2015/08/23 - 2015/08/24
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pedaruさん
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養蚕といえば、母の実家を思い出す。
半世紀以上前の幼き日、7キロの畑中の道のりを母に連れられて栃木の実家に行った頃のことを鮮明に憶えている。
当時バスもなく交通手段は歩くしかないような渡良瀬川の本流と支流に囲まれた落人でも住み着くような辺鄙なところに実家はあった。
私の記憶の中の道中は、妙に空が高く感じられた広々とした関東平野のどこまでも畑が続く平坦な道だった。道端の花を摘んだり、小川を覗いたり、虫を追いかけたり・・・その度に振り返って優しく待っていてくれる母であった。
こんな風だから着くまでには何時間かかったか計り知れない。ガタガタ橋と呼ばれる木製の橋が見えてくると土手の坂を駆け下りて、早く早くと母をせかせたものだった。渡良瀬川にかかるこの橋は川の水かさが増えてくると、横にわたしたたくさんの板を取り外して水の引くのを待つのだったから欄干はもちろん無く、人と牛馬が曳く荷車しか通れない簡素な橋であった。
それらが通るたび橋はガタガタと鳴った。
対岸の土手を登り切ると、そこには懐かしい母の実家のある村の光景が我らを迎えてくれた。こんもりとした鎮守の森、その森の際を蛇行して続く農道、村に入ると、掘り抜き井戸から始終流れ出す水音のある農家、コッコッと鳴く鶏の声に混じって間の抜けたような牛の声・・・・
見慣れた竹やぶの角の狭い道を入る、一段と高くなった敷地に続くゆるい坂を上がると、広い作業用の平らな地面の前に屋根に蒸気抜きの小屋根をもった母屋が現れた。
幼い子にとって、そこは別世界の空間であった。大人に内緒で黒光りのする急な階段を登り、恐る恐る覗くと、たくさんの竹で編んだ大きな棚の上に白い虫が桑の実を食んでいるのを目にしたのだった。
・・・・私の長男が生まれた時母からあるものを贈られた、それは赤ちゃんをおんぶする時に着る「ねんねこ」というものだった。
母が嫁入りする前の娘時代に、自分で蚕を飼い糸を紡ぎ、そしてその糸で機を織り、好きな柄に染めて自分の着物を仕立てたという着物を仕立て直した「ねんねこ」だった。昔は自給自足なのだが、今で言えば大変な趣味の世界であろう。
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- 家族旅行
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- 自家用車
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日本中央タクシー という会社の前が富岡製糸場に一番近い駐車場に車を停めます。
正面の瓦がいい色をしていました。 -
駐車場を出るとすぐ近くに富岡製糸場が見えます。
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旧富岡製糸場 と書いた真新しい板が門柱に下がっています。
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えっ というか、やーっぱりということですね。
世界遺産ということで、この整理柵が多くの見学者の到来を物語っています。 -
入場料は1000円です。姫路城並みの値段ですが、富岡製糸場も国宝になったそうですので、仕方ないかな?
後ほど見ることになりますが、生糸とは関係ない浮世絵展を中でやっています。絵は本物ですし、時代を経たいい味を出していました。
先日、三井記念美術館で浮世絵展を見ましたが、ここの入場料¥1300にくらべたら同等の作品ですので富岡製糸場の入場料がお得感がありました。 -
並ぶこと無くすんなり入ってきました。
国宝 東置繭所 明治5年建築
一階は事務所、作業場として、二階は乾燥させた繭を貯蔵しました。
木の柱にレンガを積み上げる「木骨レンガ造り」です。レンガの目地には
漆喰を使ったそうです。 -
ボランティアガイドの説明を聞く人々。
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こちらも熱心に聴いてます。
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東置繭所の左側に入ると、絹関係の製品などが展示されています。
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商品は企業秘密なのか撮影禁止のものもありました。
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おやっ なんと、たくさんの浮世絵が展示されていました。
特に歌麿の絵が印象的です。かなり充実した作品揃いです。
なぜ浮世絵展? 世界遺産を訪れる外国人を意識しているのでしょうか?
