉南大シュウと呼びます。
工事は、調査を開始した1918年から約10年の歳月を要しました。
この灌漑設備は、85年を経た現在も立派に現役として機能しており、嘉南の地は豊かな恵みを産み続けています。
この功績を讃え、八田與一は嘉南の人たちから「嘉南大シュウ(土偏に川)の父」として慕われ続けているのです。
(写真は八田與一記念館にて)
金沢回転寿司 輝らり グルメ・レストラン
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また更に注目すべきは、八田の考え出した「三年輪作」という耕作方法の普及です。
広大な土地をすべて一度に潤すことは出来ないため、耕作地を三つに分けて、1年目水稲作、2年目甘藷作、3年目野菜等の雑作、の輪作により、農民が等しく豊かになれるようにと八田は考え、このシステムを普及させました。
ただ単に収量を上げ、あるいは増産だけを目指すのではなく、ここに暮らす人々が公平に富を享受できるようにという願いがこの輪作の思想には込められています。人々の幸福という観点に基づいた深い思想です。
台湾で日本が行ったこの事業については、もちろん日本のための食糧増産という目的が第一義だったでしょうが、そのために台湾を搾取することだけを目的にしたかというと、決してそうではありません。日本の領土になったからには、人々の暮らしも本土並みにしていかねば、というのが明治当時の日本政府の立場だったようです。(この辺り、歴史をどう読み解くかは諸説あるところですから、皆さんそれぞれの考察に委ねたいと思います。)
このような背景のもと、更に八田与一の、万人の幸福追求の為に、という姿勢が、このような事業を可能にしたのでしょう。
まずは、金沢にあるふるさと偉人館の展示から、写真を何点かご紹介しましょう。
(写真は金沢ふるさと偉人館展示 嘉南大シュウ全体図)八田與一記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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工事の様子を描いた絵です。大規模な工事であることが分かります。
(写真は金沢ふるさと偉人館 展示) -
工事の写真もたくさん残っています。
工事に必要な大型土木機械は、八田自らアメリカへ買い付けに行き、たくさんの重機をはるばる日本へ運びました。
ダムの為に鉄道も引き、土砂や砂利を運搬しました。
東洋一のダム建設は、途方もない大工事だったのです。
(写真は金沢ふるさと偉人館 展示) -
このように多大な功績を遺した八田與一ですが、戦後日本では、歴史の陰に埋もれ、忘れられていました。
そうした中、1980年から3年間、高雄日本人学校の教職にあった古川勝三は、八田を”発見”し、八田についての資料を丹念に発掘して、これを一冊の本に著わしました。
「台湾を愛した日本人 土木技師八田與一の生涯」
これにより、戦後埋もれていた八田の業績が、今日、多くの日本人の知るところとなったのです。
大変な労作だと思います。土木の知識もなかった人が、よくもそこまで、と思うくらい、きちんと丁寧に八田の仕事を記録しています。
この本には、広大な嘉南平原の調査、計画立案から、設計、予算の交渉、工事立ち上げ、機械調達、工事関係者の福利厚生の配慮等、様々な仕事を常に頂点に立って遂行し、幾多の困難をも乗り越えて工事を完成させた八田の業績が、余すところなく書かれています。
古川勝三は、台南で教師として暮らすうち、長い年月土地の人々に愛され敬われている八田という人物に関心を持つようになり、その偉大な足跡を知ってのめり込んでいったのだろうと思います。
また、読み進んでいくと、八田の温かい人柄がにじみ出てくるようで、心を打たれます。八田の篤実な実像に古川勝三の敬慕の念が合わさって、この本に温かみを与えているのでしょう。
土木にも灌漑工事にもほとんど知識のなかった弥次喜多も、この一冊に深く感動し、台南烏山頭に行ってみたくて堪らなくなりました。
たくさんの方に読んでほしいと思う本です。 -
5月8日、いよいよダムのある烏山頭に向け、出発です。
墓前祭は、ダムのほとりに立つ與一の像とお墓の前で行われます。
日本からは墓前祭に参加する皆さんがツアーを組んで一緒にやって来られます。
八田與一氏のご遺族、八田氏を顕彰する会のメンバー、金沢市の皆さんたちです。
実は、我ら弥次喜多はこのツアーにつてを求めて3月に金沢へ旅行したのです。
そして、みごと金沢ふるさと偉人館のM学芸員さんに北國観光を紹介して頂くことが出来、このツアーに混ぜてもらえることになったのでした。
Mさんありがとう!
