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2015年11月4日、いよいよ大山街道の最終目的地、阿夫利神社下社から大山山頂を目指しました。天気は快晴、紅葉も見頃のはず。この日を待ち、体調を整え、準備万端怠りなく単独で頂上を目指しました。<br />下社から頂上へは、大山一の急階段といわれる「本坂」を登りました。本坂は一丁目から二八丁目まで区切られていました。自然石を利用した急な石段を幾度も左右に曲がりながら、上り一方の道を、息を切らしながら登って行きました。道には大きな岩が露出したり、大きな石がゴロゴロ転がっていたり、木の根っこが露出したり、歩きにくい道が頂上まで連なっていました。<br /><br /><br />この道を、江戸時代に盛んになった「大山講」の人々も登ったことでしょう。当時の人々を想いながら、ここで「講」とは何か?について触れてみます。<br /><br />「講」は、町・村などの地域や、同じ職業など、共通点を持った人たちで構成されています。講には様々な形態がありますが、「伊勢講」「大山講」「富士講」のような講では、講に属する人たちが、講に会費を納め、選ばれた数名がそのお金で代表としてお参りに行き、講の全員に御札などを持ち帰ります。これを毎年繰り返していれば、最終的には全員が伊勢・大山・富士などへ行くことができます。<br />メリットは、多数の人が費用を負担し合うことで、お金に余裕のない庶民でも旅に出られること、さらに毎年、代表者を送り迎えし、御札や土産を分け合うことで人と人とのつながりを深めていくということにありました。<br /> 神社の境内や宿坊などに「〇〇講」の石碑が建っているのは、このような講の人たちが、寄進すると同時に自分たちの活動の記念碑として建てたものです。<br /><br /><br />さて、ここで私が疑問に思ったのは、講の人々が詣でたのは、「大山寺」だったのか?「阿夫利神社」だったのか?ということでした。いろいろ調べて私の得た答えはこうです。<br /><br />現在の阿夫利神社は明治の神仏分離令によって新たに建てられた神社です。古くは大山山頂の石尊大権現と山腹にあった大山寺が信仰の中心でした。石尊の名前の由来は、山頂の岩に神々が降りると信じられていたため、石尊の名がついたとされています。そのため、山頂の本社には祭神である石尊大権現、奥社に大天狗、前社に小天狗が祀られていました。<br />これを物語るものを、表紙写真の「十六丁目追分の碑」の碑文「「奉獻 石尊大權現 大天狗 小天狗 御寶寺」に見つけ、私の疑問は氷解しました。<br /><br />神仏分離以降の現在では、大山阿夫利神社本社には大山祇大神(オオヤマツミオオカミ)、摂社奥社に大雷神(オオイカツチノカミ)、前社に高淤加美神(タカオカミノカミ)が祀られています。

大山街道? 阿夫利神社下社?大山山頂(伊勢原市)

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2015/11/04 - 2015/11/04

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元カニ族

元カニ族さん

2015年11月4日、いよいよ大山街道の最終目的地、阿夫利神社下社から大山山頂を目指しました。天気は快晴、紅葉も見頃のはず。この日を待ち、体調を整え、準備万端怠りなく単独で頂上を目指しました。
下社から頂上へは、大山一の急階段といわれる「本坂」を登りました。本坂は一丁目から二八丁目まで区切られていました。自然石を利用した急な石段を幾度も左右に曲がりながら、上り一方の道を、息を切らしながら登って行きました。道には大きな岩が露出したり、大きな石がゴロゴロ転がっていたり、木の根っこが露出したり、歩きにくい道が頂上まで連なっていました。


この道を、江戸時代に盛んになった「大山講」の人々も登ったことでしょう。当時の人々を想いながら、ここで「講」とは何か?について触れてみます。

「講」は、町・村などの地域や、同じ職業など、共通点を持った人たちで構成されています。講には様々な形態がありますが、「伊勢講」「大山講」「富士講」のような講では、講に属する人たちが、講に会費を納め、選ばれた数名がそのお金で代表としてお参りに行き、講の全員に御札などを持ち帰ります。これを毎年繰り返していれば、最終的には全員が伊勢・大山・富士などへ行くことができます。
メリットは、多数の人が費用を負担し合うことで、お金に余裕のない庶民でも旅に出られること、さらに毎年、代表者を送り迎えし、御札や土産を分け合うことで人と人とのつながりを深めていくということにありました。
神社の境内や宿坊などに「〇〇講」の石碑が建っているのは、このような講の人たちが、寄進すると同時に自分たちの活動の記念碑として建てたものです。


さて、ここで私が疑問に思ったのは、講の人々が詣でたのは、「大山寺」だったのか?「阿夫利神社」だったのか?ということでした。いろいろ調べて私の得た答えはこうです。

現在の阿夫利神社は明治の神仏分離令によって新たに建てられた神社です。古くは大山山頂の石尊大権現と山腹にあった大山寺が信仰の中心でした。石尊の名前の由来は、山頂の岩に神々が降りると信じられていたため、石尊の名がついたとされています。そのため、山頂の本社には祭神である石尊大権現、奥社に大天狗、前社に小天狗が祀られていました。
これを物語るものを、表紙写真の「十六丁目追分の碑」の碑文「「奉獻 石尊大權現 大天狗 小天狗 御寶寺」に見つけ、私の疑問は氷解しました。

神仏分離以降の現在では、大山阿夫利神社本社には大山祇大神(オオヤマツミオオカミ)、摂社奥社に大雷神(オオイカツチノカミ)、前社に高淤加美神(タカオカミノカミ)が祀られています。

同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 私鉄 徒歩
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