2015/09/06 - 2015/10/12
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keithforestさん
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2013年に続いて二度目のスター・アライアンス・周回の旅 今年のテーマは「Glacier」でございます。
後半はヨセミテ・ナショナル・パークからアラスカへ転じ、生まれて初めてのクルーズ、そこから一気に南半球へ飛んでニュー・ジーランド南島のバス・ツアーへ参加します。
アラスカ最初の街といわれているシトカの街へ、テンダーボート(といってもライフボートです)で上陸。歩くのにはもってこいの街です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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アラスカで4番目の人口とアメリカで最大の行政面積を持っている(ウィッキペディアって凄いね)そうですが、この街があるのはバラノフ島ですが、地図で見るとこのそばにヤポンスキー・アイランドってのがあります。ヤポンスキーって日本人ってことじゃないの?
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やっぱり雲も重要だなぁ!
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あさ一番にラッコ見物ツアーの船がやってきましたよ!あとで聞いたら相当面白かったそうです。残念!
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昨日のハウスキーパーの作品。烏賊なの?
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お、テンダーボートがもう降りていますよ。
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唐突でございますが、エレベーターのマットが毎朝曜日の表示に切り替わります。そうしないとみんな曜日の観念なくなっちゃうからね。これは相当に助かります。
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さぁ、上陸するぞ!・・・・あれ・・・あんまり人が来ないぞ・・・。
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もう良いから、行こう!行こう!上陸ぅぅぅ!
ピークが過ぎているのか、僕らが早いのか?多分早いのでしょう。 岸壁に着くともう船のレセプションができていて、フォトグラファーが白頭鷲の着ぐるみと一緒に待ち構えています。岸壁にはVisitor Informationもあって(なにしろこの街はクルーズなしにはやっていけそうもありませんから)地図を配ってくれています。この地図はなにしろ最新ですから(当たり前か)とても役に立ちました。 -
わが船がなんだかわが家のような気がしてきたです。
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岸壁から海沿いに歩いてNational Historical Park visitor centerへやってくる間も、やたら写真を撮りまくります。先行していたアジア人の夫婦が「この辺でいいんじゃない?」と日本語です。オー日本の方でしたか!とお声をおかけしました。多分彼らはベンチで朝ごはんのようです。
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小さいけれど、名前は「Pacific High School」と壮大です。
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教会です。この街、めったやたらと教会が建っています。
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お隣さんの朝の挨拶ですかね。
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なにやら古い木造の建物が並んだところにやってきました。こりゃなんだろうとしばし見ているとそこへ、さっきの朝の挨拶のおじさんがやってきたので「由緒がありそうですが、これはなんですか?」とお伺いすると、「破産するまで、ここは学校だったのだよ、今ではその建物を使って、いろいろやろうとしているんだよ、あそこはシアターになっていてね、こっちの煙突がある建物は昔の暖房用のボイラーがあったんだよ」と説明してくれます。
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クルーズできたのかね?私も一度は乗ってみたいなぁと。ありがとうございますといって別れるとおじさんだと持っていた人のことをつれあいはおばさんだと思っていたというのです。いったいどっちなんだ?
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そのオジオバさんがおっしゃっていたその学校というのは私立のシェルダン・ジャクソン大学という小規模な長老派教会派の大学だったようですが、財政上の理由から2007年6月に経営を休止したのだそうです。
屋根を吹き直している建物がございます。 -
これがそのボイラーがあったんだという建物です。こっちはまだ手がついていないようです。
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あとで中に入った、今はtheaterとして使われている建物です。
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ひとつひとつの建物が今風じゃないのが良いです。必ずしも豊かそうではないけれど、人の気配がちゃんとあります。
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実はこの街でも2008年に12年振りに殺人事件が起きてしまいました。18歳の少年がナイフで祖父母、叔母とその家族を手にかけてしまったそうです。結局精神的な問題があっての事だったそうですが、140年の刑だったそうです。
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本船のテンダーボート出発が見えます。
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明らかに火山でしょうねぇ。
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ビジターセンタの中ではトリンギットの末裔の方だという人が船の櫂を彫っておられました。ここにも何本ものトーテムポールが立っていますが、鬱蒼と茂る森の方にも何本も立っています。中にはリンギットがロシアの砦を襲った、1802年の戦いの跡地にもそれはそれは立派なものが建っています。
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Sitka National Historic Parkの中にやってきました。とても気持ちの良い木立に囲まれた半島全部が公園です。
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なんだか聖霊がそこここに隠れていそうではございませぬか。
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やや、これは明らかに聖霊が走り回っておりますぞ!