欧米人は殆ど見かけませんでしたが・・
もしかしたら、浮世絵展に限らずギャラリーとして使われているのでしょうか。 -
歌川広重 東海道五十三次「蒲原宿」
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同じく「鞠子宿」
歌川広重は私の中では安藤広重です。ずーとっこう呼んできました。
いつ頃からそう呼び名を変えたのか、いつの間にか、歌川になっていました。
安藤は本名で、浮世絵師としては歌川豊広の弟子であったことから歌川広重が
妥当でしょうが・・・
私の中では、安藤といえば、広重か安藤美姫ですが・・・ -
彩色してないかのようですが、多色刷りです。
かなり退色しているようですね。
美人画の大家 喜多川歌麿の作品です。 -
歌麿
これも有名な絵ですね。 -
喜多川歌麿
この頃の美人の基準は歌麿の絵にあります。涼し気な目元、ほっそりとした柳腰。
富士額 おちょぼ口 三日月まゆ 色白 うりざね顔 背は高からず低からず 鈴を転がしたような声で笑います。・・・・
えっ pedaruの理想? いえいえ、理想はハニーです。(marukunさんかっ) -
三代豊国 東海道五十三次 鞠子とあります。
なぜこの男が出てくるのか?歌舞伎のいち場面でしょうか?
・・・團十郎? -
左側 女工館。 右側 東置繭所。
日本人工女に、器械による糸取りの技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住宅として建設されました。 -
検査人館
生糸の検査などを担当したフランス人男性技術者の住宅として建設されました。
二階には貴賓室がありますが、外観のみの見学です。 -
国宝 繰糸所 明治5年建築
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繰糸所に入ります。
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繰糸所
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繰糸所は、繭から生糸を取る作業が行われていた場所です。
創業当初はフランス式の繰糸機300釜が設置され、世界最大級の製糸工場でした。 -
小屋組には「トラス構造」という建築工法を用いています。
このため建物内部は中央に柱のない広い空間が保たれています。
さらに採光のため多くのガラス窓や、屋根の外に蒸気抜きの越し屋根が
取り付けられました。 -
これらの自動繰糸機は昭和40年代以降に取り付けられたものです。
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延々と続く繰糸機、奥までは140mあるそうです。
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機械の説明があります。 急ごしらえの説明板ですが、いずれ、外国語の
説明も必要になりますね。 -
自動繰糸機概略図
ふんふん、ああなって、こうなって、そしてこうなる、
アナール、コナール、ソナール・・・外人にも判るように・・・(判るかッ、) -
診療所
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首長館 (ブリュナ館) 明治6年建築
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指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住宅です。
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ブリュナ館は後に寄宿舎や工女に読み書きや裁縫を教える夜学校として利用されました。
これは、企業内教育の先駆けといえます。 -
場内の案内図です。
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寄宿舎
高床式で回廊風のベランダをもつ風通しの良い開放感のある作りになっております。 -
寄宿舎
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寄宿舎
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寄宿舎の案内図
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寄宿舎・・・
随分 女工さんが多かったのですねぇ
尋常小学校を出たばかりの10才位の女の子もたくさんいたでしょう。
夜は家が恋しくて泣いたことでしょう。脱走しようにも・・・・ -
この川に阻まれてこの高台からは逃げられません。・・・・
・・・・と これはpedaruのイメージです。
この官営工場は待遇は国内屈指のいいものだったに違いないと思うしかないですね。
あの野麦峠を超えて行った紡績工場、女工哀史はその悲惨さを物語ります。
近代日本の富国強兵の一部は彼女らの犠牲の上に存在したと言ってもいいのです。 -
東置繭所に戻ってくると・・
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マスコットキャラクターのお富ちゃんとキリンさんを握手させて大満足の
孫です。 -
ここには木造の乾燥場がありましたが、去年の大雪で倒壊してしまった、ということです。復元するのでしょうか?
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東置繭所の裏側はこんな風になっているのですね。
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西置繭所です。
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トイレでもないし、倉庫、にしては小さな建物です。でもレンガ造りなのが、
捨てがたいですね。何の説明もありません、気になるなぁ。
ご存知の方、教えて下さい・・ -
入り口には今を盛りのサルスベリが咲いていました。
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民家のガラス戸に貼ってありました。
出そうか、出すまいか、迷いましたが、フランク永井風の体型と松平定知アナウンサーに似た顔のこの歌手がいかなる人で、どんな歌を歌っているのか、興味を持ちました。
演歌独特の決まりきった歌詞と先がわかってしまうメロディの歌ではないことを祈りました。
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この旅行記へのコメント (10)
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- わんぱく大将さん 2015/09/30 04:51:23
- ああ、野麦峠
- pedaruどの
新聞配達を終え、寒かった身体が部屋に入られたとたん、ちょっと汗がでてきて、と首にかけられたタオルで、おでこの汗を拭かれた時分でしょうか?
