2015/06/25 - 2015/06/26
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frau.himmelさん
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本年も私の拙い旅行記にお付き合いくださいますようお願い申し上げます。
さて、新年最初の旅行記はコンスタンツから。
今回の旅は面白いテーマを要所要所で盛り込んで臨みました。
ここコンスタンツでもどうしても試してみたいテーマがありました。それは「徒歩で国境を越えてみよう!」。
今まで何度となく「国境を越えて日帰りの旅」には挑戦して参りましたが、それらはすべて列車やバスで国境を越えたもの。徒歩ではまだ越えたことはありません。
島国日本に住んでいたら徒歩で国境を越えるなんて、まず不可能な願望ですからちょっと面白いと思いませんか?
問題は、こんな物好きなテーマを夫が何て言うか?
ヨーロッパ圏内はシェンゲン協定が結ばれてからは、国境なんてないに等しいものになりましたから、
「クダラン!」と一笑に付されるのではないか?
ところが夫の返事は「ああそう。」
反対もしないけれど積極的に賛成もしないというスタンス。
この機を捉えて、一緒に行きました、そして国境を越えました。
「ヤッター!」と喜んでいる私に向かって夫が言った言葉。
「さあ、次行こう!」。
私「どこへ?」。
夫「この先にもう1か所検問所があるからそこにも行こう。」
いつの間にか、夫のほうが私より国境越えに興味を示して、すっかり立場が逆転。
その後、別な地でも数か所、徒歩での国境越えを企てているのですが、それはすべて夫の舵取りに任せました。
今回、国境近くで、思わぬ歴史上の人物の足跡を見つけました。
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オーストリアのインスブルックを朝発ち、ドイツのリンダウからコンスタンツにボーデン湖遊覧船で到着しました。
コンスタンツのホテルは壁画が素晴らしい歴史的なホテル、グラーフ・ツェッペリン。
私には珍しくちょっと奮発しました。 -
なんたって今日6月25日は私の誕生日。これくらい贅沢してもいいわよね♪
1泊120ユーロですから、本当は大したことはないんです(笑)。
でも夫には内緒。
実は夫の誕生日は遡ること8日前の6月17日でした。
その日はウィーンの1泊64ユーロの安いホテル、倍近い差をつけてしまいましたので(笑)。
いつも星がたくさん付いた豪華ホテルに宿泊なさる方たちから見たら、私の贅沢なんてほんとに可愛いものです。
写真はホテルのカードキー入れ。 -
部屋は木製の家具が置かれた落ち着いた雰囲気。
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部屋の隅にはソファーが置かれ、広いスペースはスーツケースが悠々広げられます。
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ところが夜、観光から帰ってテレビを点けてみると、日本製のパナソニックのテレビが写らない・・・。
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夫はいろいろやっていましたが、結局ダメ。
もうシャワーも浴びて着替えたし、お部屋も広げてしまったし、これから修理に来てもらうのも億劫。今日はテレビは諦めましょう。
ところがそれだけはなかったのです。
フロントでID番号を聞いて試したときには大丈夫だったのに、WiFiも繋がらない。
やっぱり神様は私のズルを許してくれなかったのですね。 -
時間を戻して・・。
ホテルにチェックインして荷物を置いて、街歩き開始です。
夫は2006年以来9年ぶり2度目のコンスタンツ、私は3年ぶり3度目のコンスタンツ。
ざっと街歩きをして、国境線に向かいます。
グラーフ・ツェッペリンのフレスコ画の壁絵は凄いですね。
壁一面に描かれた歴史画。3年前訪れたとき、これを見て、なんてうるさい壁絵なの、なんて思いました。
そこに今年宿泊するとはね・・。 -
この漫画チックな壁絵にも見覚えがあります。
フレスコ画ではなく、陶板に描かれた漫画のような絵が飾られた家。
このバルコニーで1848年に、革命家のフリードリヒ・ヘッカーという人が演説をしたのだそうです。 -
聖シュテファン教会。
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教会の横の聖人の彫像。
下の像は、ネポムクの聖ヨハネ。
頭の上の星5つ、それに棕櫚の枝を手にしています。 -
石畳の上にはめ込まれた黄金のプレート。
そこにはコンスタンツの歴史が説明してあります。
これは同業者組合の紋章の数々。 -
コンスタンツの歴史
1192年〜1548年 帝国自由都市
1548〜1806、ハプスブルク家の統治下にあった。
1806年から BADISCH?(後で調べよう) -
天を突く尖塔は、ミュンスター大聖堂です。
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大聖堂(ミュンスター)。
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正面に回ります。
ミュンスターは11〜17世紀に建てられました。
入り口正面の聖人たちの像。 -
白を基調とした荘厳な内部
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説教壇
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主祭壇
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聖歌隊席
