2015/01/02 - 2015/01/02
47位(同エリア1115件中)
エンリケさん
年末年始のラオス旅行7日目後半。
ルアンパバン、パクセ、チャムパーサック、シーパンドンと巡ってきた今回のラオス周遊の旅も、最後の目的地ヴィエンチャンに到着していよいよ最終章を迎えます。
現在は博物館となっている寺院“ワット・ホーパケオ”、ヴィエンチャン最古の寺院“ワット・シーサケート”、パリの凱旋門を模して造られた勝利の門“パトゥーサイ”と巡りますが、さすがにヴィエンチャンはラオスの首都だけあって、外国人よりもラオス国内の観光客の方が多い様子。
そして散々歩き回った最後は、夕暮れ時のメコン川沿いの遊歩道を散策。
赤い夕日を浴びながら、ウォーキングや買い物を楽しむ大勢の市民の姿は、それを見ている異邦人さえも平和な気持ちにさせてくれる、この国の人々の本質を表した風景。
ヴィエンチャン1日目はわずか半日の街巡りでしたが、ルアンパバンや南ラオスとはまた違ったラオスの魅力を感じることのできたひとときとなりました。
<旅程表>
2014年~2015年
12月27日(土) 成田→バンコク
12月28日(日) バンコク→ルアンパバン
12月29日(月) ルアンパバン
12月30日(火) ルアンパバン→パクセ→チャムパーサック(ワット・プー)→パクセ
12月31日(水) パクセ→シーパンドン(デット島&コーン島)
1月 1日(木) シーパンドン(デット島)→パクセ
○ 1月 2日(金) パクセ→ヴィエンチャン
1月 3日(土) ヴィエンチャン→バンコク
1月 4日(日) バンコク→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1月2日(木)
12時50分、ラオス南部のパクセ国際空港を離陸したラオス航空QV304便は、タイの上空を通り、北西の方角にある首都ヴィエンチャンに向け一路フライト。
眼下からは一面に広がる赤土の大地が消え、豊かな緑や水郷の景色が見られるようになってきました。 -
パクセ−ヴィエンチャン間のフライトは1時間15分ほどですが、ルアンパバン−パクセ間と同様、機内食が提供されます。
ラオス航空のロゴでありラオスの国花であるプルメリアをあしらった、こんなかわいらしいボックスを開けてみると・・・。 -
中身はこんな、パンとスライスされたフルーツ。
ちょうどお昼時だったので、お腹も空いていて、美味しくいただけました。 -
そして14時10分、ヴィエンチャン、ワッタイ国際航空に到着。
食事をして景色を見ていたらあっという間の空の旅でした。
・・・さて、ラオスの首都ヴィエンチャンは東京の4月くらいの気温で、暑くもなく涼しくもなく、パクセと同じくらいのいい陽気。
空には雲ひとつなく、気持ちのいい青空が広がっています。ワットタイ国際空港 (VTE) 空港
-
空港の外に出てみると、客待ちが禁じられているのかフリーのタクシーやトゥクトゥクが見当たらなかったので、空港内に逆戻りしてタクシーカウンターで市内までのタクシーを手配。
ホテル名を告げたところすぐに車が手配され、14時20分、ほとんど待ち時間もなくタクシーに乗車。
よく考えたら今回の旅ではトゥクトゥクやミニバスには乗りまくっていたのですが、こうした普通のタクシーは初めてかも(笑)。
ちなみに市内までは7USD又は57,000kip(約870円)で、ドル払いも可能なようでした。 -
街なかを進むタクシーのスピードは非常にゆっくり。
おかげで街の雰囲気もとても穏やかでのんびりしているように感じられます。
アジア圏でこんなゆっくりな運転なんて、これまで経験したことがないかも。
首都でさえこの雰囲気、やっぱりラオスは一味違うわ(笑)。 -
そして14時30分、空港から10分ほどで、街の南側を流れるメコン川にほど近い場所にあるこの日の宿、Vホテルに到着。
アゴダで予約して1泊33USD(約3,600円、ホテル税21%込み)と、きれいで高層な割には安くてオトク感のあるホテルです。
やはりラオスはホテル代が安い。
ボーイもおらず、わずらわしいチップのことを考える必要もありません(基本的にラオスはチップ不要ですが。)。メコン川に近く高層階からはその雄大な姿が楽しめるホテル Vホテル by エンリケさんV ホテル ビエンチャン ホテル