ちょっと休憩して、夜明け前に島崎父さん、牛乳配達が待っています。
行きましたがな、ああ、生むぎ、生米、野麦峠。世界遺産になる前でしたが、夏休みだったんでしょう、お子も多かったように。お孫ちんも行かれましたか、女性代表として。
いや〜それより冒頭のいつもの小説を読ませていただくと、半ズボンのpedaru少年の面影が浮かんできます。
ねんねこ、なつかしい言葉です。 そのなかに猫をいれて、温めてから子供をくるむ。ご存じでしたか? 名前の通りです。ほんまかいな?
大将
- pedaruさん からの返信 2015/09/30 06:07:21
- RE: ああ、野麦峠
大将さん お早うございます。
あ〜 疲れた、新聞配達は疲れます。なんせボランティアで聖教新聞と赤旗を両方同じ家に配っているものですから・・・・明日は読売新聞と朝日新聞を同じ家に配ります。・・・・喧嘩はしないでね〜と、祈りを込めて・・・・
て、いつの間にか新聞配達員になってしまいました。
世界遺産になる前の富岡製糸場だから価値があるのですね、誰もがあとに続けーでは価値が半分ですよ。
ほんとですか?ねん猫ですか?寝んね子だと思っていましたが・・・・
あー 次の書き込みの返事に間に合うでしょうか、ラジオ体操の前に・・・・
pedaru
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- 前日光さん 2015/09/23 17:34:31
- 蚕の思い出
- pedaruさん、こんにちは。
世の中はシルバーウイークとやら。
初めて聞いた時は、ご老人のお休み期間かと思いました。
毎日休んでるようなのに、またまたまとまった休みが与えられるのか?と( ・∀・)
豪雨の後で、やっと18日午後から、東武特急スペーシアが運転再開したので、一日くらい東京に行こうかと、昨日(22日)行って参りましたが、いやはやあまりの人の多さに閉口いたしました。
富岡製糸場も、この連休中さぞ賑わったことでしょうね!
昔小学校で常勤講師をしていた頃、小学二年生(クラスの人数は12人でした!「二十四の瞳」ですね^^;)を担任していたのですが、理科の時間に何をやったらいいかと考えていたところ、校長先生がたまたま理科の先生で「蚕」を育てるのがいいと言われ、クラスで蚕を飼って育てました。生き物相手なので、気は遣いましたが、確かに観察には適していると思った記憶があります。
絹糸を採るまでには至りませんでしたが、桑の葉を食む蚕の様子はじっくり観察できました。
富岡製糸場は、建物もしっかりと保存されていて、その建物が美しいですね。近代日本の遺産ですよね!
映画「あゝ野麦峠」で、大竹しのぶさん演じる工女が、最後に理不尽に死んでゆく場面を思い浮かべながら、近代化の陰で犠牲となったいろいろな人たちに思いを馳せました。
その屋内に、浮世絵が並んでいるのですね?
どういう関連なのでしょうか?
私も「安藤広重」としっかり学びましたので、「歌川」はピンときません。
浮世絵も、見所がありそうですね。
広い製糸場内で、お孫さんもお富ちゃんとキリンさんを握手させて満足ですね。
最後の演歌は、どんな曲なのでしょうね(*^ー゜)
前日光
- pedaruさん からの返信 2015/09/24 06:39:32
- RE: 蚕の思い出
- 前日光さん お早うございます。
二十四の瞳ですか、前日光さんも同じようなたくさんの感動があったのでしょうね。 羨ましいです。
さて、安藤広重、norisaさんも歌川でなく安藤だと言っています。
いつの間にか変わってしまうことってありますね。だれが何の権限でそうするのか、世の流れが自然にそう動くのか知りたい所です。
私の子供の頃は坂本龍馬を さかもとりゅうま と呼んでいました。
荘園を そうえん と読む人は今はいませんが、そう読んだ記憶があります。
かなで書くと さうえん という辞書もあります。 ・・・
果たして 別荘は?・・・・
pedaru
-
- 備前屋ねこさん 2015/09/19 22:31:58
- 絹の糸
- pedaruさん、こんばんは♪
製糸場に浮世絵の展示って謎ですねぇ。
でも大胆で明瞭な浮世絵は今の時代の漫画にも通じるものを感じて見ていて飽きないです。
pedaruさんのお母様の実家は養蚕をされていたのですか。
広々とした畑や小川があって、道端で花を摘んだり虫を追いかけたりなんてのどかで素敵な環境ですね。
欄干のない橋、人や牛が曳く荷車は私の見た事のない日本の風景です。
そんな素敵な風景も今は海外でしか見られないものなのかもしれませんね。
蚕は備前屋が小学生の頃、クラスで飼っていた記憶があります。(虫カゴの中でですが・・・)
蚕って手の平に乗せるとひんやりサラサラとした感触で気持ち良かった。
蚕って桑の葉だけでなく実も食べるんですか?