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脇祭壇
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ライン川のほうに移動します。
右手に見える塔はラインの塔、 -
この先にはライン川が悠然と流れています。
ここでライン川の水はボーデン湖に流れ込むのです。 -
合流点付近で遊んでいる水鳥たち。
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12世紀から13世紀の間に建造されたラインの塔は、ライン川とボーデン湖を分ける門です。
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門をくぐると・・・。
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まだまだこちらはライン川。
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ここが合流地点
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ライン橋の下をくぐって、
はい!こちらがボーデン湖です。 -
ボーデン湖にはいってすぐ見えるここは、Auf der Insel.
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水路の向こうに見える建物、飛行船で有名なツェッペリン伯爵が生まれた館です。
彼は1838年この館で生まれました。 -
現在は高級ホテル・シュタイゲンベルガーインゼルホテルとして使われています。
誕生日なのだから、私もこれくらいのホテルに泊まればよかったかしら・・。 -
ホテルの水路では舟遊びしている人の姿
今日はとても暑い日なのです。
ここのところ、ヨーロッパは信じられないくらい暑い日が続いています。 -
ここでは上半身裸になって、向こう岸に綱を張って・・、一体何をするのでしょう。
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市民公園の鮮やかなアジサイの花。
ドイツにアジサイは多いですね。 -
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色とりどりのお花が満開の公園、湖畔には今日も大勢の人々。
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マロニエの木陰で涼みながらボーデン湖を眺めている人々。
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私達も近くのベンチに腰をかけました。
すると、後ろのほうで険悪な空気。 -
この二人の男女がかなり激しい口論をしていました。
何があったか知らないけど、この優雅な雰囲気のボーデン湖にケンカは似合わないわよ。 -
ヴィルヘルム1世の胸像。
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ツェッペリン公爵の記念碑。
飛行船を発明したツェッペリンはコンスタンツ生まれです。 -
ツェッペリン公爵の像の奥の建物は、和議の館。
コンスタンツの町の名前は4世紀半ば、ローマ皇帝コンスタンツによって築かれたことから由来しているそうです。
古くから宗教都市として栄えたコンスタンツは、1414年から4年にわたり分裂していた教会を再統一するために、コンスタンツ公会議が開かれました。 -
この和議の館で公会議が開かれました。
公会議の解決策として、統一ローマ教皇を選び、宗教改革を唱えたヤン・フスは異端の首謀者として有罪になりました。
そして、ここコンスタンツで火あぶりの刑に処されました。
中世に重要な宗教会議が開かれた古都コンスタンツ。 -
先ほど下船した桟橋の先に立っているのが、高さ9メートル、重さ18トンのインペリアル像。
なかなか艶めかしいです。 -
それもそのはず、この女性は公会議が開かれた時に多くの男性から寵愛を受けた高級娼婦だったのです。
右手には皇帝、左手には教皇を乗せてもてあそんでいるこの像は、1993年に造られました。
当時のカトリック教会の道徳的な退廃を表現しているのだとか…。 -
ボーデン湖沿いのハーフェン通りを歩きます。
ヨットハーバー。 -
お土産屋さん。
ここは駅舎の裏あたりになります。 -
コンスタンツ駅を横断する陸橋を渡って・・・。
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駅前広場。
あの陸橋を渡ってきました。 -
目の前にLAGOという大型ショッピングセンターが見えます。
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そこを抜けて静かな住宅街を進むと・・、
見えてきました! -
はい、ここがドイツースイスの国境検問所。
今はシェンゲン協定で自由に行き来できるのでZoll(税関)みたいなところでしょうか。
柵が設けられていますが通れるようです。
あちら側はスイスのクロイツリンゲンです。
ワクワクします。 -
この建物はドイツ側の税関事務所、獰猛な鷲の紋章にちょっと緊張します。
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さあ、いよいよ徒歩で国境を通過します。
別にパスポートを提示することもなさそうだし(当たり前)、咎められることもなさそうです。 -
スイスとドイツの境界線。
Sはスイス、Dはドイツです。 -
検問所らしき建物もありますし、パトカーも停車しています。
やったー、徒歩で国境越えの第一歩!
