2015/10/31 - 2015/10/31
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bakanekoさん
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京都御所 一般公開ニ突入ス
長いあいだ4トラに投稿するのを怠っていたが、
再度ぼちぼち始める。要するに遊びに行き過ぎて
投稿できないのだ。実はこの1週間前にも高尾方面に
出撃したのだが青紅葉であった。そんなことを繰り返している。今度は紅葉にして撮りたかったので今回の再出撃となる。
しかし欲深い私は、行くついでにいろいろ見たい。するとなんと京都御所一般公開の時期であった。実に、学生のとき以30年ぶりにいく気になった。
出撃準備
最近の我が家の経済事情の悪化で、京都市内や桜井方面などは車ではなく スズキ バーディー90ccで行くことになる。まさにエンジンの回転数を落として航続距離を伸ばす、ゼロ戦の渡洋攻撃のようなものである。
高速も乗れず、はなはだ搭乗員の疲労が蓄積する。まさに命を削っての出撃である。
朝5時、陽あけやらぬうちに天王寺を出撃する。この時間の空いた国道1号線を北上する。枚方から向こうは急に寒くなる。
ここから妄想に入ろう。
著者注)
本紀行は、写真撮影記に私の妄想が入り、過去の人物などが出る事があります。入江:入江泰吉 土門:土門拳 佐藤:佐藤義清
枚方あたりを走る。交野辺りで馬に乗り後から声を掛けてくるものがいる。
「bakanekoはん。御所にいくんやったら、わいつれていかなあかんやんけ」
思わず速度を落とし併走する。・・・我ながらすごい妄想だと思う。国道一号線でバイクと馬が併走する・・・・
私「エッエッ・・・だれ?兜でわからんけど・・・河内弁やな」
楠木「わいや!!河内の守や。ほっといていくとは殺生や。わいもつれていって」
私「さすが、尊皇思想はばっちりでんなあ」
楠木「そんなことあれへん。世話になった恩返しや。」
ということで九条まで到着。
私「楠木はん、朝飯9食べまひょ。かどやで豚汁」
楠木「そらええわ。わい、京都のお公家はんの食い物あかんねん。
今食うとこ」ということでかどやへ。
京都御所秋季一般公開を次のとおり行います。(申込手続不要,無料)。
1 期間
平成27年10月30日(金)から11月3日(火・祝)までの5日間
2 入門時間
午前9時(開門)から午後3時30分(閉門)まで
3 参観者は,宜秋門(ぎしゅうもん)から参入し,清所門(せいしょもん)から退出することになります。
(清所門の最終退出時刻は,午後4時15分です。)
- 旅行の満足度
- 4.5
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京の都の碁盤の目…その左下角に当たるのが、南北の西大路通りと東西の九条通りがクロスする西大路九条交差点だ。そこから西へ取ると国道171号線となり、いよいよ京都ともお別れになるのだが、その最初の信号の西南角にその店はある。
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これが名物の「ぶたじる」である。濃厚な合わせ味噌の汁の具は…豆腐3切れにタマネギ数片…そして大量の豚バラ肉!出汁も豚で取っていると思われ、一口啜ると豚の脂が口の中いっぱいに拡がる〜♪サトイモ、ゴボウ、ニンジンと言った具沢山の汁に豚の肉片が入った「とんじる」とは似ても似つかぬシロモノ。できれば小ごはんと小豚汁で十分だと思う。500円ぐらいだったと思う。
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さてかどやから御所に向かう。蛤御門のそばにバイクと馬を置く。
「どこへいく」ダンビラを下げた連中が取り囲む。
私「御所の一般公開へ」
楠木「御所へ参内するんじゃ」
「疑わしいやつ!!長州の間者かも知れぬ。切れ」
その時、「まて おかしなものではあるまい・・警備の方も知人だと言っておられる。通してやれ 私は、新撰組 筆頭局長芹沢鴨 はよういけ」
当然 配役は佐藤浩市
もう時代は無茶苦茶
私 改まって「河内の守殿、いざ宮中へ。ところで警備の方とは 宮内省「の皇宮警察官の方か?」
佐藤「Bakanekoさんご無沙汰。佐藤です。今日は出勤で警備です」
私「佐藤さん (佐藤 義清)」ご無沙汰。さすが北面」
佐藤「遠路はるばる、楠木さんまで。鎧はちょっと物騒なので・・・ということで着替えていきましょう」
佐藤「今日は一般公開なので、私も出勤です」 -
着替えて3人で。黄色は佐藤さん クロはbakaneko、白いのは楠木さん
なにやらすさまじい妄想投稿になりつつある -
ということで、8時10分前、並んでいるのは5人ほど。9時からですから開門1時間も前に行けば十分最前列。
ここが重要で、紫宸殿1番乗りは先頭グループ20人ほどしか無理です。なぜ1番乗りか。それは人がいない紫宸殿を撮る事ができるのはこの早朝1番しかないからです。あとはおっさんおばはんが前をうろうろする。これは流石にへぼ撮影者でも耐えられません。ということで9時までしばし待つ。
紫宸殿(ししんでん・ししいでん)とは、内裏において天皇元服や立太子、節会などの儀式が行われた正殿。南殿、前殿、古くは紫震殿とも。殿舎の南には南庭が広がり、北には仁寿殿が位置する。
天皇の普段居住する殿舎である清涼殿に対し紫宸殿は公的な意味合いが強かった。
待つ間、かばんの中を確認されます。 -
開門と同時に、車寄せなど見向きもせずに素通りする。大正の製作やし関係ないということである。
佐藤「ゆっくり気をつけて歩いてください」
楠木「緊張する・・・主上はどこにおわす」
ということで紫宸殿をパチリ。承明門から -
ここから紫宸殿シリーズ
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実は、私が一人行くので宮内省の方が先導してくれた。最後、内裏の入口日華門で「どうぞ」と白い手袋でご案内。まるでVIPのようであった。
佐藤「さあはいりましょう」
楠木「複雑な気持ちやのう」
