南国・土佐山田・香南旅行記(ブログ) 一覧に戻る
JR高知駅北口から「とさでんバス」で約30分、岡豊城(おこうじょう、高知県南国市岡豊町八幡)は鎌倉時代初期に信濃国より土佐国長岡郡宗部郷に移住、13世紀~14世紀に香長平野の北西端にあたる標高97m岡豊山に戦国時代四国統一の覇者となった長宗我部氏によって築城された蓮郭式の山城です。<br /><br />高知県立歴史民俗資料館ホームページでは岡豊城跡及び四国統一を成した長宗我部元親について次のように記しています。<br /><br />「 岡 豊 城 跡<br /><br />岡豊城跡は、南国市岡豊八幡の通称岡豊山にあります。高知県を代表する城跡の一つで、平成20年7月28日付で、その一部が国指定史跡「岡豊城跡」となっています。四国を代表する戦国時代の武将長宗我部氏の居城跡です。<br /><br />香長平野はいくつかの丘陵が点在していますが、岡豊山もその一つで、山は蛇紋岩からなっています。西部には標高97m、山は東から南斜面にかけて急斜面で、北側はややゆるい斜面となり、西部には標高49mの小さな丘陵が続いています。南斜面の下には、国分川が流れ、西から南にかけて湿田となっています。築城当時も湿地帯が存在していたと思われ、自然の要害となっています。北は、低い尾根には四国山地に続いていたようですが、県道(旧国道)により分断され、またかつての公園化による山頂部への道路などの建設により城跡は変化を余儀なくされます。<br /><br />岡豊城跡の発掘調査は、高知県歴史民俗資料館の建設に伴う周辺環境整備の一環として、県史跡整備に先立つ確認調査として昭和60年から平成元年に第1次?5次発掘調査(国庫補助)、平成2年に第6次発掘調査として高知県教育委員会が実施しました。調査は、史跡部分の詰、二ノ段、三ノ段、四ノ段で行われました。詰では、石敷遺構や礎石建物跡、地鎮の遺構、三ノ段では土塁・石積み、礎石建物、階段状の遺構などが確認されました。また、多量の土師室土器や輸入陶磁器、年号の刻された瓦などが出土しました。これらの遺構は、発掘調査の成果にもとづき城跡の現状を変更せずに伐採や植栽を行いながら、遺構には盛り土をし、出土状況を復元しました。岡豊城の築城年代は不明ですが、15世紀後半から永正5?6年(1508?1509)に落城した時期(長宗我部元秀の頃)を含め、大高坂城に移転する天正16年(1588)頃まで存続したものと考えられています。<br /><br /><br /><br />長宗我部氏/第21代当主 長宗我部元親<br /><br />元親は、天文8年(1539)、長宗我部国親(くにちか)の長男として岡豊に生まれました。<br /><br />国親は、他の戦国群雄が割拠する中、軍事・外交の手腕を発揮し、着実にそのその支配圏を広げていましたが、永禄3年(1560)、土佐中央部の覇権をかけた本山氏との激戦の最中に病死。ただちに元親が家督を相続し、r長宗我部家第21代当主となりました。<br /><br />その後、元親は父の志を継いだ戦いで本山氏から朝倉城を奪い、土佐中央部を手中に収めます。また、本山氏・安芸氏・津野氏ら他の有力国人を相次いで降伏・滅亡させ、天正3年(1575)、念願の土佐統一を果たしました。」

土佐南国 土佐国衆らの攻略を受け一度屈服するも没落から再興し土佐国を統一更に四国全土の制覇実現した長宗我部氏拠点『岡豊城』訪問

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2015/11/04 - 2015/11/04

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR高知駅北口から「とさでんバス」で約30分、岡豊城(おこうじょう、高知県南国市岡豊町八幡)は鎌倉時代初期に信濃国より土佐国長岡郡宗部郷に移住、13世紀~14世紀に香長平野の北西端にあたる標高97m岡豊山に戦国時代四国統一の覇者となった長宗我部氏によって築城された蓮郭式の山城です。

高知県立歴史民俗資料館ホームページでは岡豊城跡及び四国統一を成した長宗我部元親について次のように記しています。

「 岡 豊 城 跡

岡豊城跡は、南国市岡豊八幡の通称岡豊山にあります。高知県を代表する城跡の一つで、平成20年7月28日付で、その一部が国指定史跡「岡豊城跡」となっています。四国を代表する戦国時代の武将長宗我部氏の居城跡です。