今日、朝9時に台南市のランディスホテルでツアーの一行と合流しました。
こんなバスで烏山頭ダムへと向かいます。
いざ出発! -
烏山頭水庫は嘉義と台南の中間くらいに位置しています。
台南からのチャーターバスでは、所要約一時間でした。
個人で行く場合は、台鉄で最寄の降田駅まで行き、そこからタクシーが便利だそうです。台南から公共の直行バスがあるかどうかはよく分かりません。 -
☆ 唐突ですが・・・金沢つながりで・・・
3月に金沢へ行った時、市内でこんなあどけないフクロウさんに出会いました。紙製のおきあがりこぼしです。パッチリお目目が可愛いでしょ? 私たちに似てるよね!
って訳で、フクロウさんは弥次喜多になりました♪
HELLO〜♪♪ 弥次郎兵衛&喜多八♪♪
☆☆☆ 好奇心いっぱいの弥次喜多!
このお目目で世界を見て回るぞ〜っ! ★★★ -
慰霊祭には、日本から山野金沢市長も公務として同行。
車中では、金沢市と台南市の友好関係について熱心に説明されました。
今秋初めて開かれる金沢市民マラソンに、台南からも大勢が参加されることになったそうです。
これも八田與一のつなぐ縁でしょうか。 -
小1時間で烏山頭水庫(ダム)に到着。
今も嘉南平野を潤す大切な水がめです。
堰堤は、石や砂を固めて作る、セミ・ハイドロリック工法というものによって作られているそうです。
コンクリートのダムを見慣れた私達には、これがダムだとは俄かには信じられません。とても優しい佇まいです。 -
今年は渇水のため、15%しか貯水量がありません
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湖畔で石碑を前に、皆で歌を歌います。
前列は、金沢の歌手の方。
八田與一を讃える歌、だったかしらん? -
写真はダムの航空写真です。金沢ふるさと偉人館に展示してありました。
まるで珊瑚の枝のような美しいこのダム=烏山頭水庫は、珊瑚譚(さんごたん)と呼ばれているのだそうです。
(金沢ふるさと偉人館展示) -
ツアーの一行は、午前中、八田記念館・記念公園・小学校などを見学します。
今では、ダム周辺は八田記念公園として整備されており、台南市民の憩いの場にもなっているそうです。
まず、八田與一記念室に入ります。八田與一記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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たくさんの関連写真や資料が展示されています。
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北海道からの団体の方達にもお会いしました。皆さんはビデオ鑑賞中でした。
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記念公園内はかなり綺麗に整備されていて、工事関係者の住宅も復元、公開されています。
これは八田技師の家。
工事開始当時、この辺りはマラリアと赤痢の蔓延する山奥だったそうです。そんなところに、八田は工事関係者の暮らす町を出現させました。労働者だけではなく、その家族までをも一緒に住まわせるのは、大変な苦労だったことでしょう。でも、人を大事にし、家族の絆を大事にするというのは、八田與一の譲れない一線だったのだそうです。
診療所や学校、娯楽施設までをも備えた一つの町とも言えるような住環境を、八田はこの山奥に作りました。八田は、すべての工事関係者に、人間らしい暮らしの中で仕事をして欲しい、と、願っていたといいます。 -
八田技師の肖像画が掛かっています。金沢の、八田技師の甥御さんが描かれたのだそうです。
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書斎。
ご遺族の中には、子供時代をこの町で過ごした方もいらっしゃいました。懐かしくお思いでしょう… -
現在の家具調度は、金沢市民の皆さんの寄贈だそうです。
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八田邸の庭に立つ妻外代樹の像。
優しい人で、地元の人たちからも慕われていたそうです。金沢から16歳で八田に嫁ぎ、2男6女をもうけました。
外代樹は、夫亡き後、台湾の地に眠ることを自ら選びました・・・ -
八田邸の隣は、赤堀技師のお宅。
映画のロケのため、林 という表札がかかっていました。 -
当時、工事関係者の子弟が通った小学校。現在は改築されて嘉南小学校という名前になっています。
金沢の小学校と姉妹校だそうです。 -
校舎の壁に可愛い絵が。
なんだか、日本の童謡の世界のようですね。
この上に金沢市との交流室があります。 -
子ども達は日本語を勉強しているのかな。
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湖畔に戻りました。
殉職者の名簿が刻まれた慰霊碑です。
日本人も台湾人も区別なく、亡くなった日付順に記されています。
ここにも八田與一の人となりを窺い知ることが出来ます。 -
この日、地下の送水施設が一般に公開されました。
普段は立ち入り禁止だそうです。
ラッキー!!! -
建設当時のままの送水管。当時、丸ごと日本から運んだそう。
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送水管が伸びています。
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かなりの長さです。
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これを全部日本から!?
