2015/07/03 - 2015/07/03
29位(同エリア77件中)
naoさん
和歌山県有田郡湯浅町は、紀伊水道に面する紀伊半島の中西部に位置し、日本の醤油発祥の地として知られていますが、平安時代から多くの参詣者が歩いた熊野三山への参詣道、熊野古道の宿場町として賑わった町でもありました。
建長6年(1254年)、宋の時代の中国で禅を学ぶかたわら、味噌の製法を習得した高僧、覚心が、紀州由良へ帰国後、布教の際に味噌の製法を広く伝授します。
味噌造りにいそしんでいた古人が、ある時味噌樽の底に赤褐色の液体が溜まることに気づき、指先につけて舐めてみると、香ばしい香りとともに、独特の旨味があることを発見します。
偶然の発見を受けた湯浅の味噌醸造家は、味噌づくりのかたわらこの赤褐色の液体の研究を続け、改良に改良を重ねた末、湯浅醤油が産みだされます。
湯浅醤油の醸造が軌道に乗り、製造量が増加した江戸時代、徳川御三家のひとつ紀州藩の保護を受けた醤油醸造は湯浅の中心産業にまで発展し、全体で1000戸余りの湯浅の町に92軒もの醤油醸造場が広大な屋敷と倉庫を連ねるまでになったと伝えられています。
現在の湯浅には、格子や虫籠窓などを備えた町家が点在し、醤油醸造の歴史と文化が香る、重厚で伝統的な町並みを見ることができます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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湯浅町へやってきました。
JR紀勢本線、湯浅駅近くにある駅前多目的広場に車を停めさせてもらって町歩きを始めます。
先ずは、かつての熊野古道にあたる道町通りの商店街へ向かいます。 -
湯浅町は、熊野三山への参詣道である熊野古道の宿場町として賑わった町で、現在、道町通りの商店街の真ん中を熊野古道が通っています。
こちらは熊野古道へ向かう途中にある町家です。 -
かつて熊野詣の旅人が行き交った熊野古道です。
これは、天保9年(1838年)に建てられた立石の道標です。
北面には「すぐ熊野道」、南面には「いせかううや道」、東面には「きみゐでら」と刻まれています。 -
立石道標の斜め向かいには、江戸時代の町家を再生した立石茶屋があります。
来訪者の案内所や休憩所として活用されています。 -
湯浅町の汚水枡の蓋。
湯浅城を中心に、醤油や味噌がモチーフになっています。 -
立石茶屋の手前を、少し東へ入った辺りの町並みです。
この辺りにも雰囲気のある町家が連なっています。 -
熊野古道へ戻ってきました。
湯浅町の町並みでは、こちらのお宅のように行燈や飾り棚を飾った町家をたくさん見ることができます。 -
熊野古道へ戻ったと思った途端、路地があったので覗いてみました。
中々趣のある良い路地です。 -
この町屋は、2階の壁に銅板が貼られています。
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袖卯建に鏝絵が浮き出た町家。
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小さいながらも本瓦葺の風情あふれる町家です。
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この行燈には、短歌がしたためられています。
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1階が新しく改装されたようで、ガレージには大きな引き戸がつけられています。
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こちらの町屋には・・・
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くまの古道と書いた行燈が置かれています。
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熊野古道から分かれて、またまた心惹かれる路地がありました。
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熊野古道をあとにして、湯浅醤油の醸造に関連する町家が集積する地域にやってきました。
最盛期には、この地域に92軒もの醤油醸造場があったと云うから驚きます。 -
北町通りと鍛治町の交差点にある、かつて酒屋だった「岡正(おかしょう)」さん。
現在は、湯浅町を訪れる観光客の案内所や休憩所として活用されています。
では、北町通りの町並みから歩きます。 -
北町通りの、西側の町並みです。
左手にあるのが「岡正」さんです。 -
「岡正」さんの北向かいにある伝統的な町屋は津浦家住宅です。
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この看板が示すように、津浦家は文化8年(1811年)創業の麹屋さんです。
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こちらの行燈にも短歌が・・・。
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腰壁の丸い模様は何を表わしているんでしょうか・・・。
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この辺りの町屋には・・・
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いずれも同じような行燈が吊り下げられています。
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こちらは、江戸時代に建てられた元お醤油屋さんの町家を再生したカフェです。
カフェとは云え、うどんや丼がメニューに入っているので、お食事処と云ったところでしょうか・・・。 -
これまで歩いてきた、北町通りの東側の町並みです。
戸津井醤油醸造場の大きな町屋にも、行燈や飾り棚がついています。 -
こちらの出格子のある町屋は加納家住宅です。
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瓜形の虫籠窓がアクセントになっています。
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湯浅町の町並みを舞台に、2007年から行われている「ゆあさ行灯アート展」の優秀作品が展示されている行灯ミュージアムです。
このミュージアムは、お琴の胴が看板として使われています。 -
雰囲気のあるたばこ屋さんの看板の先には、北町ふれあいギャラリーがあります。
