2015/10/14 - 2015/10/14
86位(同エリア1142件中)
akikoさん
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- 旅行記434冊
- クチコミ9件
- Q&A回答2件
- 1,365,836アクセス
- フォロワー348人
高野山は、和歌山、奈良、三重にまたがる紀伊山地の3つの霊場(高野山、吉野・大峰、熊野三山)のうちの一つ。標高900mに位置し、8つの峰々に囲まれた山上盆地にあって、ちょうど蓮の花の中央のような場所に創られた天空の宗教都市です。
空海が須弥山の姿に似たこの場所に修禅の道場を開いてから今年が1200年目。高野山には「一度上ると、その道中で生前からの罪がすべて消滅する(苦行をすることで罪が消え極楽浄土へ行ける)」と信じられていて、古来より多くの人が歩いて山上のこの地に参拝してきたそうです。
ずっと行きたいと思っていた高野山ですが、今回Tablet仲間の3人で行こうということになり訪れてみました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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大阪近郊から高野山に行くにはお得な『高野山1dayチケット』があります。
私たちは阪急沿線から高野山駅までの電車と高野山内バスフリー乗車券がセットになったものを買いました。【阪急版】3,090円(金剛峯寺施設や飲食店や土産物店での割引特典も含む) -
なんば駅で急行に乗り(特急こうやは別料金)橋本駅で乗り換え極楽橋までやってきました。このケーブルカーに乗って山頂まで登っていきます。
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急な傾斜をどんどん登っていきます。
昔の人は、道は違うにしてもよくこんな山道を歩いて登ったものです・・・ -
およそ5分で、終点の山頂駅「高野山駅」に到着です。
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ここからバスに乗り換えて中心部まで移動します。
高野山内路線バス:http://www.rinkan.co.jp/koyasan/route/ -
バスの最初の停留所は「女人堂」。
【女人堂】は高野山が女人禁制のころ、高野七口と呼ばれる七つの入り口には、高野山に 入ることを許されなかった女性が高野山を参拝するための宿泊所としてそれぞれ女人堂 が設けられていたそうです。現存するのはこの女人堂だけだとか。 -
高野山にはたくさんの見どころがあり、すべてを一日で回るのは難しそうです。
空海さんゆかりの3つのエリアは必ず訪れたいので、効率を考え<奥の院→金剛峯寺→壇上伽藍>の順で回ることにしました。
【奥の院】御廟の中で生きたまま仏となっているとされる弘法大師
【金剛峯寺】高野山真言宗の総本山
【壇上伽藍】空海が山上に伽藍建立の手を入れた最初の地
終点の「奥の院前」でバスを降りました。 -
まずは、裏参道を通って【奥の院】を目指します。
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参道沿いに多くの墓碑が並んでいます。中にはユニークな墓碑もあり、次はどのような墓碑があるか探しながら歩いて行きました。
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「東日本大震災物故者慰霊碑」がありました。
約1万5800人の犠牲者の名簿が納められていて毎年追悼法会を営まれているそうです。開創1200年の今年も犠牲者の追悼と被災地復興を願い、追悼法会が営まれたということです。 -
周辺の木々が紅葉し始めてきれいです♪ 丹塗りの橋が奥に見えてきました。
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この丹塗りの橋は「平和橋」という名前のようです。
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その奥に【英霊殿】がありました。
第二次 世界大戦の戦死者供養のために建立されたのだそうです。 -
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さらに参道を進んでいくと・・・
若い頃のお姿でしょうか「弘法大師尊像」と刻まれた石像がありました。 -
その尊像の前には和歌山にゆかりのある松下幸之助さんの像が・・・
研究熱心だったことがうかがえる読書姿の像です。 -
【玉川橋】
玉川は霊峰「揚柳山」から湧き流れる神聖な川で禊の場となっているそうです。ただこの玉川橋は、特に案内板があるわけでもなく、特別な橋には見えませんでした。 -
少し行くとピラミッド状のものが見えてきました。
aoitomoさんの旅行記で見て、自分の目でも見たいと思った【無縁塚】でした。 -
無縁塚全景
調べてみると、ここは古くから墓地があったため新しい墓地を造ろうとすると地中から無縁となった石塔が出てくることが多いそうで、そのような無縁の石塔を一ケ所に集めてできたのがこの無縁ピラミッドのようです。一体どれだけの数の石塔があるのでしょう・・・ -