香長平野はいくつかの丘陵が点在していますが、岡豊山もその一つで、山は蛇紋岩からなっています。西部には標高97m、山は東から南斜面にかけて急斜面で、北側はややゆるい斜面となり、西部には標高49mの小さな丘陵が続いています。南斜面の下には、国分川が流れ、西から南にかけて湿田となっています。築城当時も湿地帯が存在していたと思われ、自然の要害となっています。北は、低い尾根には四国山地に続いていたようですが、県道(旧国道)により分断され、またかつての公園化による山頂部への道路などの建設により城跡は変化を余儀なくされます。

岡豊城跡の発掘調査は、高知県歴史民俗資料館の建設に伴う周辺環境整備の一環として、県史跡整備に先立つ確認調査として昭和60年から平成元年に第1次?5次発掘調査(国庫補助)、平成2年に第6次発掘調査として高知県教育委員会が実施しました。調査は、史跡部分の詰、二ノ段、三ノ段、四ノ段で行われました。詰では、石敷遺構や礎石建物跡、地鎮の遺構、三ノ段では土塁・石積み、礎石建物、階段状の遺構などが確認されました。また、多量の土師室土器や輸入陶磁器、年号の刻された瓦などが出土しました。これらの遺構は、発掘調査の成果にもとづき城跡の現状を変更せずに伐採や植栽を行いながら、遺構には盛り土をし、出土状況を復元しました。岡豊城の築城年代は不明ですが、15世紀後半から永正5?6年(1508?1509)に落城した時期(長宗我部元秀の頃)を含め、大高坂城に移転する天正16年(1588)頃まで存続したものと考えられています。



長宗我部氏/第21代当主 長宗我部元親

元親は、天文8年(1539)、長宗我部国親(くにちか)の長男として岡豊に生まれました。

国親は、他の戦国群雄が割拠する中、軍事・外交の手腕を発揮し、着実にそのその支配圏を広げていましたが、永禄3年(1560)、土佐中央部の覇権をかけた本山氏との激戦の最中に病死。ただちに元親が家督を相続し、r長宗我部家第21代当主となりました。

その後、元親は父の志を継いだ戦いで本山氏から朝倉城を奪い、土佐中央部を手中に収めます。また、本山氏・安芸氏・津野氏ら他の有力国人を相次いで降伏・滅亡させ、天正3年(1575)、念願の土佐統一を果たしました。」

旅行の満足度
4.5
交通手段
高速・路線バス JR特急 徒歩 ジェットスター
  • 高知県立歴史民俗資料館入口<br /><br />岡豊城跡の一部に歴史民俗資料館が併設されています。

    高知県立歴史民俗資料館入口

    岡豊城跡の一部に歴史民俗資料館が併設されています。

  • 岡豊歴史公園案内図<br /><br />県立歴史博物館を左に見ながら進むと「岡豊歴史公園」案内図が立ち、詰(主郭に相当)の郭をめざし進むことにします。

    岡豊歴史公園案内図

    県立歴史博物館を左に見ながら進むと「岡豊歴史公園」案内図が立ち、詰(主郭に相当)の郭をめざし進むことにします。

  • 土塁と空堀の説明板

    土塁と空堀の説明板

  • 岡豊城跡登城道

    岡豊城跡登城道

  • 伝厩趾曲輪跡方面案内図<br /><br />右方向は伝厩跡曲輪跡、左方向は三ノ段(三郭)を案内、自分は三ノ段に向かいます。

    伝厩趾曲輪跡方面案内図

    右方向は伝厩跡曲輪跡、左方向は三ノ段(三郭)を案内、自分は三ノ段に向かいます。

  • 岡豊城跡(詰)・国分寺案内板<br /><br />国分寺方向と岡豊城跡の分岐点に当たり自分は岡豊城跡方向を目指します。

    岡豊城跡(詰)・国分寺案内板

    国分寺方向と岡豊城跡の分岐点に当たり自分は岡豊城跡方向を目指します。

  • 城跡登城道<br /><br />左右の石垣を挟んで詰(主郭)への登城道が築かれます。

    城跡登城道

    左右の石垣を挟んで詰(主郭)への登城道が築かれます。

  • 城跡登城道

    城跡登城道

  • 三ノ段(三郭)

    三ノ段(三郭)

  • 三ノ段礎石建物跡

    三ノ段礎石建物跡

  • 土塁・石垣の説明板<br /><br />併せて左方向は四ノ段、右方向は伝厩跡曲輪の案内があり、自分は四ノ段に向かいます。

    土塁・石垣の説明板

    併せて左方向は四ノ段、右方向は伝厩跡曲輪の案内があり、自分は四ノ段に向かいます。

  • 詰(主郭)への石段<br /><br />ここから詰(主郭)への石段を上ります。

    詰(主郭)への石段

    ここから詰(主郭)への石段を上ります。

  • 詰(主郭)

    詰(主郭)

