2015/09/30 - 2015/09/30
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旅人のくまさんさん
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熱田神宮では、古くから伝わる年間約六十もの祭典と、約十の特殊神事が、昔ながらの作法で行われています。『熱田まつり』の名で呼ばれる六月五日の例祭には、天皇の勅使が遣わされます。
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クスノキ(楠)の大木の光景です。まだ盛夏の頃を思わせる緑の葉が生い茂っていました。
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お休み処の清め茶屋の玄関光景です。店先には、自動販売機も置かれていました。
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西門の鳥居の光景です。最初に東の鳥居、次が南の第一鳥居、最後が、この西門の鳥居の紹介になりました。観光バスで大勢の外国人観光客がやってきていました。
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西の鳥居に近い場所にある、『菅原社』の光景です。扉は閉まっていましたが、多くの絵馬が懸けられていました。
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『菅原社』の正面出入口のアップ光景です。祭神の菅原道真公(845〜903年)は、平安時代の貴族で、学者、漢詩人、政治家だった人です。右大臣まで上りましたが、心ならずも大宰府へ左遷され、現地で没しました。
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『菅原社』の説明立札です。天神様で知られる、菅原道真公を祀った神社です。入学などの祈願では、一番人気が高いようです。『此の度は幣も取り敢へず 手向山紅葉の錦神の随に』の歌は小倉百人一首に採り入れられ、都を去る時に読んだ、『東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな』の和歌も有名です。
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側面から眺めた、菅原社の光景です。楠之御前社や徹社などと同じく、境内社の内の一つです。墓所は、太宰府天満宮です。
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西の門前の駐車場に並んだ観光バスの光景です。すべて海外からの韓国客用だったようです。国道19号線に面した駐車場です。
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西門の近くの光景です。見学を終えてバスに戻る外国人観光客や、これから見学に向かう人達です。
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西の出入口にある鳥居の光景です。東門、南門の鳥居と同じように、『神明鳥居』あるいは、『伊勢鳥居』と呼ばれる様式です。
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西の鳥居近くにあった手水舎(てみずや/ちょうずや)の光景です。団体客向けの大きな造りになっていました。
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『献酒・愛知県酒造組合』の表示があった樽酒の展示です。14列*5段の70の樽酒です。国盛りや、ねのひ等、有力会社の製品は複数展示されていました。
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真下から見上げた、楠の大木の光景です。古木らしい、迫力のある枝振りでした。
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『大楠』のタイトルがあった立札です。熱田神宮境内にはクスノキが多く生育し、特に大きなクスノキ7本を、『七本楠』と呼んでいることが紹介されていました。この樹は、弘法大師お手植えと言われる樹齢千年以上の楠です。『ご神木』として扱われているようです。
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境内にある『七本楠』の内の一本ですから、しめ縄が張られ、周りを機の柵で囲ってありました。クスノキ(楠)は、クスノキ科ニッケイ属の常緑高木です。柵が巡らされるようになったのは昭和23年(1948年)のこととされます。
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見事な大木のクスノキ(楠)の紹介が続きます。食用となるアボカド、葉が線香の原料となるタブノキ、樹皮が香辛料などに利用されるシナモンなどが近縁種です。
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『大楠』に取り付けられた、しめ縄の光景です。『大楠』に似合った太い縄が使われていました。まさに横綱です。
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入場はしませんでしたが、『客殿』の名札があった建物光景です。この一角は入場制限がされていたようです。
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平成25年(2013年)の熱田神宮1900年記の時に設置された歴史紹介のパネルです。右側の半数弱です。
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同じく、平成25年(2013年)の熱田神宮1900年記の時に設置された歴史紹介のパネルです。右側の半数強です。この後、すべて紹介します。
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平成25年(2013年)の熱田神宮1900年記の時に設置された歴史紹介のパネルです。全文紹介します。タイトルは、『神話と歴史でたどる熱田神宮千九百年の歴史』です。その序文です。始まりは草薙神剣です。
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序文の続きです。主神の『熱田大神』と相殿の五神が説明されていました。主神は『天照大神』、五神は天照大神を始めとするスサノオノミコト(素戔嗚尊)や、ヤマトタケルノミコト(日本武尊)等です
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『草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)誕生』の説明パネルです。第12代景行天皇の命を受け、東国平定に向かった日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と、草薙神剣に関する解説です。静岡県の焼津の地での出来事とされます。
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『御鎮座』のタイトルの2枚目の説明パネルです。東国を平定し、尾張国に帰った日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に関する記述です。妃となった宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)が、日本武尊亡き後、尾張氏一族の祭場としていた熱田の地に草薙神剣をお祀りしたのが熱田神宮の始まりであることが解説されていました。
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『弥生時代から国府棼時代のころ』のタイトルの3枚目の説明パネルです。熱田神宮が熱田台地の南端に位置し、周りには弥生時代の遺跡などがあることなどが紹介されていました。
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『飛鳥時代のころ』のタイトルの4枚目の説明パネルです。天智7年(668年)の草薙神剣の盗難事件の解説です。天武元年(686年)に無事に熱田神宮に戻ったようです。
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『平安時代前期』のタイトルの5枚目の説明パネルです。承和12年(845年)、第54代・仁明天皇の前で113歳の尾張浜主が自作の『和風長寿楽』を舞った伝説の紹介です。現在も5月1日に舞楽神事が行われています。
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『平安時代後期・院政期のころ』のタイトルの6枚目の説明パネルです。治承3年(1179年)、平清盛により都を追われ、尾張に来た藤原師長のエピソードです。
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『武家政権のころ』のタイトルの7枚目の説明パネルです。源氏の棟梁・源義朝に嫁いだ、熱田神宮大宮司の藤原季範の娘、由良姫のエピソードです。牛若丸(源義経)は、奥州藤原氏の元に向かう途中、大宮司を烏帽子親として元服したと伝わります。
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『南北朝のころ』のタイトルの8枚目の説明パネルです。熱田大宮司が、後醍醐天皇の武神として仕えたエピソードです。また、足利尊氏とも縁がある神社のようです。
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