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橋を渡り、さらに進んでいきます。
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【御供所】が現れました。
生き仏の弘法大師空海さんへお供えする毎日のお食事を調理する場所だそうで・・・
御供所で作ったお食事は、まず嘗試地蔵に味見して頂き、御廟へ運ぶのだそうです。食事のお供えは、生身供といい、毎日6時と10時30分の2回行われるということです。 -
御供所の脇を曲がり進んでいきます。
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【大黒天】や・・・
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【護摩堂】が続き・・・
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進んでいくと玉川の清流を背にして【水向け地蔵】がありました。次から次へと地蔵菩薩に水がかけられていきます。
ここには地藏菩薩や不動明王や観音菩薩が並び、奥の院に参詣する人々は 水を手向けてご先祖の冥福を祈るのだそうです。 -
水向け地蔵の先に弘法大師御廟に一番近い【御廟橋】があります。
ここ奥之院は弘法大師入定の地であり、弘法大師入定のあと弟子達は足下に玉川の清流が流れるこの地に廟を建てたのだそうです。
御廟橋を渡るとその先は霊域で「御廟」と「燈籠堂」があります。 -
橋の脇にに水中に建てられた塔婆がたくさん並んでいました。
"流灌頂"という、水によって穢れを祓い成仏する供養の仕方なのだそうです。 -
御廟橋を渡ると、周囲は、樹齢数百年の杉木立ちに囲まれ神秘的な雰囲気が感じられます。
空海は835年3月21日、ここ高野山において"即身成仏"つまり生きたまま仏となったのだそうです。入定する際、空海は真言を唱えながら、大日如来の印を結び、結跏趺坐の状態だったと伝えられているという。そしてまた、その後に関し次のような言い伝えがあるそうです。
『空海が亡くなって86年後、時の天皇が空海に「弘法大師」の称号を授けました。高野山の僧たちは天皇からのお祝いの着物を収めようと御廟を開けたところ、なんと空海は生前そのままの姿をとどめていたのです。それを見て驚いた弟子たちはますます信仰心を篤くし、高野信仰が全国に広まっていった。』
ということです。ヨーロッパの聖人も亡くなった後も腐らずいい香りがしたという言い伝えを聞いたことがあります。聖人伝説のようなものはどこも似通っているものですね。
「燈籠堂」は御廟の拝殿です。薄暗い中、所狭しと飾られた無数の灯籠に灯りがともされて、そしてこの中に千年近くもの間絶えたことがない"不死"の象徴の"消えずの火"があり、とても幻想的で厳かな空間でした。 -
御廟を参拝して、参道に戻りました。
背の高い杉木立ちの中、一の橋から御廟まで約2kmの参道には20万基を超える墓碑が建ち並んでいます。
少しでも弘法大師の近くで供養されたいと願う各時代の、あらゆる人々の供養塔が建ち並んでいるのだそうです。 -
名だたる武将の墓碑が並んでいますが、これは豊臣家の墓所です。
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戦国時代、秀吉の紀州攻めが始まり次は高野という時、当時高野山にいた武士出身の僧・応其上人が秀吉のいる粉河寺へ和議に赴き、高野山は存続することができたそうです。
以後、秀吉は応其上人に帰依するようになり、寺領を寄進し、また亡母の菩提のため、高野山内に青巌寺(総本山金剛峯寺の前身)を建てました。 -
私は武将の墓碑より、どちらかと言うとこのようなお地蔵さん(地蔵菩薩)に目がいきます。
恐らく、これは頬に切り傷がある「頬切地蔵尊」だと思います。
身代わりとなって苦しみ痛みを受け取ってくださると言われているそうです。 -
これは松平家墓所だそうですが、深い緑の苔が生えて歴史を感じます。
供養塔にも幾つか種類があり、この形は「五輪塔」と呼ばれ、高野山で建てられ始めた石塔なのだそうです。下から地、水、火、風、空を表し、その梵字が刻まれています。この形は宇宙全体と大日如来の姿を表しているとのことです。 -
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これは、赤い前掛けがかけられている「安産地蔵尊」です。
昔は出産は危険を伴い、できるだけ苦しまずに無事出産することをお願いしていたのでしょうね。 -
この頬を寄せ合うペア地蔵さんに・・・ほっこりさせられました。
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その足元にこんな可愛らしい手作りペア地蔵が置かれていました)^o^(
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芭蕉の句碑がありました。
「父母のしきりにこいし雉子の声」
"しきりに恋し"とは、"とても恋しく感じる"という意味で、"静かな杉木立の中、お互いに呼び合う雌雄の雉の声を聞くと、ひとしお深く亡き父母が偲ばれる"という意味のようです。