  • 詰(主郭)礎石建物跡

    詰(主郭)礎石建物跡

  • 詰(主郭)礎石建物跡<br /><br />建物は2棟あって、面積は75m2と3m2で石敷遺構で繋がった東西方向の大きな建物とのことです。

    詰(主郭)礎石建物跡

    建物は2棟あって、面積は75m2と3m2で石敷遺構で繋がった東西方向の大きな建物とのことです。

  • 詰(主郭)礎石建物跡(近景)<br /><br />この建物は位置や基礎から考慮すれば近代城郭の天守の前身とも見られ2層以上の建物であったと考えられます。

    詰(主郭)礎石建物跡(近景)

    この建物は位置や基礎から考慮すれば近代城郭の天守の前身とも見られ2層以上の建物であったと考えられます。

  • 詰(主郭)礎石建物跡説明板

    詰(主郭)礎石建物跡説明板

  • 岡豊城跡石標

    岡豊城跡石標

  • 岡豊城跡説明板

    岡豊城跡説明板

  • 岡豊城縄張図(拡大)

    岡豊城縄張図(拡大)

  • 地鎮の遺構説明板<br /><br />12枚の土器が土坑に入れられており、91枚の中国の渡来銭が納められていたそうで、築城の際に土地の神を鎮める祭りに使われたと考えられています。

    地鎮の遺構説明板

    12枚の土器が土坑に入れられており、91枚の中国の渡来銭が納められていたそうで、築城の際に土地の神を鎮める祭りに使われたと考えられています。

  • 現在地の確認

    現在地の確認

  • 詰(主郭)の土塁<br /><br />

    詰(主郭)の土塁

  • 三ノ段(三郭)方向<br /><br />詰(主郭)から石段を降りて三ノ段(三郭)に向かいます。

    三ノ段(三郭)方向

    詰(主郭)から石段を降りて三ノ段(三郭)に向かいます。

  • 三ノ段(三郭)<br /><br />縁に配された土塁が三ノ段を囲んでいます。<br /><br />

    三ノ段(三郭)

    縁に配された土塁が三ノ段を囲んでいます。

  • 詰(主郭)<br /><br />三ノ段(三郭)から詰方向を見上げます。

    詰(主郭)

    三ノ段(三郭)から詰方向を見上げます。

  • 石碑<br /><br />岡豊城と長宗我部氏を記した石碑が建立されています。

    石碑

    岡豊城と長宗我部氏を記した石碑が建立されています。

  • 展望広場

    展望広場

  • 四ノ段(四郭)方向

    四ノ段(四郭)方向

  • 四ノ段(四郭)

    四ノ段(四郭)

  • 市街展望

    市街展望

  • 詰(主郭)下段<br /><br />詰の東側には一段下がった曲輪があり、これを「詰下段」と称されています。

    詰(主郭)下段

    詰の東側には一段下がった曲輪があり、これを「詰下段」と称されています。

  • 詰下段礎石跡

    詰下段礎石跡

  • 詰下段礎石跡建物説明

    詰下段礎石跡建物説明

  • 土橋

    土橋

  • 堀切

    堀切

  • 堀切と井戸

    堀切と井戸

  • 二ノ段(二郭)<br /><br />詰と堀切で分離された二ノ段中央にあずま屋が建てられています。

    二ノ段(二郭)

    詰と堀切で分離された二ノ段中央にあずま屋が建てられています。

  • 二ノ段(二郭)説明板<br /><br />説明では西隣の詰と堀切によって隔てられた曲輪(くるわ)で長さ45m、幅30mの三角形の敷地となっており南縁には高さ60cmの土塁が30mにわたって残っていたそうです。

    二ノ段(二郭)説明板

    説明では西隣の詰と堀切によって隔てられた曲輪(くるわ)で長さ45m、幅30mの三角形の敷地となっており南縁には高さ60cmの土塁が30mにわたって残っていたそうです。

  • 堀切<br /><br />手前の二ノ段と向う側の詰を隔てる堀切が明確に現われています。

    堀切

    手前の二ノ段と向う側の詰を隔てる堀切が明確に現われています。

  • 展望<br /><br />二ノ段から眺める風景は抜群です。

    展望

    二ノ段から眺める風景は抜群です。

  • 国府跡・国分寺跡方向<br /><br />説明板によれば正面樹木辺りが国分寺跡で、その向うが国府跡となっています。

    国府跡・国分寺跡方向

    説明板によれば正面樹木辺りが国分寺跡で、その向うが国府跡となっています。

  • 東方面説明板<br /><br />この方向には土佐国府跡及び土佐国分寺跡が展望できます。かつて奈良時代には岡豊が地方が政治の中心地であったことがわかります。