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ここはダムの堰堤の真下あたり。取水口だそうです。たくさんのバルブがあります。
当時の日本の技術力と技術者のレベルの高さに驚かされます。
明治維新からまだどれほどもたっていない日本が、このような大工事を完遂することが出来たとは!
また、この工事に莫大な予算を投じた、ときの日本政府は、凄い決断をしたものだと、今更ながら感心してしまいます。 -
上に梯子が伸びています。
ちょうどこの真上あたりが堰堤だそうです。 -
なんと、今でも現役で稼働中だとか!
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地上の施設。発電機。今は使われていませんが、そのまま展示してあります。
当時、工事に必要な電気は自前で作っていたとか。
それはそうですよねぇ・・・ -
水の放出口の付近で映画「KANO]の撮影が行われたそうです。その時の写真が掲げてあります。
帽子をかぶっている中央の人物が、八田與一役の大沢たかお。
嘉義農林の野球部が台湾代表として甲子園出場を果たし、準優勝を勝ち取るまでを描いた「KANO」 も感動的な映画ですね。 -
「KANO」 撮影時の赤い幕がそのままに。
現在この放出口は、老朽化のため、使われていないそうです。 -
昼食は近くのホテルで。
嘉南農田水利組合のご厚意でご招待に与かりました。ビュッフェでした。ご馳走様。 -
スイーツもこんなにとりどり!
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午後2時、慰霊祭開始。
八田與一の像は、生前の八田の姿を髣髴させる、いつものポーズ。
手前にこの像、奥にお墓があります。
大戦終盤時の金属供出に際し、八田のこの像は嘉南の人たちによってひそかにかくまわれ、戦後は国民党の手からも守られ、保存されてきました。八田技師の像は今も湖畔で嘉南大シュウを見守っています。
八田技師を敬慕する嘉南の人達の思いが込められて、更にこの像に命が吹き込まれたかのようです。烏山頭水庫風景区 建造物
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墓石には、與一と妻外代樹の名前が並んで書かれています。
今年、慰霊祭は73回目を迎えました。
絶えることなく八田の墓と像を守り続けて来て下さった嘉南の方たちに感謝。
弥次喜多も墓前に深く手を合わせました。 -
年々献花が増え続けているそうです。
この像の前で、ご遺族の方々と一緒に記念撮影もさせて頂きました。
大切な思い出です。 -
八田與一技師のご遺族とゆかりの方々
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台湾の僧侶による読経。
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日本からは、金沢の八田家の菩提寺の和尚さんが。
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楊 水利会会長のご挨拶。
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大沢たかお激似の、頼 台南市長のご挨拶。
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たくさんのお供え物。
台湾、日本両国の僧侶による読経、ご遺族や関係者の礼拝とご挨拶、献花等、式は滞りなく進行して、1時間ほどで終わりました。
通訳を介して、中国語と日本語の両方で話されるのが、いかにも台湾と日本の絆を物語っているようでした。 -
台湾の方や日本からの訪問団がぎっしり。盛会でした。
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テントの下で涼しく過ごさせて頂きました。
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水利組合から、スイカやバナナやパイナップルがふるまわれました。
本場の果物はとても美味しくて、汗をかいて火照った体にはありがたいごちそうでした。 -
でっかい西瓜がどんどん切られていきます。
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黄色の紙が燃やされます。お賽銭の替わりだとか。
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皆さんの思いが八田夫妻に届きますように・・・
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現地水利組合から、参列者全員にお土産まで頂きました。謝々。
滞りなく墓前祭は終わりました。
行きと同じバスで台南市に戻ります。
とうとう墓前祭に行けたという満足感と、終わっちゃったという一抹の寂しさが・・・ -
夕刻ホテルに戻り、39階の展望レストランで台湾最後の晩ごはん。
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レストランのエントランスで、綺麗なお姉さんが琵琶の演奏をしていました。
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えび。見た目はフツーですが、チョーおいしい!