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予約時に眺めのいい部屋をリクエストしておいたところ、案内されたのは6階のこんな部屋。
南向きでとても日当たりがいいです。
そして窓の外を眺めると・・・。 -
こんなふうに眼前にはメコン川。
乾季のため流れが狭まっていますが、雨季ともなれば川幅も広がり、もっと雄大な姿を眺められるのでしょうかね。 -
左手には曲線を描いて流れるメコン川と、そのほとりに建つ14階建の高級ホテル、ドン・チャン・パレス(Don Chan Palace)が。
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右手はこんな感じ。
メコン川の手前、ホテルのすぐ近くには中国の民間信仰の廟があるようで、外国人が利用するホテルが集中するこのあたりは華僑のコミュニティがあったんだなということが想像されます。 -
部屋に荷物を置き、15時、いよいよヴィエンチャンの街歩きへ。
まずはホテルの前のノーケオクンマーン通り(Rue Nokeokoummane)を北へ歩いて行きます。
・・・外国人向けのホテルが集中するこのあたりは車の交通量も少なく、(ラオス基準で)オシャレな感じのカフェも建ち並んでいて、空気も緩く、まさにバックパッカーの楽園のような雰囲気。
“ヴィエンチャンは何も見るべきものはないから無視してルアンパバンに向かうべき”という人もいますが、言われているほど悪くはなく、むしろルアンパバンとはまた一味違った都会的な緩さ(?)が漂っていて、思わず沈没してしまいたくなるようないい感じです。 -
そんな南の島のような緩い雰囲気ですが、ところどころ、お決まりのこんな金色の仏教寺院もあったりして、ここが東南アジアだということを再認識させてくれます。
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16世紀にヴィエンチャンの街を建設したセーターティラート王(*)の名を冠するメインストリート、セーターティラート通り(Rue Setthathilat)に出て右に曲がり、さらにてくてくと歩いて行きます。
*ラオ族によるラオス最初の統一王朝“ラーンサーン王国”(1353-1707年)16代目の王(在位:1548-72年)。
彼の時代にラーンサーン王国は最盛期を迎え、1560年、シェントーン(後のルアンパバン)からヴィエンチャンに遷都。
こうしてみると、ラオスは社会主義国だというのに、ヴィエンチャンにしろルアンパバンにしろ、王国時代の王の名前を通りの名称に使っていたり、王の像を建てていたりする例が多く、興味深いですね。
ソ連の場合、ピョートル大帝にちなんだサンクトペテルブルクをレニングラード、エカテリーナ1世にちなんだエカテリンブルクをスヴェルドロフスクと改めていたというのに。
・・・少し歩くと、ラーンサーン通り(Ave. Lane Xang)との交差点の遥か向こうに、パリの凱旋門を模して建てられたというヴィエンチャンのアイコン、“パトゥーサイ”が見えてきました。 -
パトゥーサイは遠いので後回しにして、まずは交差点からすぐ近くの“ワット・ホーパケオ”(Wat Ho Phra Keo)から周っていきます。
入口で入場料5,000kip(約80円)を払って中を進むと、庭園の向こうに素朴なシルエットの寺院らしき建物が。
この建物、実は寺院ではなく博物館。
もともとは1565年、ヴィエンチャンに遷都したセーターティラート王が、ラーンナー王国のチェンマイから奪ったエメラルド仏を安置する目的で建立した寺院で、エメラルド仏が“翡翠”(パケオ)でできていることから、“ワット・ホーパケオ”と名付けられました。
時代は下って1779年、ラーンサーン王国から分裂したヴィエンチャン王国時代にバンコクのトンブリー朝の侵攻を受け、寺院は焼失。エメラルド仏はバンコクに持ち去られてしまいます(現在はタイの王室寺院ワット・プラケーオに国の守り本尊として安置)。
その後、建物はフランス植民地時代の1936-42年に再建。現在は古い仏像などを収蔵する博物館となっていますが、建物自体は再建前の姿が残っていなかったため、原型とはかなり異なるスタイルで建てられ、当時の姿をしのぶものとはいえないそうです・・・。 -
現在は博物館と言っても、たくさんの仏像が安置されているかつての寺院、たくさん来ているラオス人(タイ人?)観光客のみなさんにならって、きちんと靴を脱いで上がります。