    東方面説明板

    この方向には土佐国府跡及び土佐国分寺跡が展望できます。かつて奈良時代には岡豊が地方が政治の中心地であったことがわかります。

  • 二ノ段<br /><br />二ノ段東側から詰方向を撮ります。公園化されているため史蹟とは無関係の「あずまや」が設置されています。<br />

    二ノ段

    二ノ段東側から詰方向を撮ります。公園化されているため史蹟とは無関係の「あずまや」が設置されています。

  • 岡豊城跡見取図<br /><br />城跡全体の中で現在地を確認します。

    岡豊城跡見取図

    城跡全体の中で現在地を確認します。

  • 伝厩跡曲輪跡方向<br /><br />続いて「詰(主郭)」から西方向に下りながら「伝厩曲輪跡」に向かいます。

    伝厩跡曲輪跡方向

    続いて「詰(主郭)」から西方向に下りながら「伝厩曲輪跡」に向かいます。

  • 竪堀標柱<br /><br />伝厩曲輪跡に向かう途中に竪堀跡が見られその標柱が立てられています。

    竪堀標柱

    伝厩曲輪跡に向かう途中に竪堀跡が見られその標柱が立てられています。

  • 岡豊城跡<br /><br />岡豊城跡を構成する伝厩曲輪跡の場所は詰(主郭)から西方向の高台に配されています。

    岡豊城跡

    岡豊城跡を構成する伝厩曲輪跡の場所は詰(主郭)から西方向の高台に配されています。

  • 竪堀説明板<br /><br />詰の西斜面や伝厩曲輪跡の南斜面に施され、敵の進入を防ぐ有効な手段となっています。

    竪堀説明板

    詰の西斜面や伝厩曲輪跡の南斜面に施され、敵の進入を防ぐ有効な手段となっています。

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 竪堀跡と渡り橋<br /><br />

    竪堀跡と渡り橋

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 伝厩曲輪跡方向<br /><br />急峻の小路を上り詰めると伝厩曲輪跡に辿り着きます。

    伝厩曲輪跡方向

    急峻の小路を上り詰めると伝厩曲輪跡に辿り着きます。

  • 伝厩曲輪跡<br /><br />岡豊城跡の出城的な位置付けとして西側に配され、西側からの進入を防ぐ役割をします。

    伝厩曲輪跡

    岡豊城跡の出城的な位置付けとして西側に配され、西側からの進入を防ぐ役割をします。

  • 岡豊公園征清凱旋碑

    岡豊公園征清凱旋碑

  • 岡豊公園征清凱旋碑・説明板

    岡豊公園征清凱旋碑・説明板

  • 伝厩曲輪跡・説明板

    伝厩曲輪跡・説明板

  • 伝厩曲輪跡全景<br /><br />切削部は長さ30m、幅17mの楕円形で周囲は急峻な斜面に囲まれ、北西の二重の堀切や南斜面の竪堀が施され本城を防御する出城となっています。

    伝厩曲輪跡全景

    切削部は長さ30m、幅17mの楕円形で周囲は急峻な斜面に囲まれ、北西の二重の堀切や南斜面の竪堀が施され本城を防御する出城となっています。

  • 伝厩曲輪跡西方部

    伝厩曲輪跡西方部

  • 展望<br /><br />当該曲輪に設置された展望台から南方向を捉えます。

    展望

    当該曲輪に設置された展望台から南方向を捉えます。

  • 市街展望<br /><br />当該曲輪に設置された展望台から市街を一望します。

    市街展望

    当該曲輪に設置された展望台から市街を一望します。

  • 岡豊征清凱旋碑<br /><br />展望台から足元の「岡豊公園征清凱旋碑」を窺います。

    岡豊征清凱旋碑

    展望台から足元の「岡豊公園征清凱旋碑」を窺います。

  • 伝厩曲輪跡登り口<br /><br />今まで登ってきた道を下って当該曲輪を離れます。

    伝厩曲輪跡登り口

    今まで登ってきた道を下って当該曲輪を離れます。

  • 竪堀標柱<br /><br />途中には竪堀の標柱が見られます。

    竪堀標柱

    途中には竪堀の標柱が見られます。

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 竪堀跡

    竪堀跡

  • 長宗我部元親像(全景)<br /><br />岡豊城跡の一部に建てられた県立歴史民俗資料館には城主であった長宗我部元親の立像があります。

    長宗我部元親像(全景)

    岡豊城跡の一部に建てられた県立歴史民俗資料館には城主であった長宗我部元親の立像があります。

  • 長宗我部元親(上半身部拡大)

    長宗我部元親(上半身部拡大)

  • 学校分岐バス停<br /><br />高知市街に帰るバス停「学校分岐」でバスの」到着を待ちます。

    学校分岐バス停

    高知市街に帰るバス停「学校分岐」でバスの」到着を待ちます。

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