なんと贅沢な〜〜〜
小学校に桑の木が一本だけあって実がなっていたものをつまんで食べた事がありますが、甘くて美味しいですね。
桑の実は私でも小学校の木で食べただけなのできっと今の子供は全く知らない子がほとんどなんでしょうねぇ。
最後に富岡製糸場の演歌まであるのに驚きと笑いが漏れてしまいました。
世界遺産化に合わせて作られたんでしょうかねぇ。
うん。なんだか歌詞やメロディが想像できるような気がしてきます(笑)
備前屋ねこ
- pedaruさん からの返信 2015/09/20 07:09:44
- RE: 絹の糸
- 備前屋ねこさん お早うございます。
> 最後に富岡製糸場の演歌まであるのに驚きと笑いが漏れてしまいました。
> 世界遺産化に合わせて作られたんでしょうかねぇ。
> うん。なんだか歌詞やメロディが想像できるような気がしてきます(笑)
実はこれは備前屋ネタだな、と思い写真に撮りました。この歌手や関係者に失礼にならないように気を使ってコメントを抑えて書きましたが、世界遺産になったからといって、途端にコレかよ、と笑いが出てしまいました。
桑の実を食べたことがあるのですか? 口に入るものなら”あんまの笛”でも食べたいあの頃の子供は口の周りがドドメ色に染まるまで食べたものです。ってpedaruの周りだけだと思いますがね。
蚕が実まで食べるとは聞いたことがありません、葉しか見てませんのでたぶん食べないと思います。あっ もしかしたら、実を食べさせたら、美しいピンクの糸が取れたかも・・だとしたら革命的です♪
浮世絵展、謎の多い富岡製糸場でした。
pedaru
-
- norisaさん 2015/09/19 17:11:41
- そうそうーー!
- pedaruさん
こんにちは。
富岡製糸所、やはり有料ですか!
世界遺産になると違いますね。
韮山の反射炉も昔は閑散としていましたが、今はシッカリ有料です。
さて、優しいお母さまでしたね。
息子に遺伝したのかしないのか(笑)
版画展は素晴らしいですね。
歌川広重は私の中でも安藤広重ですし、norisa妻もそう言います。
こういう変更はいつどうしてなされるのか是非とも知りたいところですーー。
しかし、有料とはいえ、富岡製糸所は一度は訪れなければいけなそうなーー。
マイナンバーは嫌でも向こうからやってきますが(苦笑)
norisa
- pedaruさん からの返信 2015/09/20 06:41:46
- RE: そうそうーー!
norisaさん お早うございます。
富岡製糸場は話題性ということで訪れる意味はありますが、感動を呼ぶ、というほどのものではない気がします。(あくまで個人の感想です。)
日本の歴史上厳然たる位置にある鎌倉幕府の拠点、鎌倉が登録されないということは、世界遺産の基準がどこにあるのかわかりません。
と同じく、あの高知城が国宝ではないという事実、それに引き換え富岡製糸場が国宝とは・・・この基準もよくわかりません。
安藤広重、我々夫婦が取り残されたかと思いましたが、norisa夫婦でさえ知らなかったとは・・・気を強くしました。
pedaru
-
- rinnmamaさん 2015/09/19 10:16:42
- 富岡製糸場
- pedareさん、おはようございます。
色々な方の旅行記を拝見させて頂きましたが、其々の興味の的が違いますので、面白くて楽しいですね!
ひろい構内を、お孫さんも歩かれたんですね〜健脚です事(^^)
何時も思いますが犬山の明治村を散策している雰囲気です。
明治村の中にも富岡製糸の糸巻きの一部があります。
また、名古屋駅には豊田佐吉翁の旧豊田紡織工場跡があります。
日本の一時代を潜り抜け、このように保存し、解放展示される事は、意義がありますね!
pedareさんと目線が似ていますので、
頷きながら拝見させて頂きました(^^)
昨夜もチビちゃん達の宿泊で、寝不足ぎみのrinnmamaでした。
- pedaruさん からの返信 2015/09/20 06:05:11
- RE: 富岡製糸場
rinnmamaさん お早うございます。
そうですか、明治村にも富岡製糸場の一部が保存されているのですね。
昔、明治村に一度だけ行ったことがありますが、漱石が住んでいた質素な家が
印象的でした。
小説や映画などで自分の知らない時代を見ることが出来ますが、実物を見ると
懐かしく感じますね。樋口一葉やたくさんの文士が生活した菊坂あたりや漱石などの小説に出てくる本郷界隈・・その頃の家など見ると嬉しいですね。
チビちゃん達のお泊り、嬉しいような、困ったような・・・
pedaru
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