2015/06/26 - 2015/06/26
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frau.himmelさん
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コンスタンツを後にして次の宿泊地ジンゲンに向かいます。
今日は夫と正真正銘の別行動をします。
夫は知人のスイス人の先生とお会いするためにシャフハウゼンへ、私はシュタイン・アム・ラインからシャフハウゼンへと訪れる予定にしていました。
実はこの先生には、私も2006年に大変お世話になっているのです。
夫とともに研究所を案内してくださり、ステキなレストランでお食事をご馳走してくださり、ラインの滝や、シュタイン・アム・ラインの町を車で案内してくださり、宿泊地のコンスタンツまで送ってくださいました。
偉い先生が私に気遣いしてくださるのが申し訳なくて、どこを観光したのか、何を食べたのか上の空、私のほうも気を使って楽しめませんでした。
今回は一人でゆっくり見たいところを回りたいから、私は日本で留守番をしていることにしてね、と夫には言ってあります。
大丈夫。日本びいきの先生には虎屋の竹皮包の羊羹をお土産に持たせましたから(笑)。
でも先生はシャフハウゼン駅に夫を迎えに来てくださいますので、一緒に降りて駅で顔を合わせたらまずいですね。
で、私はシュタイン・アム・ラインを先に回ることにしたのですが、ホテルのチェックインがスムースで約束の時間より1時間も早く到着することがわかりました。
そこで私もシャフハウゼンを先に行き、時間になれば夫とは別行動します。
ところで、私がシャフハウゼンでまず最初にしたかったこと・・、
それは小説家有島武郎とシャフハウゼンの女性との純愛物語の痕跡を探すことです。
見つけることが出来ましたよ!
-
今日のお得なチケットはボーデンゼー・ターゲスカルテ。
これはボーデン湖を囲むドイツ・スイス・オーストリアの鉄道、ババス、フェリーが1日乗り放題になるチケットです。
ただし、下の図を見ていただけばお判りのように青・赤・緑の3ゾーンに分かれていて、その中の1ゾーンだけだったら大人1人18ユーロ、2ゾーン分24ユーロ、全ゾーン用31ユーロとなるのです。 -
私達は今日はコンスタンツからジンゲンに行き、それからシャフハウゼン、シュタイン・アム・ラインに行きますので、ラッキーなことにグリーンゾーンで全てカバーされています。
ですから1ゾーン18ユーロを購入すればいいのです。 -
窓口で1ゾーン用を2枚と言ったら、係員は当然のように1枚で2人用のチケットを発券しました。
今日は別行動ですから1枚のチケットでは困るのです。
個別の2枚に作り変えてもらいました。
一人18ユーロです。 -
コンスタンツ駅を8時半ごろのSBB(スイス鉄道)の列車で出発。
車窓からはボーデン湖と艶かしいインペリアル像が見送ってくれました。 -
ラドルフツェル駅。
隣のホームではフリードリヒスハーフェン行きのドイツのSバーンが発車待ちしています。
車体に停車する駅名がすべて記入された賑やかなもの。
面白いですね。私達が乗っているのはスイスの列車。 -
ラドルフツェルのノートルダム大聖堂。
-
ジンゲンには30分ほどで到着しました。
駅近のホテルに急ぎます。
幸いなことにすぐチェックインできたので、荷物を部屋の中に放り込んで、そのまま駅に引き返しました。
ここはスイス国境のジンゲン(ホーエントヴィール)駅です。
ジンゲンという駅はドイツにいくつかありますので、こう区別してあります。 -
シャフハウゼンまでほんの15分くらいの距離。
今度はこのドイツ鉄道のRBシャフハウゼン行きに乗ります。 -
車窓から、ジンゲンの駅名となっているホーエントヴィール城が見えます。
ジンゲンの観光はこの城で持っているようなものだと後で知ります。 -
それにこの辺はとても不思議な土地なのです。
ドイツとスイスが複雑に入り組んで飛び地のようになっているところもあります。
車窓は進行方向右側はドイツ、左側はスイスです。 -
Bietingen駅、ここはドイツ側の駅。
-
ポピーの花を見つけました。