正面入り口に上がると、略奪をまぬがれた仏像たちが観光客をお出迎え。
ルアンパバンのワット・ヴィスンナラートでも見た、“争いをやめるよう諭す仏陀”(右)と、“雨乞いをする仏陀”(左)の像ですね。
【ラオス紀行(4) ルアンパバンのワット・ヴィスンナラート】
http://4travel.jp/travelogue/10994240 -
扉の彫刻も当時のままのものなのかどうか分かりませんが、非常に繊細で優美。
建物内部は撮影禁止でしたが、仏像を中心とした多数の文化財が収められており、ラオス人(もしくはタイ人)の観光客たちが興味津津で見入っていました。
・・・このワット・ホーパケオもそうですが、ヴィエンチャンの観光スポットはルアンパバンや南ラオスと違って、ラオス国内もしくはタイ人の観光客の割合が大きく、欧米人の割合が少ない印象。
欧米人はラオスと言えば、都市部よりも田舎でののんびりさを求めるのでしょうね。
日本人や他のアジア人の観光スタイルも、自国が豊かになるに連れ、モノよりも精神的な豊かさを求め、そちらの方にシフトしていくのでしょうかね・・・。 -
内部の見学が終わり、裏手の出口からぐるりと建物の脇の通路を通って入口に戻ってきます。
脇の通路には等間隔で仏陀の坐像が安置されており、ラオス人の観光客たちは坐像と一緒に記念撮影をしたりしています。 -
建物の上は見終わりましたが、せっかくなので、下の外側の通路もぐるりと見学。
このワット・ホーパケオはエメラルド仏が収められていたかつての王室寺院だけあって、階段の装飾には、ルアンパバンのワット・シェントーンの王の霊柩車でも使われていたような、仏法の守護神である蛇神(ナーガ)のダイナミックな意匠が用いられています。
【ラオス紀行(1) ルアンパバンのワット・シェントーンの霊柩車】
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=36975404
ちなみに、この写真ではナーガが後ろから何かに食べられているように見えますが、これは、ナーガの口から新しいナーガが生まれていることを表現したもので、古いラオスの歴史・伝統・文化が、新しいラオスに受け継がれていくことを意味するものなのだそうです。
【一般社団法人日本ラオス青少年協会HP】
http://www.jalya.org/information.html -
15時30分、建物の見学を終え、ワット・ホーパケオを後にします。
“博物館”といっても、建物は一つしかないので、所要時間は20〜30分ほどで十分でしょう。 -
続いて、道路を挟んで向かいにある“ワット・シーサケート”(Wat Sisaket)へ。
こちらも現在は博物館となっている寺院で、1818年、ヴィエンチャン王国最後の王、アヌウォン王(Anouvong、アヌ王(Anou)ともいう、在位:1805-28年)によって建立されたもの。
ただし、こちらはワット・ホーパケオと違い、タイ軍によって破壊はされず、ヴィエンチャンに現存する最古の寺院建築物として、建立当時の姿を保っているのだそうです。 -
門をくぐったところにあるチケットオフィスで入場料5,000kip(約80円)を支払い、さらにこの壁に開けられたような小さな入口から中に入ってみると・・・。
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四方を回廊に囲まれた狭い空間の中央に、どどーんと立派な本堂が。
これが1818年の建立以来、現在も残っている、当時の様式を今に伝える建物・・・。 -
本堂の内部は撮影禁止なので、遠目から入口付近をパチリ。
内部には金色の仏陀の坐像があり、ラオス人の観光客の方々がその前でロウソクをともしてお供えをしている様子。
このワット・シーサケート、博物館化されているといっても、いまだ寺院としての機能も残しているようですね。 -
次は本堂の四方を囲んでいる回廊を見学。
屋根が付いているロの字型の回廊に足を踏み入れてみると、壁の前には等間隔に同じ形の仏像がズラリ。 -
仏像は金箔がはがれてはいるものの、保存状態はなかなか・・・お顔も穏やかです。
-
そして仏像の後ろの壁にはこの回廊全体で3,420もの穴(龕)があり、それぞれに2体の小さな仏像が収められているとのこと。
うーん、一種のアートを感じますね。 -