芭蕉は貞亨5年(1688) の春に生家のある伊賀上野で父の三十三回忌を終えた後、高野山を訪れこの句を詠んだそうです。 -
ここに目をひくお地蔵さんがありました。
これがaoitomoさんが紹介されていた「お化粧地蔵尊」でした。 -
目を細めて優しくにっこり微笑んでいるお顔をされています。誰をも包み込んで守ってくれそうなお顔です。
お地蔵さんにお化粧をして差し上げると美人になるらしいので、しようと思ったのですが・・・もう十分お化粧をされているので、やめておきました。 -
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大きな木の根がむき出しになっているところがあり、隙間にお賽銭やお供え物が置いてありました。
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【禅尼上智碑】という碑がありました。
案内板には「この供養塔は、高さ約90cmの砂岩製で、梵字が一字と永和元年(西暦1375年)の北朝の年号が刻まれています。昔から、この供養塔に耳を当てると、極楽の聲に似た音が聞こえると言い伝えられています」と書かれています。
興味半分で耳を当ててみましたが、何も聞こえませんでした・・・逆に極楽の聲がどのようなものか知りませんが、そのような音が聞こえたら気持ち悪いですよね。 -
中の橋のたもとにある【汗かき地蔵】が見えてきました。
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“汗かき地蔵”は死者が冥土に赴いて地獄の閻魔から裁きをうけ、ひどい苦しみに遭うことから救ってくださっているために、その苦労が汗になって流れているのだといわれている不思議なお地蔵さんです。
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汗かき地蔵の後方に【姿見の井戸】があります。
その昔、病を患った扶閑中納言の夢の中に弘法大師が現れ、「我が山の霊水を飲めば病は速やかに治りましょう」と告げられました。そこで中納言がこの井戸の水を飲むと、たちまちに痛みが止まったという言い伝えがあり、眼病に効くと信じられているそうです。
そしてこの井戸を覗いてみて、もし自分の姿が見えなかったら、"三年以内に死ぬ"と説が江戸時代に広まり、これ以来「姿見の井戸」と呼ばれるようになったそうです。
半信半疑で覗き込んでみると・・・見えました! ふぅ〜〜 -
【中の橋】まで来ました。
この橋は、「一の橋」と「御廟橋」の中間にあるので「中の橋」と呼ばれるそう。正式 には「手水橋」と言われ、平安時代にはこの場所で身を清めていたそうです。 ここを流れる川は昔から"金の河"と呼ばれ、"金"は死の隠語を表し、死の河つまり"三途の川"を表していたそうです。
昔の人は、亡くなった方に会いに、身を清めて、この橋を渡って行ったのですね。橋についてもいろんな意味があることを知りました。 -
またお地蔵さんが並んでいるところがありました。
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頭の上に五円玉が載っています。ご縁がありますように、ということですね。
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こちらの地蔵尊は子どもを抱いていらっしゃいます。
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観世音菩薩像もありました。
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向こうから法衣を着たお坊さんが歩いて来られました。
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武田信玄・勝頼の墓所
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こちらは、紀州初代藩主・徳川頼宣墓所です。
ハートマークの小窓が開いています(^^) -
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【一の橋】が見えてきました。
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「一の橋」は弘法大師空海の御廟に向かう参道入口で、昔からお大師様(弘法大師)が人々をここまで送り迎えしてくれると言い伝えられているのだとか・・・
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通りを歩いていると、創業弘仁7年のやきもち屋「上きしや」さんがありました。
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ここは【苅萱堂】です。
父苅萱道心と母千里姫、その子石童丸の親子の悲劇の物語を絵で紹介する堂で、中にある厄除親子地蔵尊は、道心と石童丸の合作の地蔵と伝えられるそうです。
物語は、高野山に出家した父親を追って麓の学文路まで来るが、女人禁制のために母を残し、石童丸だけが入山。修行中の父に、いつわりの父の死を告げられ、学文路に戻るがすでに母は他界。高野山に戻って出家し、実の父とは知らずに苅萱道心について厳しい修行を積んだというもの。 -