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と〜〜っても良い気分です。自分たちだけで歩き出して本当に良かった!
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1802年にトリンギット族の一派がロシアと戦った場所に建つトーテムポール
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やや、不思議な作り
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そのうち、川に出会うとたくさんのカモメやカモが浮かんでいます。こりゃ餌がさぞかし豊富なんだろうなぁといっているうちに、川面の見えるところにやってきました。あれ?ひょっとしてこれは、鮭が川に上がってきているんじゃないか?と河原に降りると、辺り一面ほっちゃれの死骸です。川には小さな鮭が辺り一面を泳いでいます。産卵です。そうだ、地図によるとこの先に橋があると書いてあるぞと川上へと急ぎます。
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途中で川を覗くと、ほらほら、小さいけれど、鮭が上ってきています。
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辺り一面、ほっちゃれです。
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案の定、橋には何人も見物がいて、見下ろしています。ずいぶん小さい鮭です。橋のたもとにいたパーク・レンジャーに聞くと、「Pink Salmon」という種類だそうで、小さなタイプだそうです。レンジャーはそこでメスの鮭の腹を割いて、イクラを取り出して見せています。「イクラを食べたりしないの?」と聞くと、「中にはね」といってほとんど普通じゃないという反応です。「私たち日本人は食べるんだよ、寿司の上に乗せてね」と言いましたけれど、多分彼女にとっては(残酷なことをするわい)と思ったんじゃないでしょうかねぇ。なにしろ筋子とイクラを私たちが使い分けているということなんて知らないでしょうからね。それにしてもアトランティック・サーモンと同じように小さな、オレンジ色の卵です。
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ものすごい数の鮭です。
この川はなんと「Indian River」といいます。ベタやなぁ〜! -
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橋の反対のたもとでは小学生の一団がレンジャーが拾ってきたサーモンの卵や川虫を天眼鏡で覗いています。自然の教育材料には事欠かないシトカの街です。
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Alaskan Raptor Rehabilitation Centerというものがあります。Raptorというのは猛禽類のことですが、怪我をしたり、撃ち損じられたりした猛禽類を受け入れて治療をして面倒を見ているんだそうで、白頭鷲もいるし、各種梟たちも見ることができます。
入場料は12ドルですが、シニア割引はありません(せこいことをいうなと云われそう)。民間の施設なんだと思います。おじいさんが説明してくれていたのですが、どうやら猛禽類は結構長生きのようで、20年ほどは平気で生きているそうです。肩を打たれてしまっていたワシとか、眼が片方見えない梟とか、人のことが大好きな梟とか、いろいろとご案内いただきました。
毎年100- 200羽の白頭鷲を治療しているそうです。 -
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アメリカ人が大好きな白頭鷲。
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寝てます!