回廊のその他の面も、こんなふうに規則正しく仏像が並んでいます。
壁の前に並んでいる仏像は全部で120体もあるんだとか。
・・・この寺院を建立したアヌウォン王の時代、バンコクのチャクリ朝の属国という立場にありながらも、王自身の優秀さもあって、ヴィエンチャン王国は黄金期を迎えます。
しかし、その優秀さゆえか、1827年、チャクリ朝からの完全独立を図ろうとして兵を挙げるも、逆にヴィエンチャンを占領され失敗。
王自身もバンコクに捕らえられ、1828年、悲劇的な最期をとげるとともに、ヴィエンチャン王国も滅亡。
その後ヴィエンチャンは、タイそしてフランスの植民地(保護国)、独立後も内戦と、長い影の時代に入ります・・・。
そう考えてみると、このワット・シーサケートは、ラオスが長い影の時代に入る前の最後の輝きだったわけで、それを建立したアヌウォン王が亡国の王ながらも英雄と称えられるのも、何となく理解できるような気がします。 -
回廊を回りながら本堂の壁にも目を向けると、扉にはこんな彫刻が。
先ほどワット・ホーパケオで見た扉の彫刻は、これをもとにしたものでしょうかね。 -
単なる装飾品か、それとも何か儀式に使ったものでしょうか、背筋をピンと伸ばした蛇神(ナーガ)の彫刻も、本堂の扉の前に飾られていました。
-
16時、だいぶ日も傾いてきて閉館時間に。
帰り際、日本人の観光客を案内していたラオス人の女性ガイドをパチリ。
ラオ族の民族衣装“シン”をあしらった制服が色っぽいですね(笑)。 -
内部は閉められてしまいましたが、せっかくなので回廊の外側をぐるり。
博物館といいながら、周りにはこんな市民のお墓も建てられています。 -
こちらには新しそうな金色の仏像が。
まるで今も活動している寺院のよう・・・。 -
こちらの木の陰では僧侶がお勉強?
・・・どうやらこのワット・シーサケート、単なる博物館だと思っていたのは誤りで、れっきとした寺院として、今も活動を続けているようです。 -
さて、次はいよいよパトゥーサイを目指します。
シャンゼリゼ通り、とはいかないまでも、ラオス一の大通り、ラーンサーン通りを真っ直ぐ、パトゥーサイに向かって歩いて行きます。 -
・・・と、ラーンサーン通りの排ガスの中を歩きに歩いて、16時35分、やっとこさパトゥーサイ前までやってきました。
セーターティラート通りの交差点からだと約20分。
この季節だから歩けましたが、ほかの時期だと歩くのはかなりきついでしょうね・・・。
実際、この時期でもラーンサーン通りを長い距離歩いているのはわたし一人くらいでした(笑)。パトゥーサイ 建造物
-
パトゥーサイを囲んでいる交通量の多い道路を渡って、正面入口へ。
“ヴィエンチャンのアイコン”はさすがに巨大で、至近距離からだと全体がカメラに収まりきりません。
・・・このパトゥーサイ、“パトゥー”が門、“サイ”が勝利で、あわせて“勝利の門”という意味。
もともとは内戦時代の1962年、戦没者の慰霊碑として建設が始められたのですが、社会主義革命勢力パテート・ラーオの勝利により、内戦の終結とパテート・ラーオの勝利を記念する門として、“パトゥーサイ”という名が付けられることとなったのだそうです。
何だか複雑な歴史ですが、建造にあたってのモデルとなったのは・・・。 -
そう、外観を見れば誰でも連想するパリのエトワール凱旋門。
パトゥーサイを下から見上げると、上部の飾りが隠れてさらにそっくりに見えますね。
門の周りを車がとめどなく走っているのもそっくり。
*この写真は2009年7月に撮影。 -
さて、パトゥーサイをくぐると、天井部分にはこんな装飾が。
どうやらインドの古代叙事詩“ラーマーヤナ”をモチーフにしたもののようで、外観はパリの凱旋門に見えるけれども、こういった部分にはしっかりラオス伝統の装飾を使っているという印象です。 -
こちらの装飾も、ヨーロッパの彫刻風に造られていますが、目を凝らしてよく見ると、ラーマーヤナの登場人物と思しき格好をしています。
-
門の反対側に出ると、広場の中央には噴水があり、その周りには人、人、人。
欧米人は一人もおらず、どうやら地方から出てきたラオス人の観光客のよう。
みんな嬉しそうにグループで写真を撮りまくっています。 -
これまでヴィエンチャン以外の観光地では欧米人観光客ばかりが目立っていましたが、こんなふうに地元の観光客が大勢集まって楽しんでいる姿を見るのは、何だか自然な感じがしていいものですね。