感慨に耽っていたら夫の無情の声、「さあ、次行こう!」。
私「え、どこへ?」。
「もう一つ国境があるからそちらに」。 -
夫は、私の物好きなテーマにいやいや付き合っているのかと思ったら、何と自分のほうが熱心になっているじゃない!
静かな住宅街を夫の後に従います。 -
ここで思いがけない名前を見つけました。
「JOHAN GEORG ELSER」。ゲオルク・エルザー。
あのヒトラー暗殺未遂事件の英雄です。
エルザーは1939年11月8日、ミュンヘンのビュルガ−ブロイケラーにヒトラーを暗殺するために時間爆弾を仕掛けました。
しかし爆発はヒトラーが退場した後だったので、計画は失敗しました。 -
ゲオルク・エルザーは、その夜、スイスに逃亡しようとして、検問所近くのこの庭で逮捕されたのでした。
エルザーの頭像と、
土台には「Ich habe den Krieg verhindern wollen」(私は戦争を阻止したかった)の文字が。
私の旅行記でもゲオルク・エルザーのことについては何回か取り上げています。
彼はその後ザクセンハウゼン強制収容所の独房に入れられたり、最終的には1045年4月9日、ダッハウ強制収容所で処刑されました。 -
思いがけない出会いに興奮している私に、またしても夫の無情の声、
「何してるの〜〜!」。
ここは1400年ごろ建てられた「エミスホーファー・トーアトゥルム」という古い塔があったとこだとか。
今は石碑だけが残っています。 -
そのちょっと先に「エミスホーファーZoll」と名づけられた検問所。
こちら側はスイス側。
パトカーが停まっているし、バスも停車しているし、なんとなく物々しい雰囲気。
私が写真を撮っていたら、夫殿、「あまりじっくり写真を撮らないほうがいいよ!」と。
さて、ここでも徒歩での国境越えに成功! -
検問所を徒歩で通ってドイツ側に出ます。
ここは市壁に立てられたシュネット塔。
お隣の素晴らしい木組みの家は薬局。 -
シュネッツ塔をくぐると、そこはObere Laubeというコンスタンツの目抜き通り。
カラフルな品揃えのいろいろな店があります。 -
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歩き疲れました。
さて、夕食はどこでいただきましょう?