やはりこの時期ポピーの花を見るとヨーロッパへ来たんだーって気がします。
ところでここはスイスです。 -
シャフハウゼンに到着。
ほんの15分ほどの乗車時間なのに、ドイツとスイスの国境をめまぐるしく通って到着です。 -
向こうのホームには、thurbo(トゥルボ)という可愛いスイスの私鉄列車が停まっています。
時間はちょうど10時、夫が友人との待ち合わせ11時まで1時間あります。
時間になるまで一緒に町歩き。 -
駅舎にはドイツ鉄道も同居しています。
-
シャフハウゼン駅。
スイス鉄道のマークの横にはDBのマークも。 -
駅前は意外と静かです。
観光地なのだからもっと賑やかなのかと思っていました。
さあ、私たちはどちらに向かって踏み出そう・・。 -
地図を確認。
目指す目的地は近いようです。 -
フォルシュタット通りに出るとすぐにムーア人の噴水が。
工事中で雑然としているのがちょっと残念。 -
ここはフロンバーク広場。
この泉はウィリアム・テルの像です。 -
ここは町で一番賑やかな通りです。
奥に見える石造りの塔はオーバー門。
それにしても建物の構造が素晴らしいと思いませんか。 -
数年前に訪れたスイスのザンクトガレンと同じように出窓(エルカー)が素晴らしい。
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いろんな彫刻や壁画を施したエルカーが並んでいるのは壮観です。
そのエルカーの数や市内に170もあるそうです。 -
彫刻が施された銀行の正面も素晴らしい・・。
見ているだけでも楽しい。 -
-
そんなフロンバーク通りの一画に「ツム・シュヴァーネン」(白鳥亭)はありました。
エルカーには1698年とありますからかなり由緒あるホテルだったのですね。
現在はお店になっています。
こここそが小説家有島武郎(1878-1923)がスイスを訪れた際に宿泊したホテルです。
ここで母親と共にホテルの経営に携わっていたティルダ・ヘックという女性と運命の出会いをしました。
そして二人は16年間にわたり、書簡を交換し愛を紡いでいたのです。 -
建物の入り口に二人の写真が飾られ、ドイツ語と日本語でその事実が記されていました。
-
私がそのことを知ったのは、2006年にシャフハウゼンを訪れた後です。
その後北海道のニセコ町にある有島武郎記念館に行って、その事実を知りました。
知っていたら訪ねていたのにと、大変後悔しました。
私にとって今回はこれがシャフハウゼン訪問のメインテーマです。
資料を基にもう少し詳しく有島とティルダの馴れ初めを紹介します。
写真はニセコ町有島記念館の資料 -
1903年よりアメリカに留学してハーバード大学やフォード大学で勉学していた有島は、1906年、イタリアに留学していた弟で画家の生馬と落ち合い、シャフハウゼンにやって来ました。
二人は1週間ほどティルダの母親が経営する「ツム・シュヴァーネン」(白鳥亭)に宿泊します。 -
ホテル経営を手伝っていたティルダのもとでは、日本文化を研究する「フジヤマサークル」が開かれていました。
ここに日本からの知識人の来訪はみんなから歓迎されたことは言うまでもありません。
有島は、聡明なティルダに出合った瞬間から魅せられました。
1週間の短い滞在で、一度だけ二人で湖畔を散歩する機会がありましたが、別れがたい寂しい思いでスイスを去りました。
その後恋情を抑えられない有島は、ミュンヘンからティルダに宛てて恋文を送ります。
帰国した有島とティルダはそれから16年間、会うことはありませんでしたが、80通にものぼる書簡の交換が続きました。 -
昨年9月に知人のお墓参り行った多磨霊園で、偶然有島武郎のお墓を見つけました。
話はまだ続きます。
ティルダは有島と出会った頃は、婚約者がいましたがその後婚約を解消。
有島と日本に思いを馳せつつ生涯独身のままで過ごしたそうです。
有島の死後14年経って、ティルダは憧れの日本を訪問し、有島の遺族から手厚いもてなしを受けました。
そして1970年93歳の生涯を閉じました。
シャフハウゼン郊外にあるティルダの墓地の墓石は、弟・生馬が贈った織部灯篭を使っているそうです。 -
昔の白鳥亭があった付近は賑やかな商店街になっています。
この石畳は有島の頃よりあったのでしょうか?