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小一時間楽しませて貰いました。あとからバスでたくさんいっぺんに入ってきた人たちは多分同じ船に乗っている人たちでしょうね、エクスカーションで来たようです。
私たちはとことこ歩いています。こっちの方が相当面白い! -
Raptor Centerから歩いて朝見た下の大学施設の方へ戻っていきます。すると、小さくて古いけれど、確かにかわいらしい木造の家が建っています。ほとんど平屋。中にはまったく廃屋になってしまったものもありますが、この家ではほぼ同じような年配のあごひげを生やした爺さんが薪を割っていました。「冬が来るねぇ!」といったら「だから準備だ!」と声が帰ってきました。もう出逢うこともない爺さんの元気が嬉しうございます。
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坂道の向こうに丁度、Westerdamが見えています。
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アラスカで最も古い博物館、Sheldon Jackson Museumにやって参りました。入場料は3ドルです。
面白い民族道具が並んでいます。これなんて、秋田の曲げわっぱそっくりです。 -
この種のお面が、いや実に傑作なんですよねぇ。誰かに似ているんですよ。その誰かが思い出せない。
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これなんて、日本の能の翁に似てやしませんか?
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もう大傑作!あの人に似ているなぁと!
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これはなんでしょう?まさか河馬じゃあるまいし。
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リンギットの人たちが白人たちと交換したという品物があってその中にカリフォルニアの野村商店の「國寳」印のお米の袋があるのです。
「あの米がもうその当時、この袋で売られていたのかねぇ?」とつれあいに話していたら、そこへ通りかかったアジア人のおじいさんが私をじっと見ます。あ、多分と思って「日本人の方ですか?」と声をおかけしたらやっぱり日本人。
ひとりで広島から参加している男性で、帰りのテンダーボートでまた一緒になったら、今年はもうこれでもう3回目のクルーズだってんです。なにしろ最初のクルーズが生まれ故郷の大連へ行った昭和60年頃の日中友好船だったそうで、ことほどさようにたくさんたくさん、次から次に話が出てくるおじさんです。こりゃ付き合ったら、クルーズ自慢話がどんどん出てきそうです。 -
アレウト人がつくったアザラシの腸でできたパーカー。半透明。
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鮭の皮で作った服。日本のアイヌの人も鮭の皮を巧く使っていましたねぇ。
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このポンチョのようなものの模様が面白い!
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どうです、このイラストは!
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Theaterのところに帰ってくると「Show」と書いてあります。
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中は満員の人!ほとんどがクルーザーでやってきた人たち。
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衣装も、歌も、踊りもみんなロシア風です。
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6人の女性がいろいろ着替えて出てきては様々な踊りを踊ってくれるのですが、ほとんど音楽が同じように聞こえてきます。
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これがアラスカ州旗。格好いいですねぇ。
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このtheaterは内装を改修し直したばかりのようです。
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勿論ロシア教会があります。
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お土産屋さんが何軒か並んでいます。
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さすがのマトリョーシカ、でございます!
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午後3時出港です。船に帰ってきて、遅いランチをまたまたLidoで食べます。
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あの美味しいパンと、豆とナッツを思いっきり散らしたサラダでございます。ドレッシングはどうしてもThousand Islandsをかけちまいます!美味しいからねぇ。
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誰かさんなんぞ、ローストビーフまで載っけてきちゃった!
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洋なしのコンポートがあったんだ!
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テンダーボートを収納いたします。その1
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テンダーボートを収納いたします。その2
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テンダーボートを収納いたします。その3
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テンダーボートを収納いたします。その4
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テンダーボートを収納いたします。その5
完了いたしましたっ! -
空いているときのCrows Nestはこんなにゆったりできるんです。ここで日がな一日本を読んでいる、というのがクルーズの正統的楽しみ方-その1ではございますが、たった一週間のクルーズではそんなことをしている暇もございません。
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ここから悠然と、氷河を見ていたかったものでございましたねぇ、格好良く。
実はここの後ろのテーブルに1000ピースのジグソウ・パズルのテーブルがありましてねぇ、通りかかると誰かしらがやっているので、いつも色分けを手伝ったり、できるときにはピースをはめ込んだり、しておりました。
その隣のテーブルにくだんの日本人のコンシアージの方がおられました。 -
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