通りにはいろんな面白そうなお店があります。ここは昔ながらの薬局のようです。
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知人が昼食に「花菱」というお店を予約してくれていました。
このお店は、明治初期の創業だそうで高野山の代表グルメ精進料理を堪能できるお店らしく・・・
注文したのは「三鈷膳」という精進料理です。
http://www.hanabishi-web.jp/ -
「三鈷膳」は、煮合せ・ごま豆腐・中付・茄子田楽・御飯・味噌汁・食前酒・干し柿入りデザートが付いています。(2160円)
中でも大きなお茄子の田楽は美味しかったです♪ -
店内の様子
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ここは高野山真言宗の総本山、【金剛峯寺】です。
金剛峯寺の名称は、弘法大師が命名し高野山一山の総称であったそう。豊臣秀吉が亡母の菩提のために建立した青巖寺・興山寺を合併し金剛峯寺と改称、高野山真言宗の総本山となったそうです。 -
参道の階段を進むと「正門」があります。
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「主殿」
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前には回向柱が立てられ、五色の紐(善の綱)が主殿から伸びていました。
その綱を握るとご本尊(弘法大師)に直接触れたのと同じようにご本尊とご縁が結ばれるというものだそう。
私たちもしっかり握らせてもらいました。(信仰心があまりないのに、こういう時だけはあやかりたいと思ってしまいます^^;) -
この立派な玄関は、金剛峯寺の表玄関にあたる大玄関です。かつては天皇・皇族や高野山重職だけが出入りしていたのだそうです。
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拝観料500円(1dayパスを見せると1割引)を支払い中に入ります。
大広間→梅の間→柳の間を、狩野派などの襖絵などを見学しながら進んでいきます。
「持仏間」では、御本尊の弘法大師坐像が春に続き10月1日(木)〜11月1日(日)の間、特別に公開されていました。 -
毛氈が敷かれた渡り廊下を進んでいきます。
左手に枯山水のお庭がありました。 -
まるで京都のお寺のお庭のようです。
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別殿の方に行くと、有名なお庭が広がっていました。
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石に『蟠龍庭』の文字が刻まれています。
このお庭は後で見ることにし・・・ -
順路を進むと、「新別殿」という大広間でお茶とお菓子の接待(拝観料に含まれる)がありました。
お菓子は「佛法僧」という麩焼きで、上品な甘さに癒されました♪
大広間には弘法大師の肖像画と両脇に両界曼荼羅を再現した掛け軸が掛かっていて、これを見るだけでも価値があるのでは、と思いました。 -
休憩した後、先ほどのお庭を見に来ました。
蟠龍庭の"蟠龍"とは、天に昇らずに地上でとぐろを巻き、潜んでいる龍のことだそうで、石庭に、雲海の中雌雄1対の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されているとのことです。 -
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庭の奥に見えているのは「奥殿」です。
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大きな石が向き合っているように見えます。
これが雌雄1対の龍??かな・・・ -
皇室専用の応接室として使われた「上壇の間」や「奥書院」や「台所」を見た後、また外に出てきました。
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これは、金剛峯寺前から大師教会へ行く道にある【常喜院】です。
正門もあるのですが、こちらは「赤地蔵尊」側の入口です。 -
地蔵堂内の中をのぞくとたくさんのお地蔵さまがありました。
右下の赤色のお地蔵さまは、"赤地蔵"で知られている「恵宝地蔵尊」で、"福徳・財福を大地の如く内蔵せられるという地蔵さま"。
左の「一願地蔵尊」は、"一つの願いを一心に 念ずればその願いごとを叶えてくれる"といわれているそう。
右上の真ん中の「聞き耳地蔵尊」は、"お地蔵さまにそっと悩みを打ち明けると願いをかなえていただける"というお地蔵さまなのだそうです。
一度に多くのお願いができるありがたい地蔵堂です! -
「地蔵堂」の先には、このお寺のお庭がありました。
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大きな手の置物があり、駒札を見ると「この手にお座り下さい。仏さまのご利益が頂けます。」との説明が・・・ 仏さまの手に座るなんて初めてです!