有島武郎の純愛を偲びながら、次へ向かいます。 -
-
夫と一緒のうちに観光案内所で地図をいただいておきましょう。
夫は係りの女性に「どうしてそんなにドイツ語が上手なの?」っておだてられてデレデレしています。 -
すっかり気分よくしている夫に、通りがかりの男性に、ラインの滝以外のシャフハウゼンの見所を聞いてもらいます。
その男性、そりゃー何と言っても「ムノート」だよって。
ここから見える丘の上にあるお城を指差して教えてくれました。 -
これからシュタイン・アム・ラインも行きたいし、お城まで登るのはキツイナーと思ったけど、あんまり熱心に勧めてくれるのでちょっと行ってみることに。
ここからは晴れて夫と別れて別行動です。 -
ここにも素晴らしいエルカーが。
夫に早く早くと急かされることなく、あちこち見ながら歩きます。 -
ミュンスター大聖堂。
あそこにも寄って一休みして行きましょう。
今日も太陽が照り付けて大変暑いのです。 -
ところが中に入ったら、コンサート練習の真っ最中。
とても中に入り込める雰囲気ではなし。 -
この方は有名な指揮者かと思いました。
お名前を見たら「アルベルト・シュヴァイツァー博士」でした。
なしてここに?
ノーベル平和賞受賞者のシュヴァイツァーは音楽の世界でも実績を残しているのですね。 -
ここでも何か準備の真っ最中で、ゆっくり壁面に飾られた歴史的な壁掛けを見る雰囲気ではない。
-
ミュンスターの筋向いの鮮やかな建物。
Thiergartenというレストラン。 -
さらにムノートに向かって進むと、モザー通りの真ん中にこの噴水が。
この像は皮なめし職人の噴水というそうで、このあたりは手工業が栄えた地域なのでしょうか。 -
そこを更に行くと、狭い路地でテーブルの修理をしている職人さんの向こうに観光客が数人集まっています。
-
聞くと、ここがムノートの入り口の階段だそう。
このインドからの観光客も急坂を登ろうかやめようか迷っているみたいでした。
意を決して登ることに決めたようで、私も後に続きます。
ところが行けども行けども長い階段・・。
フーフーいいながら登ります。 -
疲れたら途中で一休み。
長い長い階段の両脇には見事なぶどう畑が広がっています。
あのインド人の一行も休み休み登っています。
特にあのサリーの女性は私と抜きつ抜かれつのカメのデッドヒート(笑)。
追い抜くときお互いに顔を見合わせて笑います。 -
まだこのあたりは中腹くらいです。
目線と平行にシャフハウゼンの町が広がっています。
左の尖塔はさっき通ったミュンスターの塔、右側は聖ヨハネス教会の塔です。
今は私のほうが上にいます(笑)。でもすぐ追い抜かれました。 -
やっとお城に到着。
私が登ってきたのを見て、あのサリーの女性が私に、ここに座りなさいって笑顔で席を譲ってくれました。
いいですねー、国境を越えて、苦難を乗り越えたもの同士の友情・・(笑)。
疲れたけれど、心がホッコリしました。
ここはムノートの内部です。
剥き出しの石の丸い構造と、天井には明り取りの穴があるだけ。
ちょっと神秘的です。
もっと上にも行けるらしいけど、私はここでやめておきます。 -
壁にあけられた穴の銃眼からぶどう畑と住宅街のほうを眺めます。
-
この円形の城塞ムノートは、16世紀に造られました。
ドイツのルネッサンスの画家アルブレヒト・デューラーの論文に基づいてこの円筒形になったそうです。
そういえば、ムノートを教えてくれた男性、しきりにデューラーって言っていました。
てっきりお城に彼の絵が飾ってあるのかとばかり思っていました。 -
敵の攻撃や侵入を防ぐために、深さ10メートルほどの堀(グラーベン)が掘られています。
-
この堀には1920年頃から、鹿が放牧されています。
-
ムノートからの絶景ポイントを探していたら花壇に出ました。
きれいに手入れされた花壇、今も庭師さんがせっせと水遣りをしています。