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こちらは休憩所を兼ねたギャラリーで、絵画、写真、陶芸、手芸などの作品が月替わりで展示されています。
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こちらは、江戸末期から戦前まで醤油醸造業を営んでいたお店で、現在は金山寺味噌の製造、販売業を営んでおられる太田久助吟醸さんです。
手づくりにこだわっておられるこちらのお店では、原材料も国産品のみを使っておられるそうです。 -
宋の時代の中国から帰国した高僧が製法を伝え広めた金山寺味噌から、偶然発見されたのが湯浅醤油で、味噌と醤油の切っても切れない縁を感じさせてくれます。
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こちらの飾り棚には、蒔絵の漆器が飾られています。
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こちらの町屋には、緑青の発色が素晴らしい銅製の樋がかけられています。
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こちらの酒屋さんの飾り棚には・・・
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天然の木肌を活かした、趣のある庇がつけられています。
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北町通りの、西側の町並みです。
左手に、角長さんの湯浅しょうゆ職人蔵が見えています。 -
こちらの建物は、慶応2年(1866年)に建てられた醤油の仕込蔵で・・・
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展示されている道具類は全て実際に醤油醸造に使われたものだそうで、醤油醸造のありさまを知ることができます。
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醤油醸造に携わった古人の知恵の結晶である、汗と苦労が染み込んだ道具類を展示、保存することで、歴史の重さを後世の人々に伝えておられます。
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湯浅しょうゆ職人蔵の飾り棚も風雪に耐えています。
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こちらが天保12年(1841年)創業の醤油醸造の老舗、角長さんです。
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角長さんの扉には、いかにも老舗らしい錠前がついています。
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北町通りから浜町通りを見たところです。
この辺りには、角長さんの建物がたくさんあります。 -
振り返って、浜町通りから北町通りの角長さんのお店を見たところです。
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かつては92軒もの醤油醸造場が軒を連ねた湯浅町ですが、明治以降徐々に衰退の道をたどり、今も伝統的な製法を守っておられるのは角長さんのみとなってしまいました。
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この紙障子の玄関戸には魅了されてしまいますね〜。
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この格子も意匠を凝らしています。
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町屋と町家の間の狭い路地を入ると・・・
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大仙堀に通じていました。
では、大仙堀の景観を見に道路側へ迂回します。 -
大仙堀へ向かう途中で見かけた町家。
玄関が二つあるので、別々のお宅ですよね〜・・・。 -
大仙堀にやってきました。
道路を挟んで、左側が山田川で、右側が大仙堀になります。 -
大仙堀は、醤油や原材料等を運ぶ醤油船の停泊地として、山田川の河口に造られた内港で、江戸時代には、ここから全国各地に湯浅醤油が運ばれて行きました。
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大仙堀に面して、角長さんの商標を掲げた建物が軒を連ねています。
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こちらは一般の町家のようですが、この景観にぴったりと納まっています。
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大仙堀はその役割を終え、かつての喧騒を知る由もありませんが、今も大仙堀に沿って醤油醸造蔵が連なる光景は湯浅町を代表するものと云っても過言ではありません。
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宋の時代の中国から帰国した高僧が広めた金山寺味噌から、偶然発見された醤油は、古人のたゆまぬ研究と努力のもと、改良に改良を重ねた末に湯浅醤油が産みだされました。
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こうして産みだされた湯浅醤油は、紀州藩の保護を受けたことから湯浅町の中心産業にまで発展するに至り、最盛期には92軒もの醤油醸造場が軒を連ねるまでになったと伝えられています。
では、大仙掘りはこのくらいにして、浜町通りへ向かいます。 -
浜町通りへやって来ました。
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振り返ると、角長さんの黒い建物が見えています。
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格子には、飾り棚とともに流木が飾られています。
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格子戸が嵌ったこの町屋は、賃貸物件のようです。
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屋根のビニールネットは、瓦の落下防止でしょうか・・・。
