2016/01/11 - 2016/01/15
21196位(同エリア46411件中)
mzwさん
第50回目を迎える“京の冬の旅”は、節目の年となり、非公開文化財特別公開は興味深々。
約35年ぶりに、1月の京都を旅してきました。
昨年は計画していた国内の旅が、3連続ドタキャンになり、旅に対してもちょっと不安になっていました。
でも、行ってみたい、と気持ちを立て直し、チャレンジ。
上洛すれば、なじみのお店で美味しいものを食べて、旧交をかわし、もう無理をせず、少しのんびりした歩みで、京都を楽しみます。
旅は5日間。
さて、“京の冬の旅”は、いかに…。
文中◎は「50回記念 京の冬の旅 非公開文化財特別公開」。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JALグループ
-
朝食はサンドイッチと野菜ジュース。
-
市バスで東福寺へ。
この時期そんなに混んでいないだろうから、市バス一日券利用。 -
「霊源院」。
観応年間(1350頃)後醍醐天皇の皇子龍泉和尚により天護庵と号し創建。応永年間(1400頃)右先希譲和尚により寺名霊源院と改称。
非公開寺院。 -
看板があったので「勝林寺」へも寄ってみることに。
-
天文19年(1550)に東福寺第205世高岳令松により創建。
「毘沙門堂」があります。
毘沙門天が本尊。東福寺からすると鬼門ですね。
秋の特別公開やお正月三が日は公開されていたようです。
予約をすれば、写経や座禅も体験できるようです。 -
建物の中には入れませんが、境内には入れます。
-
通天橋へ向かう道。
-
「明暗寺」。
大永年間(1521〜1528)に彭叔守仙の退隠所として蘆竹了円禅師が創建。
尺八根本道場。
非公開寺院。 -
「同聚院」。
文安年間(1444〜1448)に文渓元作が東福寺第129世琴江令薫の菩提を弔うために開山。
本尊不動明王坐像(重文)は定朝の父,康尚の作といわれる。
通常公開寺院。 -
「一華院」。
永徳2年(1382)東福寺67世東漸禅師が創建。
「依稀松の庭」。
紅葉時期のみ特別御茶席で公開。 -
「臥雲橋」。
-
臥雲橋から通天橋を望む。
-
今回は三門(2011年に拝観済)と即宗院が特別公開。
-
「偃月橋」。
-
◎ 即宗院
庭園=「月輪殿」跡。
島津家拝領の寺宝。 -
山門へ向かいます。
-
石造りの仁王像。
ちっちゃくて可愛い。
「あ」。 -
「うん」。
東福寺は「大本山」なので本山の三門に仁王像があり、各塔頭の山門には仁王像を安置しないのが伝来。即宗院にだけ安置されている由来は不明とか。
石造りの仁王像は本来薩摩(鹿児島)で多く見られることから、薩摩からの伝来とみられる。 -
さらに門があって、
-
寒梅。
-
寺宝=薩摩藩・島津家から拝領した家紋入りの火鉢や金杉の美しい重箱、西郷隆盛自筆の書等の説明を受けた後、お庭を眺める。
-
-
古い昔のガラス戸。
お庭のお手入れはご住職が自らやられているので、間に合わないときは公開しないのですって。 -
西郷隆盛筆薩摩藩士「東征戦亡之碑」が裏山の森の中にあります。
と、ここでやっと前に来たことがあることを思い出す(2004年)。 -
椿。
-
森の中を進みます。
-
裏山の山頂に西郷隆盛筆薩摩藩士「東征戦亡之碑」があります。
倒幕後に西郷隆盛が明治維新での戦死者を弔うため、即宗院で揮毫した碑。 -
西郷隆盛筆薩摩藩士「東征戦亡之碑」。
碑には薩摩藩士524名の名が刻まれている。 -
かなり高いところにあります。
-
「桂昌院」。
1324年雙峰宗源が九条家の別荘に創建。明治期に現在地に。 -
非公開寺院ですが、大黒堂だけは見ることができます。
-
大黒堂には、正面三面大黒天像=正面大黒天、右側毘沙門天、左側弁財天の顔を持つ。左側は後宇多天皇像、右側は寶聚龍王。
ガラスが反射してあまり良く見えませんでした。 -
「荘厳院」。
文永年間(1264-1275)南山士雲大和尚により創建。 -
「東福寺南大門」を後にして。
-
東福寺に来たら必ず寄る「光明院」。
明徳2年(1391)金山明昶開創。
