2015/07/03 - 2015/07/03
37位(同エリア84件中)
naoさん
和歌山県海南市下津町塩津浦は、紀伊藩の居城、和歌山城の城下町が成立した頃に盛んになったイナ網漁による漁業を生業とする町で、和歌浦湾に面する半円形の小さな内海を包み込む山の北側斜面に集落が形成されています。
古くから天然の良港として知られた塩津浦は、漁業の盛んな漁港としてのみではなく、和歌山への通い船や、紀伊水道と瀬戸内海沿岸の各地とを往来する廻船の寄港地となっていたことを背景に、廻船業の町としても発展しました。
天保10年(1839年)に編纂された「紀伊続風土記」には、『山の片原に家居し、北の方海岸に臨み、土地狭隘にして人家稠密尺村の隙地なし、村中三間口より大なる家なし、繁昌の地なること知るへし』と、山の急峻な斜面に人家が張り付いている様子が記されています。
民家の基礎として積み上げられた、青味がかった結晶片岩の石垣を縫うように、細い路地がまるで迷路のごとく縦横に入り交じる現在の塩津浦も、江戸時代以来ほとんどその形態に変わりはなく、「紀伊続風土記」に記された当時そのままの、見応えのある姿を見せています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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海南市下津町塩津浦にやって来ました。
塩津漁港に面する蛭子神社前の広場に車を停めさせてもらって、石垣の町を歩きます。 -
漁業と最も関係の深い「えびすさま」をお祀りしている蛭子神社の社殿も、さすがに石垣の町だけあります、石垣の上に鎮座しています。
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では、狭い路地を抜けて石垣の町へ出発です。
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正面の石垣の上に見えているのは教徳寺さんです。
階段を右に進めば、わずかに屋根が見えている山門に通じています。 -
その階段を左手に上ると・・・
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さらに民家が続いています。
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おっと、民家の軒下で遊んでいた猫ちゃんを驚かせてしまったようです。
ごめんね、決して怪しい者じゃないからね〜。 -
教徳寺さんの鐘楼です。
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階段の途中にある民家の前には・・・
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防災用の井戸がありました。
かつて共同で使っていたのであろう井戸が、こんな形で活躍しているんですね・・・。 -
何という郷愁を呼び覚ます光景なんでしょうか・・・。
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漁港沿いの道路に下りてきたところで、妻入りと平入りの民家の間を通って別の路地へ向かいます。
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路地の奥には、石垣の基礎の上に小さな割り石を積み上げた石塀が続いています。
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石塀の上には瓦まで葺かれています。
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民家と石塀の間の狭い路地を進むと・・・
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辻に面してこんな門がつけられています。
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先ほどの門のある方向を振り返ったところです。
石塀の途切れている所に門がついています。 -
漁港沿いの道路に面して建っている民家。
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路地の奥の民家の光景です。
船板で補修された跡が見てとれます。 -
次は、この民家の左手の路地へ入ってみます。
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この路地には、板塀を設けた民家や・・・
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石垣を基礎とした民家が続いています。
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そんな路地を抜けると、少し開けた所に出ました。
この辺りも石垣でいっぱいです。 -
山の斜面に張り付いている民家を縫って・・・
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まるで迷路のように通路が延びています。
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下から見上げると、石垣の上から民家が迫ってくるようです。
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そんな曲がりくねった通路に面して・・・
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家々の玄関が開いています。
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こんなに入り組んでいると、知り合いを訪ねてきた人は、すぐには目的のお宅にたどり着けないでしょうね・・・。
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石垣を縫って先に進みます。
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角を曲がると、まだまだ階段が上って行きます。
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この民家は建物が丸々石垣の上に乗っています。
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奥に見える玄関のある所まで石垣を基礎にしているんですね・・・。
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かわいい花が心を癒してくれます。
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この民家の横に空き地があるのでちょっと上ってみます。
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空き地から見下ろすと、先ほどの民家とともに・・・