両サイドの黒いのは海藻のようでした。エビにまぶしていただきます。
よく分からないけど、美味しくて、全部食べてしまいました。 -
タケノコ。絶品でした。台湾の食べ物はホントにおいしい。
タケノコの種類が違うんだろうか? -
台南の夜は灯りがそう多くはありません。
夜景を見ながら、この国と我が国との浅からぬ縁に、しばし思いを馳せます。
「八田與一は僕のヒーローです。」と言ってくれたタクシードライバーさんの言葉をしみじみと思い出しながら…
彼は言っていました。自分たちが水が飲めるのもご飯が食べられるのも、八田さんと嘉南大シュウのおかげなんです。と。
明治の日本を思います… 激動の時代、偉大な人々を輩出した躍動の時代。そして新天地台湾にかけたこの国の心。台湾に残した日本の功罪あれこれ…
しかし、この嘉南大シュウに、台湾の将来と、日本と台湾の人々の幸福とを企図した八田と台湾総督府の仕事だけは、間違いなく素晴らしく意義のあるものだったと確信します。
嘉南大シュウを知ったことで、私達の台湾旅行はとてもディープなものになりました。台南、ありがとう! -
最後にDVDの紹介を。
6年ほど前、こんなDVDが作られました。
日本土木学会が、子どもたちに土木の大切さを知ってもらいたいと、虫プロに発注して制作したのだそうです。
八田與一の出身地金沢の北國新聞社が販売しています。
パッテンライ! とは、現地語で 八田が来る! という意味。
分かりやすく、大人が見ても、とても面白いです。八田與一入門としてピッタリかも。
が、しかし・・・ 台湾でこのような大事業を完成させた人物がいたという事、そして当時の日本政府が、巨額の大事業を、膨大な予算を投じて遂行したということを、なぜ今日の私たち日本人は、こうも知らないのでしょうか・・・?
台湾と日本の、それぞれの戦後の事情、また中華人民共和国との関係など、様々なことが複雑に絡んでいるのでしょうか。
なんだか、考え込んでしまいます・・・ -
もう一つ、DVDのご紹介を。
これは、烏山頭ダム八田與一紀念堂の関連グッズ販売コーナーで購入した物です。その時は単なる旅の記念品くらいにしか考えていなかったのですが、帰国後しばらくしてこのDVDを見、あまりの素晴らしさに思わず涙してしまいました。
たぶん嘉南大シュウ水利組合の制作だと思われます。全編日本語のナレーションですから、おそらく日本人向けに作られたのでしょう。日本語がどこかたどたどしく、なんだか微笑ましい感じです。
もちろん、特別なエピソードが語られるわけでもなく、むしろ淡々と、嘉南大シュウと八田與一について描かれているだけなのですが、そこに嘉南の人々の八田に寄せる敬愛の情が滲み出ていて、見る者の胸を打つのです。80年の歳月を経てなお、慕われる八田與一という人・・・
このDVDを見ているうち、台湾の人々への感謝の気持ちが湧いてくるのも不思議です。八田與一を愛してくれてありがとう。。。そして、日本人に生まれてよかったというしみじみと熱い思いも…
もし烏山頭ダムに行かれる方がありましたら、ぜひ売店でこのDVDを手に取ってみて下さい。
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この旅行記へのコメント (6)
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- はなまりんさん 2017/04/16 20:48:04
- 八田與一像
- 本日、2017年4月16日、台南の烏山頭ダムにある八田與一の像が壊されているのが見つかったとのニュースが飛び込んできました。いったい何が起こったのでしょうか?大変悲しむべきことです。早く事件が解明され、像が元通りに修復されることを願うばかりです。
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- Michyさん 2015/08/22 14:26:21
- 偉業
- はなまりんさん、はじめまして。
台湾の旅行記、興味深く拝見させてもらいました。
八田與一さんの話は知っていましたが、こんなに具体的に旅行記で紹介していただいて、台湾での彼の評価の高さを実感しました。
土木では無いのですが、仕事がらみで八田與一さんの記事を読んでから、ずっと気になっていましたが、はなまりんさんが紹介されている本も読んでみたくなりました。
台湾は仕事、観光で何度も行っていますが、私はいつも台北のみです。
旅行記を拝見して、確かなディープな台湾を知ることが出来ました。
感謝です!