こちらの方丈前のお庭は、杉森三玲作庭の「波心の庭」大好きなお庭です。 -
志納料金はこの竹にいれます。300円と書いてありました。
春や秋に来たときには、受付に人がいました。 -
-
-
本尊「釈迦牟尼佛坐像」。
-
「波心の庭」。
-
なんだか和むのです。
ずーと縁側に座って眺めています。 -
ほぼ30分位いましたが、他に訪れたのはひとりだけでした。
-
光明院を後にして伏見街道を歩いていると、「田中神社」。
-
京阪「鳥羽街道」駅にやってきました。
「祇園四条」へ向かいます。 -
四条通を歩いて新京極通へ。
蒸し寿司を食べようとやってきたのに、寿しの「乙羽」は臨時休業。
残念! -
遠くへ行くのも面倒なので、直ぐ近くの「スタンド」で一杯することに。
-
この料金表がなんともレトロでいいんです。
-
ちょっと足りなかったので、「にしんそば」でもと思って南座隣の「松葉」へ寄ってみたけれど、定休日。じゃあ北店へ。
-
「にしんそば」。
なぜにしんが麺の下にあるのかは、理由があります。
ちょっと甘めのにしんのうま味が、染み出てこそ出汁がうまくなるとの発想で上に麺をのせるのだとか。 -
「臨済宗大本山 建仁寺」へやってきました。
-
◎ 開山堂
・開山・栄西禅師の廟所。
・客殿=加藤文麗筆水墨画「龍虎図」、原在中筆「松鶴波図」・「白梅群禽図」ほか。
・客殿=「陶製十六羅漢像」=清水坂・五条坂の16人の陶工がそれぞれ得意の技法で作り楼門の二層目に安置されているもの。 -
開山堂山門。
-
「桑の碑」。
-
-
「道元禅師 修行の遺跡」。
-
-
「楽神廟」。
建仁寺開山栄西禅師の母親が岡山吉備津神社の末社である楽の社にお参りされ、夢に明星を見て全市を胎内にに授かられたという因縁により建仁寺境内に御祀りされています。 -
「浴室」。
-
-
山門「本派専門道場」を通って「六道珍皇寺」へ向かいます。
-
「霊洞院」。
1334年建仁寺26世高山慈照没後、弟子海運禅慧らがその塔所として創建。
非公開寺院。 -
「霊源院」。
応永年間(1394〜1428)、龍山徳見和尚を勧請開山として、その弟子である一庵一麟によって創建。
鎌倉時代末期から室町時代にかけ、京都五山と鎌倉五山の禅僧によって栄えたかんぶんがく、五山文学の最高峰寺院とされた。
団体(10名以上)予約拝観。 -
「六道の辻」。
-
◎ 六道珍皇寺
・薬師堂=伝教大師最澄作と伝わる平安時代の本尊・薬師如来坐像(重文)
・閻魔堂=閻魔大王像、小野篁像
・冥土へ通ずる伝説の井戸=「冥土通いの井戸」・「黄泉がえりの井戸」
・「熊野観心十界曼荼羅」=江戸時代の地獄絵
・「珍皇寺参詣曼荼羅」=桃山時代
・「地蔵菩薩坐像」=室町時代、「十一面観音像」=中世期頃の作
・「焔口餓鬼図」=中国明時代の道教の美術絵画 -
臨済宗建仁寺派の寺院。平安時代の延暦年間(782〜806)、弘法大師の師・慶俊僧都によって開創。
-
境内。
-
水子地蔵。
-
庭園。
こちらは下りて歩いてみることができます。 -
小野篁が夜ごと閻魔大王のもとに通った井戸。こちらは行きに使った「冥土通いの井戸」。
-
こちらは帰りに使った「黄泉がえり之井」。
-
境内。
こちらの寺院の特別公開は、説明も丁寧で、わりと多くの物をすぐそばで見せてくれて、とても好印象を持ちました。 -
四条通へ戻って「鍵善良房」へ。
「くづきり」の題字は河合寛治郎筆。 -
いつもタイミングが合わず、やっと「くずきり」をいただくことができました。
-
「原了郭」へ寄って、
-
お土産に「黒七味カレー」をお買い上げ。
-
夜は塩小路堀川にある「Ikariya Petit(イカリヤ プチ)」へ。
「イカリヤ食堂」は市内に3店あるそうです。 -
「前菜盛り合せ」。
今夜はワインをたくさんいただきました。
本日 14810歩
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
mzwさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
77