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塩津浦の町並みが一望できます。
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では、郵便ポストが見えている方へ進みます。
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住民の方々の利便性に配慮して、斜面の中腹に郵便ポストを設置しているんでしょうね。
ちなみに、右手の商店で切手などが販売されています。 -
石垣の上には、総2階建の民家が威風堂々とそびえています。
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ここからは、民家の屋根越しに和歌浦湾を挟んで、和歌山マリーナシティや関西電力海南発電所が見えています。
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階段はまだ上へ上へと続いています。
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民家と民家の間は、いわゆる勝手口へ通じるような形態で、一般の通路に比べてかなり狭くなっています。
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では、広い方の通路を進みます。
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この民家は、前に見た、建物が丸々石垣の上に乗っているお宅のようです。
どうも、迷路をぐるっと一周してきたようです。 -
この通路は「まるで迷路のような」と云う表現がピッタリで・・・
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民家の軒下や玄関先を通り抜けて・・・
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知らぬ間に一度歩いた道とつながっています。
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この民家の屋根には、煙り出しが口を開けています。
これまで石垣ばかりに目がいっていましたが、やっと目につく建物が現れました。 -
この石垣の下にも防災用の井戸がありました。
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その防災用の井戸の上にそびえる民家は・・・
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基礎の石垣に段差があるのに、大屋根は繋がっています。
平屋建てと2階建てを上手くつなぐことで段差を解消しておられるんですね。 -
2階建ての部分の低いレンガの壁の対面にもレンガ塀があるので、この辺りはレンガの通路になっています。
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少し先からレンガの通路を振り返ったところです。
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かなり下ってきたんですが、またまた上り階段のある通路が延びています。
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民家と民家の間に、何かありそうな予感が・・・。
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でっ、覗いてみると、やっぱり良い光景がありました。
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レンガの通路の次は、レンガ塀の階段が現れました。
レンガ塀の向こうに町並みが広がっているのが見えています。 -
では、階段を下ります。
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振り返って階段を見上げるとこんな感じです。
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レンガ階段の下に、虫籠窓や煙り出しのある民家がありました。
この先で、漁港沿いの駐車場がある広場に繋がっています。 -
広場に下りてきました。
この民家も風情がありますね〜。 -
階段や迷路に沿ってこの集落を一周してきたんですね。
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この平入りと妻入りの民家の間の路地にも入りました。
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漁港沿いの道路に、海南市のコミュニティバスの停留所があります。
JR紀勢本線の最寄り駅や市内各所を繋いでいるんでしょうね。
では、海辺の景観を見に行きましょう。 -
塩津漁港の手前に、情緒あふれる民家がありました。
階段や迷路を巡って集落の民家を見てきましたが、この民家に止めを刺されました。
「参りました!」 -
古くから天然の良港として知られた、和歌浦湾に面する小さな内海に抱かれた塩津漁業です。
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この港は、かつて紀伊水道と瀬戸内海沿岸の各地とを往来する廻船の寄港地として発展しました。
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この係船柱は、5トンのけん引力まで耐えると云う意味でしょうか・・・。
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係船柱と船首がにらめっこしています。
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和歌浦湾を挟んで、和歌山マリーナシティにあるポルトヨーロッパの建物が見えています。
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こちらは関西電力海南発電所です。
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こちらは新日鐵住金(株)和歌山製鐵所でしょうか、運搬船が横付けしています。
では、そろそろ車を取りに戻ります。 -
天保10年(1839年)に編纂された「紀伊続風土記」に、『山の片原に家居し、北の方海岸に臨み、土地狭隘にして人家稠密尺村の隙地なし、村中三間口より大なる家なし、繁昌の地なること知るへし』と記されたとおり、塩津浦の人々はこんなにも急峻な山の斜面に家を建て、生活してこられました。
江戸時代以来、ほとんどそのままの姿を保ってきたこの集落は、壮観な姿を見せてくれました。 -
以前、愛媛県南宇和郡愛南町外泊の石垣集落を訪れましたが、塩津浦の景観は勝とも劣らない素晴らしいものでした。
では、石垣の余韻に浸りながら家路につきます。
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