あの花壇の端っこまで行けば、シャフハウゼンの街並みが見下ろせそうですが、しばらくベンチに座ってお花を愛でることに。 -
色とりどりの薔薇の花。
見ていると疲れが癒されます。 -
もう町の風景はここからで十分、お花畑とコラボだなんて、なんて贅沢なの・・・。
-
さあ、さっきの坂とは反対側の階段で下に降ります。
蔦が絡んだ塔は見張りの塔。 -
高さ40メートルの円形の塔の上には八角形の住居が載っています。
屋根の上には鐘があり毎日21時には鳴らされるそうです。 -
さっきの坂より階段の幅が広いので楽そうです。
彼方にはライン川が見えています。 -
坂に沿って屋根つきの古い階段が見えます。
あちらは昔からの階段、一般公開はされていないようです。 -
ライン川と鉄橋が近づいてきました。
でもまだまだ先は長い。さっきからフーフーと荒い息を吐きながらゆっくり降りて行きます。 -
途中からまた狭くなる階段。
ちょっとここらで一休み。
私がへばっている横を、女性二人連れはたったたったと登っていく。
元気っていいなー、若いっていいなー。 -
やっと麓のFreier広場に到着。
フー、疲れた〜。 -
その先はライン川。
この1番乗り場からシュタイン・アム・ラインやクロイツリンゲンに船が出ているようです。
駅までまた引き返すのはもうイヤだー。
シュタイン・アム・ラインまで船で移動しようかしら、そんな思いが一瞬横切りました。 -
でもシュタイン・アム・ラインまで4時間50分という案内。
ちょっと無理ですね。ライン川上りになるからかしら。
でもシャフハウゼン駅まで、歩いて12分ですって!。
これは現地の普通の元気な人の速度だから私が歩いたら・・・!?
とっても歩けません。 -
何とか駅前行きのバス停留所を探して駅までバスで運んでもらいました。
大した距離ではありませんでした。
降りたところはシュヴァーベン門。
これからシュタイン・アム・ラインまで列車で移動します。 -
【付録】
ついでに、2006年に撮ったラインの滝の写真をアップします。
いつかは投稿することがあるかと思ったけど、このままでは陽の目を見ることはなさそうなので・・(笑)。 -
2006年、夫の友人のスイス人の先生に、夫と共に車で連れてきていただきました。
時はアルプスの雪解け水が大量に流れ落ちる6月でした。
大勢の観光客が訪れていました。 -
ラインの滝はヨーロッパ随一の大きさと言われています。
高さこそ23メートルしかありませんが、幅は150メートルあります。
雪解けシーズンの5,6月ごろが最も水量が多く、激しく水しぶきを上げるさまは壮観です。 -
水しぶきで霞んでいるように見えるこの二つの岩、右側の岩には登ることが出来るようです。
人の姿が見えました。 -
山の上のラウフェン城と、滝をめぐる遊覧船も出ています
-
ラウフエン城に登っている人々。
-
ヴェルト城。
この中に売店があり、絵葉書など買ったことを思い出しました。 -
日本語の説明がありました。
今でもあるのだろうか。 -
最後に若い元気な女の子達。
モノクロの水墨画のようなラインの滝に、ぱっと華やかな色を添えてくれました。
この写真左側に写っている石橋を見て・・・。、 -
唐突に、イエンバッハの歴史家にいただいた古い歴史的なはがきを思い出しました。
石橋とお城・・・。 -
あの絵葉書は、まさにこの場所から描かれたものですね。
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この旅行記へのコメント (10)
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- ねもさん 2020/09/26 13:28:03
- あちらにご返信ありがとうございます
- frau.himmelさん 昔の旅行記にお邪魔します。