ホテルでもいいと思ったけど、このレストランなかなか雰囲気よさそうです。 -
決め手はこのプレート。
1428年に建てられた建物だとか後期ゴシックだとか、なんだか歴史ありそう。
ここに決めました。 -
内装も上品でとてもステキなレストランでした。
ビールとワインはいつものとおり。 -
夫はボーデン湖のお魚のムニエル。
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私は疲れて食欲がありません。
モッツァレラチーズとトマトのサラダにしました。
美味しかったです。 -
翌日。
フロントの前が朝食会場です。
さすがに歴史ある建物、窓の彩色ガラスが美しい。 -
朝食会場
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朝食は普通でした。
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さあ、チェックアウトをして出発です。
ホテルの前はルター教会。窓からよく見えました。 -
スーツケースを引っ張って石畳の上を駅に向かいます。
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壁絵が素晴らしいコンスタンツのラートハウス。
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マイバウムと皇帝の噴水
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駅前の銀行。
では次の街へ列車に乗って出発です。
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この旅行記へのコメント (9)
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- blumentalさん 2020/01/25 12:11:35
- ゲオルク・エルザーの碑
- frau.himmelさん、
初めてコメントを送らせていただきます。たくさんの旅行記、ずいぶん以前から拝見しており、旅行情報や詳しい歴史解説でいろいろ勉強させていただいております。
クロイツリンゲンにヨハン・ゲオルク・エルザーの碑があるとは知りませんでした。検問所内で捕まったとばかり思っていましたがスイス側で捕まったんですね。大変貴重な情報ありがとうございました。
ヒトラー暗殺未遂事件には以前から関心がありましたが、事件そのものよりもコンスタンツが舞台になる映画ということで「ヒトラー暗殺、13分の誤算」(原題Elser)を見たところ、今度はゲオルク・エルザーに興味を持つようになりました。20世紀末からゲオルク・エルザーを英雄視する動きがあり、あちこちで再評価されているようですね。
もちろんゲオルク・エルザーのことだけでなく、大好きなコンスタンツの風景を拝見し楽しませていただきました。
(失礼ながら)いくつか小さなミスも含め、間違いに気が付きましたので最後に添えさせていただきます。
・ヨハン・ゲオルク・エルザーは JOHANN GEORG ELSER(Nがふたつ)です。
・ツェッペリン伯爵が「公爵」になっています。
・「エミスホーファーZoll」の写真で「こちら側はスイス側」は反対です、こちらはコンスタンツ側です。(私も2018年の旅行記に同じ風景の写真を掲載しております)
・(これは重要です)ボーデン湖のライン橋で、「ここでライン川の水はボーデン湖に流れ込むのです」は流れが逆です。ボーデン湖からライン川はスタートします。
以上です。ご確認ください。
blumental
- frau.himmelさん からの返信 2020/01/26 20:23:03
- RE: ゲオルク・エルザーの碑
- blumental さん、こんばんは。
コンスタンツの旅行記を見てくださってありがとうございます。
まさかあの古い旅行記を、しかも真剣に見てくださった方がいらっしゃったなんて驚きました。と同時に大変うれしく思いました。
また、いくつかの間違いを指摘してくださり、こちらも感謝いたします。
やはりありましたね、私につきものの間違い勘違い。
ライン川の件、確かにそうでした。
その他のご指摘も納得いたしました。
都合のいいころ合いを見計らって修正しておきます。
ゲオルク・エルザーのことは私も偶然コンスタンツで見つけたのでした。
旅をしていて、思いがけない場所で偶然に歴史上の人物の足跡を見つけるのってうれしいですね。
エルザーのことはベルリンのザクセンハウゼン強制収容所でも見かけましたし、ベルリン市内でもまたダッハウでも見かけました。
しかしコンスタンツとエルザーは全く結びつかなかったので、見つけた時には目を疑いました。
歴史上の人物との偶然な出会い、これがあるから旅をやめられないのだと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
himmel
-
- jijidarumaさん 2016/01/07 00:48:43