-
パトゥーサイの上は展望台になっていて、ヴィエンチャン市内が一望できるそうなのですが、夕方のこの時間帯はもう上がれないようになっているようです・・・残念。
時計を見ると17時。
夕日を浴びてオレンジ色に染まるパトゥーサイを最後にカメラに収めて、メコン川の夕暮れの景色を見に、元来た道を戻ることにします。 -
パトゥーサイからてくてくと20分ほど歩いて17時20分、メコン川沿いのチャオ・アヌウォン公園までやってきました。
日はかなり傾いて、今にも沈みそうな高さになっていますが、日没の時刻にはなんとか間に合ったようです。チャオ アヌウォン公園 広場・公園
-
夕暮れ時のチャン・アヌウォン公園は、昼間はなかったテントが設置され、服や雑貨、おもちゃなどを売るナイトマーケットに大変身。
ルアンパバンでも夜になるとメインストリートがナイトマーケットに様変わりしましたが、ルアンパバンの客層が外国人観光客ばかりだったのに比べ、こちらは地元市民が中心。
やっぱりこちらの方が自然でいいですね。
【ラオス紀行(1) ルアンパバンのナイトマーケット】
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=37000451ナイトマーケット (ビエンチャン) 市場
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そして公園の先にはメコン川。
ここでも多くの市民がウォーキングをしたり、家族や友達と連れ立って歩いたりして、夕暮れの景色を楽しんでいます。
・・・“世界ふれあい街歩き”のテーマ曲やナレーションが聞こえてきそうなシチュエーションですね(笑)。
【世界ふれあい街歩き 番組テーマ曲】
http://www6.nhk.or.jp/sekaimachi/theme/ -
幸せそうに散歩をしているヴィエンチャンの人々を見ていると、こちらも幸せな気分になってきます・・・。
-
ヴィエンチャンのメコン河畔から見える夕日は、地平線が広がっていて何も遮るものがなく、本当にきれいに見えます。
-
そういえばせっかくメコン川が見渡せる部屋をとっていたので、そちらからの眺めも楽しもうとホテルへ。
急いで6階まで昇り、部屋の窓から外を眺めてみると・・・夕日がメコン川に反射しているのが見えてなかなかの景色。 -
そして17時40分、夕日は段々と小さくなっていき・・・。
-
18時、夕日は遂に地平線の下へ。
・・・この日もまた、素敵な夕暮れの景色を観賞できました。 -
日が落ちた後のメコン河畔に段々と明かりが灯り始めていきます。
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18時20分、再びホテルの外に出て、メコン河畔を散策。
暗くなってもまだまだたくさんの市民が夜の散歩を楽しんでいます。 -
メコン川沿いの道を東に向かって歩いて行くと、14階建の高級ホテル、“ドン・チャン・パレス”の手前に、何か巨大な人物の像が見えてきました。
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近づいてみると、何やら麦わら帽子をかぶったおじさん・・・ではなくて、このメコン河畔にある公園の名前にもなっている、ヴィエンチャン王国最後の王にして悲劇の王、アヌウォンの立像。
先ほど見学したワット・シーサケートのところで触れたとおり、19世紀前半、彼の治下でヴィエンチャン王国は黄金期を迎えるも、当時ラオス(ヴィエンチャン、ルアンパバン、チャムパーサックの三王国)を属国化していたタイ(チャクリ朝)に反旗を翻そうとして失敗、バンコクで捕虜のまま悲劇的な死を遂げます。
これによりヴィエンチャン王国も滅亡してしまうのですが、属国支配に立ち向かったという民族的矜持からでしょうか、亡国の王にもかかわらず、また、王の存在を認めない社会主義体制の国であるにもかかわらず、彼は英雄として祀られ、巨大な像までつくられることとなりました。
・・・そういえばラオスでは社会主義体制になって最初の首相のカイソン・ポムヴィハンの紙幣や胸像は見ますが、大きな像は見ないですね。
ソ連(レーニン像)や中国(毛沢東)、北朝鮮(金日成)、ベトナム(ホーチミン)とは一味違うところですね。アヌウォン王像 モニュメント・記念碑
-
メコン川に向かって軍勢を指揮するように手を挙げるアヌウォン王。