シャフハウゼンとラインの滝にもいらしていたのですね。わが家も2005年8月に訪ねました。街並み、とても懐かしく拝見しました。
自慢話で恐縮ですが、滝のなかの岩にも登りましたよ。水量は少なかったですがなかなかの迫力、こういうことが好きそうな子どもたちも「早く降りよう」(笑)
スイス観光初日がここだったので印象深いです(^^)
- frau.himmelさん からの返信 2020/09/26 22:16:53
- RE: あちらにご返信ありがとうございます
- ねもさん、再度コメントありがとうございます。
またシャフハウゼンの旅行記にもいいね、をありがとうございます。
もうすっかり忘れておりました。
そう言えば私、その昔、ラインの滝にも行っていたのでした。
現地のスイス人の方に連れて行っていただいたので、その方に気を使って(私が)どんなだったかよく覚えていないのです。ただ、滝の中に小舟が漂っていて、怖そうだ、私は乗りたくないなと思ったことは覚えています。
ねもさんは子供さんたちと滝の中の岩にも登られたとか、さすが冒険一家でいらっしゃいますね。
今から15年前、その子供さんたちも大きくなられて、今では親の山登りにも付いていってくださるあの優しい子供さんたちなのですね。
いつも旅行記を拝見して、あの年になると親とは一緒に行動したくない年頃なのに、なんて優しい子供さんたちなんでしょう、と羨ましく思っています。
毎年、春・秋には静岡、山梨方面に行っているのですが、コロナの影響で今年に入ってからまだ一度もお山を眺めていません。
ねもさんの旅行記を拝見して、眺めたつもりになっています。
himmel
-
- ベームさん 2016/02/08 20:20:48
- ティルダ・ヘックとヘルマン・ヘッセ。
- himmelさん、
今晩は。
最近ある本を読んでいたらティルダがヘッセとも交友があったことが書かれていました。
昭和12年/1937年、ティルダが日本に来て有島武郎の遺族に会い軽井沢の武郎の終焉の地を訪れ哀悼した。たまたまその年がヘッセの生誕60年にあたっていたので彼女は日本からヘッセに誕生祝を送った。
というのは、ティルダが若いころシュタイン・アム・ラインの野外劇場に出演していたのを当時ガイエンホーフェン(コンスタンツ近郊、ヘッセが新婚時代を過ごしたところ)に住んでいたヘッセが見て褒め、その著書に署名して贈って以来二人の間に文通が続いていたからである。2人は同年だった。
と云うようなことです。日独の2大文豪の心をとらえたティルダさんは才媛だったのですね。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2016/02/09 22:34:26
- RE: ティルダ・ヘックとヘルマン・ヘッセ。
- ベームさん、こんばんは。
> 最近ある本を読んでいたらティルダがヘッセとも交友があったことが書かれていました。
そうなんですね。
ティルダとヘルマン・ヘッセは面識があったのですね。
ティルダが主催(?)する日本文化を研究する「フジヤマサークル」にいたメンバーとヘッセはアジアを旅行したこともあるのですね。
確かに、ヘッセが生まれた黒い森地方とシャフハウゼンはそんなに遠くはないですし、知りあうべくして知り合ったと思っていましたが、そうですか、ヘッセは、ガイエンホーフェンに住んでいたのですか。
それにしても有島のシャフハウゼンの滞在が1週間ではなく、もっと長期に滞在していたら、あるいは日本とドイツの文豪が出会うチャンスがあったかもしれませんね。
それからティルダが来日した折、有島の遺族から手厚いもてなしを受けた話は、とても胸があつくなりました。
ティルダが一生独身を通したのには、有島が理由ではなかったにせよ、なんだかそれと重ね合わせて、私の中で小説仕立てに考えてしまうのです(笑)。
ベームさん、次の旅の計画は着々と進んでいますか?