- ドイツ=>スイス=>ドイツ・・・・・・・・(2007年8月)
- himmelさん
こんばんは!今年も宜しくお願いします。
脚で歩く国境越えと聞くと、以下を思い出します。
XXX
上ライン川のBad Saeckingenバード-ゼッキンゲンはSchloss Schoenau シェーナウ城(トランペット城の異名)がある17千人の町です。
この町の歴史もライン川沿いの町々と同じで、ゲルマンの支配、キリスト教の進出があり、1430年Schoenauの領主がライン川沿いにこの城を築く。
以後、何回もの戦争で町はフランス軍に焼かれ、占領されることになる。
2003年、この町はヨーロッパにおける最も美しい“花の町5選”の一つに選ばれている。
城と教会とライン川、そしてライン橋と、大変絵になる町です。
トランペット城の異名の由来“Trompeter von Bad Saeckingen・バード-ゼッキンゲンのトランペット”の粗筋は分からないが、1854年に出版された文学作品を1884年にオペラにした事(ライプツィヒで初演)から、どうもその名が有名になったようだ。
オペラ案内書・Knaus Opernfuehrer(1977年購入)には簡単だが、Viktor Nessler(1841-90)の作品だと書かれている。17世紀末、実在の人物の恋愛をオペラにしたもので、その中で歌われた、別れの歌『さようなら!それはなんと美しかったことか!』は当時、大変な国民的人気を得たとある。
ここのライン橋はドイツとスイスの掛け橋である。
400年の歴史をもつ木造の橋で、二つの国の住民はお互いが、自由に行き来ができる。
私共も橋を渡ってみると、橋の中間点には白い線が引かれ、そこを跨ぐとスイス領である。私共は子供じみたことだが、この白い国境線を何度も行っては戻り、戻ってはまた戻りを繰り返した。
橋をスイス側に渡りきった所には国境の旅券チェックは無い。一応Zollamt税関事務所の建物はあったが、人の姿が見えなかった。
ライン橋には二つの名がついていたのも可笑しいのだが、Saeckingerbrueckeゼッキンゲン橋とスイス側の表示に書いてあったが、ドイツ側の表示はHolzbruecke木造の橋といやに即物的でそっけない名前なのが面白い。
下流のデュッセルドルフでは絶対にお目にかからない、見事なほどに“青きライン川”は流れが美しい。
XXX
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/08 10:05:36
- RE: ドイツ=>スイス=>ドイツ・・・・・・・・(2007年8月)
- jijidarumaさん、おはようございます。
本年もよろしくお願いいたします。
大変貴重なお話ありがとうございました。
もしや旅行記に発表なさったものでは?、私見逃しているのかも知れません。後ほどお邪魔させていただきます。
バートゼッキンゲン、地図で探しました。
まさにスイスとの国境の町、ライン川の真ん中に国境線がありますね。
橋のまん中に白い線が引かれていて、それを行きつ戻りつなさったご夫婦のご様子目に見えるようです。
たまたま昨日朝、NHK「関口知宏のヨーロッパ列車の旅」の再放送で、同じように、彼がオランダとベルギーの国境線をピョンピョンと何度も飛び越えていました。
やはり考えることはみな同じ(笑)。
ただ、あのコンスタンツの国境は、Zollamtがあり、パトカーも停まっており、柵みたいなものの隙間から国境越えをするような感じでしたので、とてもピョンピョンの心境になれませんでした(笑)。
あと数回、別なところで徒歩で国境越えをいたします。
やっと旅行記の方は黒い森地方に入ろうかというところです。
ダラダラの、老化防止・ボケ防止の旅行記ですが、今年もお付き合いください。
himmel
- jijidarumaさん からの返信 2016/01/08 11:59:28
- ドイツ=>スイス=>ドイツ・・・(2007年8月)・追加のご報告
- himmelさん
おはようございます。ご返信ありがとうございました。
>もしや旅行記に発表なさったものでは?、私見逃しているのかも知れません。<
いえいえ、2007年バートゼッキンゲンの項は4Travelでは掲載しておりませんので、見逃ししてはおられませんよ。
やはり、直ぐに地図で見てみようとする探求心に新年から刺激されますね。
昨日、遅れ遅れの2015年ドイツ感傷旅行の自分用旅行記が完成しました。
昨秋の中学同窓会の小冊子準備や写真集・写真の配布といった後始末、年末年始の諸事で中断も多くなり、漸く完了です。
長々と駄文を書き、資料を紹介していますから、どんどん増えて180ページほどになりました。これから写真を入れた旅行記、古城・宮殿編、ホテル・料理編などを作り始めます。これがまた楽しいのですがね(笑)。
また、友人主宰の同人誌も次号の締め切り(並行して書いてきた大叔父の事績の続編:400字・40ページ)が迫り、
次回のドイツの旅の企画は目下、棚上げの状況です。
jijidaruma
-
- ハッピーねこさん 2016/01/06 21:58:19
- ドイツ⇔スイスを歩いて国境越え!!