もしかしてその先のタイ(バンコク)の方をにらんでいるとか・・・やっぱりラオスとタイも韓国と日本のように仲が悪いんでしょうかね。
アヌウォン王も王とテ○リストという立場の違いはありますが、安○根に似ているような・・・。
そう考えていくと、せっかく好きになったラオスのことが嫌いになってしまうので、この話はこの辺でやめましょう(笑)。 -
アヌウォン王の像の下にはオレンジ色のお花や象の置物など、たくさんのお供え物が。
タイのことを考えると、ちょっと複雑な気分かも・・・。 -
なんだか余計なものを見てしまったかな・・・。
さて、時計を見ると18時30分、散々歩き回って足が棒のようだし、お腹もかなり空いてきたので、この場を後にしてそろそろ夕食をとりに行くことにします。 -
公園脇をてくてくと歩いていくと、このあたりの雰囲気には似つかわしくない(?)やけに立派な建物が。
どうやら“ホワイトハウス”と呼ばれる迎賓館のようです。 -
18時50分、“地球の歩き方”にも載っている、ラオスの伝統舞踊が見られるという“クラ・ラーオ”(Kua Lao)というお店を探して行ってみたところ、この日は予約がいっぱいで、伝統舞踊を見られる席がないとか・・・。
秋篠宮殿下も訪れたことがあるお店のようで、外国人に人気なんでしょうね。
それではと、同じく伝統舞踊が見られる、“サロンサイ”(Salonxay)という、迎賓館の隣にあるラーンサーン・ホテルの中のお店に行ってみたところ、すでにショーが始まっているのに客が誰もいない状態・・・。
一人でショーを見ると、何だかチップをたんまり出さなければならないような気がして(ラオスではそんな必要はないのでしょうが)、結局入るのをやめてしまいました・・・。 -
その後は“地球の歩き方”を頼りに、ナンプ広場周辺のお店を探しますが、ナンプ・コーヒーやサーラワンなど、入りたいお店はどこもつぶれていたり・・・。
ミャンマーやブルガリア、バンコク旅行でもそうでしたが、発展途上の国の場合、“地球の歩き方”のお店情報って、古くてすでにつぶれてしまっている例が多いですよね・・・。
いい加減もう、スマホで検索しないとダメかな・・・。 -
そんなこんなで1時間ほど夜の街を歩き回ってしまって、足が痛み出してきた20時、結局ホテル近くのファーグム通り(Quai Fa Ngum)に面した庶民的なお店“Thong lor Restaurant”に落ち着くことに。
やれやれ・・・。
さて、注文したのはビアラオ(Beer Lao)のボトル(10,000kip=約150円)に平たい麺の炒め物(Fried Wide Noodle with Chicken、18,000kip=約280円)。
庶民の店らしく地元民で賑わっていましたが、味についてはそれほどこだわりがないようで、値段相応な感じでした。
近くに廟があるところからしても、ラオス料理というよりは中華系でしょうかね。失敗・・・。 -
食後はもう歩く気力もなく、ホテルへ帰ってリラックス。
テレビを付けると歌番組が数多く放送されていて、特に目(耳)を引いたのがインドのニューミュージック。
この“JANEMAN”という曲、“HEROGIRI”という映画に使われた音楽のようで、曲調の軽快さもさることながら、南イタリアのアマルフィ海岸を背景に撮影されたPVが目を惹きつけられるほど美しく、番組が繰り返されるのにあわせて何度も繰り返し聴いてしまいました。
【Janemon Song | Herogiri | Dev | Koel | Mithun Chakraborty | Ravi Kinagi | 2014】
https://www.youtube.com/watch?v=8Mcuofmr_8c -
ポジターノの街並みをバックに躍動感あふれるダンスをする二人。
Dev(男優)とKoel(女優)という、インドでは大人気の俳優のようです。
【ナポリの休日(8) アマルフィ海岸の町ポジターノ】
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=30065438 -
そしてこの“Kothin”や次の“Borbaad Hoyechi Ami”という曲も、楽曲だけでなくPVが芸術品と言えるほど素晴らしい。
インド音楽、ハマりますね。
○流なんかよりずっといいのに、どうして日本でもっと紹介してくれないんでしょう??
