2015/11/14 - 2015/11/14
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koumeさん
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嵯峨野の風情ある光景が有名な鳥居本。そのあたりは、奥嵯峨と呼ばれ渡月橋や竹林の道などの混雑に比べれは紅葉の時期でも比較的静かな一帯ですが、さらにその奥にあり訪れる人も少ない愛宕念仏寺まで出かけてきました.
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JR嵯峨嵐山駅から奥嵯峨野を目指します。
こちらは清凉寺。 -
朝8:30過ぎ。
門はすでに開けられていましたが人影はほとんどありませんでした。 -
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清凉寺のお隣にある紅葉の名所宝筐院。
まだ門は閉じられていました。 -
二尊院まで来ました。
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こちらも門はまだ閉じられたままです。
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博物館さがの人形の家の紅葉はこんな感じでした。
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こちらは鳥居本周辺の重要伝統的建造物群保存地区入口にある酒屋さんのご自宅の紅葉でしょうか。
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重要伝統的建造物群保存地区嵯峨鳥居本の朝です。
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化野念仏寺に到着。
まだ門が開かれていませんが、この後すぐに開門されました。
9時になったようです。 -
参道の紅葉はこんな感じです。
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参道沿いの苔の上の落葉。
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開門されましたがこの日は通過です。
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鳥居本のシンボルともいえる2軒の料理屋さんのひとつ「つたや」に到着です。
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すでにお店の中には灯がついています。
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「つたや」から愛宕神社の一之鳥居をくぐったところにあるもう一軒の料理屋さん「平野屋」です。
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灯とともに店の中からは何かを焼く?焚く?煙が暖簾をくぐり這い出してきました。
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一之鳥居からさらに数百メートル先に進みようやく愛宕念仏寺に到着です。
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おたぎねんぶつじと読むようです。
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中に入ります。
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三宝の鐘(と呼ばれているようです。)
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木々によってはいち早く紅葉が進んでいるものもありました。
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このお寺の歴史は8世紀称徳天皇の時代まで遡ることができるようですが、幾多の荒廃を繰り返し、太平洋戦争中は無住寺となり、昭和25年にはついに廃寺となってしまったということです。
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その後昭和30年から再興が始められ、昭和56年からは復興祈願に賛同した参拝者の手で彫られた羅漢が境内に次々と増えてゆき、現在は1200躰もの親しみのある表情を持った羅漢が境内に溢れています。
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灯篭の灯と羅漢群と紅葉。独特の風景です。
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羅漢群の背後を清滝に向かう京都バスが通過していきました。
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紅葉がさらに進み羅漢さんの頭上に落葉が舞い散る光景も素敵かもしれません。
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鳥居本に向かい嵯峨嵐山駅まで来た道を戻ります。
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