- himmelさん、こんばんは。
コンスタンツ記にお邪魔しました。
まずは素晴らしいお天気がうらやましい!!
昨年私が訪ねた時は雨模様で・・・。
2012年に初めてコンスタンツを訪ねた際、1泊したホテルはあの駅横のショッピングセンターからほど近い場所でした。
その時、歩いてクロイツリンゲンへ!と目論んだのですが時間が足りず断念。
その後2度訪ねていますが実現しないままです。
ですから、今回のhimmelさんの国境越え、うらやましいですー!
思わぬ歴史の足跡に出会われ、そして、旦那様とともにお楽しみになれて
これまた何よりでしたよね。
いいお誕生日記念になられましたね。^^
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/08 09:55:47
- RE: ドイツ⇔スイスを歩いて国境越え!!
- ハッピーねこさん、おはようございます。
私もコンスタンツは3回目なのに、今回初めて駅の向こう側に行きました。
大型スーパーがあるのも初めて知りました。
時間が限られていると、どうしても湖畔と旧市街付近を周ってそれでいっぱいいっぱいになってしまいますものね。
今回はそれが目標の一つでしたから、念願を果たすことができました。
ましてやヒトラーの暗殺犯が捕まった場所も知ることが出来て、本当に良かったです。
お天気のいいのは写真で判りますね。
でもあのころからヨーロッパは35,6度の猛暑日続きで、あの暑さには参りました。
あと数回徒歩で国境越えをします。例のあそこもその一つ。
また見てください。
コメントありがとうございました。
himmel
-
- norisaさん 2016/01/05 07:07:45
- 国境のある街
- frau.himmelさん
あけましておめでとうございます。
さて、ツェッペリン公爵の建物があったり、エルザーの鏡像があったりと有名人にゆかりの地ですね。
季節的には少々暑いかもしれませんが美しい風景です。
徒歩で国境を越えるーー。
これは昔ではかなり大変なことだったかもしれませんが、今の欧州ではシェンゲン条約のおかげで楽ですね。
一方では難民の問題は深刻ですーー。
昨年はお世話になりましたが、今年もよろしくお願いします。
今年も良い旅をなさってください!
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2016/01/05 22:24:26
- RE: 国境のある街
- norisaさん、
あけましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。
さて、norisaさん、朝早いんですねー。
時間を見ると6時台!?
昨夜深夜、寝ぼけ眼で不完全な旅行記を投稿して、数時間後にはもう見てくださっている!
本当にありがとうございます。
国境の街、歌謡曲の題名としても雰囲気のある響きですが、シェンゲン条約以降、ことさら国境というのが大げさに思えるほど自由に行き来できるようになりましたね。
それにより便利にもなれば、この度の難民問題のように難しい問題も出てきます。
一応、検問所のような建物はあるのですから、何か問題があればあそこを封鎖するのでしょうね。
でも、これからどう動いていくのか?
norisaさんは今回ベルギーで経験なさって、すごく身近に感じていらっしゃるだけに気になることでしょうね。
それに最近はテロの問題も出てきましたから、今年の旅行は難題含みになるのでしょうか?
本年もよろしくお願いいたします。
himmel
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