もっと八田與一さんの偉業が日本で紹介されるべきですね。
Michy
- はなまりんさん からの返信 2015/12/03 22:31:47
- RE: 偉業
- Michy さん コメントありがとうございます。
書き込みして下さったことに、今頃、気が付きました。4トラからお知らせも来ていたはずなのに、なんてぼんやりなのでしょう。恥ずかしいです。ホントにごめんなさい。
八田與一と灌漑事業にとても興味をお持ちなんですね。旅行記を深く読んで下さって嬉しいです。
八田與一は凄い人ですね。また、この事業を進めた明治の日本政府も凄い。
日本人ももっとこの事業について知ってほしいと切に思います。
Michyさんのコメントを拝見したあと、背中を押されるように、かねてから気になっていたDVDについての紹介を、旅行記に足しました。烏山頭ダム記念館の売店で買った八田與一とダムの紹介DVDです。よかったらご一読ください。
そして、もしダムに行かれることがありましたら、売店を覗いてみて下さいね。まだDVDがあるといいんですが。
記念切手シートもありましたが、おかしなことに、ダム関連の切手は入っていませんでした。
八田與一を評価して下さってとても嬉しいです。日本中のたくさんの人に、広がっていくといいですね。
- Michyさん からの返信 2015/12/10 18:07:36
- 追加分を拝見しました
- はなまりんさん、
お返事をありがとうございました。
それにDVD情報も追加して頂いて、再び興味深く拝見しました。
実は9月に台湾へ行ってきましたが、残念ながら今回も八田與一の足跡をたどる旅は実現しませんでした。 でも以前から興味を持っていた日本の統治時代の建築を巡る旅を実現することが出来ました。
まだ旅行記は完成しておりませんが、よろしかったらお寄り下さい。
台湾はいつも身近に感じる素晴らしい国、大好きな国なので、是非再び訪れてみたいと思っています。
八田與一さんのことを知ってからもう何年も経ってしまいましたが、はなまりんさんの旅行記でまたあらためて、興味が沸いてきました。
日本で入手できる本とかあれば、探してみようかと思います。
貴重な旅行記、そしてお返事をありがとうございました。
Michy
-
- pedaruさん 2015/06/16 06:45:02
- 八田與一
- はなまりんさん お早うございます。
台湾で慕われているこんなに立派な人がいた事を今知りました。
日本人として誇りに思います。
pedaru
- はなまりんさん からの返信 2015/06/16 23:41:21
- RE: 八田與一
- pedaruさん、感想をありがとうございます。
八田與一に関心を持っていただいて嬉しいです。
私も、去年の最初の台湾旅行のあと、本や映画を見ていて、初めて烏山頭ダムと八田與一のことを知りました。
本当に立派な方ですね。
また、この旅行を通じて、日本統治時代について如何に私たちが何も知らないかにも思い至り、愕然としました。
ともすれば、台湾を植民地にしたのだ、悪いことをしたのだ、という一面でのみ、語られてきたような気がします。もっと多面的に見なければならないのでは、という思いでいっぱいです。
少なくとも、西洋列強の「植民地」と同じ言葉で表現するのは、そぐわないかもしれませんね。
そんなあれこれを考えさせてくれた台湾旅行は、まるでタイムマシンで過去に飛ぶ時間旅行のようでした。そして、日本と日本人について見つめるヒントをくれる旅でもありました。。
旅にも、色々な表情があるものなのですね。もっとたくさんの旅をしたいなぁ・・・
pedaruさんの旅行記、とても面白く読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
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