ここでは修行体験をしたり、宿泊所として宿坊を利用することもできるそうです。 -
伽藍入り口から東塔付近までの小道は【蛇腹路】と呼ばれます。空海は東西に細長い高野山を「東西に龍の臥せるがごとく」と形容し、「龍」の頭は壇場伽藍、尾は現在の金剛峯寺の東の蓮花院の辺り。
この小道は腹の部分にあたることから、「龍の腹の小道」が転じて「蛇腹路」と名づけられたのだそうです。 -
紅葉が美しい道としても知られているのだとか・・・
この道を抜けると【壇上伽藍】です。 -
蛇腹路を過ぎると、東塔と根本大塔が見えてきました。
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朱色で目立つ根本大塔と似た二層の多宝塔ですが、こちらは落ち着いた渋い色です。白河上皇の御願で醍醐三宝院勝覚権僧正によって創建されたそうです。
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こちらの鮮やかで目立つ多宝塔が【根本大塔】です。
案内書には『この大塔は真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので、古来より「根本大塔」と呼ばれているそうです。多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏が取り囲み、16本の柱には十六大菩薩、四隅の壁には密教を伝えた八祖像が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅として構成されています。』との説明が・・・
通常有料ですが、無料で入場することができました(10月1日〜11月1日まで)。立体曼荼羅は、空海がもたらした密教の教えを"見て感じる"ことが出来るそうで、是非見たいと思っていました。大日如来像やその他の仏像、柱に描かれた極彩色で描かれた諸尊などを実際目にして、圧倒されるような特別な思いがしました。 -
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この建物は【金堂】で、空海の手により「御社」に次いで建設されたお堂。
"講堂"と呼ばれ修行の道場だったそう。
御本尊は薬師如来で、ずっと秘仏だったそうですが、1200年記念に合わせて公開となりました。
そしてもう一つ見逃せないのが、平清盛が寄進したという巨大な両界曼荼羅。
「平家物語」には、平清盛が自らの頭の血を使って胎蔵曼荼羅の中尊像を描かせたと記されているそうです。そのため、この曼荼羅は「血曼荼羅」として知られています。
内部に入ると、左右に向かい合うように曼荼羅が掛けられていました。曼荼羅は2枚1組で仏の教えや悟りの境地を象徴的に表したものだそうで、"胎蔵界曼荼羅"は中心には万物の母とされる大日如来が描かれ、私たちが生きている世界の成り立ちが表現されているそうです。"金剛界曼荼羅"は9つのマス目は悟りに至る道すじを表しているのだとか・・・ -
金堂と御影堂の間に松の木がありました。この松は【三鈷の松】と呼ばれ有名なエピソードが残っています。
『弘法大師が唐より帰国される前に、唐の浜より"真言密教を広めるにふさわしい場所を教え給え”と日本へ向けて三鈷杵と呼ばれる法具を投げたそうです。たちまち紫雲たなびき、雲に乗って日本へ向けて飛んで行きました。
後に帰国した空海が高野近辺に訪れたところ、狩人から夜な夜な光を放つ松があるとのこと。早速その松へ行ってみると、そこには唐より投げた三鈷杵が引っかかっていて、この地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心されたそうです。その松は三鈷杵と同じく三葉の松であり、「三鈷の松」と呼ばれるようになった』ということです。 -
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【六角経堂】
鳥羽法皇の皇后の美福門院が、法皇の菩提を弔うため一切経を納めるために建立された経蔵だそうです。
経蔵の基壇付近のところに把手がついていて回すことができるようになっていて・・・一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳が得るといわれているそうで、この時も体重を把手部分にかけて回している人たちがいました。 -
渋い緑色の苔蒸した屋根が印象的な建物がありました。【山王院】だそうで、御社の拝殿として建立されたそうです。山王院とは地主の神を山王として礼拝する場所の意味なんだそうです。
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山王院の奥に丹塗りの神社があり、お坊さんが御経を唱えているようでした。
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この鳥居がある神社は、高野山の氏神を祀る【御社】です。
1200年前、密教の根本道場の地を求めていた空海は、山中で狩人に化身した狩場明神に出会います。空海は狩人が従えていた黒と白の犬に導かれ、天野の社で丹生明神に出会い、ご神領である「高野」を授かります。後に空海は、高野山の中心である壇上伽藍に「御社」を建て、両神を鎮守の神として祀ったのだそうです。 -
御社の近くに二層の多宝塔がありました。【西塔】です。
この西塔は、大日如来の密教世界を具現するため空海が設計し886年に空海の弟子で甥でもある真然が建立したそうです。地味で目立たない外見ですが、中には金剛界の大日如来と胎蔵界の四仏が安置されているということです。 -
またまた山王院です。
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金堂の正面手前の一段低い所に丹塗りの【中門】がありました。