紫宸殿の南の庭は南庭と称し、一面に白砂を敷いただけの空間である。ここは単なる空地ではなく、紫宸殿の建物と一体となった、儀式のための空間であった。紫宸殿の前には「左近の桜」と「右近の橘」がある(「左」「右」は天皇から見てのそれであり、東が桜、西が橘である)。桜と橘はそれぞれ花木と果樹を代表するものである。ただし、左近の桜は、平安遷都時には桜ではなく梅であった。これが桜に変わったのは、内裏が天徳4年(960年)に焼失し、康保2年(965年)に再建された時である。『万葉集』の時代には、日本の花木の代表は梅であったが、平安時代になって人々の好みが変わって、桜が代表的な花とされるようになった。梅から桜への変更はそれを反映したものである。現在の右近の橘は安政6年(1859年)に植えられたものである。左近の桜も同じ時に植えられたが、現在のものは昭和5年(1930年)に桂宮邸から移植された山桜である -
紫宸殿1番乗り
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佐藤「今日は主上は、おわさず」
楠木「足利を討つには、叡山に御動座いただかねば」
皆時代やタイミングが違うので大変です。
紫宸殿 高御座が見える -
右近左近 なにやら時代劇
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どうどうたる日本の文化の中心だと思う。
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高御座 これがあるから京都人は未だに天皇は旅行中だという。主上は江戸に行幸中でございます。
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もうこのころになると後からわんさか人が来る。
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佐藤「そろそろ次に行きましょうか」
楠木「ぜひ叡山に御動座を・・・・」
私「時代が時代が・・・・無茶苦茶」 -
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宜陽殿 入口
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宜陽殿 入口
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紅葉が進みます 建春門
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紫宸殿屋根
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10時より雅楽が始まる。人がいっぱい。500mmで撮る。
還城楽
げんじょうらく
雅楽のなかの唐楽の曲名。当曲 (中心曲) は太食 (たいしき) 調の曲。『見蛇楽』『還京楽』ともいう。舞があり,1人で舞う。ヘビを好んで食べた西域の人が,ヘビを見つけて喜び勇んで持帰るという勇壮で躍動的な走舞に属する舞。 -
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蛇や
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喜んでいる
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御庭池
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御池庭
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小御所だと思う。何せ人がいっぱいでどうにもならん。
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学問所
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私「ああもう秋でんなあ」
佐藤「お疲れー。まだ仕事があるんでもどりますわ。bakanekoさんまた近いうちに」
私「どこであうんやろ????」
楠木「湊川にいてこましたろ」
私「そんな野暮なことイワンと。湊川より福原に行って成仏しなはれ」 -
楠木「そうやな。福原のほうが楽しいなあ。都はわいには合わん」
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今日はいい天気でまだまだ旅は続くのである。
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さあ。高尾に行こう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 墨水さん 2015/11/10 00:22:05
- つい最近。
- bakanekoさん、今晩は。
足利家幕臣の血筋としては、楠木正成とは、納得がいき難き成り。(笑)
帝の詔により、鎌倉を攻め滅ぼして手柄と成ったが、楠木正成がしゃしゃり出てきて、足利尊氏は朝敵となり、楠木正成を返り討ちにして足利幕府は成立した。
その後、戦国時代をへて徳川家康に征夷大将軍を持って行かれても、楠木正成の名は闇に消えていた。
やっと明治になって「楠木正成」の名が広まった。(最近や、最近。笑)
京都は「足利家の京都」だと、幕臣の血筋は思う。(笑)
所で、豚汁、旨そうやな〜っ。
でも、飯、盛り過ぎとちゃいますか?。
零戦並の渡洋爆撃行、お疲れ様でした。
私は、97式艦攻の方が好き。(笑)
墨水。
- bakanekoさん からの返信 2015/11/10 23:17:00
- RE: つい最近。
- こんばんわ。ごぶさたしておりました。楠木氏は諸説あって出自はわかりませんね。得宗の被官説もあり、あのころの資料がええかげんすぎるのでしょうか。その一族が和田氏で海の側に住んだところが岸の和田 岸和田の語源だそうです。大阪に住みながら、以外に地元にいろいろ由緒があるところが多いのにはびっくりします。まあ古墳時代から殺し合いばかりしている土地の上に住んでいるということでしょう。以外にバイクも面白いところがあり、90なので高速が使えないので下道を走りますが、古道が多い。国道と言っても古道の上を走るようなもので歴史の側を走っているようなものです。飛鳥時代の国道1号線 竹之内街道など堺からまっすぐ飛鳥です。これから寒くなりますがご自愛ください。bakaneko
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