私の方は、今回は珍しくチケットもホテルも早めに押さえました。
himmel
-
- ハッピーねこさん 2016/01/17 21:09:13
- 素敵な街ですね!
- himmelさん、こんばんは。
国境越えの旅。まずはシャフハウゼンですね!
ボーデンゼーの1日チケット、全く知りませんでした。
本当に便利なチケットですねー!
私もメーアスブルクからユーバーリンゲン〜ラドルフツェル〜コンスタンツ、
そしてメーアスブルクへ戻る、という日があったので、かかった交通費を計算して
比較してしまいました!(笑)
ぎりぎりチケット料金を割るくらいでした。
本当ならラドルフツェルからバスでシュタイン・アム・ラインへ行く予定でしたので
行っていたら絶対にそのチケットの方がお得でした。
himmelさんの情報量、本当に尊敬します!
どこで情報収集されているのですかー?
次にボーデン湖へ行く際は、このチケット、きっと活用させていただきます!
有島武郎氏のロマンスも全然知りませんでした。
そういうことを知っての街歩きと知らないでのそれとでは、全く趣きが違いますよね。
いつもきちんとテーマをお持ちで素晴らしいです。
やはり旅のマイスターでいらっしゃいます!
ハッピーねこ
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/18 15:33:55
- RE: 素敵な街ですね!
- ハッピーねこさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
> ボーデンゼーの1日チケット、全く知りませんでした。
今回のハッピーねこさんのコースでしたら、ゾーン2の中に入っていて18ユーロで大丈夫でしたが、別途購入で正解でしたね。
私たちもよく計算すると、本当はあんまりお得ではなかったのです。
夫は帰りは友人の車でしたからまるっきり別途買ったほうがお得、私は1日チケットの方がちょっとだけお得だったくらいでした。
まあ、二人でちょうどトントンくらい。
やっぱり3か国を自由に行き来できるチケットだから、他の地域チケットに比べて割高ですね。
旅行に行く前にそのような地域チケットを調べるのも楽しみの一つなのです。
場合によってはホテルで無料チケットを提供してくれたりしますから。
そういう場所を選んで旅行する・・、本末転倒ですね(笑)。
himmel
-
- ぶどう畑さん 2016/01/10 20:08:59
- 何たる偶然!
- himmelさん
ぶどう畑です。シャフハウゼンの旅行記のお邪魔しました。
私も2006年にラインの滝に行ったんですよー!
7月のワールドカップの頃で、決勝戦は、スイス・グリンデルヴァルトのホテルの部屋で、アイガーの夕焼けとテレビをかわりばんこで見てました。(笑)
ラインの滝の下の大きな岩に、昇ってきました。
観光船に乗ると、岩の陰に泊まるのです。滝の流れが、そこだけ緩やかになるのでしょうね。
しかし、電車でラインの滝に行くとはさすがです!
この時は、チューリヒ空港からシュタイン・アム・ラインに移動して一泊。
翌日、ラインの滝を見てから、グリンデルヴァルトに移動しました。
滝の上に架かる鉄橋を通るのだとばかり思っていたら、チューリヒ行きは別の線路で、がっがりしたので、リベンジしたいです。
シュタイン・アム・ラインでは、橋のたもとのホテルに泊まったのですが、日本人のご夫婦が泊まっていらして、前の日はザンクト・ガレンに行って、その日は船でシャフハウゼンに行くとおっしゃっていました。
その後、某氏がことあるごとに薦めているミューレンに滞在するとかで、ゆったりとした日程で羨ましー!と思ったことを覚えています。
次の旅行記は、シュタイン・アム・ラインですか?