創建当時中門は、鳥居のような形をしていて壇上伽藍の結界の役目もしていたとか。
中門はこれまで長い歴史の中、焼失と再建を繰り返し1843年の大火により大塔、金堂、御影堂とともに焼失した後は再建されることなく172年間、中門跡として礎石だけを残していたそうです。
そして今年開創1200年を記念する主要事業として焼失した中門が172年ぶりに再建されたのだそうです。 -
新たな中門は、鎌倉時代の建築様式をもとに設計され、持国天像・多聞天像・広目天像・増長天像の四天王が睨みを利かせています。
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この池は【蓮池】と呼ばれるそうです。
この池には小さな祠がまつられています。かつて干ばつが度々起こり、民衆は苦しみました。そこで瑞相院慈光というお方が善女竜王像と仏舎利を寄進し、蓮池の中島に小さな祠を建立しておまつりしたところ、たちまちに霊験が現れたそうです。 -
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中門を出て大通りを歩いていくと、左にカーブした道の正面に大門らしき姿が見えてきました。
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【大門】です。この大門は高野山の総門であり、表参道の町石道から参詣する場合の入り口にあたります。
長〜い長〜い山道を苦しい思いをして歩いてきた人にとって、この山上にそびえる一山の総門が見えた時の喜びはどれほどだったことでしょう。
高さは25.1メートルあり、左右には金剛力士像が安置されています。正面には「日々の影向を闕さずして、処々の遺跡を檢知す」という聯が掲げられています。「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味だそうです。 -
道を隔てたところに「高野山町石道入口」という道標があります。
高野山上の壇上伽藍・根本大塔を起点として九度山の慈尊院までの約22kmの道中に高野山への道標として、1町(約109メートル)ごとに「町石」と呼ばれる石柱が建てられているそうです。
これは高野山への表参道で、いにしえの皇族や貴族も歩いて登ってきたのだそうです。 -
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最後はかなりの駆け足で見どころをまわり、バスでまた高野山駅に戻りました。
とても疲れましたが、3人で山上の聖地を巡って楽しかったです♪
次回訪れる時は宿坊で1泊し、朝のお勤めなども体験し、もっとゆっくり1か所1か所味わいながらまわってみたいと思いました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- aoitomoさん 2015/10/28 01:33:23
- 効率よく高野山を巡られてますね〜
- akikoさん こんばんは〜
高野山の旅行記拝見させていただきました。
『平和橋』&『英霊殿』付近の絶好の紅葉時期に訪れることができたのですね。
さらにお天気もよくてラッキーです。
『無縁塚全景』
こちらも見事に撮れてますね。
この位置からですすと巨大さが良くわかります。
『御廟と燈籠堂』
ここは撮影禁止ですから、行った人でしか分からないところですね。
ここだけはさすがに私でも神妙な面持ちになります。(笑)
『頬切地蔵尊』
私はこれ知りませんでした。
akikoさんも色々調べていますね。
『仲良し地蔵』
足元の手作りペア地蔵にびっくりです。
するどい観察力です。(笑)
『お化粧地蔵』
お化粧で表情が変わってますね。
いつもは派手な化粧ですがよりリアルな化粧になっている気がします。
最初は驚きましたよ。お地蔵さんに化粧でいたずらしたらダメでしょうって。
いまでは人気者のおじぞうさんで幸せそうです。
『花菱』
高級そうで今だに入ったことはありません。
高野山は度々来るので安いもので済ませてます。(^_^;)
高野山に来られたらやはり精進料理を食べれたら最高ですね。
予約も正解です。
『金剛峯寺』
「正門」の紅葉も綺麗です。
『蟠龍庭』も秋の佇まいを見せていますね。
『新別殿』でお茶休憩はホッとしますね。
『壇上伽藍』
ここの紅葉は『英霊殿』のところより1週間遅れぐらいで紅葉します。
すでに雰囲気は伝わってますね。
1日で凄く効率よく高野山を巡っていると思います。
効率を変えて事前に計画を立てているのもよく分かります。
コメントも詳しくさすがakikoさんです。
楽しく拝見させていただきました〜
私は11月に『丹生都比売神社』と『高野山町石道』歩き、『宝城院』、『奥の院』と回る予定です。
aoitomo
- akikoさん からの返信 2015/10/28 22:23:09
- RE: 効率よく高野山を巡られてますね〜
- aoitomoさん
コメントありがとうございます♪
> 『平和橋』&『英霊殿』付近の絶好の紅葉時期に訪れることができたのですね。
> さらにお天気もよくてラッキーです。
今年は開創1200年ということで、春からずっと行きたいと思っていたんですが、やっと訪れることができました。紅葉には少し早いかなと思ったのですが、色づき始めていて良かったです。お天気も味方してくれました。
> 『無縁塚全景』
> こちらも見事に撮れてますね。
> この位置からですと巨大さが良くわかります。
aoitomoさんの旅行記で紹介されているのを見て、ここは是非見ておきたいと思ったんです。
本当にピラミッドのように積み上げられていて、しかも大きくて・・・
よくもまあ、崩れずにこんな風に積み上げられたものだと感心すると同時に驚きました!!