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立派な虫籠窓のあるこちらの建物は、東京に本部を置く宗教団体の紀伊分苑です。
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元は、明治末期に廃業した醤油醸造家の建物だったそうです。
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この町並みで、2階に大きな窓のある町家には、落下防止のための手すりをつけているのをよく見かけます。
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格子の前には、御神燈を吊るための献灯台が取り付けられています。
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こちらの町家も、ご多聞に漏れず手すりがついています。
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外壁に、浜町の看板が掛けられています。
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浜町通りの町並みです。
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腰壁に瓦が貼られています。
漆喰で押さえられていませんが、これもナマコ壁と呼ぶんでしょうか・・・。 -
玄関に破風屋根のある町家です。
この町並みで妻入り建物は珍しいですね。 -
浜町通りと交差する路地の光景です。
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この辺りが浜町通りの南端になるので、次は中町通りへ向かいます。
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中町通りへやって来ました。
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中町通りと交差する路地にも、情緒のある町家が並んでいます。
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先ほどの町屋とこの町家は、とてもよく似た造りですが、細かい部分で微妙な違いが見られます。
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かわいいポストが、郵便が配達されるのを待っています。
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玄関の真ん中で、頑丈な持ち送りで屋根を支えています。
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またまた路地の光景です。
こういう路地を舞台に、人々が肩を寄せ合って生活している、生の姿を垣間見るような感じが好きなんです。 -
蔦に覆われたこの町家は、今も400年前の味を受け継ぐ金山寺味噌の老舗、本家玉井醤本舗さんです。
紙障子の玄関の上に掲げられた「玉井醤」の看板が、伝統の重さを伝えています。 -
軒先の幕板が、この町家の外観を引き締めています。
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中町通りの町並み。
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2階に窓が無い右側部分は何に使われているんでしょうか・・・。
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街灯のポールの陰に隠れて見にくいですが、中町の看板が掛けられています。
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珍しく、板塀を巡らせた町家があります。
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黒漆喰壁と白漆喰の虫籠窓のコントラストが鮮やかです。
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外壁に銅板を張った町家には、行燈が置かれています。
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短歌をしたためた行燈を吊った町家がありました。
では、次に鍛冶町通りへ向かいます。 -
鍛冶町通りです。
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こちらの町家は、単に荒れているのではなく、歴史の重みが露出していると見るべきですね。
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こちらの町家は、かつて醤油醸造家だった栖原家の建物です。
今は別の所に移転しましたが、2009年から2013年まで「湯浅おもちゃ博物館」として親しまれていました。 -
細工瓦のコレクションを展示されている町家がありました。
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こちらのお宅で、鍾馗様をじっくり拝見することができました。
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出格子部分があることで、外観に変化を与えています。
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この町家には、たくさんの飾り棚がついています。
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よく似た町家が並んでいる奥側の建物は・・・
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以前の栖原家から2014年に移転オープンした「湯浅おもちゃ博物館」です。
おもちゃの展示を通じて、子供から大人まで楽しめる地区の交流拠点となっています。 -
平安時代から多くの参詣者が行き交った、熊野三山へ続く熊野古道の宿場町としての面影や、日本の醤油発祥の地として醤油文化が深く浸み込んだ湯浅の町をじっくり歩いて、格子や虫籠窓のある町家が点在する、歴史と文化が香る重厚で伝統的な町並みを体験することができました。
では、そろそろ湯浅町を後にします。 -
おっと、その前にひとっ風呂浴びたいところですが、もう一つ目的地が待っているので、今回はお預けです。
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