楽しみにしています!
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/10 22:07:10
- RE: 何たる偶然!
- ぶどう畑さん、こんばんは。
コメントありがとうございました。
ぶどう畑さんも2006年にラインの滝にいらっしたのですか?
ほんと、偶然ですね。
私は電車ではなく、夫の友人の車で連れて行ってもらいました。
あの遊覧船に乗られたのですか?
岸から眺めていてしぶきで服がびしょぬれにならないかしらとか、船が転覆しないかしらなんて心配していました。
それにあのお城の上までいらっしたなんて、やっぱりお若いのですねー。
と言ってもちょうど10年前ですから、確かに私だって今より9歳は若かった・・(笑)。
そうそう、あの年はドイツのワールドカップがお目当てで1か月ほどドイツ・スイスに滞在したのでした。
決勝戦は日本でテレビで観戦しましたので、シャフハウゼンに行ったのは帰国の数日前だったと思います。
日本対ブラジル戦をスイスのホテルで見ましたから。
その後、チューリッヒ空港から帰国しました。
ぶどう畑さんはアイガーの夕焼けを見ながら決勝戦のテレビ観戦。
すごく贅沢な試合でしたね。
その時の旅にもいろいろと素敵な思い出がおありのよう。
シュタイン・アム・ラインにも泊まられたのですね。
ほんとに素敵な旅をいっぱいなさっていますね。
あそうだ、今年はシニア3人組での北ドイツを中心とした旅になりそうです。
北ドイツと言ったらぶどう畑さん、またいろいろ教えてくださいね。
himmel
-
- ペコリーノさん 2016/01/10 13:41:24
- ムノート、登りました。
- frau.himmelさん、こんにちは。
シャフハウゼンの旅行記、楽しく見させていただきました。
私がここを訪れた時の案内人は、当時まだ20代のスイス人の男性(いとこの夫)だったので、当然、ムノートまで登りました。
川沿いのレストランでランチをとったあとだったので、「腹ごなし」とばかりに、せっせと歩いたのですが、その時65歳だった母も一緒でしたので、どんなに大変だったかと今さらながら思い出しました。
上から見下ろしたライン川の景色は美しい景色でした。母も、あのときのスイス旅行は今でもよく思い出している様なんですが、あまり日本では有名では無いので、話がわかる人が少ないそうです。
有島武郎の話は、今回初めて知りました。その頃に知っていたら、と思うと残念です。それでしたら、日本でももう少し知られていてもよさそうなものですよね。
himmelさんの博学と好奇心には感服致します。
いつもいつも、貴重な情報、ありがとうございました。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/10 21:36:06
- RE: ムノート、登りました。
- ペコリーノさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
お恥ずかしながらムノートって今回シャフハウゼンに行くまで知りませんでした。
地図を見てもあ〜〜あんなところにお城があるわ、ってくらいでまさか自分がそんな所に登るとは思いませんから気にしていなかったのですね。
いやー、疲れましたよ。私はそのころのお母様とサバを読んで同年代(?)結構堪えました。
あのインド人のサリーの女性も同じようにフーフー言っていました。
でも、あのサリーの足元を見たらなんとスニーカー、さすが!でした。
なんか着物に靴を履いているような感じで、違和感を感じていたのですが背に腹は代えられないってことですね。
ムノートからのライン川の風景、覚えてはいるんですが、なぜか写真を撮っていないのです。どうしたのかしら。
なにしろ、シャフハウゼンは有島武郎が泊まったホテルだけ調べて、他はその辺をざーっと見ればいいだろうと思っていましたので結構漏れがあります。騎士の家も見てないし、市庁舎ってどこにあった?なんて。
いつもそうです。後から漏れを埋める旅をする、それも楽しいですね。
himmel
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