> 『御廟と燈籠堂』
> ここは撮影禁止ですから、行った人でしか分からないところですね。
> ここだけはさすがに私でも神妙な面持ちになります。(笑)
そうですね!私もふだんは信仰心はほとんどないのですが、お大師さんが生き仏でおられると思うと、御廟の前では自然と手を合わせていました。燈籠堂では暗い堂内に無数の燈籠の明かりだけが照らし出されていて、お香の香りがして、とっても厳かで神秘的な空間で、聖域にいることが実感できました。
> 『頬切地蔵尊』
> 私はこれ知りませんでした。
> akikoさんも色々調べていますね。
奥の院の参道でもついお地蔵さんに目が行き、写真に撮っておいて、帰ってから調べてみたんです。頬が切られているお地蔵さまなんて珍しいですね。
> 『仲良し地蔵』
> 足元の手作りペア地蔵にびっくりです。
> するどい観察力です。(笑)
ペア地蔵は誰かが置いたのでしょうね。可愛くて、通り過ぎた友人を呼び止め、思わず写真に収めました♪
> 『お化粧地蔵』
> お化粧で表情が変わってますね。
> いつもは派手な化粧ですがよりリアルな化粧になっている気がします。
> 最初は驚きましたよ。お地蔵さんに化粧でいたずらしたらダメでしょうって。
> いまでは人気者のおじぞうさんで幸せそうです。
最初はお化粧していないお地蔵さまだったんですよね?どうしてお化粧をするようになったんでしょうね。それにしても優しいお顔をされていて今では人気者なんですね。
私の見たお顔とaoitomoさんの写真のものとは確かに印象が違います。どなたかがより自然に見えるようにお化粧直しをされたんですね。
> 『花菱』
> 高級そうで今だに入ったことはありません。
> 高野山は度々来るので安いもので済ませてます。(^_^;)
> 高野山に来られたらやはり精進料理を食べれたら最高ですね。
> 予約も正解です。
せっかく高野山に来たんだからと精進料理を食べたのですが、私たちが食べたお料理は安い方でした(笑)予約しないでお店に来られて待っている方も多かったので、予約は必要ですね!
> 『金剛峯寺』
> 「正門」の紅葉も綺麗です。
> 『蟠龍庭』も秋の佇まいを見せていますね。
> 『新別殿』でお茶休憩はホッとしますね。
お庭が思っていたより美しかったのが印象的でした。お茶とお菓子のおもてなしもうれしかったです。ホッとしました〜
> 『壇上伽藍』
> ここの紅葉は『英霊殿』のところより1週間遅れぐらいで紅葉します。
> すでに雰囲気は伝わってますね。
きっと紅葉が進むと人がいっぱいになるでしょうから、それほど観光客も多くなく、それなりに紅葉していてちょうど良かったのかもしれません(^ ^)
> 楽しく拝見させていただきました〜
見ていただいて、コメントもいただきありがとうございます♪
> 私は11月に『丹生都比売神社』と『高野山町石道』歩き、『宝城院』、『奥の院』と回る予定です。
私も高野山町石道を歩いてみたいと思ったんです!!是非旅行記をアップしてくださいね。
楽しみにしています☆☆☆
akiko
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