このPVを見ていたら、何だかまたインドに行きたくなってきました・・・。
【Kothin (Bojhena Shey Bojhena) (Bengali) (Full HD) (2012)】
https://www.youtube.com/watch?v=j9-wMqqEyUU
【Borbaad Hoyechi Ami | Borbaad | Raj Chakraborty | Bonny | Rittika | 2014】
https://www.youtube.com/watch?v=TL3jqMCFKDc&list=RDTL3jqMCFKDc&index=1 -
ちなみにラオスの音楽番組はこちら(LAO STAR CHANNELより)。
それなりに(?)ポップな曲調ですが、インド音楽を聴いた後ではねえ・・・。 -
こんなかわいらしいバックダンサーがついてけっこう動きのあるダンスを披露したりしてくれますが、やはりインドの比ではありません(笑)。
-
一方で、こんな合唱形式の歌があるのはラオスの国民性を反映していていいなと思ってしまいます(笑)。
-
・・・そんなこんなでヴィエンチャンの夜は更けていきます。
さて、この旅も翌日が実質最終日。
ヴィエンチャンは雰囲気がいい上に物価も安くてホテルも居心地がいいし、なんだか日本に帰りたくなくなってきました・・・。
しかし、一介のサラリーマンとしてはそんなこと言っていられないので(笑)、残る見どころ、食べどころを回ってこの旅も締めにしたいと思います!
(ラオス旅行8日目〜引き続きヴィエンチャン観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2015/08/02 15:59:23
- ヴィエンチャン巡り
- エンリケさん、こんにちは!
4トラでも他でもラオスの紹介は、どうしてもルアンパバーン中心で、首都ヴィエンチャンは、あまり知られていないです。
正直私も同じでした。
ヴィエンチャンからのair mailを頂いたことがありますが、「凱旋門に似た所の写真」くらいの知識の無さです。
「勝利の門」の内側の天井は、こんなに美しい水色なんですね〜(^^♪
おまけにタイとの関係、特にワット・プラケオにあるエメラルドの話も、私は知らず、恥ずかしい限りですね…。
旅行記を読ませて頂き、ラオスとタイとの関係やフランスの植民地支配、インドシナに位置するこの国が、思うようにいかなかった歴史などを、教えて頂きました。
様々な歴史を背景に、仏教を深く信仰し今に至っていることも。
「アート」と表現された、2体ずつの仏像がおさめられている所、まさに「アート」だと感じました(*^-^*)
町子
- エンリケさん からの返信 2015/08/02 21:27:50
- ラオス訪問の際はヴィエンチャンもお忘れなく!
- 川岸 町子さん
こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます!
ヴィエンチャンは訪れる前は“行ってもつまらない”という口コミもあって、ルアンパバン〜南ラオスと周った後では楽しめないのではないかという不安もあったのですが、どうしてどうして、一国の首都とは思えないくらい空気が緩やかで、食べ物は美味しいし(特にラープやビアラオ(笑))、何よりラオスの方々がパトゥーサイで記念撮影をしたり、メコン川ウォーキングを楽しんだりしている雰囲気が素晴らしくて、結果として毎日充実していたラオス旅行の締めを飾るのにいちばんふさわしい街になりましたね。
ルアンパバン、南ラオス、ヴィエンチャン、それぞれに独自の魅力があって、どれも大好きなスポットになりました。
> おまけにタイとの関係、特にワット・プラケオにあるエメラルドの話も、私は知らず、恥ずかしい限りですね…。
隣接する二国関係は当事者同士じゃないと分からないところがありますよね。
日韓やタイ・ラオスだけでなく、米国とメキシコ、中国とモンゴル、トルコとギリシャとか、世界のどこも複雑なんだと思います・・・。
そうそう、同じ国の中でも、漢民族とチベット族は実際のところどうなんでしょうかね??
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